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81 「思っていた以上に厄介な事になりそうだ」

「確かに何かあるね。ただ、これ何? と言われると僕には何とも言えないんですけどね」

 エリスの見つけた秘匿結界を前に若干苦い顔のトマス。


「秘匿結界というのは言い当て妙ですよ。破壊、突破は難しくないでしょう。強い結界を張らない事で存在を隠しているんでしょうね。

 もし、この前を僕が通ったとしてもまず気が付かないでしょうね。さすがはエリス・ロックハートですかね」

 自身の見解を述べたトマスはレイの隣のエリスに視線を送り苦笑いを浮かべる。


 トマスの魔術師としての腕前がエリスより劣るという事はない。

 だが魔力を直接見ることが出来るという魔眼を持つエリスの特性は他の誰にもない大きなアドバンテージと言える。


「どうだ、俺の従者にならないか?」

「俺の仲間を引き抜くの止めろ」

 ローゼンハイムの言葉をレイがため息混じりに拒む。


「フッ、冗談だ。どのみち彼女にその気はなかろう」

 ローゼンハイムの言葉にエリスに視線を送る。


「ん。ない。私はストレンジャー()ーだから」

 妙に『ツー』を強調するエリスの言葉。

 どうやら自分がハクレンの『スリー』より格上である事を強調したいようだ。


「で、これからどうする?」

 何気にこの話題が危険な気がしたレイは早速は話題を切り替えた。


「そうだな。どう見る?」

「あの奥がどうなっているのかが分からない事には何とも」

 ローゼンハイムから意見を求められたアダルが眉間にしわを寄せ答える。


「アレが今回の件と関係しているのかどうかも分かりま……」

「案外当たりかもね」

 アダルの言葉を遮るように背後から声が飛んでくる。

 声の方に視線を送れば、先程まで周囲で何かを探していたシャーリーが戻ってきていた。


「地面がぬかるんでるんだけど、ソコに向かってる轍が結構あるのよね。誰かが何かをソコに運んでるわね。しかも結構最近ね。これで無関係だったらその方が怖いわよ」

 シャーリーが指差す地面には一直線に伸びる轍らしき物があった。


「とりあえず今日はここまで。元々そういう予定でしょ? ここが見張れる場所で夜営して、一晩考えましょう」

 ミユキの提案に異論は特に出なかった。


「え? 夜営? 馬車に戻んないの?」

 寒さが苦手な約1名が肩を落としていた事を除いては。


 ☆ ☆ ☆


「ご苦労」

 火の番をしていたレイたちに声を掛ける者がいた。

 この後に火の番を勤める予定のチームローズのローゼンハイムだった。


「まだ早いんじゃないか?」

「いや、少し貴様と話しておきたくてな」

 火を挟んでレイの向こうに座ったローゼンハイム。


「今回の件、思っていた以上に厄介な事になりそうだ」

「だな。オークキングに腕の良い魔術師か。隷属の腕輪か何か使われてんのかな」

 オークにも魔術を使うオークシャーマンと呼ばれる存在が居る。

 ただし、今回の結界はオークの手によるものではない。レイどころかトマスにすら分からないのだがオークと人では魔術の組み方が違うのだとエリスは言う。

 あの結界は間違いなく人の術者が組んだ物らしい。


 それは腕の良い魔術師が協力している事を意味する。

 自発的にか強制的にかまでは分からないが。


「その事もある」

「その事?」

「あぁ、どうにも気になっていたのだが、襲われた村なのだが……」

 ローゼンハイムは苦々しい顔を浮かべ一度言葉を切る。


「死体の数が合わん」


「は?」

 ローゼンハイムの口からボソッと吐き出された言葉は完全にレイの予想外の物だった。


「いくら火が放たれ村全体が焼け落ちたとしても、それほど多くの死体が焼失するとは思えん。俺も最初はまだしっかりした調査がされていないので未発見の死体が多いのだろうと思っていたが、もしかしたら」

「連れ去られた?」

「可能性の話だがな」

 オークが人をさらうという事は聞かない話ではない。


「そいつはまた胸くそ悪い話だな」

 オークが人をさらう場合の殆どが繁殖用だ。

 繁殖力が高いオークは人とも交配可能で子供を生ませる為だけに人をさらう。

 そんな話を思い出しレイは顔をしかめる。


「俺の予想は貴様が考えている物より悪い」

「あ?」

「オークに1番足りない物は何だと思う? 連中が最も欲しい物だ」

「欲しい物?」

「そうだ。オークは繁殖力が高く、成長が早い。にもかかわらず人に比べ数が少ないのは?」

「それは……。ハッ! 食料!」

「そう。連中には食料生産力がない。故に今までは『奪えば良い』だったのだが、それが『作らせれば良い』を思いついたとしたのなら?」

「……」

 それはオークの群れがこれまでの常識を超えたものになっている可能性を思わせる予想だった。

 

 もしオークの群れが万を超えるとすれば、それは十分に脅威と言える。



「それにもう一つ。この辺りは古代には城塞が在ったらしい」

 それはリンディア王国建国時には既に滅び去った古い文明である。


「あの3メードの段差も外敵対策の一つだったらしい。この先に更に4段ある。その先に城塞都市があったという話だ」

 城塞都市自体は既に影も形もないが、人工物と思われるものは幾つか見つかっている。


「そうなのか?」

 そういった歴史的な事が何も分からないレイがエリスに視線を向ける。


「現状ではただの俗説」

「そうなのか?」

「肯定する根拠も否定する根拠もない」

 今よりも優れた技術を持っていたと言われる古代文明。

 どのようにして発展し、何故滅びたのか。そもそも本当に実在していたのか?

 多くの歴史学者が研究し、様々な学説があるが正しいと証明されている物は少ない。

 今言えるのは優れた魔法技術を持っていた古代文明が在りそれが滅びたという事ぐらいである。


「それは当時の抜け道が残っていて、隠れ里に繋がっている事を否定できない。といも言えるな」

「ん。ないとは言い切れない」

 ローゼンハイムの言葉に異もなく肯定するエリス。

 答えながらも若干うつらうつらしている所を見るとそろそろ眠いのだろう。その話題に興味も無さそうに見える。


「何にせよ、単なるオークの群れと思っていたら痛い目を見るかもしれんな」

 ローゼンハイムは警告とも言える言葉を吐くと空を見上げる。

 雪が降り止み、雲が流れ今は満天の星空が見えている。


「この様子なら明日は晴れるな」

「あぁ。連中が明日動いてくれると助かるんだがな」

 レイもローゼンハイムに倣い空を見上げる。

 レイの知る星座が1つもない星空。不意に1つの流れ星が視界を横切る。

 それが吉兆なのか凶兆なのかはこの辞典では誰も知る由もなかった。



 結論から言えば翌日にも何の動きもなかった。


 ☆ ☆ ☆


「王都に戻るべきだ」

 アダルの主張はそこに一貫していた。


「オークキングだけなら、ワシとトマス、シャーリーが居ればどうとでもなる。だが、そこに腕の立つ魔術師が加わるとなればどうなるかは分からん。無理をせず引くべきだ」

 不確定な要素が多く、安全を重視するアダルとしてはこれ以上の危険は冒すべきではないという結論になっている。


「でもそれだとちゃんとした調査が始まるまで時間が空くわ。ローゼンハイムの読み通りなら攫われた人達が強制労働させられてるんでしょ? 時間をかけるのは拙いんじゃない?」

「いや、ここまでの情報があれば軍も直ぐに動くだろう。彼女経由で宮廷魔導師に話が行けば、連中は即日で調査に動き出すであろう。そうなれば軍も動かざるを得ない」

 確かに珍しい結界が張られている場所があると言えば、魔術馬鹿のロックハート家は黙ってはいないだろう。

 エリスをして「見たことのない術式」と言わしめる物だ。研究対象としては魅力的だろう。


「レイ、貴様の意見は?」

「結界の奥に何があるのかは見ておきたいな。その上で俺達だけでは手におえないかどうか判断したいね」

「そうよね。敵の顔も見ないうちから逃げ出すなんて情けないわよ」

 レイの答えにミユキが賛同の意を示す。

 まだ若いレイとミユキ、そしてローゼンハイムに『最悪の事態を想定する』という言葉に実感はなかった。

 良家の出で『お膳立てされた勝負』になれたローゼンハイムは元より、レイとミユキも大きな失敗の経験がなかった。

 故に見えない敵への恐怖という物が分からなかった。


「あの結界を破れば術者にバレる。そうだなトマス?」

「さぁどうですかね。僕には何とも。ただ、用途から言えばその可能性が高いと思うよ」

 エリスと共に結界の調査をしたトマスだったが、彼の眼では結界の術式どころか位置や範囲すら見る事が出来ず、何の成果も出す事ができなかった。

 術者としてはともかく研究者としてはエリスには絶対に適わないとトマスは僅か1日で確信していた。


「結界を破れば術者に知れる。敢えて危険を冒す事はない」

 腕を組み譲る気はないと全身で語るアダル。


 そんなアダルにレイは自信ありげに言う。

「要は、あの結界をバレずにすり抜けられれば良いんだろ?」

 アダルの反対意見は結界を突破すると術者に知られ侵入者として敵に追われる。相手の戦力が不明なので危険。という物だ。

 術者に知られずに結界を抜けられるのであれば問題はない筈だ。


「それは出来ないというのが貴様の仲間の意見だった筈だが?」

 エリスの調査の結果、術者に分からないように結界を解除する方法は分からなかった。

 直ぐには対処できない。とも結論付けられた。

 術式を解読し解除法を検討し何度も試してみなければ確信は持てない。

 数日の調査からぶっつけ本番で上手くいくほど簡単な話ではない。


「出来るさ。丁度いい物を持ってる奴がいるしな」

 レイはミユキに視線を送りニヤリと笑う。


 この判断が大きな分岐点であった事を今はまだ誰も知らない。

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