恋人ってそういうものじゃないと僕は思うんだよね
私、藤乃雄平はひょんなことから異世界に勇者として召喚されてしまいました。そしてそこでいきなり僕が16年間大事に守り続けてきた“初めて”を奪われてしまいました。最初は夕暮れの丘の上でロマンチックにと決めていたのに、ロマンもへったくれもない状況で彼女は強制的に僕の唇を奪っていきました。しかも唇を奪うだけでは飽き足らず、舌まで入れてきたのです。お陰で僕の純情はめちゃめちゃです。しかし初キスを奪われた以上、僕は最後の砦である貞操だけは守りぬかねばなりません。またさっきみたいにこっちの意向を無視して強制的になんていうことは絶対に避けねばなりません。
彼女、ユイさんは堅物そうな顔して相当淫乱なお方です。痴女です。変態さんです。僕は彼女から貞操を守ります。童貞を守れずして一体何が守れるのだ、という先生の教えに従い、僕はこの世界で穢れずに生き抜いていこうと思っています。
「先程からぶつぶつ何をおっしゃっているのですか?」
「今のはモノローグなんだから声には出してない体なの!」
ちなみにここは大聖堂ではなく、僕に支給された城の中の一室だ。ユイさんは僕をここまで案内してくれたんだ。
「そう言われても、がっつり聞こえていましたよ。随分と失礼なことも」
「うげっ!」
「お言葉ですが、私は決して淫乱などではありません。勇者様と行動を共にする“ラバーズ”として当然のことをしたまでです」
「え? “ラバーズ”って?」
「恋人のことです」
「どうして勇者と行動を共にする人が恋人なの!?」
「落ち着いてくださいユーヘイ。さっき私が言ったでしょう? 『私を愛して、私を強くしてください』と。ラバーズは勇者と恋人関係になることで、勇者から魔力を供給してもらい、勇者の守護者として強くなることができるのです。二人の結びつきが強いほど、ラバーズの力は大きくなる。勇者がラバーズをより深く愛することで、最強の守護者を育成することができるのです」
「ちょ、ちょっと待って! なんか僕の理解の範疇を軽々しく凌駕することを簡単に言ってるけど全然納得できないよ! ラバーズって言うくらいだから守護者は何人かいるんでしょ? 何人もいたら全然恋人同士じゃないじゃない!?」
と、僕としてはいたって真っ当なことを言ったつもりだったのだけれど、当のユイさんは呆れたように溜息をついて言った。
「いいですかユーヘイ。あなたは一国の王が1人の女性としか子供をもうけないとでもお思いですか? 国王は普通、側室を沢山持ち、沢山の女性との間に子をもうけるものです。そうしなければ子孫を残すことができないから。それと同じ様に、勇者は沢山のラバーズを持つことで、その中からより優秀なラバーズを育成することができます。要は確率の話なのです。沢山相手がいれば、より優秀な人材が育つ。これはそのための制度なのです。ですから、あなたは何もおかしいと思うことはありません」
ユイさんは多分、ただ事実を告げただけなのだと思う。自分自身が、沢山の確率の中の1つであるラバーズの1人だと言うのに、その制度を少しもおかしいと思っていない。そんな人に対し、僕程度の人間に言える言葉などないように思われた。僕が黙っていると、それを理解ととったのか、ユイさんはまた僕に対して説明を再開した。
「とまあ、勇者とラバーズの関係はそんなところです。そうだ、まだあなたが何のために旅に赴くのか説明していませんでしたね」
「普通、それを最初に言うものじゃないかな……?」
今度は僕が呆れる。するとユイさんはおっほんと大袈裟に咳払いをした。どうやら本気で忘れていたらしい。そこを大いに指摘してもいいのだけど、その後の報復が明らかに怖いので、それ以上言及することは慎んだ。
「旅に赴く目的、それは……」
「それは……?」
ためるユイさん。そして、
「それは、私たちと親交を深めるためです」
と、あまりに拍子抜けのことを言ったのだった。
「もしよければ質問してもいいかな?」
「なんでしょう?」
「そんなくだらないことのために旅するの……?」
「くだらないとはなんですか!」
「うお!?」
「少しもくだらないことはありません! あなたの使命は優秀なラバーズを育成することなのです! そのためにはデートをして仲良くなるのが一番の道なのです!」
「凄く真っ当なことを言ってるんだろうけどやっぱり全然納得できない!」
「それに、ラバーズはここセオグラードだけにいる訳ではないのです。この世界の各地にラバーズの候補者たちがいるのです。あなたは世界各国のラバーズを育成し、優秀な守護者に育て上げる義務があるのです! 優秀なラバーズが育つことで、国の力は増します。そしてそれが豊かさへと繋がっていくのです!」
もう何が何だか分からない。いや言ってる意味は分かるけどちっとも納得できない。あまりに無茶苦茶。この世界の人権がどうなっているのか知らないけど、いくらなんでも人権無視過ぎる! この子はなんでか納得しているようだけど、世界各国の女の子がそんなこと納得している訳がない。だって勇者って言ったって僕だよ!? 僕みたいな16年間女の子とロクに喋ったこともない人間が世界中の女の子を籠絡しろっての? そんなの無理に決まってるよ! 考えるだけ悲しくなるけど僕じゃ絶対無理!
「だったらどうしてもっとイケメンを勇者にしなかったの!? どうしてもっとモテそうな男を選ばなかったの!? そんな役目、僕には荷が……」
「大丈夫です。確かに、あなたをこの世界に呼んだのは偶然によるところが大きい。しかし、この世界に来られたとしても勇者の器を得ることは簡単なことではないのです」
「え? それって……」
「そうです。あなたは選ばれたのです! 勇者の器を得る資格があると、この世界が認めたのです! だから、あなたは何も恐れることはない! あなたは世界の望むままに、勇者としての務めを果たせばいいのです!」
「いやそうは言ったってね……」
「とにかく、あなたならやれます! 自信を持ってください!」
彼女は高らかと、そう僕に告げたのだった。
彼女が部屋を出ていき、室内に静けさが訪れる。それにしても、同時に沢山の女の子と恋人同士になるなんてやはりどう考えてもおかしい。彼女の話によれば、僕がしなければならないのは二股とか三股の範疇では絶対ないはずだ。あまりに酷い話だ。お互いに納得してたってあまりに不誠実な行為だってのに、この制度に納得していない女の子だって絶対にいるはずなんだ。そんなの子相手でも、僕は勇者として責務を果たせと強要され、女の子もそれに従わざる得ない状況だとしたら……。冗談じゃない! 僕がしたいのは恋愛なんだ! そこに愛がないんじゃ意味がない! 沢山の人相手ってのも絶対違う! 僕は1人の人と本気の恋愛がしたいだけだ!
――コンコン
扉のノック音で、そんな僕の思考が中断させられる。そしてその後、「勇者様、いらっしゃいますか……?」と、控えめな女の子の声がドアの向こう側から僕の耳に届いた。
声の感じからして確実にユイさんではない。
「どちら様ですか……?」
「お休みの所すみません、勇者様。わたしは、マキと申します。どうしても、勇者様にお目通り願いたく、参上した次第です……」
「お目通りなんて大袈裟な。どうぞ入ってください」
僕のその言葉が意外だったのか、扉の向こうの女性はしばし固まっていたが、やがて意を決したようにその扉を開いた。
そこに立っていたのは、黒くて長い髪の毛をサイドで束ね、青い袴の弓道着を着た女の子だった。
ユイさんとはタイプが違うけど、この人も本当に美しい人だと、僕はその時思ったのだった。
女性の方、できれば怒らないでください