79 「何でこの辺りなんだろうな?」
「さて、どうするかな?」
馬車の中、広げられた地図を見ながらレイは呟く。
軍の高級将官仕様というこの馬車はグレイトホースと呼ばれる通常の軍馬の倍は大きく力強い馬に連結車両を引かせた装甲馬車だ。
内装もただの馬車とは違い居住用に作戦会議用、武器庫、挙句には娯楽用の車両まである。
今回ローゼンハイムが用意したのは居住用×2と作戦会議用の3両編成だ。
広いテーブルの上に置かれた周辺地図。
襲われた村の位置や日時、戸数や特産品、貯蓄されていたであろう物資の種類や量。
そんな様々な情報が書き込まれた地図を数人の男女が囲んで眺めている。
「既に何組ものハンターが探索の依頼に着いているみたいだけど、これといった成果は出ていないわね。闇雲に探しても効果は低いでしょうね」
発言はこういった探索任務の経験があるシャーリーだった。
元王国軍で部隊長経験もある彼女は魔物狩りや山賊狩りの経験は豊富だった。
「問題はなぜ見つからないのか? て所よね。単なるオークではないでしょうね」
「オークキングがいますかね?」
「そうとは限らないけど、いてもおかしくはないわ」
レイの言葉にシャーリーは断定を避けるが、実際のところを言えばその可能性が高いというのがギルドの見解である。
単なるオークの集団ではない事は明らか。
数十頭の配下をまとめると言うオークロードの可能性もあるが、それよりも組織だった集団をまとめ上げ、国家に近いレベルで統率するというオークキングの可能性が高いと見られている。
「アダル、アンタの読みは?」
シャーリーの言葉に皆の視線が壁際の椅子に座る大男へと向く。
一行のメンバーの中で人生経験も戦闘経験も最も経験豊富なのが彼である。
「最初から言っている通りだ。すぐに馬車を止め王都へ戻り、後の事は軍に任せる」
アダルはこの依頼にローゼンハイムが加わる事を良しとしていなかった。
基本的にアダルは護衛としてローゼンハイムの安全が最優先である。故に危険が伴う依頼への参加へは難色を示していた。
「お前はまだそんな事を言っているのか」
「危険云々の話ではありません」
呆れ顔なローゼンハイムの溜め息交じりの言葉にアダルは首を振る。
「軍とハンターギルドの大きな違いが分かるか?」
室内にいる者達を見回しアダルは聞く。
「違い?」
「組織力だ」
特に誰かの回答を待つわけでもなくアダルが自説を語る。
「連携力と言い換えてもいい。ハンターが連携を取れる相手など精々が10人。中には私設ギルドを立上げ数十人のハンターが所属している事もあるだろうが、それでも軍の小隊規模でしかない。大規模な捜索活動をするという点においてハンターと軍では比較にならん」
アダルの言葉はハンターを過小評価してのものではない。
1つの事実として今回の探索活動にハンター達による大きな成果は無い。
過去にもハンターに代わり軍が大規模探索を始める事で解決した事態は数多くある。
「早々に軍に任せハンター達は引き上げるべきだな。こう言っては何だが、この事態でハンターは役に立たん。むしろ邪魔になる」
軍はハンターとの合同任務を嫌う。上位下達の軍と違い、個々の判断で動き回るハンターはその動きを把握しづらい。
どこの捜索が終わり、次はどこへ向かうのか。それが分からないために二度手間になる事が多々ある。
その為、「ハンターがいる限り部隊は出さん」という事も往々にしてある。
勿論単純に「ハンターが嫌い」という軍人も多い。
アダルは持論を披露し終えた後も「そもそも大志も持たず日銭稼ぎに終始する輩は当てにならん」「腕に覚えがあるなら軍や騎士団の門を叩けば良いのだ」等とハンターへの不満を口にする。
「オッサン!」
そんなアダルにミユキが言葉を発した。
「アンタに軍とハンターの大きな違い分かる?」
「なに?」
先程の言葉をそのまま借りてミユキがアダルに質問を投げかける。
自身の見解を述べたばかりのアダルはミユキの言葉の意図をはかりかね眉間にしわを寄せる。
「腰の重さよ。フットワークの軽さと言い換えてもいいわ」
ミユキはアダルに詰め寄り睨みつける。
「軍が動かないからハンターが動いてるんでしょ!
ギルドが軍に要請していないと本気で思ってるの? とっくの昔に出動要請なんかしてるわよ。その回答が『積雪による活動の困難さが予想される。雪解けを待って探索活動を行う』よ。ハンター達が活動出来ているのに? あの辺りは積雪って言っても薄っすらよ? 馬車だって動いてるわよ。そんな理由でどんだけ動けないのよ? その間に次の被害が出たらどうするの?」
ミユキはアダルに指を突きつけまくし立てる。
「……一帯の避難は完了している。被害の拡大はないという判断だろう」
ミユキの剣幕に一瞬アダルも驚いた様子だったが、すぐに仏頂面に戻ると反論する。
「へぇ」
その瞬間、今までも十分険しかったミユキの目が完全に据わった。
「壊れた家は?」
「ん?」
「奪われた物資は?」
「なに?」
「村が焼け落ちる事は被害じゃないの?」
「……」
「そうね、壊れたら直せばいいわ。無くなったらまた貯めればいいわ。でも、それは誰がやるの? 軍がやってくれるの? それに……」
ミユキはわずかに顔を伏せ言葉を切る。
「大切な場所がなくなる事。思い出の場所が焼けてしまう事。それがどんなに悲しいか分からないの?」
再び顔を上げ言葉を発したミユキの目にはわずかに涙が浮かんでいた。
レイに「世話になった村が被害にあった」と言っていたミユキ。
その村にどんな思い出があったのかは他の誰にも分からない。
「確かに、ハンターにはゴロツキやチンピラみたいなのも多いわ。でも、少なくとも今、この依頼に従事しているハンターは違うわ。冷たい雪の中をかじかんだ手足で走るのは、割に合わないお金のためなんかじゃない。困っている人のため、不安な日々を過ごしている人達のためよ。何もしていない連中に役立たず呼ばわれされる覚えはないわ!」
「……」
アダルは実の娘以上に年の離れた、彼から見れば小娘とも言えるミユキの言葉、その視線に顔をしかめ目線を逸らす。
「アダルの言葉はある意味正しいわよ。軍がハンターより効果的に探索が行えるのは事実。今回も軍が動けばすぐに解決するかもしれないわ」
バツの悪そうなアダルをニヤニヤと見ながらシャーリーが言葉を発する。
「でも今回の件で言えば動き出しが遅すぎるし、一度出た決定を覆すには更に上からの指示がなきゃダメでしょ? 個人の判断で動けない事も良し悪しよね。指示を出す人間が腐っていたらどんなに大きな組織も意味ないわ」
シャーリーが軍を止める事となった理由も『腐った上司』であった。
自身が正しいと信じる事が行えない現実に失望し軍を辞めた。
「もう、よかろう。その話を続けたところで益もない。
アダルも、個人の感情については特に何も言わんが、やると決めた以上はそれを覆す事はない」
ローゼンハイムの制止の言葉にシャーリーは肩をすくめ、ミユキも席に戻っていく。
アダルはミユキを黙って見つめ何かに思いを馳せている様にも見えた。
それぞれに思うところがあり、それぞれに譲れない物がある。
それを感じながらレイは行く先を案じひっそりと溜め息を吐いた。
☆ ☆ ☆
「襲われた村の位置と順番。それらから考えるに、手当たりしだいではないでしょう。明らかに意図を持って動いていると見てよいでしょう」
地図上を指しアダルは言う。
「東から西へと手を伸ばしているように見えるが、素通りしている集落もあるな。
つまりは、襲う襲わないを何らかの基準を持って決めているという事か」
「はい。目的を持って村を襲い、情報の伝達を恐れ目撃者を残さぬように村を焼き尽くす徹底ぶり、明らかに指導者がいるでしょう。」
ローゼンハイムの言葉にアダルは頷く。
「襲われた村の共通点は?」
「林業が盛んな村に、小麦の生産地、酪農の村、蓄えている物の種類は違えど、どこもそれなりに物資を蓄えていた村ですね」
「オークは生産力が低いからね。冬を乗り切るための物資は奪うしかないんじゃない?」
「だとすると最近活動の跡が見られないのは、必要な物資を調達できたので襲撃する必要性がなくなった。という事か」
「だとすると、痕跡を見つけるのは難しくなりますね」
「どうかいたしましたかご主人様? 難しい顔をなさっていますが?」
ローゼンハイムたちの議論が熱をおびていく中、レイは広域地図を見ながら眉間にしわを寄せていた。
そんなレイの様子にハクレンが声をかけた。
「何でこの辺りなんだろうな?」
「はい?」
「いや、王都からも近いこの辺りは、敵にすれば危険な地域だろ? 根城にするか?」
「そう言えばそうですね。何も考えていないならともかく、多少の知恵があるなら避ける地域ですね」
オークは大陸各地に住んでいる。暑さ寒さ等の環境による住地域が限定されない為、生息可能域は大陸全土と言って良い。
環境への適応力は人と変わらず、その生命力は人よりも高い。
だが、繁栄している種とは言い難い。
理由は、その生産力にある。
生命力と繁殖力に優れたオークはすぐにその数を増やす。
しかし、それを養っていくだけの食料の生産力がない。農耕に向いていないのか狩猟が生命線だ。
オークキングと呼ばれる上位種が現れたとしてもその数が万を越える事はないと見られている。
オークの集団が1万以下。王都周辺に常駐する王国軍は5万と言われ、そこに宮廷魔導師や騎士団まで加えた戦力相手に勝ち目などない。
村を襲い、略奪し、火を放った。これは明らかな敵対行動。
敵対行動に出るには、勝てる算段があるか、少なくとも負けない根拠が必要だろう。
何の考えもなく手当たり次第に襲ったのであればともかく、知性ある者の指示によるとなれば、腑に落ちない行動に思える。
「王都の近くだと知らないか、勝てる見込みがあるのか。でなければ、ここでなければいけない理由があるか、だな」
圧倒的な数的不利を覆せる天然の要害の地や、ここならば絶対に見つからないと確信の持てる場所。そういった特別な何かがあるのだとすれば、厄介な事になるだろう。
「予想外に面倒臭い事になるかもな」
「杞憂であって欲しいですね」
軽い気持ちで受けた話であったが、意外な雲行きの怪しさにレイは嫌な予感がしていた。
☆ ☆ ☆
「では、探索範囲はそれぞれ把握したな? 念を押すが、あくまでも探索のみ。深追いは厳禁だからな」
話し合いの結果、探索は襲われた村や集落のある地域の南と決まった。
襲われた順番からは東が怪しいのだが、既に重点的に探索が行われている事から偽装の可能性が高いと判断された。
山岳地帯とその裾野の森の広がる南側に探索範囲を絞る事とした。
「アルトとリーゼもいるんだからな、突撃すんなよアサルトバルキリー」
「分かってる。無茶はしないわよ」
レイの言葉にミユキは肩をすくめて答える。探索に出れば彼女の判断に2人の命がかかってくる。
公式にはレイのパーティに組み込まれているミユキたちだが、依頼先でパーティ内でメンバーを2つに分ける事など珍しいわけでもないし禁じられてもいない。
探索範囲を広げる為に3つに分かれての活動と決まった。
「連絡は密に取るべきだ。何か有った際にはすぐに救援にいけるようそれぞれの位置は明確にするべきだろう」
戦力的にはずば抜けているローゼンハイムのパーティ。万が一の際に頼りにするのであれば彼らだ。
「そこで、これの出番だ」
ローゼンハイムが取り出したのは手の平サイズの水晶。
「1人1つ持っておけ」
そう言ってローゼンハイムは更に10個の水晶をテーブルの上に置く。
「遠話の水晶の改良試作品だ。通常は1対1でしか話せないが、これは同時に複数の水晶と話す事が出来る」
ローゼンハイムが自身の持つ水晶に魔力を通すと、テーブルの上の水晶全てが淡く光を灯す。
「まだ試作段階のため問題もあるが、役には立つだろう」
ニヤリと笑い自慢げに胸を張るローゼンハイム。
「こんなこともあろうかと」というのはある種の様式美だろう。
「ねぇ、ちょっと提案があるんだけど」
何故か目を輝かせたミユキが手を上げていた。




