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80 「これは秘匿結界」

 薄暗い森の中を進む幾つかの人影。

 降り続く雪のため多少地面はぬかるんでいるが積もるというほどの降り方ではない。


「大体この辺かしらね?」

 目印としていた大岩からの距離を目測で図りながら先頭の女性が後の二人を振り返り聞く。


「だね。特に怪しい物はなかったかな」

「ホント? また見落としたりしてない?」

「小型の獣ならともかく、オークだったら身を縮こまらせて隠れていても見落とさねーよ」

 からかうような少女の言葉に少年はかつての失敗を思い出し顔を赤らめ反論する。


「(特に緊張はしてなさそうね)ハイ、ハイ、じゃれるのはそこまで」

 そんな2人を眺めながら女性は笑顔を浮かべる。


「私も何も居なかった思うし、次のポイントに向かうって事で良いわね?」

「はい」

「問題ないよ」

 2人の返事に頷き返した女性は首からぶら下げた水晶を握り魔力を込める。

 淡い桃色の光が青い光へと変わる。少なくとも誰か1人は受信状態になった証拠だ。


「アサルトワンより各員へ、繰り返す。アサルトワンより各員へ」


 何故か嬉しそうに笑顔を浮かべたミユキ・ハザクラからの現状報告が始まった。



 ☆ ☆ ☆


『アサルトワンより各員へ、繰り返す。アサルトワンより各員へ』

 聞こえてきた声にレイは数時間前にやりとりを思い出していた。





「ねぇ、ちょっと提案があるんだけど」

 そう言って挙手するミユキは何かに期待した眼差しだった。


「コールサインを決めておきましょうよ」

「はぁ?」

「コールサイン?」

 ミユキの提案にレイはその提案の意図が分からずに、ローゼンハイムはコールサインという言葉の意味が分からずに首を傾げる。


「そう。コールサイン。これの性能が良く分からないけど、複数の人間が会話をするなら、誰が話しているのか分からなくならないようにしなきゃいけないでしょ?」


 遠話の水晶は便利な道具ではあるが問題点もある。音質がイマイチなのだ。

 それでも水晶が一組一対のため相手が誰なのかは容易に分かる。

 だが、それが複数の者と話せるとなると今話しているのが誰なのかという事の識別に難がある。

 勿論、全く識別できない訳ではない。ある程度の違いは出る。

 とは言え、ミユキの提案は的を射たものと言ってよい。


 だが、

「それは名前ではダメなのか?」

 ローゼンハイムの指摘ももっともだった。

 わざわざコールサインとする意味合いはない。


 コールサインやコードネームは第三者や敵に通信を傍受された時のための暗号である。

 特に暗号化する意味が今の状況であるようには思えない。


「雰囲気よ雰囲気。通信の度に『こちらミユキ・ハザクラ』を連呼したくないわよ」

「フム。そういうものか?」

 ローゼンハイムは「良く分からんこだわりだな」と言いながらも特に反対する気配はない。

 レイとしても特に反対する理由もない。


「じゃあ、コールサインを決めるわよ」

 反対意見がないことを肯定のしるしとしてミユキが話を次へと進める。


「コールサインを多くすると覚えきれないんで、パーティ毎にコールサインを作って後はワン・ツー・スリーでいきましょう。

 私のパーティは『アサルト』で、私がワンで、アルトがツー、リーゼがスリーよ」

 コールサインは既に決まっていたらしくミユキは即決する。


「たしか闘技場での二つ名が突撃戦乙女アサルトバルキリーだったか?」

「……えぇ、分かりやすいでしょ?」

「では俺のパーティは『ローズ』でいこう。俺がワン、アダルがツー、シャーリーがスリー、トマスがフォーだな」

 ミユキに続きローゼンハイムもアッサリとコールサインを決める。


「と、なると」

「貴方のコールサインは……」

 ローゼンハイムとミユキの言葉に誘導されるように皆の視線がレイへと集まる。

 ここまでの法則性から言えば二つ名から取るのだが、レイにはその二つ名がない。


「フム……。そうだな『ストレンジャー』というのはどうだ? 異邦人、よそから来た者といった意味だ」

「「え?」」

 異邦人ストレンジャーという言葉には2人の共通点である異世界人という点を連想させた。

 一瞬、その事がバレているのかと思いハモってしまったレイとミユキ。


「王都の外から来た貴様を連想するには丁度良い言葉だと思うが?」

「あぁ、そういう事な」

 続くローゼンハイムの言葉にレイは胸を撫で下ろす。

 同じような顔をしていたミユキに彼女も誰にも打ち明けていないのだろうと予想出来た。


「OK。俺たちのパーティは『ストレンジャー』。俺がワンで……エリスがツー、ハクレンがスリー、ミーアがフォーだ」

 どういう順で並べるかを一瞬迷ったレイだったが、単純にコンビ・パーティを組んだ順に番号をふる事にした。

 

 地域もエリアアルファ、ベータ、ガンマ、デルタと区分けし現在居る地点を明確にし報告し合う事を決め、チーム『アサルト』『ローズ』『ストレンジャー』の探索は始まった。




 ☆ ☆ ☆


『アサルトワンより各員へ、繰り返す。アサルトワンより各員へ』

『こちらローズワン。どうした?』

『こちらアサルトワン。エリアアルファ1の探索終了。これよりエリアベータ1に向かう』

『こちらローズワン。こちらももうすぐエリアアルファ2の探索が終わる。ストレンジャーはどうか?』


 確かに音質が少し悪いな。まず名乗る事にしたのは悪くない判断だった。

 そう思いながらも、「こいつ等コールサインを言いたいだけじゃないか?」という気もする。


「こちらストレンジャーワン。少し遅れ気味だな。まだもう少し時間がかかりそうだ」

『こちらローズワン。了解した。ストレンジャー、時間はかかっても構わない慎重に頼む』

『こちらアサルトワン。現状把握した。特に何もなければ次は予定通りストレンジャーから定時連絡を』

「ストレンジャーワン、了解」

『ローズワン、了解』

『では通信終了』


 消えていく水晶の光を眺めながらレイは一息つく。

 連絡を取り合う事の重要性は理解しているつもりではあるが、どうにもがぬぐえない思いがある


「あいつら楽しんでないか?」。

 ミユキやローゼンハイムが何か目新しいアイテムを使って遊んでいる様に感じていた。


 そして困った奴もう一人がいた。


「寒いー、寒いー。ねぇエリス、暖まる魔術とかない?」

「ある」

「ホント!? やって」

「移動しながらの成功率は約25%」

「……失敗するとどうなるの?」

「丸こげ」

「……遠慮するわ」


 冬季に入り草が枯れ閑散とした野原。

 雪で地面はぬかるみ濡れた靴から足が冷え、少量とは言え雪の混じる風は冷たい。

 寒さに弱いミーアが震えながら弱音を吐いている。


「ねぇ、エリス寒くない? もう帰らない?」

「我慢出来ないほどじゃない」

 寒さに震えるミーア、その相手をしているエリスは滑空グライドでの移動のため靴は濡れず、身の周りの風を操作し冷たい風をシャットアウトしている。

 つまりそれほど寒くはないのだ。


 ちゃんと見れば足が動いていないし雪が直前で逃げている。

 その程度の事は簡単に分かるのだが、その事に気がつけるほどミーアに余裕はなかった。


 周囲への警戒が出来ているとは当然思えない。



「しかし、予想以上に何も居ないな」

「はい。思っていたより雪も大した事ありませんが、ほとんどが巣に引き篭もっているようですね」

 降雪により動物の殆どが巣から出る事なく過ごしているのだろう、それなりの距離を歩いたが動物の姿の1つもなかった。

 最早ミーアの事は諦めたレイとハクレンが見渡すまでもなく何も居そうにない草原で困っていた。


「やっぱり、オークも引き篭もっているかな?」

「そうですね。オークは寒さに弱いわけではありませんが、外で活動する意味がないのであればそうするでしょう」

「そうなると、たまたま巣や集落が見つかるかどうか、かな」

 予想されるオークの数は10や20ではなさそうである。

 それなりの規模の集落である筈だ。

 しかし、今までに発見されていない事から考えると、よほど見つかり難い場所にあるか、上手く隠されているかだ。

 その上、集落から外に出て活動していなければ、その痕跡を追うという方法も期待できない。

 今回の探索が望み薄である事をレイは感じていた。




 それが見つけられたのは、ほぼ偶然の産物だった。


「レイ。あそこに何かある」

 予想通りに何の痕跡も見つけられずに辿り着いた本日の探索最終エリアのデルタ3.

 レイがミユキとローゼンハイムに「成果なし」と報告をしようとしたときだった。

 エリスがそれに気付き指をさす。


「え? 何かあるか?」

「ん。間違いない」

 レイには見えない何かをエリスの眼は捉えていた。



「ここに何があるんだ?」

 エリスに案内された場所は崖(と言っても背より高い程度の段差)の下。デルタ3の最終地点である。

 レイの目にはそこに何かがあるようには見えなかった。


「これは……結界? 違う……周囲への同化……それに認識阻害」

 エリスは何かを呟きながら崖の前を行ったり来たりしながら何かを観察している。


 何かが出来る訳でもないレイたちは結果が出るまでの数分、ウロウロするエリスを眺めていた。




「結論から言うと、これは秘匿結界」

「秘匿結界?」

 聞きなれない言葉にレイは首を傾げる。


「そう秘匿結界。排他結界の一種。ただし、通常の結界とは違い隠す事に特化させた物」


 エリスの説明によればその結果の強度は強い物ではなく、むしろ弱いと言っていい物だという。

 そんな結界を張る利点は「その存在を気付かせない事」にあるのだという。

 大切な物を守ろうとした場合、有効な方法として『何者も寄せ付けない』か『そこにある事に気付かせない』がある。

 目の前にあるのはその後者としての結界だという事だ。


「当り、かな。破れるか?」

「それは簡単。但し、相手に気付かれる可能性が高い」

 結界は破られた際にその事を術者に知らせる機能が付いている事が多く、強行突破は相手に気付かれる事を前提にしなければいけない。


「じゃあアサルトとローズを呼ぶか」

 レイはこれ以上は自分たち単独での行動は危険と判断し遠話の水晶を取り出した。


「こちらストレンジャーワン。エリアデルタ3にて気になる物を発見した。デルタ3まで来てくれ」

『こちらローズワン。何を見つけた?』

「秘匿結界だ。奥に何かが隠されている可能性が高い」

『アサルトワン了解。これより向かう』

『ローズワン了解。こちらも今から向かう』


 ミユキとローゼンハイムへの連絡を終えたレイはエリスに問いかける。

「アレ、エリスにも出来るか?」

「難しい、たぶん無理。かなり高難度」

「腕の良い術者が居るって事か」

「場合によっては宮廷魔導師級」

 その言葉にレイは顔が引きつるのを自覚できた。

 レイの知る宮廷魔導師はクローディアとマイアスの2人。どちらもまごう事なき化け物じみた人物である。敵に回して勝てるとは全く持って思えない。


「面倒くさい事になりそうだな」

 行く先でトラブルがあるのは当然か。だって異世界人ストレンジャーだもんな。

 半ば諦めの感情でレイただの岸壁にしか見えないその場所を見つめていた。


ミユキさん『アサルトワン』を名乗りたいです。


レイ達のパーティ名を『ストレンジャー』にするかどうかが悩みどころです。

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