5話 忌むべき過去と友達と
今回颯真とリコリスが和解します。戦闘前に言っていた「負けた方が奴隷になる」についてはどう終わるのか。
注意!
今回壮絶なシーンがあります。中盤からガッツリ入っているので気を付けてください!
「・・・」
リコリスは自室で呆然としていた。その理由は先ほどまでやっていた模擬戦にあった。あの戦いは、最後の決着となるまでは一貫して彼女が主導権を握っていた。が、彼女は負けた。
(・・・なんで・・・あの男は・・・ソウマ・ミヤシロはあんなに強いの・・・!?)
逆転とも取れる形でむざむざと見せつけられた力量差。自分の実力ではまずできないであろう観客席前の魔力防護壁の切断。そして・・・たった一振りだけで心から感じてしまった『恐怖』。
「・・・っ」
いくら強がってみせても、気丈に振舞おうと、髄の髄まで染み渡ったその恐怖からは逃れることができなかった。が、それはそれでまた興味にへと変わってもいた。
(・・・ソウマ・ミヤシロにはあって私にないもの・・・一体何なのかしら・・・)
強さへの興味と絶対的恐怖・・・その2つに板挟みとなったリコリスはただただベッドに座り込んでいた。
一方その頃。
「ほら颯兄、じっとしてて!」
「んなこと言ったってなぁ!!」
ベッドの上で颯真は明香里の看病を受けていた。とはいえただ単に全身を襲う激痛を抑える塗り薬(学校支給)を全身に塗ってもらっているだけだが。
「・・・ほわぁ・・・」
「というかロッテちゃんもちょっとは手伝ってよ!そんな目を覆うふりして颯兄の体見てないでさぁ!!」
「だ、だって・・・」
未だにもじもじとちらちらと颯真を見るアスティロットに、「こりゃ戦力になりゃせんわ」と諦め、兄の治療行為を再開することにした明香里であった。
ある意味嵐の様相を呈していた明香里の治療も終わり、部屋の主以外居なくなった颯真の部屋。そこに唐突にドアを小さく叩く音が響いた。
「鍵開いてるから勝手に入ってこいよ」
颯真にそう言われ、その音の主が入ってきた。その主は・・・
「お、お邪魔、するわよ」
「ベルスレットか・・・今度はなんだ?何の因縁だ?」
入ってきたのはリコリスだった。だが、昨日突っかかってきた時のような言葉の棘が消え、どこかしおらしささえ感じる物だった。
「い、因縁なんてないわよ・・・。そ、その、どうしてあんたがそこまで強いのかが気になっただけ、よ・・・」
「強い、ねぇ・・・?」
横になる颯真の近くの椅子におとなしく座り、颯真の返答を待つリコリス。しかし颯真の答えはリコリスの予想を覆す結果だった。
「・・・恐れ、だろうよ。きっと」
「おそ、れ?ど、どういう、こと?」
颯真の強さの理由が「恐れ」という事に疑問を返すしかないリコリス。
「あん時本気出そうにも出せねぇって言ったろ俺」
「え、ええ・・・」
「理由があんだよ。結構重たい理由がな。それこそ実際かち合ったらPTSDなってもおかしくないくらいに。実際俺は克服しきってない状態で『颶風王剣』を具現化したから今だって手が震えてやがる」
「・・・」
おそらくトラウマになってもおかしくないことが『颶風王剣』によって颯真が受け、今なおそれを引きずっていること、それを自分が強引に呼び起こしてしまったという事にリコリスは負い目を感じた。が、今以上に理由が気になってしまう。
「・・・そんなことを聞くのはどうかしてると思うけど・・・一体、一体何があったの?」
そしてその興味が頭から離れず、ついにリコリスは聞いてしまった。普通の人は聞いてはいけない、聞くことが辛いことを。
「・・・あまり大声で触れ回ってほしいことじゃないから他人には黙ってろよ。俺以外で知ってるのは実際目の前で見た明香里とアスティロットだけだから」
その一言にごくりと唾をのむリコリス。
「昔・・・と言っても1年半近く前に日本で何日もニュースになった事件があったのは知ってっか?」
「ニュース・・・日本・・あぁ、最終的には正当防衛が認められたけど、被害者だった無魔力者が有魔力者の中学生に惨殺されたっていう」
「その加害者が俺なんだよ」
「・・・っ!?」
世界にも知れ渡った有魔力者が無魔力者を正当防衛とはいえ惨殺してしまったという事件の加害者が目の前にいるという事に驚きを隠せないでいた。
「・・・実際のことを言えばだけどな」
「・・・?」
驚いていたところに颯真からの言葉を聞き、また再び聞きに徹するリコリス。
「あん時既にランク2で光属性にしちゃ珍しい攻撃魔術持ちだった明香里が無魔力者集団の馬鹿共に誘拐されて俺が助けに行ってな・・・」
「何よそれ、被害者の無魔力者が既に犯罪者じゃないの!」
「さらに言えばその時は俺もまだ無魔力者だった・・・」
そこでリコリスも合点がいく。留学も兼ねた入学の際、『開幕ランク4のチートがいる』という噂を聞いたが、颯真がその人物だという事も、なぜそうなったのか、も。
「そこで有魔力者になったと言ったって、惨殺も何もないじゃない」
「いや、そん時暴走したんだよ」
暴走。リコリスもまだその意味が理解できないでいた。有魔力者の暴走は目覚めたてでも確率は1%も満たない確率である。その1%未満に該当したのかと思ったが、そうでもないだろうという予測は容易かったが、どういう理由なのかが理解できないでいた。
「・・・実を言うと俺、後にだけど『絶滅危惧種近似者』だと言われたこともあったっけか」
「『絶滅危惧種近似者』・・・って」
「目覚めた時の感覚はまだ残ってるよ。『颶風王剣』に人格乗っ取られてく感覚が」
人格を持つ剣・・・それこそ御伽噺のようだが、過去有魔力者の中に人格を持つ剣を具現化できた人物がいなかったわけでもなかった。その人物は漏れなくランク4から5になっていたが、ランク4の時点で希少種扱いされていた。ランク5に至っては絶滅危惧種。
「妹を・・・明香里を助けたいから力を貸せと願った結果・・・有無を言わさないで人格も体も乗っ取られて・・・気が付いたら俺は血塗れになって血の海に佇んでいた・・・俺が憶えているのはそこまでだよ」
「あんたの顕現武装・・・末恐ろしいわね・・・」
「相手は刃物持ってて一度刺されてたけどな」
痛む体を強引に座らせ苦笑いと共に語る颯真の顔に、どこか悲しさを感じたリコリス。リコリスはそんな颯真を悲しそうだとかそのような同情の目では見なかった。きっと、多分・・・という言葉はついてくるが、颯真はそういった同情を望んではいない。ただただ自分の過去を語って言い訳しているだけだ、と言い張るだけだろうから。
「・・・で、話は戻すがそんな現状を気が付いたときに目の当たりにして、自分の内にある力が怖くなったんだよ」
「・・・力が・・・怖い・・・」
リコリスは一度たりとも自分の力が怖いとは思わなかった。貴族の、スカーレット家の第一分家であるベルスレット家の第三子で次女である自分は、自分の力は家の為にあるものであり誇るべきものだとずっと教えられた。気高く、誰よりも強くあれ。恐れることはない・・・そう教えられたリコリスにとって考えもつかなかったことだった。
「・・・まぁそんなとこだ」
そう過去語りを締めた颯真。想定外の連発で、黙り込むしかなかったリコリスにとって、目の前の少年は遠くかけ離れた存在に思えて仕方なかった。
「・・・ねぇ」
ようやく口を開いたリコリスはとんでもないことを言い出した。
「模擬選の前、私言ったわよね。勝者が敗者を下僕にできるって」
「いやあれ認めたけど無しにしようぜ?後引いてめんどくさいし」
「・・・わ、私に好きに命令しなさい」
その一言に颯真は鳩が豆鉄砲を食らったような顔をした。まさか超有名貴族の第一分家の女の子が自分から下僕になる、命令しろと言い出すとは思わなかったため、反応しようにもできなかった。
「・・・な、なにぼけっとしてんのよ!わ、私だって、その、は、恥ずかしい、んだから・・・」
「は、恥ずかしいって・・・」
「べ、別にその、え、えっちな命令しろとかそういうのを・・・言ってるわけじゃ・・・ない、けどぉ・・・」
「そういう願望持ちかよ」
「にゃっ!?」
そう突っ込む颯真に、リコリスは重箱の隅を突かれた!と言わんばかりの声を上げた。が・・・
「・・・い、いいわ、なんだって命令されても。ふ、服を脱げと言われれば脱ぐし、全裸になれと言われたらなるわ!もうなんだって構わないわよ!」
「おいおい・・・」
完全に吹っ切れたとかそういう次元じゃない。もうやけっぱちだった。
「じゃ2つ命令な」
「な、何よ・・・」
「1つ目、明香里とアスティロットの友達になったってくれ」
「だ、友達・・・?」
キョトンとするリコリスに颯真は続けた。
「今はどうってことないかもしんないけどさ、明香里は友達いないんだよここに。アスティロットに至っちゃ明香里と俺以外に知り合いいないしあの性格だから新しい友達を作れそうにないし」
「だから私に友達になれと?」
「まぁそんなとこだ」
リコリスはその『命令』には納得した。簡単(だと思うこと)だったからだ。
「で、2つ目は余計単純、俺とお前の間で下僕とか奴隷とかそういった話は無し、な」
「・・・は?」
呆然。リコリスとしてはそんな約束を打ち消すような命令に呆然としていた。
「ど、どういうことよそれ!」
「なんかもうさ、下僕とかそういうのって時代錯誤もいいとこじゃねぇかって思って」
「・・・ああ、そういうこと」
一瞬激高しかけたが、颯真の言葉を聞きその真意を悟った。
「あんたと私も『下僕と主』じゃなくて『友達』の関係で、ってことでしょ?」
「・・・まぁそんなとこだ」
少し照れくさそうに、ぶっきらぼうに返す颯真。
「・・・いいわ、それで。了解」
「・・・へっ」
『友達』らしく、リコリスと颯真は互いの手でハイタッチを交わした。『よろしくな』の意を込めたそれは、小気味良い高い音を鳴らした。
おまけ
「えぇっと・・・そ、ソウマ?で、よかった?」
「・・・やっぱ前の前まで名字呼びだと変えるのに苦戦するなホント」
互いに名前で呼び合うのに苦戦していた。
「それで・・・見た限りだとさっきの模擬戦でケガしたの?」
「・・・いや『最終強化』の副作用というか」
「ふぅん・・・」
リコリスはそう言って椅子の上から立ち上がった。
「じゃあ私が夕食を食べさせてあげるわ」
「いやいい、腹減ってねぇから!」
しかし颯真はそれを拒否。当然恥ずかしさが一番の理由だ。
「いいのよ、原因は私なんだし」
「いやだからいいって!」
「遠慮しないで!というか遠慮するな!」
行こうとするリコリスの腕をどうにか捕まえほっとくように説得しようとした矢先だった。
「うぉっ・・・!?」
「きゃっ!?」
引っ張り込まれた形になった颯真はリコリスの上へと覆い被さるように倒れてしまった。
「わ、わり、うぐっ・・・」
「な、あ、ぅ」
退こうとするも副作用の激痛で動けない颯真と、羞恥等で動けなくなったリコリス。
「そ、そう、ま・・・」
「・・・わり、転がしてくれ・・・」
リコリスは颯真の指示通り、慎重かつゆっくりと横に颯真を転がし、自分の上から退かした。その直後・・・
「・・・わ、私、今日は戻るわ、ね・・・」
「お、おう・・・」
互いに気恥ずかしくなった状態になってしまったため、リコリスは顔を真っ赤に染めたまま颯真の部屋を出た。
「・・・明日、どんな顔して会えばいいんだよ・・・」
颯真は床に転がったまま、そう小さく呟いたのだった・・・
まず、今回人の死や血の表現ガッツリ入っていた件について謝罪します。
明香里が血を見るのがダメだ、というところや颯真がラファールを具現化するのを可能な限り拒む理由がここにあるため避けられませんでした。
次回はアスティロットが暴走します。どこかで見たことあるような感じの暴走です。
あとリコリスが弄られます。