9話 日を跨いだ再会
前回鮮烈な印象を与えた(はずの)禮華が再び登場。
颯真のことが気になっている彼女がまた出会ったとき、今度は逃げずに済むのか?
本編で!
「・・・んっ・・・」
一室、ほぼほぼ個人用と化した部屋のリビングルームで、少女は軽く背を伸ばした。
「朝5時半、いつも通り・・・ううん、ルートもメニューも違うからいつも通りじゃないけど・・・トレーニングしてお風呂入りなおして朝ごはん、なんてできるかも」
少女、禮華は自前のトレーニングウェアに着替えながらそれとなく計画を練っていた。寮に越してくる前から続けてきた日課、その内容をだ。
「・・・それにしても・・・なんであの時逃げちゃったんだろう・・・独り言聞かれたのも何もかも我慢すれば宮城さんと話せたかもしれないのに・・・うぅ・・・」
禮華は未だに颯真の前から脱兎の如く逃げてしまったことを悔いていたのだった。
「もう桜も散っちゃったんだなぁ・・・。木に花弁が残ってないから・・・」
禮華はルートとして選んだ桜並木のある道を、散って地に落ちた花弁を見ながら走っていた。
「でも、散り切っちゃうには早いような?まだ4月上旬だし風の強い日なんてなかったような気もするけど」
疑問を持ちつつ走る禮華。そして疑問は走った先で更に深くなった。
「・・・木が焦げてる・・・?」
桜並木の木、その一部が完全に炭化した状態で立っていたのを目撃した禮華。その『一部』はまとまった場所にあるわけでもなく、その場所だけをピンポイントで焼いた、そんな様子だった。
(こういうことができるのはランク4レベルの実力を持つ人にしかできないはず・・・園部学園で火のランク4はベルスレットさんしかいないから・・・あの人がやったのかな?)
そんなことを考えながら走り出そうとした時だった。
〈す、少し、休ませ、て〉
〈本家のお嬢様見返すんだろ?近くらいでへこたれてりゃ世話ねぇぞ〉
〈だ、誰もが、ソウマみたいに、体力があるわけ、無いじゃない・・・〉
禮華の耳に聞こえてきた、男女の声。しかも片方は明らかに聞き覚えがある上に名前すら上がっていた。
(み、みや、しろ、さん!?な、なんで!?か、被っちゃってたの!?)
当然テンパってしまう禮華。意識している相手が近くにいる時点でこうなってしまうのは仕方のないものであった。
(で、でも一緒にいる人って誰だろう・・・?見た限りだと外人さんなのは間違いないんだけど・・・。う、うん、少しくらい近づいてもいいよね?しゅ、瞬雷歩、無音バージョン!)
禮華は2人の様子を可能な限り近づいて草葉の陰からこっそりと観察。颯真と女子はかなり仲が良いように見えた。
「元々リコリスが俺の早朝練習的何かに付き合いたいって言い出したのがきっかけだろ?言った本人が先へばるのもいい加減どうかと思うぜ?」
「うー、ソウマの背中を追いかけてたら何か強さが見つけられるんじゃないかって思ったんだもの」
「俺の背中は追いかけるもんじゃないっての」
(いいなー、あの人。宮城さんと凄く仲良さそう・・・)
ちょっとその光景にむっとした禮華。自分は未だあの日逃げてしまったという接点くらいしかないが、リコリスは一度戦った上颯真の実力を認め、親しそうに話しかけている。
「・・・そういえばさっきから誰かの気配を感じるんだけど?」
「そうか?別に誰かが見てようが関係ないんじゃね?アスティロットは今なお夢の中だろうし」
「というかアスティロットが見てたんだったら今頃あんた感電してるわよ?」
感電、という言葉に禮華はひぃ、と思った。アスティロットという女子はあからさまに颯真に好意を抱いていて、かなり嫉妬深いという印象をその一言で感じ取れたのだから。
「じゃあ強引に引き摺り出すしかないのか?」
「その辺一帯燃やせばいいのよ」
(えっ!?)
禮華が驚くと同時に彼女がいる方向へリコリスが右手をかざした。
「燃やせ轟炎、その身自在なる厚壁と化せ。『焔壁招来』」
リコリスが詠唱し終えた直後、禮華の背後から炎が噴き出る。背中を焦がしかねないその炎に思わず禮華は・・・
「ひゃわあん!?」
前方ダイビングで思わず飛び出てしまった。
「なんだ、天ヶ崎か」
「あんたがねぇ・・・」
「ふえぇ・・・」
逃げ場無し。あって2人を正面突破するのみ。しかし目の前にいるのは片やランク4、片や魔術適正込みで間違いなく自分より格上。どうしようもないと思った禮華は・・・
「・・・っ!」
たった一瞬の隙も何もないが、正面突破を試みた・・・が。
「ふみゅっ!?」
転んだ。ビタン、と言わんばかりに一度倒れ、勢いで一回転した上颯真達の目の前で停止。
「・・・大丈夫なの?」
「・・・分からん」
心配そうに禮華を見る2人に、その本人は動けないでいた。
(・・・恥ずかしくて死にたい・・・)
「えっ!?私たちの試合見てたの!?」
「は、はい・・・」
結局早朝訓練を中止し、3人は禮華の部屋で話をすることになった。
「うっへ、恥ずかしいことこの上ない有様だ・・・」
「は、恥ずかしくなんてないです!」
「うおっ」
恥ずかしいと左手で頭を押さえた颯真に、禮華は突如声をあげた。
「宮城さんが強いのも優しいのもあの一瞬で全部わかりましたから!」
「止めてくれマジで優しいなんて言ってくれるな死にたくなる」
「・・・重症ね」
より頭を抱えた颯真に、リコリスは呆れたような目と共に呟いた。
「・・・正直言うと私、2人が羨ましいんです」
「羨ましい?なんでよ」
「知っているか噂で聞いたかは知りませんけど、私・・・この学校に入学するときの試験、何も術を使わないで試験官に勝ってるんです」
「明香里からも聞いた。それも一種の才能だと思うけどな」
颯真がそう言うも、禮華は首を横に振るだけ。
「・・・私、魔術が一切使えないんです」
「嘘っ」
リコリスはその言葉に口を押えて驚いた。実はというと・・・
「あの凄いスピードの移動、あれ魔術じゃないの!?というか魔術を利用した身体強化じゃ!」
「あれは魔術じゃないんです。自分の中の魔力を電気として体に流しているだけなので」
そんなことをしてたのか、と颯真は思った。あの時一瞬で距離を詰められた動きが、こんな単純なカラクリだったという事に驚きを隠せないまま、禮華の話を聞く。
「だから・・・ベルスレットさんみたいな強い魔術だとか宮城さんのような身体強化の術式を使えたら・・・と思うんです」
俯きがちに呟いた禮華に、リコリスは励ましの言葉をかけた。分家だからと蔑まれ、力が欲しいと、誰にも負けない絶対的な力が欲しいと願ったことがある彼女にとって、禮華の言葉は強く理解できるものがあったからだ。
「・・・ライカ、あんたの気持ちはよく分かるわ。私だって力が欲しいって思ったことがあるもの」
「えっ・・・」
その独白に、禮華は思わず顔を上げた。そのまま続くリコリスの言葉に、そのまま聞き入ってしまうほどに。
「あんたが私のことをどこまで知っているか知らないけど、私がスカーレット家の第1分家の生まれなのは知ってる?」
「ベルスレット家・・・ですよね」
「そう。私が小さい時は本家の人間から分家の女として酷く侮蔑されたのよ。増して元々総魔力量が異様に高いのも相まって・・・中学を卒業するか否か、って時に本家の・・・えっと、第・・・何人目だったっけ?忘れたけど2歳くらい年上の従兄と強制的に結婚させられかけたこともあったっけ」
「・・・それがどうしたら力が欲しいと思う事に?」
リコリスはそんな問いに明後日を見ながら答えた。
「私は本家・分家に縛られないぞって、本家の人間より強いんだって証明したいから。すぐソウマに負けちゃったけどね」
苦笑いしながらリコリスはそう言った。
(リコリスはリコリスでそんな思いがあったんだな・・・。自分に恐れて、怖くなって一度何もかもを投げ捨てた俺とは大違いだ)
〈童は投げ捨てたものを拾い直しただろうに〉
(覚悟の重さが違うってのもあんだよ)
〈・・・よく分からぬわ。覚悟の重さが違えば背負うものの重さが違う、という考えが〉
ラファールにも呆れられるこの考えに、颯真は考えるのを止めた。
「ねえソウマ、あんたに聞きたいことがあるんだけど」
「・・・なんだよ」
その瞬間、(それを狙ったかどうかはまずあり得ないが)リコリスが颯真にあることを尋ねた。
「あの試合で使ってた倒れるほどの身体強化。どうしてあんな術式を考えたの?」
「わ、私も気になります!あんな諸刃の剣そのものの術式なのに・・・」
2人に詰め寄られるも、颯真はそれを躱して立ち上がった。
「・・・あんまりいい話じゃねぇから聞かせられない。というかグロ注意だからな」
「ぐ、グロ?グロテスク?えと、どういう事ですか?」
禮華が聞き返すも、颯真は口を開くことなく部屋を立ち去った。「あ・・・」とちょっと悲しそうな顔をした禮華を他所に、リコリスは胸中穏やかじゃないものを感じていた。
(・・・ソウマがあの力を使おうとしたのは・・・間違いなくソウマが言った殺戮と関係がある、か・・・。絶対アカリを守りたいから自分で身につけた力なんだろうけど・・・そんなことを繰り返してたらアカリ残して死んでしまうわよ・・・?)
結局逃げようとしてリコリスによって阻まれ観念した禮華。
そして最後のリコリスの懸念。懸念で済むのかはたまた現実と化すのか・・・
次回は新キャラ出ますし今後の展開に重要なファクターにもなります。