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86 「お山のお城に乗り込むわよ」

 油断はなかった。侮る気持ちもなかった。

 難敵であると認めた上で、自身の経験に基づき堅実とも言える方法を選択していた。


 だからこその結果と言えた。


 振り下ろされた剣を払い流そうと振った剣は何の手応えもなく空振りした。


 騎士として数十年という時間を過ごした彼の経験の中には剣をへし折られた事は幾度もあった。剣を断ち切られた事もあった。

 だが、何の手応えもなくすり抜けた事はなかった。

 『自身の経験に基づいて』という判断が裏目に出た。


 「最悪の事態を想定しろ」と言っていた自分自身が出来ていなかったな。

 今にも振り下ろされんとする剣を見ながらアダルは他人事のように考えていた。



「呆けてんじゃないわよ!」

 アダルを救ったのは1本の槍だった。

 剣が振り下ろされる寸前でミユキが投じた槍。

 それをゴライオスが弾く隙にミユキはアダルの襟首を掴み引き摺るように下がる。


「アルト、腕回収。リーゼは止血して治療。ローゼンハイム、良い薬持ってないの? アンタのお供でしょ」

「え? あ、あぁ」

 まだ固まったままの一同にミユキが指示を出していく。

 その言葉に我に返った皆が動き出す。


「時間は私が稼ぐわ」

 ミユキはゴライオスへと向き合う。


「やれやれ、女は殺すなと言われているのだがな」

「上等じゃない。やれるものならやってみなさいよ」

 挑発的な言葉を放つゴライオスにミユキも挑発的な笑みを返す。


「そう、かっ!」

「なっ!?」

 突然振られた剣をミユキが新たに取り出した槍が受ける。

 しかし、次の瞬間にミユキの手から手応えが消え、剣が槍をすり抜ける。

 剣はそのままミユキの体をもすり抜け振り抜かれる。


「死なせたくはないので言っておく。この剣は『切りたい物以外はすり抜ける』という特殊能力がある。活殺は自在。防御は無意味だ」

 この剣もゴライオスがこの里で見つけた遺物の1つ。防御する事自体を無効とする魔剣。

 その能力を知ったのは偶然に近かった。使いこなせるようになるまでに時間はかかったが、今では自在に扱えるようになった。

 どんな相手と戦う事になろうとも大きなアドバンテージとなる。


「その程度で調子に乗るんじゃないわよ。こっちだって『バリア貫通』『特殊防御無効』の装備ぐらい有るわ」

 身に纏う鎧を動き易い皮鎧から青い金属製の全身鎧に換装し右手にドリルを装着する。


「フッ、まぁ腕の一本ぐらいは良いだろう」

「上等! やれるものならやってみなさいよ!」

 ゴライオスとミユキは互いに笑みを浮かべる。


「ブースト!」

 短い掛け声とともにミユキが弾ける様に飛び出す。

 ドリルが唸りを上げ回転する。

 腕ごと切り落とそうと振るったゴライオスの剣は手応えなく素通りする。


「ッ!?」

 直後、唸りを上げるドリルがその身に迫る。

 何とか身を捻りかわしたゴライオスだったが、服の下のチェインメイルごと浅く身を抉られていた。


「やっぱりね。ナノサイズ以下の流体金属か粒子集合体なのかは知らないけど、断絶された空間に侵入出来るわけじゃないみたいね。なら完全密閉型の蒼龍鎖鎧そうりゅうさがいには無意味ね」

 毒ガスが充満した場所などでの活動を念頭において作製した蒼龍鎖鎧。

 ミユキとしては水中や宇宙空間での活動も考えてはいたが、酸素ボンベ的な物が無いため現状では不可能となっている。


「それにその能力は攻撃には向いていても防御には向いてない」

「チッ」

 ミユキの指摘にゴライオスは小さく舌打ちをする。予想外の展開だった。

 ミユキの上げた弱点は彼も把握はしていた。

 布の服などは繊維の隙間、金属鎧も関節部には隙間がある。致命的な問題ではない。

 狙った対象以外はすり抜ける。それはつまり狙った物以外は受け止める事も出来ないという事で、防御不能はお互いにだ。


 だが、それらの弱点は自身が把握出来ていれば対処は出来る。

 攻撃は隙間を狙えば良いし、防御では全てを対象に選べば良い。

 問題なのは、それを極短時間で見破られた事。もしかすると類似に技術を知っているのかもしれない。という可能性。

 そして、意味不明な単語が目の前の女から発せられた事。

 ――この女は殺せないな。

 何より未知の情報を欲するゴライオスにとって目の前にいるミユキの持つ情報は是非とも手に入れたい物だった。


「良いぞ。実に興味深い」

 ゴライオスの顔には先程までとは違う喜悦の笑みが浮かんでいた。


 △ △ △ △ △ △ △ △ △ △ △ △ △ △ △


「これでー、ラストー!」

 シャーリーの剣が逃げようとしていたオークの首を刎ね飛ばす。


「ハイ、お終い」

 剣を振り軽く血を拭ったシャーリーは晴々とした表情で上機嫌だった。

 先程までの溜まりに溜まったフラストレーションを暴れて発散した形だ。


「元々オークやコボルトの7~8体の群れからなんて逃げ回る必要なかったのよね」

「まぁ、そうっすね」

 見渡す限りに広がる死屍累々たる光景。

 50を超えるオークとコボルトの大半をシャーリー1人で片付けた。

 笑みを浮かべながら敵の多そうなところに飛び込み暴れる。

 「偵察向きではない」と自身でも思う性格によるところだ。


 しかしながらその戦い方は軽やかにして流麗。舞い踊るように敵を屠っていく。


「動きだけ見てるんなら華麗に舞う踊り子なんだけど、舞うたびに鮮血も舞い散るっていうのは軽くホラーだよな」

 狙うは野獣の如き本能のままに、しかし動き自体は流麗で美しく、そしてその結果は凄惨たる血の海。

そのギャップのある戦いぶりに途中からレイは手を止め見入っていた。邪魔になったら斬られそうな気がしたので遠巻きに。




「後続が来ないところからすると、打ち止めかしらね?」

「そうですね。もしくはビビッたか。……俺も近づきたくなかったっすからね」

「ん?」

 上機嫌なシャーリーの言葉に若干引き気味のレイが答える。

 50体のオークが少ないという訳ではないが、それで終わりかといえば、そうとも思えない。


「今の追跡隊でダメなら温存する意味もないですから」

「待ち伏せ気味の部隊がいたりする辺りからして、十分な部隊が配置したつもりだったんでしょう。次が来るまではもう少し掛かるんじゃないですかね」

「アレで十分だと思われてたんなら、ちょっと舐められてる感がするわね」

 ハクレンとレイの意見にシャーリーがため息混じりに肩をすくめる。

 シャーリーの個人的な感覚では今の5倍いても独力で切り抜けられる。


「フム……」

 シャーリーは顎に手を当て何かを考え込み始める。

 その姿にレイは嫌な予感がした。


いや、嫌な予感しかしなかった。


「ヨシ、あのお山のお城に乗り込むわよ」

 どこか据わった目付きで昨夜見た建物の方角を向いてシャーリーは言う。


 ――あぁ、やっぱりそうなる。

 半ば諦め気味にレイは項垂れる。

 付き合いはそう長くはないのだが、レイにはシャーリーの性格がなんとなく分かっていた。

 面倒臭い事が嫌いで、堪え性がなく、一度燃え出した闘争本能を抑えられない。

 そして、

「止めても無駄なんですよねー」

 人の言う事を聞かない。


 ――ミーアとハクレンとエリスを足して割った様な人なんだよな。

 所在無さ気に木に寄りかかりあくびをしているミーア。

 周囲を警戒するように見て回っているハクレン。

 オークの死体を端からアイテムボックスにしまっていくエリス。


「あいつ等はあいつ等でどこまで行ってもマイペースだし」

 自分一人では止められる気がしないのだが、今後の方針について特に何も考えてなさそうな仲間たちが役に立つ気がしない。


「当面は情報収集メインの様子見では?」

「そうなんだけど、なんかこう……面倒臭い? もうそんな感じしない?」

「ハァ、やっぱり」

「やっぱり?」

 シャーリーの言葉にガックリと肩を落としたレイ。

 どうせ言っても聞かないんだろうし、確かにあの建物に行かなければ埒があかないという気はする。

 そう考えたレイは説得を諦めた。


「危険そうな時はすぐに撤退しますからね?」

「オーケー、了解。安全第一」

「なんか信用出来ないんっすけど」

 全く信用できない言葉を吐いたシャーリーにレイが苦笑いで返す。


 だが、後にレイはこの時の予感が当っていた事に気づく。


 そして、誤解していた事にも気がつく。

 シャーリーの「面倒臭い」の意味を読み違えていた事に。

 彼女の「面倒臭い」はその前に「雑魚の相手は」という言葉が省略されていた事に。


 なまじ弱い敵と戦ったが為に闘争本能に火が点いてしまっていた事。

 それが故に手強い敵と戦いたくてウズウズしていたのだという事に気がつくのは、暫く後の事だった。

 





 


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