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87 「さすがに多くね?」

 豚、ブタ、ぶた。

 見渡すかぎり一面に巨体を揺らすオークがいる。


「さすがに多くね?」

 おそらく500を超えるであろうオークに苦笑いを浮かべる。


「奥にはオークロードも居ますね」

 ハクレンが所々に居る頭一つ抜け出たオークを指差し言う。


「近づきたくないんですけど。臭そう」

 ミーアが心底嫌そうに顔をしかめる。


「ていうかバカなの?」

 シャーリーも顔をしかめているが、その目はかわいそうな物を見る様な悲しい目つきだ。


「オークが多く。フフフ、一網打尽で楽チン」

 エリスはツボにはまったらしく珍しく口角を上げ肩をプルプル震わせている。


 城と言うのか屋形と言うのか、たぶん主要拠点と思える山の壁面に埋め込まれるように作られた建物。

 その一階の大広間、エントランスにオークが大集合していた。


 それこそ一網打尽にして下さいと言わんばかりの密集具合で。


 △ △ △ △ △ △ △ △ △ △ △ △ △ △ △

 約10分ほど前。


「思ってたより大きいな」

 レイの『超速転移』で建物の前までやってきた一同はその大きさに改めて驚く。

 跳び過ぎると岸壁に突っ込んでしまう為、安全を見越し着地地点を手前に設定したおかげで建物まではまだ200メード以上の距離がある。

 だが、それでも岸壁の建物の大きさは際立っていた。


「【音響視】を使うと耳が良いのには気付かれるみたいなんで使えない訳なんだけど」

 シャーリーはそう言ってハクレンに視線を送る。

 それにハクレンは頷く。その後ろでミーアもウンウンと頷いている。


「そうなると、建物の中がどうなってるか分かんないわよ?」

「そうですね。この辺りはオークの臭いがキツ過ぎてよく分かりませんし、角を曲がったら突然遭遇、なんて事もありえると思います」

 シャーリーの言葉に再びハクレンが頷く。


「まぁ、それが普通なんだし、気をつけながら進むしかないだろ」

 優秀な斥候がいると探索は楽になる。

 しかし、それに頼り切っていると痛い目を見る。

 ハクレンという優れた嗅覚を持つ仲間を得た事でレイが知った事である。

 シャーリーもまた今回レイ達と組んだ事で【音響視】の弱点を知った。

 万能な能力はなかなか無いという事だ。



「臭いが強くなっています。もしかすると建物中に大量に居るかも知れません」

 建物に近づくほど強くなるオークの臭いにハクレンが警告を発する。


「そう言えば気付かれてる可能性があるのよね。昨日の事もあるし」

 建物の外壁に取り付き入り口まであと僅かという所でその事に気が付く。

 角を曲がったら敵に遭遇。どころかドアを開けたら……。という待ち伏せに合う可能性もある。


「じゃあ、せめて予想外の所から侵入しますか」

 悩むシャーリーにレイが上を指差し言う。

 レイの指が指し示す先にある窓を見てレイがそこから侵入しようといっている事にシャーリーも気付く。


「どうやって? 私飛べないわよ?」

 しかし、窓の高さはおよそ10メード。跳んで届く高さではない。

 そこから入る為には空が飛べるか、垂直のキレイな壁を登れる特殊技能が要る。


「エリス」

「ん?」

「あぁ、エリスちゃんが飛んで行ってロープを垂らすわけね」

 一行で唯一『飛翔フライ』により空を飛べるエリスがその役に付くのは当然の流れである。

 シャーリーの常識の中ではそうなる。


「いや、違うけど?」

「え?」

「エリス、石柱で階段作れるか? あそこの窓まで」

「……ん。楽勝」

「ヨロシク」

 レイの指す窓を見てエリスはほとんど悩む事もなく頷く。


「集まって」

「ん? あぁ」

 エリスに呼ばれ皆がエリスの周りに集まる。

 何度か窓の高さを確認したエリスが地面に手を着く。


「『石壁ロックウォール』」

「うを?」

 エリスを中心に直径3メード程度の円柱がそそり立つ。


「ん。バッチリ」

 まさしく窓の目の前で停止した円柱の真ん中でエリスが親指を立てる。


「ヨーシ、良くやった」

 そんなエリスの頭をレイがワシャワシャと撫でる。


「大丈夫そうですね」

 窓から中を覗いていたハクレンが見張りが居ないことを報告する。


「よし、エリスもうひと仕事だ。溶かしてくれ」

「ん、了解」

 レイの指示に窓に杖を向けエリス。


「アンタ等ちょっと異常よ?」

 シャーリーは突然足元の地面が動き出しバランスを崩し四つん這いになり驚いていた。

 この状況に特に何も思う事もなさそうなレイ達に非難の目を向けている。


「そうですか?」

「そうよ。こんなの聞いた事もないわよ」

 シャーリーは王国軍に所属し、実戦で攻城戦を行った事はないが、訓練をした事はある。

 城壁突破の為の様々な訓練をしたが、この方法はそれらが無意味と化す。

 「足場自体を持ち上げ城壁を乗り越える」一度使用されれば多くのものが簡単に真似する事が出来る。


「昨日も思ったんだけど、普通思いつかないわよ?」

「そうですか? 前もって組んでおいた足場を城壁に取り付けたりするのとあんまり変わらないんじゃないですかね?」

 前もって足場を組んでおく代わりに魔術で即席の足場を作るだけだ。発想は同じ。それがレイの感覚だ。


「魔術師が城壁の真下に居ること事体がないのよ」

 魔術師の基本的な役割は後方からの支援。最前線に居ること事体が稀である。


「へー、そうなんですか」

「……そうなのよ」

 なんとなく言っても無駄な気のしたシャーリーは肩をすくめて苦笑いを浮かべる。

 先日のローゼンハイムとの決闘といい、天井に穴を開ける侵入方法といい、目の前の若者が常識外れである事を理解し始めていた。



 侵入した部屋の外は吹き抜けのエントランスを見下ろす3階の廊下だった。

 

「スゲー居るな」

 見下ろしたエントランスには無数のオークが集合していた。


 △ △ △ △ △ △ △ △ △ △ △ △ △ △ △


「エリス、いけるか?」

「ん。氷槍華で8割ぐらいは」

 その他の広範囲魔術も選択肢としてあるが、建物を壊しかねない。

 そういった配慮が出来るようになったのか、それとも、

「やっぱりオークの殲滅戦と言えば氷槍華よね」

 シャーリーがエリスに笑顔で語りかける。

 エリスの母、クローディア・ロックハートが3000のオークを撃退したと言う逸話の再現か。

 もしくは雑魚相手に飽きたので楽をしたいのかだろう。


「待って下さい。何か来ます」

 ハクレンが何かに気付く。

 腹這いのまま覗き込んでいるとオーク達の歓声とも取れる声が大きくなっていく。


「ブヒーじゃ何言ってか分かんねーつーの。人語をしゃべれ人語を」

 人語を解するのは高位の魔物と言われる。

 中々無茶な文句を言うシャーリーの耳にも建物の奥から響くカツン、カツンという足音が聞こえてきていた。


「明らかに偉そうなのが出て来たわね」

 奥から出てきたのは装飾過多な巨大なオーク。


「偉くなると着飾りたくなるのはオークも同じか」

「王国の貴族連中に言ってやりたいわね『貴方達オークと同じですね』て」

 軽口を叩きながらもシャーリーの目は今出てきた巨体のオークをつぶさに観察している。


「あれがオークキングですか?」

「多分そうでしょうね」

 そう言うとシャーリーは周りを見渡す。


「さて、階下ではオークキング殿が何やらブヒブヒと演説してますが、このチャンスを逃す手はないと思うわけよ」

「ですね。ただ、昨日の3本角が居ないのが気になりますね」

「そうね。あれが本当の親玉な可能性はあるわよね。ただ……」

「えぇ、この機を逃すのはなしでしょうね」

 シャーリーの言葉にレイは頷き周囲の仲間を見渡す。

 ハクレンとエリスが無言で頷きミーアのみが嫌そうな顔で肩をすくめる。だが、反対意見は出ない。


「じゃあ、まずはエリスちゃんが氷槍華を射出。その後私がオークキング、レイ君とハクレンちゃんがオークロード。ミーアちゃんとエリスちゃんは全体を見て援護。これ基本で後は各自判断って事でOK?」

 その役割配置はシャーリーがオークキングと戦いたいが故のものだという事は容易に想像できた。

 だが、それが最も手堅い配置であるのも事実だった。


「了解です」

 出来れば自分がオークキングと戦いたかったハクレンもその事実に了承せざるをえない。


「さて、下も盛り上がってきたみたいだし、エリスちゃん用意は?」

「ん。完了」

 そう言ったエリスの頭上に氷の槍が4本。


「それじゃ、始めましょうか」

「発射」

 エリスの振り下ろした手と共に氷の槍が射出され中空で互いにぶつかり合い飛散する。


 奇しくもエントランスでは集まっていたオーク達が手を突き上げ声を上げていた。

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