僕が勇者になった日
深夜のテンションで書きました
僕はただ、恋がしたかっただけだ。
美少女ゲームで体験するような、ライトノベルで読めるような、そんな美少女との恋に憧れていた。でも僕は、背も低いし、運動神経も悪いし、いかにも暗そうで弱そうで犯罪でも起こしそうなクラスに1人はいるような日陰キャラだ。そんな僕が、可愛い女の子と恋愛などできる訳がない。
それでも僕は諦めなかった。いつか、そんな僕にあり得ない様な奇跡が都合よく舞い込んで来てくれることを期待した。ある日机の中から美少女が僕の運命を変えにやって来てくれるとか、空から裸の女の子が降って来るとか、美少女生徒会長率いる生徒会がなぜか僕をメンバーに引き入れるとか、そんな未来を期待したんだ。
でも、現実ってのは非情なものだ。これまで生きた16年間ついぞ僕は恋をすることができなかった。いや、恋をするどころか高校に入ってからは女の子と一度たりとも会話することすらできなかった。クラスに半分は女の子がいるのに、だ……。
そして今、僕は、死んだ。
恐ろしいくらいにあっさりと、トラックが僕の命を持ち逃げしていった。よりにもよって、エッチな雑誌を買った帰り道で。何も今日じゃなくてもいいじゃないかと恨み事を呟いても遅い。「昨日ウチの学校の生徒の、何て言ったっけ、藤……まあとにかく男子生徒が轢かれて死んだらしいんだけど、そいつエロ本持ってたらしいよ! マジ受けるんですけどぉ!」とか言われてそうだ。最悪だ。死にたい。いや、死んでるんだよ。何考えてるんだ僕は死ぬ瞬間まで。ってか考え事巡らせてる時間長すぎない? 死んだんだよ僕。だったらさっさと意識飛べよ。余計なこと考えさせないでよ。なに? え、もしかして死んでないの? 嘘だ。だって身体がぐちゃぐちゃになったのがわかったもん。絶対死んでるよあれ。やめてよ、思い出させないでよ。ああ、もう普通こういう時流れるのは走馬灯じゃないの? 無駄な思考時間いらんから走馬灯はよう!
「そんなものは必要ありません。いいから早く目を開けてください、ユーヘイ」
「へ?」
「へ? ではありませんユーヘイ。あなたは勇者としてこの地にたった今召喚されたのです。いいから早く目を開けて状況を確認してください」
ちょっと怒り気味だけど、これは確かに女の子の声。しかも、僕の大好きなゲームとかアニメに出てくるような可愛らしい声だ。何が何だか分からないけど、とりあえず声の主の顔だけでも見てみようか。
眼前にいたのは、青い瞳を持つ、信じられなくらいの美少女だった。彼女は長い金髪をポニーテールにし、凛とした表情で僕を見つめている。背は僕と同じくらいだから女の子としては少し高いくらいだろうか。服装は、白のブラウスに、膝まである紺色のスカート。見た目は完全に外国人だけど、その雰囲気はどことなく大和撫子を彷彿とさせるものがあった。
「ええと、どちら様ですか?」
「申し遅れました。私の名前はユイです。あなたの旅の供をさせていただきます」
「え、旅って、なんの……?」
「うーむ、どうやらまだ事態を飲みこめていないようですね。落ち着いて辺りを見回してください」
そこで僕はようやく理解した。僕はさっきまで確かに学校近くの商店街の本屋さんの前にいた。でもここは、どう考えてもその場所とは違う場所だった。まるでバチカン市国の大聖堂のような厳かな雰囲気。そしてまるで中世のヨーロッパのようないでたちをしている人々。日本人の様な人もいるけど、金髪だったり赤髪だったり銀髪だったりと、まるでコスプレイヤーの集いのように様々な容姿の人々がそこにはいた。
「こ、これは一体……?」
「あなたは勇者としてこの世界に召喚されたのですよ、ユーヘイ」
「勇者? ど、どうして僕が……?」
「あなたが勇者に選ばれたのは、まあたまたまです。あなたがたまたま今命を落としそうになったので、あなたの魂が身体から離れた瞬間その魂をこの世界に呼び込んだのです。空っぽの身体は向こうに置いてきてしまったので、今のその身体は本物を真似て作ったものです」
「ええ!? じゃあさっき僕がトラックに轢かれたのは、やっぱり事実!? ってか『この世界』ってことは、ここは僕がいたのとは別の世界なの!?」
「ええそうです。ここは『アルカディア』といいます。あなたのいた世界とは隔絶された地、いうなれば“異世界”というものですね」
女の子、いやユイさんは淡々と事実? を僕に伝える。正直頭が全くついていかない。だって、異世界とか勇者なんてまるでラノベじゃないか!? しかも、よりにもよって僕みたいな冴えない少年が勇者?
「む、無理だよ! 僕が勇者なんて、人選間違ってるよ!」
「落ち着いてユーヘイ。大丈夫。あなたならできます」
「どうして!? 一体何の根拠があってそんな……」
その時僕は気付いた。ここにいる人達は、どうにも女の人ばかりだということに。というか女の人しかいない。女王らしき人はいるのに、王様らしい人はいない。シスターみたいなのはいるけど、司祭様らしい人はいない。
ねえねえ、これってまさか……
「もしかして、大丈夫な理由って、僕が、男だからって、こと……?」
「ええそうです。この世界に男性は数えるほどしかいない。しかも皆ある程度年齢がいっていて、若い世代が全くいないのです。あなたのような若い男性なら、充分勇者としての素養があると言えるでしょう」
「男だからってだけで選ばないでよ! だって勇者って世界を守るために戦うんでしょ?」
「ええ、確かにあなたは世界の平和のために旅をしてもらいます」
「だったら絶対無理! 僕運動神経皆無だし、多分君と腕相撲しても負けるよ!」
「大丈夫です。あなたは戦う必要はないので」
「え? じゃあ、誰が戦うの?」
「私をはじめ、総勢3人の守護者が戦います。あなたは、私たちと契約を結び、私たちを戦える状態にしてください」
守護者? 契約? なんだかどんどん漫画じみてきたな……。それに勇者なのに戦わないってのも、なんだかイメージと違う。いや、僕は決して戦いたくはないけど! でも、戦える状態にするって、どういう意味なんだろう?
「説明しなければいけないことが沢山ありますが、まずはあなたは私たちと契約を結んでください。ちなみに拒否権はありません」
「ひどっ! どうしても、嫌だと言ったら……?」
「死にます」
「鬼畜だ!」
「あなたは本来ならもうすでにこの世にはいないのですよ。生きるチャンスがあるだけマシだと思うべきです」
「うう、勇者なのに扱いが悪い……。分かりましたよ、契約しますよ……。それで、契約ってどうすればいいの? 契約書類にサインでもするの?」
「いいえ。ちょっとこちらに来てください」
ユイさんが僕をちょいちょいと呼び付ける。やっぱり僕勇者として敬われたりとか全くしてないよね? これまでと扱いが全く変わってないからよく分かるんだよね僕。うん、分かっても全然嬉しくないけど。
僕は言われるがままに彼女に近づく。でも、次の瞬間だった。
突然ガシッと肩を掴まれ、身体を寄せられ、そして、口を塞がれた。
え? 口? なんだ、口に感じられるこの柔らかい感触……は!?
「んんんんんんんんん!?」
ももももしかして僕キスされてるの!? ウソ!? なんで!? ってか舌が入って……!
「うふぃぃぃぃぃ!?」
「おひふいてふらさいふーへい。ほれはへいあふのひなのれす。あらたはそろままれいれくらさひ」
日本語でプリーズ! ってかディープキスしながら喋らないで! なんか舌が擦れて、変な気分にぃぃぃぃぃ……。と、その瞬間、僕の口からユイさんの口が離れた。僕の舌とユイさんの舌の間には、粘着性のある液体が逆のアーチを描くように垂れ下がっていた。
ユイさんは口の周りの涎を拭くこともせず、そのままの様子で、
「これにて、私との契約の儀は完了です。今日から私はあなたのものです。お好きな様に私を愛して、私を、強くしてください」
と、とんでもないことを言ったのだった。
恋をしたかっただけの僕が、なぜか勇者になってしまった。勇者なんて僕に務まるわけない。でもその時は、美少女にディープキスをされたショックで、ありとあらゆる正常な思考が二万光年は彼方に飛んでしまっていた。
「分かった。僕は君を、愛します……」
まるで結婚式のような台詞。でも、その言葉のせいで、契約は完了してしまった。かくして僕の勇者ライフが始まった。ここがどこなのか、何から世界を守るのかも分からないのに、僕の勇者としての第一歩は、ここに始まってしまったのだった。
続く、かも?笑