孤独の偽善者
少し時系列が進んでいます。ご了承下さい。
忌々しい、まったく持って忌々しい。
あの無能の王様のせいで、一体何千人の人間が【勇者】と云う呪いに掛かったのか、想像したくも無い。
俺は【ファクルタース】"神隠す秘匿の外套"を駆使し、自身の体を透明化させる。
【ファクルタース】とは、魔力を具現化、または空間に干渉させる能力である。
魔力を放出させ、現実へと形に残す場合は具現化系統、炎を出したり、物質に影響を及ばせるのが干渉系統。
俺の使う"神隠す秘匿の外套"も、干渉系統の能力で、その効果は一時的に自身の体を透明化させる事が出来る。
一種の迷彩能力なのだが、俺よりもうまく透明化できる人間は見た事が無い。
狙うは、蜥蜴の頭と、それに似合わない筋肉を併せ持った二足歩行の怪物【ラケルタ】の群れ。
左腕に装備した弓を引く、一見するとクロスボウに似たそれの弦を引き、金具に引っ掛ける。
この装備は俺の魔力と連動されていて、魔力の循環を停止させるとクロスボウに溜まった魔力が変換され、ブースターとなって矢の威力を上げる事が出来る。
標準は一匹の【ラケルタ】、体内の魔力貯蔵は十分、循環を止め、風を切り裂く様な一撃をラケルタの頭を粉砕する。
十分に軽い鉄の矢だが、威力は満点、ラケルタの頭蓋骨を破壊し、貫通、その先に居るラケルタの首筋に突き刺さり、そこで止まった。
距離は十数メートル、俺はその木々生い立つ森の中で、そのラケルタの行動を観察する。
ラケルタは混乱している、叫び声をあげる奴が居れば、奇声を放ち、仲間を集める奴も居る。
ラケルタは一丸となり、左右から訪れるかもしれない敵を警戒し、その紅い双眼がギラギラと獲物を探す。
その必死な行動に、俺は思わず笑みが零れそうになる、卑猥で、歪で、粘着した笑み。
蜥蜴の頭を持つ、ラケルタという怪物は、所謂狩りに特化された集団種族。
ここに来るまでは、人の里を荒らし、舐り、食らっていたのだろう、口元に付着した泥や血が付着している。
数分前までは、自分達が"狩る側"だったのだろうが、今は違う。
今では、俺が"狩る側"、いや―――
「――――いや、違う、これは、一方的な"虐殺"だ」
瞬間、ラケルタの集団の一部分が爆発した。
なんて事は無い、俺が射った矢に触れた奴が爆発しただけだ。
そう、爆発物はラケルタが粉砕され、死滅したはずの死体。
俺が使った矢は、【保有スキル】を持つ、俺の"毒の契"によって、俺の魔力には危険性の高い"毒"となっている。
生物の神経を溶かしたり、生物の"体を爆破"させたり、様々なレパートリーがあるこの能力を、俺は大変気に入っている。
他の奴らはこの【保有スキル】を、呪われた魔力と云うが、俺から言わせれば、随分と偉そうな口を聞くな、と問いたい。
確かに、呪いを解くまで半永久にこの【保有スキル】は継続するが、生成される魔力の毒は、"あらゆる敵の致死量にあわせて扱う事が出来る"。
言うなれば、一撃で敵を殺せるチート能力。
どんな掠り傷でも、毒が体内に入れば数十秒もしない内に死に至る、皮膚が溶けたり、魔力が暴走したりと、その相手に合わせて"毒を選び扱える"のだ。
故に、一撃必中をこの場で体現出来る。
ラケルタは吼える、その咆哮は、怒号と言うよりも、懇願に近い、悲鳴だった。
その懇願に、俺は答えるつもりは無い、せいぜいお前らが殺していった村人の痛みを思い知れ、そして死ね。
弦を引く、魔力で作り上げた鏃を矢の先に取り付け、設置する。
息を付く暇も無く、感覚のみで矢を射った、狙いは上々、ラケルタの心臓を破壊し、数メートル先の木に突き刺さる。
ぐじゅぐじゅと、ラケルタの傷口からそんな音が聞こえる程、毒の腐敗は進んでいく。
また死んでいったかつての仲間を尻目に、死体が爆発する。
飛び散った血肉の破片には、矢で射ったラケルタの毒が残っている、それを浴びたラケルタ達は、酸に触れたかのように皮膚が焼け爛れる。
―――まだ七匹程残っている、だが、もう手足は酸に侵され、走ることも歩くことも出来まい。
ついにラケルタは吼える事を止めて、小さく鳴きはじめた、その声は、負けた相手に降伏を示す、最も屈辱的な行為。
辱めを受けても尚、生きたい思いがあるのだ。
俺は、また引いていた弦を、金具に設置する。
―――だから、どうした?
鏃に魔力で作り上げた毒の鏃を矢に装着し、クロスボウに設置する。
―――降伏?しるか、お前らは、降伏していた人間を、厭らしく笑いながら殺してたじゃねえか。
慈悲は無い、頭を垂れたラケルタに矢を放つ。
綺麗な弧を描き、そのラケルタの頭、眉間に必中する。
三度目、流石に知能の低いラケルタでも、その威力を知っている、逃げようともがくが、最早足も手も使い物になってはいない。
ぱぁん、と風船が破裂する音の様に、ラケルタは毒によって破裂した。
飛び散った血肉は、他のラケルタ達に付着し、溶け出す。
たったそれだけの事で、その場はまさに地獄絵図へと化していた。
「―――償え、お前ら畜生にも劣る暴物共は、その無様な死を見せる事で、初めて意味を成す」
耳の奥を引っ掻く様な悲鳴を後に、俺は後ろを振り返ることもなく、その場を去る。
"神隠す秘匿の外套"も必要ない、魔力を遮断し解除をする、そして俺はいつも通りの"勇者"ジーク=フランロッドとして茂みの森を舞台とした第二層"迷宮"を後にした。