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85 「そんな所に隠し扉があったのか」

初のスマホ投稿です。



 覚えているのは一面の赤。

 血まみれの地面が村を包む炎で赤く染められていた。


「何だお前? 泣いてるのか?」

 自分の目から零れ落ちる涙。

 何が悲しかったのか、何が苦しかったのか、何故涙が零れ落ちるのかが分からなかった。


「ハハハハ! これが本物の『鬼の目にも涙』だな」

 そして、笑う男。


 振り上げられた血濡れの剣が振り下される事はなかった。


「面白いもん見せて貰ったから、お前は殺さないでおいてやる」

 男は剣の血を拭うと鞘に収める。


「殺せ! 殺せよ!!」

 何故そう叫んだのかは思い出せない。

 覚えているのは下から蹴り上げられた事。

 そして、朦朧とする意識の中で何故かハッキリと聞こえた男の言葉。


「弱い奴の望みなんか叶わねぇよ。殺して欲しけりゃそんだけの価値が出てからな」



 再び意識が戻ったとき、村は焼け落ちていた。

 この世界の誰よりも強いと信じて疑わなかった父が、誰よりも優しく物知りであった母が、長老が、友が、自分以外の村人の全てが物言わぬ骸と化していた。


 何故こんな目に遭ったのか?


 村に何か宝があったわけではない。

 鬼人はオーガと同じように装備品の素材とされる事もある。だが、王鬼人とも言われる貴種だという村人の死体が持ち去られる事もなく素材として剥ぎ取られた跡もない。


 今なら分かる。

 運が悪かったのだ。


 あの男が村を襲ったのは単なる暇つぶしの様なものなのだろう。

 ただあの男の目に止まった。それだけの事なのだろう。



 以来、俺は旅をした。大陸中を見て回った。

 そして1つの結論に至った。


「あの男は正しかった」


 力なき者の望みは叶わない。

 腕力、知力、魔力、そして運。何も持たない者は何も掴めない。

 そして、数もまた力だ。


 あの男を恨んでいるか? と言えば、恨んでいる。

 あの男を殺したいか? と言えば、殺したい。

 だが、あの男に復讐をしたいか? と言われれば、かつては是、今は否だ。


 あの男を殺す事は可能だっただろう。奴より強くなれば良かった。奴を殺せる道具を得れば良い。

 だが、それが復讐になるかと言えば、そうではない。

 奴の全てを奪い、絶望の底を味わわせて初めて復讐となる。

 そのためには、あの日奴が振るったものとは桁違いの力が必要となる。

 人の世の全てを敵に回せる力だ。


 確かにかつては復讐のために力を求めて旅をした。

 しかし、その旅の中で復讐への念は、より強い力への渇望によって次第に薄れていった。


 その旅の中で古代の遺跡を発見した。

 既に滅び去り、在ったかどうかも不確かな古代の王国。

 今よりも優れた技術を持ちながらも消えてしまった文明。

 そこに眠るであろう未知なる力を探し求めた。

 そして、この隠れ里へ続く転移陣を発見した。

 時の喜びは今も忘れてはいない。


 主を失い眠りについていたこの地で、多くの遺物を手に入れた。

 一定範囲内に居る全ての者の位置を正確に知る事の出来る宝珠。

 同時に複数のゴーレムを意のままに操れる指輪。

 数多くのゴーレムとそれらは自動的に生成していく魔法陣。

 どんな魔術も跳ね返す鏡面の盾。

 現在では復元や解析すら適わぬであろう数々の魔剣。

 そして、大陸各地へと続く転移陣。


 いずれはこの地から王国全土へ、といった夢も描いた。

 だが、今はまだそれには程遠い。

 この地に眠る遺物はまだまだ多くが手付かずのままだ。


 その最たる物が、この扉の向こうにあるはずだ。

 多くの遺物が無造作に置かれていたにもかかわらず、この扉は厳重に封がされ開ける事も破壊する事もできない。


「古代文字、異文明の文字、何にせよ手がかりがなさ過ぎるか」

 きっと手がかりなのであろう『開けゴマ』という扉に刻まれた4文字。

 他の遺物や書物のどこにも見た事のない文字を忌々しく睨む。


「仕方がない、破壊するか」

 奥に何があるか分からないため、手荒な真似はしたくなかったが、背に腹は変えられない。

 外部からの侵入者が現れた以上、この里に人間の手が伸びるのは時間の問題。

 まだ王国と事を構えるのは避けたい。必要な物を持って別の隠れ里へと行こう。


「あとは陛下にお任せしよう」

 そのために見つけた王種の豚だ。ここへ招き入れたのも、不遜な態度を許してきた事も、右腕となりきって見せた事も、全てが万が一の場合の責任を取らせるため。

 奴自身がこの地の王が自分であると錯覚しているだろう。


「なんだ?」

 扉を破壊するための遺物を取ってこようと階段に向かいそれに気付いた。


 壁が開き中から何者かが出てきた。


「ほう、そんな所に隠し扉があったのか」


 ▽ ▽ ▽ ▽ ▽ ▽ ▽ ▽ ▽ ▽ ▽ ▽


 一瞬の浮遊感が転移の成功を知らせる。


「明かりを」

 ローゼンハイムの言葉に従いトマスが光玉を浮かべる。


 部屋の大きさは転移施設の隠し部屋とほぼ変わらない。

 5人の人間が居ると手狭に感じる。


「外の様子は?」

「んー、特に何も聞こえないよ」

 耳を壁にあて外の様子を窺っていたアルトが首を振る。

 それは隠し扉の厚さや材質によるものなのか、それとも何の音もしていないからかの判別は内からは出来ない


「出れば分かるわ」

「考えなしで動くな」

「じゃあどうするのよ? 今なら誰も居ないけど、もう少ししたら誰か来る可能性は? それともここでいつまでも待つ?」

「考えもなく動くなと言っているのだ。同じ行動でも勘と考えてではまるで違う」

「同じ行動になるなら、過程が違っても結果同じよ」

 ミユキとアダルが睨み合う。

 事あるごとにいがみ合う2人に周囲は苦笑いを浮かべるが本人達は気にも留めない。


「時間の無駄だ。出るぞ」

 こうなった場合はローゼンハイムがどうするかで決まる。

 ミユキの言う通りに待っている事で事態が改善する確証はない。

 外の様子を窺い知る事が出来ないのであれば、良いタイミングを見計らうことも出来ない。

 そうなればいつ外に出ようとも運の良し悪しでしかない。


「……では、先頭は私が」

 万が一の事態に備えアダルが剣を抜き先頭に立つ。

 開いた扉の隙間から外の様子を窺う。


 そこへ、

「ほう、そんな所に隠し扉があったのか」

 そんな声が聞こえた。

 3本角の鬼人、ゴライオスだった。


「ッ!」

 素早く向き直って剣を構えたアダルの隣で鎧を纏ったミユキが槍を構える

 同じ様に飛び出そうとしたアルトをローゼンハイムの手が制する。

 自分達の存在を隠しておく算段だった。


 だが、

「まだ扉の影に居るのだろ?」

 相手には読まれていた。


「よく気付いたな」

「7人。他にも侵入者がいたか」

 扉の影から出てきたローゼンハイム達を見てゴライオスが言う。

 その言葉に一同は驚く。

 だが、それを悟らせないように表情を崩す事なくローゼンハイムは言葉を返す。


「他? 何の話だ?」

「フム、とぼけているのか、それとも別口か? 昨夜の侵入者は男1人に女4人の5人組みだったな。たしか2人は獣人だったか」

 まるで何でもない世間話かのように話すその内容は正に昨夜のレイ達を示していた。

 その正確さはあてずっぽうと思えるものではなく、レイ達が捕まったのではないかとその表情に驚きが出る。


「やはり無関係ではないようだな」

 その僅かの動揺を見逃す事なくゴライオスの口に笑みが浮かぶ。


「貴様、何者だ?」

 バレてしまったものは仕方がない。と頭を切り替えたローゼンハイムが目の前の相手から情報を引き出しにかかる。


「俺か? 俺は偉大なる王、ルドルバウム様の右腕。この国の執政官を任されているゴライオスだ」

「この国? この山間の小さな里がか?」

「今はまだ、な。だが、いずれは大陸中がルドルバウム様の前に平伏す事になる」

 ゴライオスは何の迷いもなくそう断言する。


「では、そのルドルバウムというのは何者だ?」

 その見た目から、目の前に居るのがシャーリーから連絡のあった相手だろうと思うが、貴種の鬼が王と仰ぎ見る相手が何者なのかローゼンハイムには興味があった。


「偉大なるオークキングだ」

「オークキング?」

 その答えはローゼンハイムにとって予想外なものだった。


「その角は飾りでもあるまい? オークキングなど3本角が仕えるほどの者か?」

「フ、よしずいから天井を覗く。というやつだ。自分の見識で全てが測れるなどと思い上がるなよ、人間」

 ローゼンハイムの言葉にゴライオスが牙をむき出しにして笑みを浮かべる。

 それは獲物を前にした肉食獣のような獰猛な笑みだった。


 ゴライオスから発せられた殺気に吸い寄せられるようにアダルが音も無く踏み込み渾身の突きを打つ。

 ローゼンハイムとゴライオスの会話の内に少しずつ移動し視界の外に位置どり必殺を期したつもりだった。


「侮っていたのは俺もか。中々の腕前だ」

 アダルの渾身の突きを紙一重で避けたゴライオスの顔にはまだ余裕が見られた。


「チィ」

 アダルの突き出した剣が下から弾き上げられる。

 気付けばゴライオスの手に長い剣が握られている。


「安心しろ。皆殺しにはしない。その隠し扉がどこへ繋がっているのかも聞かねばならぬし、『女は殺すな』との命も受けているしな」

 ゴライオスの視線が一同を見渡す。

 

「女とその男が残れば良いか」

 ローゼンハイムを見据えゴライオスは言う。

 立ち位置やこれまでの話から一堂の中の立場を読み当てた。


「させると思うか?」

 ゴライオスの視線を遮るようにアダムがその正面に立つ。


「そうだな。貴様が最強なのだろうな」

 アダルを見据えながらゴライオスが言う。立ち姿やその身に纏う気配から力量を推測した結果だった。


「貴様さえ倒しておけば良いという訳だ」

「そうだ。逆に言えばワシを倒さねば何も出来んという事だ」


 ゴライオスの言葉に頷いたアダルはそのまま前へと踏み出す。

 先程の気配を殺した忍び足の踏み込みとは違う地面を踏み抜かんとでも言うかのような一歩。その一歩でアダルはゴライオスへと肉薄し剣を突き出す。


「チィッ!」

「まだだ」

 ゴライオスが僅かに身を捻り渾身の突きを避ける。

 しかし、それを織り込み済みかアダルはその勢いのまま肩からぶつかる。

 体勢を崩したゴライオスにアダルの剣が襲う。

 その剣を倒れかけた姿勢でゴライオスの剣が受けとめる。片腕を床に着き、片腕で剣を支える。


「フン!」

「ム!?」

このまま押し切ろうとアダルが体重をかけるが剣はビクともせず、逆に押し返される。

 まさか押し返されるとは想ってもいなかったアダルの驚きで生まれたわずかな隙にゴライオスの蹴りがアダルの足元を刈りにくる。

 アダルがそれをかわして飛び下がる間にゴライオスも立ち上がり体勢を立て直す。


 再び正面に向き合った2人。

 先に動き出したのはゴライオスだった。

 体格で勝り、更にその剣もアダルの剣よりも長い。

 そのリーチの差を生かすべく自分だけがギリギリ届く間合いから顔を狙った突きを撃つ。

 目に向かって真っ直ぐに突き出された剣は単なる線に見え距離感を狂わせ反応を遅らせる。

 だが、アダルは既にその時剣先の進行方向にはいなかった。

 僅かな予備動作からタイミングを見切り、足りない間合いを埋めるべく、突き出された剣を避ける様に一歩を踏み込んでいた。


 そのアダルの動きに合わせる様にゴライオスも突きから切り払いへと動きを変えた。

 その切り払いをアダルは剣で受ける。そのまま相手の剣を押さえ込みながら肉薄し斬るつもりでいた。

 だが、剣を通して感じる圧力にそれが不可能である事を知る。

 ならば、と身を沈めゴライオスの剣を頭上に流しその下を潜り抜ける。

 そのままがら空きとなった胴を薙ぐ。


 だが、アダルの剣が振り抜かれる事はなく、その表情は渋い。

 

「チェインメイルか」

 アダルはその硬い手応えから服の下に防具を着込んでいる事を感じ取る。

 

「正解だ」

 ニヤリと笑ったゴライオスが剣を返すように切り上げる。

 それをアダルは受けながら後へと飛び距離を取る。


 僅か数秒のやり取りながらお互いに相手の実力が概ね把握できていた。

 速さと技ではアダルが勝り、膂力という点では圧倒的にゴライオスが勝る。

 ――なるほど、難敵だ。

 お互いにそう認識しながらもその口元には笑みが浮かぶ。

 ――だが、勝てる。

 それもまた同じ認識だった。


 両腕で体重を乗せても片腕で押し返される。

 まともに打ち合えば力負けする事は明白。

 ならば、まともに打ち合わねば良い。受け流せば良い。

 押し負ける相手に勝つ方法など幾通りもある。

 アダルには十分な勝算があった。


 ローゼンハイムもまたアダルの勝利を疑っていなかった。

 自身の剣の師であり、頭の固い頑固者のこの男に絶対の信頼を置いていた。


 だからこそ信じられなかった。

 アダルの右腕が鮮血と供に宙を舞うその光景。


 どこか夢や幻をみているように現実感がなかった。

 だからこそ何の反応できなかった。


 無防備にさらされたアダルに向かい愉悦の笑みを浮かべたゴライオスが敢てゆっくりと剣を振り上げていた。




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