表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
93/119

82 「逃げるわよ!」

2015年 本年も宜しくお願いします。

「あのさ、私のドリルはね、穴掘り用じゃないんですけど? 悪を打ち抜くためのドリルなんですけど」

 右手にドリルを装着したミユキがレイをジト目で見ながらぼやく。


「じゃあ、その足元の地面の先に悪党がいると思ってぶち抜いてくれ。あ、なるべく静かにな」

「分かってる! たく、簡単に言ってくれるわよね」

 他人事のように軽く言うレイにミユキがブツブツと文句を言いながらドリルを回す。


「回転原理が不明。力場形成の術式の痕跡が……」

 そんなミユキのドリルを直ぐ側でエリスがしゃがみ込んで興味深そうに観察している。


「進入経路が危険なら、安全な入り口を造れば良い、か。よくもまぁ思いつくものだ」

 ローゼンハイムが感心しているようで、その実は呆れたように少し離れた場所から眺めている。


 彼らが居るのは秘匿結界の張られた崖の上である。

 結界の奥が予想通りであれば彼らの足の下は洞窟や坑道になっている筈である。

 エリスによれば結界は対象全体を覆う半球型ではなく入り口を塞ぐ壁型ではないかという見立てだ。

 つまりは結界のない脇から掘り進んで途中で合流すれば結界を解除しなくとも進入できるという事になる。

 ちょうどドリルという掘る事に特化したアイテムを所持していた人物も居た。

 結果、掘る距離が最短になる天井方向から進入となった。




「開いたわよ」

 流石は高硬度のストーンゴーレムすら貫く特殊武装。待つ事わずか十数秒で穴は貫通した。


「自然の洞窟じゃないわね、人の手がくり貫いた坑道ね」

 穴から内部をのぞいたミユキが中の様子を伝える。

 見た限りでも木組みの補強がされており人の手で作られている事が分かる。


「よし、じゃあ手筈通り。先行偵察よろしく」

「任せなよ」

「はい、お任せください」

 レイの言葉にシャーリーとハクレンは進み出ると穴から坑道内部へと入っていった。


 天井からとなると一度に大人数での出入りは出来ない。

 もし奥に多くの敵が居た場合、脱出に時間がかかり逃げ切れない可能性が高い。

 まずは偵察を得意とする2人が先行して内部を確認する。


☆ ☆ ☆


「中には何も居ないわ。奥に広い部屋があって行き止まり。更に隠し扉でもあるのかしらね?」

「確かに何かが居たようではありますが、時間が経ち過ぎていて何とも」

 数分と経たずに戻ってきたシャーリーとハクレン。

 坑道内部には誰も居ないという結論を携えてきた。




「行き止まりか」

 さほど長くない坑道の先に少し大きめの部屋があった。

 エリスとトマスが浮かべた光球の光に照らされたその部屋は、土むき出しの坑道とは違い、壁と天井に何かの塗装がされていた。


「入っても大丈夫なのか?」

「安全かどうかは不明。ただし、残留魔力や魔力の溜りはない」

 部屋の入り口で中に入って良いものかどうか悩んだレイがエリスに聞く。

 この部屋で行き止まりという事は、何らかの仕掛けが有りどこか別の場所に転送される可能性が高いという事だ。

 部屋に入った途端にどこかに転移させられたのでは困る。


「部屋の広さからみて、大量に転移させる為の部屋じゃないかな? なら、いきなり転移させる事はないんじゃないかな。たぶん、あの石柱が制御装置じゃないかな」

 部屋の中を観察していたトマスが部屋の奥を指差し指摘する。


 そこには確かに『いかにも』な石柱がある。


「制御装置を見ればどこに転移したかは分かるものなのか?」

「どうですかね、それは見てみない事には何とも」

「では、まずそれの確認だな。隠し扉がある可能性も残っている。周囲への警戒を怠るな」

 ローゼンハイムはそう指示を出すと先頭を切って部屋に足を踏み入れる。

 その姿に背後に居たアダルが眉間にしわを寄せるが、何も言わずにその背にピタリと付いて大部屋に入っていく。

 本来で在ればこの行動にローゼンハイムが入ること自体反対なのだが、言っても聞かない事が分かっているのかその身を守る護衛に徹する事にしたようだ。


「大変だな、オッサンも」

 そんなアダルの姿に同情しながらレイも大部屋へ入っていく。



「あっ」

 エリス、トマス、リーゼ。3人の魔術師が石柱を調べようと近づきトマスが石柱に触れたときだった。

 エリスが何かに気が付いた。


 そして、それとほぼ同じくして石柱に光が灯る。

 その光は床を伝い部屋一面に広がる。


「自律起動」

 そんな言葉をエリスが口にした瞬間、光が視界を埋める。一瞬の浮遊感の後に足元に床の感触が戻る。


「うわ、真っ暗」

 レイが目を開いたとき、そこは暗闇の中だった。


「どういう事だ? 何が起きた?」

「若! 何処ですか?」

「何で暗いの? さっきの光は?」

 突然の出来事に混乱が生じていた。


「黙って!」

 それを納めたのは鋭いシャーリーの一声だった。


「皆動かないで。今、視るから」

 シャーリーの言葉に皆がその場で動きを止める。


「ヨシ。大丈夫ね。トマス光を」

「あぁ、はい」

 時間にしてわずか数秒、何かを確認し終えたシャーリーの言葉にトマスが光球を生み出し浮かべる。


 光の中に見えてきたのは先程の部屋によく似た大部屋だった。違うのは石柱が無い事ぐらいか。


「で? 何が起きたんだ?」

「転移した」

 レイの質問にエリスが簡潔に答える。


「もうチョイ詳しく頼む」

「ん。あの石柱は自律起動型の転移制御装置だった。たぶん周囲に人が近づくとその人物から魔力を吸い上げ術式が展開する仕組み」


 エリスの説明によれば術式を読み取るほどの時間はなかった為、この場所が何処であるかまでは分からないが、一方通行でこの部屋からでは戻れない事が予想できるらしい。


「敵性勢力内か」

「でしょうね。あっちに行く為の転移装置も有るでしょうから、それを探さなくちゃいけない訳ね」

「転移装置を使っているという事は、通常の移動方法では行き来できない可能性もあるな」


「同じ様な部屋がいくつもある建物。て感じね」

「遠征部隊の帰還用の施設か」

「たぶん、そうでしょうね」

 部屋の隅で今後の方針を練るレイ達の下へ周囲の確認に出ていたハクレンとシャーリーが戻ってくる。


「建物の外は?」

「一瞥しただけですが、切り立った山に囲まれた隠れ里。といった感じです」

「ここも山の中腹をくり貫いて作られてるわ」


 2人が見てきたものの説明を受け一同は軽く安堵の息を吐く。

 この場所が敵性勢力のど真ん中ではないという事が分かっただけでもありがたいと言える。


「これ以上の調査は日が暮れてからだな」

 周囲に見張りらしき姿は見られなかった様だが動き回るのは危険だ。

 どこに何があるか分からない以上は闇に乗じて探るべきという判断となった。



☆ ☆ ☆


「だいぶ東に転移しているな。大体この辺りだ」

 日が落ち星が見え始めた頃、暫く前に外に出ていたアダルが戻ってきた。

 そして、広げた王国全土の広域地図に丸印を付けた。王都から東へかなり離れた場所である。


「何で分かるのよ?」

「羅針盤と四分儀、それに星暦があれば分かる簡単な天測だ。軍や騎士団なら新米の仕事だ。むしろ出来ない事の方が驚きだ」

 ミユキの疑問にアダルは不機嫌そうに答える。

 その手には組み立て式の四分儀と羅針盤、星暦といわれる天体の位置を日時に合わせてまとめた表が握られていた。

 今回の依頼に天測用の道具を用意している辺りにアダルの性格が現れている。

 

「ラステア山脈か。この辺りは人の手がほとんど入っていなかったな」

「はい。険しい山岳地帯で有用な鉱脈もなさそうですからね」

「隠れ里としてはもってこいだな」

 ラステア山脈。王国東部を南北に分断する険しい山脈である。

 その為、王国東部での物流は海路を利用したものが主となっている。

 その南側の主要な港がレイにも懐かしい港町ゼオレグっである。


「日も落ち暗くもなった。探索に出るとしよう」

「その前に、話があります」

 立ち上がり動き出そうとしたローゼンハイムをアダルの声が押しとどめた。


「まず、ワシの立場は若、ローゼンハイム様の護衛です。若の身の安全が最優先。他の何を差し置いても、だ。この事態になったのはそれが徹底出来なかったからだ」

 アダルは強い決意を秘めた眼差しで皆を見回す。

 その眼が「今後は断固たる態度を取る」と語っている。


「それはつまり、俺に探索に出るなという事か?」

「それだけではありません。ミユキ・ハザクラ、お前たちにも大人しくしていて貰う」

「はあ? なにそれ?」

「理由は単純に安全面を優先してだ。大勢で散れば探索の効率は上がる。だが見つかる危険性も上がる。見つからない事を優先するなら少数精鋭に絞るべきだ。酷な言い方ではあるがお前のパーティは実力も経験も足りん」

「ムゥ、……」

 アダルの言葉にミユキは眉をひそめるが言い返す事はしなかった。

 自分たちのパーティが最も失敗する確率が高い。という事は事実として認めなければならない。


「なら、探索はストレンジャーに私を加えて行うべきね。エリスちゃんの眼とハクレンちゃんの鼻があると助かるし、3人で即席チームを作るよりはちゃんとしたチームに私が入っただけの方が上手くいくでしょうし」

 ここまでの成り行きを黙って見ていたシャーリーが意見を述べる。


「妥当なところか。仮にもBランクパーティであるなら、そこまで心配する事もないだろうしな」

 アダルのレイを見る鋭い目付きから言えば信頼されていると言うより「ミスるなよ」と脅されているようなものだった。


☆ ☆ ☆


「うわー。若の読みが的中してるわね」

 月明かりに照らし出された畑を見ながらシャーリーが呟く。


 道を外れるように山中の施設から降りてきたレイ達の目の前で広大な畑が作られている。

 『作られて()()』そう、今現在も作業は進められている。

 ざっと見ただけでも30人を超える人が月明かりの下で畑を耕していた。


「……。暗くてよく見ないわね」

 遠眼鏡を覗き込んでいたシャーリーが諦めたようにぼやくと遠眼鏡をしまう。


「見張りぽいのが居ないのよね」

「なのに誰も逃げ出そうとしないのは、逃げても無駄だと諦めてるか、逃げる気が起きないようにされているか、ですか」

「これだけの人数となると」

 『隷属の首輪』と言われる本人の意思を無視して従わせる魔道具がある。

 しかし高価なそれを何十人分も用意出来るとは考えにくい。


「何かの術かしらね?」

 隷属の首輪と似た効果をもたらす『誓約の呪印』という物がある。

 危険な囚人や裏切られては困る相手に施す。

 無条件に全ての指示に従わせる隷属の首輪との違いは誓約した内容のみに強制力が有るというものだ。

 誓約の内容次第では隷属の首輪と変わらない。

 

「最悪の場合、彼らも敵よ。覚悟しておきなさい」

「……はい」

 何の覚悟かは聞かなくとも分かる。

 罪亡き人を斬る。当然ながらそんな経験はない。

 だが、自分と仲間を守る為なら。そんな覚悟を持ってレイは静かに頷いた。




「人間とオーク以外も居ますね」

 それに最初に気が付いたのはハクレンだった。


「なに?」

「たぶんコボルトです」

「不味いじゃん」

「不味いです」

 ハクレンが茂みの中で見つけた折れた槍。棒の先を尖らせただけの簡単な物だ。

 その持ち手の部分に残る臭いからコボルトの物ではないかと推測した。


「何が不味いの?」

 コボルトは戦力としてはオーク以下だ。特に心配するほどの相手ではない。

 だが、

「奴らは夜行性で鼻が利くの。見回り役としてはオークより断然厄介よ」

 ミーアの疑問にハクレンが答える。


「オークキングじゃないかもね」

「え?」

 シャーリーの呟きにレイが反応する。


「複数の転移装置、人を攫って農耕を行わせる知恵、他種族を従わせる方法。単なるオークキングじゃそこまでは無理じゃないかしら、ん?」

 シャーリーの言葉の最中にエリスが彼女の服の裾を引っ張った。


「あそこ、何かある」

 エリスが指差すのは遠く離れた山の壁面の建物。そこに何か強い魔力の塊が見えたと言う。


「どれー、んー。豚……じゃないわね。人? いえ、角? 三本角のオーガ? ウソ!」

 取り出した遠眼鏡でエリスの言う『何か』を見たシャーリーが驚きの声を上げる。

 目が合った。 遠眼鏡を使わねば何かがあるとしか分からない距離でありながら、その相手は間違いなくこちらを見ていた。そして目が合ったシャーリーにニヤリと笑いかけた。


「逃げるわよ!」

 そう言ってシャーリーが立ち上がった瞬間、レイの目にもそれはハッキリと見えた。

 こちらに向かってくる無数の火の玉。


 予想外の先制攻撃だった。

シャーリーさんは反響定位的なスキルで暗闇の中でも周囲の様子が分かります。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ