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レテ川に記憶の欠片を沈めて  作者: なつ
第二章 その凶器は殺人者の手へ届けられた
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 3

 データエラー。

 画面の中央に、赤枠と一緒にそう掲示される。有田百合はその原因が人為的なものであると、朝の会議の時点で分かっていた。浜嶋佐登留と矢口誠一が二人で何かを企んでいるのであろう。しかも、ごくくだらない理由で、だ。

 会議の時点でその事実を発表してもよかったが、百合はそれをしなかった。むしろ歓迎である。そもそもあまりにもレベルが低すぎる千堂祐次主任と、千堂美影主任補佐がいなくなれば、このプロジェクトは今よりも倍以上のペースで進むだろう。という理由と、もう一つは、まだどのようなことを企んでいるのかが分かっていなかったということもある。

 百合がまじめな振りをしているのは、もっと別の理由からだ。

 それに、今プログラマーは3人。

 互いに信頼を置けるメンバーでなければ、プログラム同士の相性も悪くなる。このプロジェクトに参加して1年以上が経つというのに、未だに信頼してもらえない、というのは百合のプライド的に許されないことだ。

 百合はプログラムの解析を進める。

 計算が合わなくなるというのは、ブラフだろう。そちらに百合の注意を引き付けておいて、モニターの本番で取り返しもつかないような失態を犯そうとしている、そのほうが効果がある。

 モニターの内容自体は簡単なものだ。

 先ほどの会議のようなゴーグルを利用したバーチャル世界の体験。百合たちのように、毎日のようにこの生活をしているものからすれば、慣れたものだ。が、おそらく一般の人間がゴーグル越しの映像を見て、耐えられるかどうか。それを見たいのだ。

 絶対に耐えられないようなものにするだろうか。

 それでは、このプロジェクト自体がなくなりかねない。

 おそらくは想定外の事態が、バーチャルの世界で起こる。それを主任らがどう回避するのかを見ようとするのが目的だろう。

 となると……

 百合は、誠一と佐登留のプログラムから、古いラインに最近挿入されたものがないかを順番に見ていく。ある程度のカモフラージュもあるだろうが、それでも痕跡が残るはずである。佐登留のプログラムは機械的で分かりやすく、それに比べ誠一のプログラムは自分勝手で読みにくい。それが、互いの領域を侵している箇所を見つければいいのだ。

 やがて、百合はそれを見つける。

 三人目の体験のときに、予期せぬエラーを起こそうとしているようだ。

 慎重に、百合がそれを見ていることに気づかれないように、トレースする。

 未知の存在転移。このプログラムを入れたせいで、テレポーテーション後の位置計算がずれているのだろうか。いや、佐登留が企てたのだとしたら、計算がずれてしまうとは考えられないか。

 とにかくその未知の存在を拾い出し、百合は驚愕する。

「なるほど、矢口らしい」

 息を鳴らし、百合はそのプログラムを放置することを決める。確かに、これは面白いことになるだろう。それに、いざとなれば北原朋彦医師もいる。問題ないだろう。

 百合はそれから急いでメールソフトを立ち上げると、すばやい動きで本文を記入してゆく。

「計算された結果に、どうか満足しないで」

 ピアノを弾くように、百合の手が動く。

「カオスが現実に影響を及ぼすなんて、本当はありえないこと。数学者の幻想に過ぎない。風が吹いて桶屋が儲かる。蝶が舞ったら、株価が大暴落だ。可能性の問題なんて、つまらないこと。でも、前に言ったでしょう。あの凶器が用いられることは確実だわ。おそらく、それもあと数時間もしないうちに。もしあなたが、これを読んでくれているなら、もう一つ面白いことを予測してあげる。今日のモニターで、一組だけ面白いことが起きる。きっと三組目の、最後のときに。そうでなければ、途中で終わってしまうもの。でも、それはあなたでないことを祈っている。もしかしたら、それで精神が壊れてしまうかもしれないほどのことだもの。物騒は話ね。でも、本当に。だから、もしもその予測が当たっていたなら、もう一つの予測も起きるかもしれない、と思って。少なくとも、わたしはあなたを巻き込みたくないと思っている。だから、なるべく誰かと一緒にいて、アリバイを確保しておくべき」

 送信する。

 果たして、本当にこの予測は当たるのだろうか。

 百合自身にも分からない。


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