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84 「隠し扉を発見したわ」

『フム、3本角のか』

「えぇ、額に1本、左右のこめかみに1本ずつの計3本」

 シャーリーが見たというその相手、その特徴から鬼人、もしくはオーガと呼ばれる種族だ。

 鬼人とオーガの違いが何かと言えば根本は同じであるが、人と共存してきた者たちは鬼人と呼ばれ、森人エルフ地人ドワーフと同じく王国の臣民として法の下に人と平等に扱われている。

 一方のオーガは人と共存出来ず、食人鬼とも呼ばれる魔物の一種とされている。

 根本の種は同じではあるが、長い時間をかけて別の種族と言える進化をとげている。

 オーガの方が全体的に大きく毛深く爪や牙が長い。外観による識別も可能だ。


『書物や話では聞いた事があるが、本当に存在しているとはな』

「見間違えじゃないわよ」

『疑っているわけではない。だが幻の存在だからな』

 その鬼人・オーガの分かりやすい特徴が頭部の角である。

 その長さ太さ形状は彼らにとってのステータスの一つであり、その本数は生まれ持った種の格を表すという。

 通常種は額に1本もしくは2本。上位種といわれる者はこめかみから生える。

 そして極稀に額とこめかみの両方から生える貴種もいるという。

 古い書物にその存在が記されてはいるが、実際にその姿を見たという者はいない。


『じゃあ、ソイツが今回の黒幕なわけね?』

『そうと決まったわけでもあるまい。もっと大物が控えている可能性もある。そもそも、角が付いた被り物をしていただけかもしれん』

 今にも「ブッ飛ばしに行く」と言い出しそうなミユキをローゼンハイムがたしなめる。


「そう、それになんで見つかったのかがよく分かんないのよね」

 シャーリーはその3本角の相手と目が合ったと言う。

 勿論、距離を考えればそう思えただけで実際に相手がシャーリーの目を見たわけではないだろう。

 だが、こちらの方向を見て笑ったのは事実。居場所がバレていたのは間違いなさそうだ。


「目や耳や鼻で分かる距離じゃない。何かしらの探査魔術が使われていたぽいわよね」

 シャーリーの言葉にレイ達の視線が自然とエリスに集まる。

 何かしらの魔術が発動したのであればエリスが何か気づいているかもしれない。

 

「探査系の魔力が走った形跡はなかった」

「ハァー、そうか」

 何かのヒントにでも。と思っていた一同に落胆が浮かぶ。


「ただ、あの瞬間にあの場所に強い魔力があったのは事実」

「どういう事だ?」

「その相手自身の魔力か、何かのアイテムか、強い魔力を発する何かがあった筈」

 エリスによれば、「この線に触れたら」といった探査線はなかったが、それが見えない位置、例えば地中で振動を感知するものなら気が付かない。それ以外にも魔力による効果範囲の力場形成をしないタイプの探査アイテムであれば分からない。との事。


 そして「あの時あの場で何かが行われた」という事だけは間違いない。


『なんにせよ、それも完璧ではない筈だ』

 でなければ、コボルトの追跡部隊を放つ理由がない。

 距離の問題なのか、使用回数なのか、もっと別の理由なのかは分からないが、完璧な探査法であるのなら、コボルトの追跡隊は必要ないし、今こうして通信を行うヒマもない筈だ。


「連中も馬鹿じゃない。転移装置のある施設周辺は重点的に捜索しているんだろ?」

『あぁ、昨夜から施設には見張りが付いている。捜索隊もかなりいそうだ。動き回るのは危険性が高いな』

 侵入者がいた場合、その進入経路の特定は必須といって良い。

 「どこから?」という問いに対して「あの転移装置か」という考えに至ったのだろう、施設の周りを重点的に捜索している。


『とは言え、オークの捜索部隊などそう問題視するものではないがな』

「まぁ。そうかもな」

 ローゼンハイムの言葉には余裕がみてとれる。

 確かにオークは大きな鼻を持ってはいるが野生の豚とは違い嗅覚に優れているわけでもなく、視覚聴覚もともにさほど優れているわけではない。むしろ小さな痕跡を探し出すような細かい仕事には向かない。


「じゃあ、取り敢えずは様子見だな?」

『あぁ、しばらくはな』

 このまま強行突入で殲滅戦を行うにしろ、撤退するにしろ情報は必要だ。

 強行突入は勿論、撤退するにしても冬の険しい山岳地帯を準備なしで越えるのは難しい。当然ながら転移装置を使うのが理想だ。

 その位置や使い方、転送される場所等調べておきたい事はたくさんある。


『連中が一網打尽を狙い泳がしているだけの可能性もある。合流もしばらく様子見にしておこう』

「そうね、会わなくても連絡は取れるし、合流はまだしなくても良いでしょ」

 取りようによっては「良いネタ拾えるまで帰ってくんな」とも取れるローゼンハイムの言葉をシャーリーは特に反対意見もなく簡単に了承する。

 王国軍の斥候部隊の出身らしく、もっと危険な魔物のテリトリーに単身で送り込まれた事もあるシャーリーにはオークに囲まれた程度の事態は危機でも何でもなかった。

 そしてそれはレイも同じであった。「まぁ、最悪オークなら50体ぐらいはどうとでもなる」そんな思いがあった。


『オークといえど気を抜くなよ』

 それを見越したようにアダルが釘を刺す。

 そのしかめ面が目に浮かぶような声だった。


 そしてそれは杞憂ではなかった。




――オークの偵察隊なんて楽勝。


 そう思っていたレイ達は、今その偵察隊に追われていた。


「しつこいわね」

「どうします? 殲滅しちゃいましょうか?」

 追ってくるのは8体。戦闘に入れば数十秒とかからずに殲滅できる。

 実際に既に2つ程の偵察隊を倒している。


「時間の無駄。そんな事している内に次が来る。犬笛で仲間を呼んでるわ」

 シャーリーの持つ特殊スキル【音響視】は音の反響の仕方で周囲を見るというものである。

 そのスキルの副次的な効果として、シャーリーの可聴領域は通常の人間のそれよりも大分広い。

 人には聞こえない音高の犬笛の音も聞こえる。


「偵察隊にコボルトが混じっているのは予想外でしたね」

「そうね」

 通常、オークとコボルトは共生しない。というより魔物と称される種は他種とは共生しない。

 その為、他種族混成の捜索隊は予想していなかった。

 オークだけの捜索隊であれば多少の距離を空ければ見失わせる事も出来るのだが、鼻の利くコボルトが1体いるだけで撒くのは困難になる。


「誘導されてる感じも気に入らないわね」

 犬笛の音を聞くことは出来ても、暗号化されたその内容まで読み取る事は出来ない。

 あちらこちらから聞こえる音からすると、自分達をどこかに誘導しようとしているのではないかと考えてしまう。


「山に入ったのは間違いだったかもしれませんね」

「そう?」

「こう障害物が多いと超速転移オーバードライブで一気に逃げる事も出来ないですし」

「あぁ、確かに」

 障害物が多い山中は追跡者を撒くには向いている。しかし、それは視覚で対象を追いかけている場合だ。

 嗅覚で対象を追いかけている相手にはあまり効果がない。

 オークのみの捜索隊と想定していたシャーリーは隠れる場所が多い山中を選んだ。

 それが結果として裏目に出ていた。



「あぁ、もうウザい連中ね!」

「完全に先回りされてますね」

 進もうとしている方向から聞こえてくる犬笛の音にシャーリーが苛立つ。

 どうやら包囲網も完成しつつあるようで行く先々に先回りされている。


「見晴らしの良いところを目指しましょう」

「もう面倒くさいから、ここの辺りで1度腰をすえて殲滅戦しない?」

「は?」

 先ほどとは真逆の言葉にレイは驚きを隠せない。


 シャーリーは自身が偵察兵向きではないという自覚があった。

 自身のスキルは偵察兵向きではあるが、性格的に向いていない。

 冷静に対象を観察し、その情報を持ち帰る。戦闘よりも情報収集。それがメイン。

 だが、それよりも、そのまま突入して殲滅した方が早いと思ってしまう。

 つまり堪え性がないのだ。

 今もどちらかといえば相手の思惑に嵌りそうなペースで進んでいる事が気に入らない。

 溜め込んだフラストレーションを暴れて発散させたい。

 そんな思いに心が傾きかけていた。


「良いですね。賛成です」

「私も。逃げるの飽きた」

「ん、了解」

 堪え性がない者は他にもいた。


「ダメだ、こいつ等。隠密行動に向いてない」

 諦めの溜め息とともにレイも戦闘準備を始めるのだった。


 △ △ △ △ △ △ △ △ △ △ △ △ △ △ △


「ねぇ、ちょっといい?」

 呼び声にローゼンハイムが振り返るとそこには何故か笑顔のミユキが居た。


「何だ?」

「隠し扉を発見したわ」

「ほう。それは中々興味深い知らせだな」

 彼らが居るのは転移装置(出口)の施設内だった。

 周囲を多くの敵が徘徊する中で安全な場所はどこか?

 その答えの1つに「既に調べ終わった場所」が挙げられる。

 転送されてきた者達を受け入れるだけの何もない部屋には隠れる場所すらない。

 故に調べに来たオークは室内を一瞥しただけで「異常なし」として出ていった。部屋の奥にトマスの魔術にて隠れている一同に気付かずに。


 施設内に異常なし。出入り口は1つ。その出入り口は常に見張りを付けている。

 結果として、施設内は捜索し終わった安全地帯となっていた。


「ウチのアルトが見つけたわ」

「ほう、あの少年がか」

「そうよ。足手まといと言われたあの子がよ」

 ミユキがアダルに向けて聞こえよがしに言う。

 どうやら昨夜の「お前のパーティは実力も経験も足りん」という発言に対する意趣返しのようだ。

 あの時はそれは事実で在り仕方がないと思ったものの、やはり名誉挽回汚名返上の機会は狙っていたようだ。


「で? 隠し扉の向こうは?」

「アレはきっと転移装置ね」

「またか」

「今はトマスが解析中よ」

 ミユキに案内される道中で簡単な説明を聞く。

 扉の周りの砂埃の溜まり方から長い間使われていないと思われ、その部屋の存在に相手が気付いていない可能性は高い。

 この施設の他の転移装置と違い部屋は小さく数人で使用する物ではないかと予想され、隠し扉という事からも非常用の重要な物ではないかとミユキは考えていた。



「えー、結論から言います。よく分かりません」

 トマスは「お手上げです」と両手を挙げてみせる。


「使われている術式というより文字がよく分からない物です。古代文字というか他文明の文字というか。ともかく僕の知識だけでは解析は無理。たぶん転移装置だろう。たぶん制御装置のセレクターで行き先を選ぶんだろう。位しか」

 申し訳無さそうに見解を述べるトマス。


「入っても平気か?」

「えぇ、自動起動じゃないみたいです」

「フム」

 腕組みのローゼンハイムが部屋の中心の制御版を見下ろしろ何かを考え込む。


「ここから中枢に行けるかもしれんな」

 この施設の用途を考えればそれは遠方からの物資や人員の大量輸送だろう。

 しかしそれは敵に奪われれば大勢の敵兵を送り込まれる事にもなり得る。

 そういった場合の対策の為、この施設は里の外れに作られているのだろう。

 だがそうなると緊急時の伝令等には不便。それを解消する為にこの隠し部屋の転送装置があるのだとすれば、その行き先は里の中心部になる筈だ。


「とは言え、気軽に試せるものでもない」

 相手がこの転移装置に気付いていないのなら、上手く利用すれば懐にもぐりこむ事が出来るが、逆に「飛んで火に入る夏の虫」となる可能性もある。


「まぁ、まだそんな賭けに出る段階でもないわよね」

 転移したら敵の集会場の真中だったという可能性もある。

 一か八かで転移先の分からない転送装置を動かさなければいけないほどの状況ではない。

 レイ達と合流しエリスに調べてもらうのが良いだろう。


 この件はとりあえずここまで。と隠し部屋から出たところで、ソレと遭遇した。


「ナンダ? オ前タチハ?」

 3体のオークがそこに居た。


「なっ!?」

 施設の入口には侵入者察知用の魔術をトマスが張っておいた。

 皆の視線がトマスに集まるが、当の本人も驚きに目を見張っていた。


「チッ、抜かった」

 この施設の出入り口は1つ。そこさえ見張っておけば大丈夫。

 誰もがそう考えていたのだが、実はそうではなかった。

 この施設は出口だらけなのだ。いつ誰が出てきてもおかしくはなかった。

 その事にオークたちの後の荷車で気が付いたアダルが舌打ちと共に剣を抜く。


 ここに至ればもう隠れる意味もない。

 素早くオークに迫ったアダルが剣を振るう。

 鮮血と共にオークの首2つが地面に落ちる。

 だが、それとほぼ同じくして甲高い音が響き渡る。


「クッ! 呼び笛」

 音の発信源であるもう1体のオークが口に何かを咥えている。


「離れて!『火矢ファイヤーアロー

 そのオークを斬ろうと踏み込みかけたアダルをトマスの声が制する。その直後、オークの頭部に3本の火矢が突き刺さり炎で包む。


「知られたな」

「えぇ、外からも入ってきてます」

 近くの部屋から次々と現れるオークを見ながらローゼンハイムが呟く。

 その言葉にトマスが頷きながら状況を伝える。


「切り伏せ脱出しましょう」

「そうだな。……いや、シャーリーが居ない。後を追われるのはまずいか?」

 オーク相手であれば何十体が居ようともこの場を切り抜ける事は難しくはない。

 だが、追跡される事になれば、それをやり過ごす事、痕跡を消す事に長けたシャーリーが居なければ逃げ切る事は難しい。


「アルト、煙幕」

 悩むローゼンハイムの横でミユキが指示を出す。


「後ろから逃げるわよ。直接見た奴は消した。煙幕に紛れれば時間ぐらい稼げるでしょ」

「……よし、それでいこう」


 たかれた煙幕の中ローゼンハイムたちは再び隠し部屋の中へ姿を消した。

犬笛はハクレンとミーアにも聞こえています。

不快な音なのかその辺も苛立っている理由です。


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