絢子
いつからだろう?
賀臼は考えていた。これまでの出会いや別れの意味について。
第一章
いつからだろう?
あまり感情を表に出さない子供だった。笑ったり泣いたりは人並みにやってきた。友達付き合いも、それなりにはこなしてきた。しかし、いつも周囲をどこか、遠くの方から、見ていた気がする。
「ねえ、今楽しい?」
またその質問か⚫⚫⚫。賀臼はうんざりした。
「楽しいよ。伝わらないかな?」
「ふ~ん、なら良いんだけど」
賀臼はそれなりの顔立ちで、ユーモアもあり、頭も良い。とにかく、それなり、だ。故にたまにはお付き合いする女性もいるが、毎回この質問を受けるのだ。
今日は絢子と付き合って初めての旅行。賀臼は正直行きたくはないが、絢子が楽しそうに旅行の計画を練るものだから車も出して一泊旅行に出ている。二人は同じ大学の大学院に通っている。ひょんなことから付き合うことになった二人だが周りからはお似合いだとよく言われている。
絢子はルックスもよく、すらりとした体型に黒く長い髪はいかにも賢そうな印象で、学内でも人気であった。
そんな絢子と付き合っている賀臼は嫌な気はしないが、いつも通り例の質問がされる時は来てしまった。それはまるで、昔決まって週末においしくもない煮物のような物体をお裾分けしに来ていたお隣さんのようにやってくるのだ。
「賀臼って顔に出ないからわかんないんだよね~」
「うん、でもたのしくないならそもそも一緒に旅行なんてしないでしょ?」
「出た、理系発言!」
絢子はぷ~っと顔をふくらませた。賀臼がたまに論理的な言い回しをするとすぐに「理系発言!」と言ってくる。どうやら「オンナゴコロ」とやらと対をなす発言をしているらしいが、賀臼にはあまり理解できない。いや、本当は何を言って欲しいかもわかるし、喜びそうな言葉は頭に浮かぶが、どうもそれをそのまま言うのは苦手なのである。
「そろそろ良い大人なんだから女心くらいわからないと」
「うんうん、オンナゴコロね~」
「あっ、今、片仮名でしゃべったでしょ!全然わかってない!」
「⚫⚫⚫(よくわかるな)」
賀臼は今まで出会った中でこんなにも心を読まれる人間に会ったことはなかった。まるで、自分の考えていることを紙に書いて額に貼ったまま一緒に歩いているかのように、絢子は的確に賀臼の考えていることを見透かしてくる。ある意味賀臼はそんな絢子に惹かれていたのかもしれない。
絢子がには別に好きな人がいた。賀臼はそれを知っていた。絢子は賀臼が知っていることを、知っていた。
しばらく書き続けます。