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83 「すぐ逃げて!」

 『内憂外患』という言葉がある。

 意味は、国内の心配事と外国からもたらされる心配事。内にも外にも憂慮すべき問題が多いことを指すものである。


 大陸の半分近くを支配下に置くリンディア王国は「外患はない」と思われて久しい。

 唯一対抗し得るイルハイム連邦共和国との関係も近年は友好的なものになりつつあり、頭を悩ませる外患はないと言って良い。

 問題は「内憂」である。

 王家と神殿の関係は今に始まった事でもなく、大きくなり過ぎた故に中央の目が届かず地方貴族の専横腐敗が酷くなる等の問題が多々ある。


 そして、王国の中心である王都でも決して絶える事のない問題がある。

 それが王位継承権問題である。

 リンディア王国において家督の継承は長子相続が主である。

 だが、国教であるラディウス教はそれを否定している。

 その理由はラディウス教の教義にある。簡単に訳せば「頑張って生きよう」となる教義からいくと「最初に生まれただけで全てを相続できる」というのは教えに反するのだろう。

 「真に相応しい者に」と説いている。


 故に長子相続が多くはあるが決まりではない。


 それは王家においても同じ事が言えた。



 リンディア王国の国王の王太子であるリチャードには正妻と2人の側室の間に長男アレックス、次男ジェレミー、長女ブリジット、三男ロバート、次女エマ、四男エドワード。計6人の子が居る。

 その三男ロバートは正妻との間に生まれた唯一の子であり、現在の王位継承権は八位である。

 リンディア王国において王位継承権の順位は生まれた順ではない。決定権を持つ王の意向によって決まる。

 つまりはリチャードが順当に次の王となった時、どの子を王太子に据えるかはリチャードの気持ち一つと言える。

 そして、リチャードが3人の妻の中で本当に愛しているのは正妻のクリスティーナだけだと噂されている。そして、その子ロバートを溺愛しているとも。

 故に次期王太子の有力候補としては長子として最も英才教育に力を入れられたアレックス。最愛の子という点でロバート。と言われている。



 リチャード王太子が即位した後に王位継承権をどうするのか? それは現国王が数年以内に退位するのではないかと言われている今、多くの貴族官僚が関心を寄せている事柄である。

 聡明と言われるアレックスを推す者は多い。

 だが、ロバートを推す者も少なくはない。

 何故なら、ロバートは古き英雄の物語に魅せられ剣に夢中で国政に興味がないと噂されているからだ。つまり、ロバートが王となれば傀儡に出来る。そう思う者が少なからず居るという事だ。


 リチャード王太子が王位継承権をどう考えているか? その答えが分かるのはまだ暫く先の事である。


 △ △ △ △ △ △ △ △ △ △ △ △ △ △ △


「話とは?」

 レイたちが探索に出てしばらくした頃、拠点となった施設の奥の一室に神妙な面持ちのアダルと腕組みのローゼンハイムが居た。


「奴らにも話しておくべきです」

「何をだ?」

「御身の事を、です」

「無駄だ」

「御身を危険にさらす事の意味を理解させておくべきです」

「無駄な事だ」

 アダルの進言をローゼンハイムは取り合おうともしない。


「ですが」

「連中とて阿呆ではない。大体は察していよう。その上で「知らぬ、存ぜぬ」としているのだろう。俺の意を汲んで、な」

 ローゼンハイムは何かを思い起すかのように言葉を切る。


「初めてできた対等に付き合える者達だ」

「……」

 人が成長していく為に切磋琢磨し合うライバルの存在は大きい。

 そして、ライバルと呼べるのは対等な立ち位置にいる者。

 それが今まで居なかったのは、周囲の者達が彼を特別扱いしてきたからである。

 初めてできた対等な存在。それが彼にとってどれほど得難い物であるかはアダルにも理解できる。

 アダルの進言はそれを捨てろという事に等しい。


「お前達の忠誠心を疑った事は一度もない」

 ローゼンハイムはアダルを真っ直ぐに見据えている。


「だが、その忠誠心は俺個人へのものではない」

「そんな事はありません」

「父上に命じられれば? それに逆らって俺に仕えるか?」

「それは……」

「よい。それを非難する気はない。ただ、あの者達との関係は俺個人としてのものだ。俺がローゼンハイムである限り、俺は対等な友でいられる」

「……」

 この国の誰よりも特殊な環境に生まれたが故に手に入れる事のできない物があること。

 それはアダルにとって想像する事さえ困難なものだった。


「今の俺は薔薇騎士ローゼンハイムでありたいのだ」

「しかし、かつてのエドワルド王とエージ・ユーキのような例も有ります。隠さずともよいのでは?」

 かつての王と伝説に謳われるハンタ。立場を超え友誼を深め合った者もいる。


「無駄だ。言ったであろう、奴等も阿呆ではない。既に正体は知れていよう。エリス嬢とはこれまでに幾度も会っているのだからな」

 魔道の名家ロックハートは王侯貴族にも一目を置かれる存在であり、貴族の交流も少なくは無い。母が宮廷魔導師の長であるエリスは国王との面識すらある。 


「俺の正体を知った上で、俺の意向を汲んで知らぬ振りをしているのだろう。無駄とはそういう意味だ」

「そうでしたか。考えが及びませんでした」

 アダルは深く頭を下げる。

 そして自分よりもローゼンハイムの事が分かっているのではないかと、内心でレイへの評価を改める。


 しかし、ローゼンハイムも当然アダルも分かっていない事が一つ。


 それは、エリス・ロックハートという人物のあまりに偏った思考、

 彼女は興味のない事に記憶容量を微塵も使わない。


 真実とは恐ろしくも恥ずかしいものだった。



「何か進展があったな」

 ローゼンハイムとアダルの首から下げた水晶に淡い桃色の光が灯る。

 それは偵察に出ているレイ達からの連絡を意味していた。

 

 ローゼンハイムが水晶を握り魔力を込めた直後、

『すぐ逃げて!』

 水晶から響いた言葉は予想だにしない物だった。


☆ ☆ ☆


 遠話の水晶から通信の入る数分前。


「危ねー、ギリギリだったー」

 後方で燃え上がる炎を見ながらレイが呟く。


「助かったわ、よく間に合ったわね」

 炎に照らされたシャーリーが感心したようにレイを褒める。


「まぁ、一応練習したからな」

 一つ一つが人の頭部ほどの大きさの火の玉。それが視界を埋め尽くすほどの数で飛来してきていた。

 その数を避け切る事は不可能と考えたレイは『超速転移オーバードライブ』で逃げる事を選んだ。

 レイは短く「掴まれ」と目の合ったハクレンに言うと自ら右手でエリス左手でシャーリーの腕を掴み移動地点のイメージを始める。

 直ぐ後ろから聞こえた「行けます」という声と肩を掴んだ2つの手の感触にレイは『超速転移オーバードライブ』を発動させた。

 イメージ開始から発動まで2秒。それは一か八かの賭けではなく、確実に成功するという確証を持っての発動だった。

 緊急退避用の術として使用するなら即時発動が出来なければ意味がない。そう考えたレイは『30メード』という距離での発動の練習を繰り返した。

 その距離であればほぼ瞬時に発動準備は出来る。というところまで練度を高め、後は状況に応じて方向を決め発動する。

 それまでの位置関係と姿勢のままレイ達は30メード真横に移動していた。



「さぁ、逃げるわよ」

 燃え上がる炎を見つめていたレイ達をシャーリーが促すように声を掛ける。


「あれ、衝動的に魔法をブッ放したくなっただけ。とかじゃないですよね」

「だったら嬉しいわね。そんな偶然だったら今日は厄日ね」

 レイの言葉をシャーリーは苦笑いを浮かべて否定する。

 もし、あれがこちらを狙った物だとすれば、侵入者の存在に気が付いているという事。

 しかも、周囲に注意を払い隠れていた相手を難なく見つけたという事になる。


「もしかして、誘い込まれた?」

 見張りの姿がなかった事。その為あの位置まで簡単に進めた事。それ等がシャーリーにその疑問を持たせた。


「可能性はありますね」

 シャーリーにしてもレイ達にしても何かに見つかるような失敗をしたつもりはない。

 にもかかわらず、居場所はバレていた。

 途中で見つかったのではないとすれば、最初から見つかっていたという事になる。


 『最初』とはいつの事か? 偵察に出たときか、それとも転移させられたときか。

 どちらにせよ、それはある事を意味していた。

「あっちもヤバイ?」

 転移装置のあるあの建物に隠れていれば安全というわけではないという事だ。


「繋がって、早く」

 シャーリーは水晶に魔力を込めながら祈るように呟く。


 水晶の色が桃色から青へと変わるやいなやシャーリーは怒鳴るように言葉を発した。

「すぐ逃げて!」


 △ △ △ △ △ △ △ △ △ △ △ △ △ △ △


「こんな時間に何の用だ?」

 不機嫌さを隠す気のない低い声が響く。


「失礼致しました陛下。ですが、どうしてもご報告しなければならない事態が起きまして」

 主の不機嫌さなど気にした風でもなく報告者は冷静に話し始めた。


「侵入者です」

「侵入者だと? 何者だ?」

「それはまだ分かりません」

「フン。それで? 捕まえられそうなのか?」

「只今グローの隊が捜索中です」

「犬共か。この時の為に飼ってやっているのだ全員働かせろ。報告は終わりか? ならば次は侵入者の首を持って来い」

 報告が終わりだと分かると男は鼻を鳴らし席を立つ。

 人間の成人男性の倍近い身の丈に5倍以上ありそうな肉を纏った体の上にあるのは豚のような頭部。

 種族としてはオークなのだろうが、その大きさは平均的なオークとは一線を画す。

 それがオークキングと呼ばれる特異種である事の予想はさほど難しくはない。


「おい」

 部屋を出て行こうとした報告者にオークキングが声を掛けた。


「分かっているな? メスは殺さず連れて来るのだぞ」

「御意」

 そういわれる事は最初から分かっていた。

 エサを食べる事と女を犯すこと意外に何の興味もないこの豚の王の考える事など手に取るように分かる。

 そうなるように仕向けたのだから当然である。

 そんな思いをおくびも出さず表面だけは恭しく頭を下げ部屋を出る。




「エレノイア」

「はい」

 部屋を出た男は廊下に控えていた腹心の部下に声を掛ける。


「コボルトを全員捜索に回せ」

「はい」

「それと、脱出の準備も進めろ」

「はい」

 相手は僅か数人。偶々迷い込んだのか、それとも何らかの意図で探りに来たのか。

 どちらにせよ外部の者が入ってきた以上、隠れ里としての機能を果たさなくなる日は来る。


「お前はアレを見張れ。最悪は全てを押し付ける。その為の王だ」

「ゴライオス様は?」

「俺は地下に行く。なんとしても扉を開く」

「ご武運を」

 部下の気配が背後から消えるのを感じながらゴライオスは階段を下りる。


 この隠れ里を見つけたのは彼だった。

 滅びた古代の文明の隠れ里だったのだろう。様々な所に用途不明の装置があった。

 人手が要る。そう感じた彼は偶然見つけたオークキングを王と仰ぎ「この場所に国を作りいずれは大陸に覇を」と思ってもいない言葉で操ってきた。

 全ては古代の遺物を手に入れる為。


「もう良いだろう。ハイオーガたるこの俺が豚に頭を下げるのも飽き飽きだ。この扉さえ開けば」

 目の前にあるのは巨大な石の扉。

 どんな術理で守られているのか、今まで何をしても傷つけることすらかなわなかった。


「やはり鍵はこれか」

 壁に掘り込まれた4つの文字。

 これまで見た事もない文字。古代の文明で使われていた物か?

 ゴライオスが忌々しそうに見つめる先に在るのは、

 『開けゴマ』

 の4文字だった。

転生者が2人そろったら起きるイベント。


そうです。

エージ・ユーキの遺産です。


さて、第2暗号は何にしよう?

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