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73 「私の紹介は!?」

「しかし、凄い光景だよな」

 王都の路地を大通りに向かい歩きながらレイは呟く。


 昨夜から降り始めた雪は夜が明けた後も降り続き昼過ぎとなった今も止んではいない。

 朝方よりは小降りになっているが、少し歩いただけでも外套には薄っすらと雪が積もる。

 にも拘らず、道に雪は積もってはいない。

 視線をわずかに上げれば家屋の上に積もった雪が見える。

 しかし、下の道には一切雪は見られない。


 ドサドサという音に視線を送ると屋根から落ちたであろう雪の塊が有った。

 そしてそれは見る見るうちに溶けて消えていく。


 王都リンドンは冬は雪に閉ざされると言うほどではないが、雪がよく降るとは言える地域だ。

 しかし、王都全域を覆う特殊な魔術によりその地表の温度は年間を通し一定に保たれている。

 それは夏は涼しく冬は暖かく快適に暮らせるようにと開発された物だったのだが、その副次的な効果として地表の雪を素早く溶かすという事に役立っていた。

 外の光景でその事に気が付いたレイにエリスがその術式の説明をしてくれたのだが、結論から言えば「よく分からん」の一言に尽きた。

 だがその効果は抜群で「もう王都に永住しちゃわない?」とは暖かなロックハート家の庭でゴロゴロしたミーアの言葉だ。


「ホント、スゲーよな」

 原理は良く分からないが効果の凄さは良く分かる。

 感嘆と共に肩をすくめたレイの外套から雪が滑り落ち石畳に落ちる。

 すぐに溶け水となり石畳の隙間へと消えていく。

 王都では溶けた雪解け水が溜まらないような対策までも施されている。


 そんな王都の路地から大通りへ進む。

 やはり大通りにも雪は一切積もってはいない。

 そんな大通りをキョロキョロ見回しながら歩くレイ達一行を呼び止める声が響いた。


「無礼者!」

 そんな怒声に振り返ると大柄な男が肩をいからせていた。


「横から割り込み、あまつさえそのまま前を歩くなど、無礼にも程がある!」

 怒りに声を震わせるその男を先頭に背後には更に3人がいる。

 頭から被った外套の為に詳しい容姿までは分からないが、2人は男性で1人は女性のようだ。


「え? なに? 誰?」

 突然の事にレイ達の誰もが事体の把握が出来ていなかった。


「突然路地より出てきて眼前を横切り我らの歩を止めさせたのだ。更にはその事を一顧だにせず背を向けるなど無礼千万」

「あぁ、なるほど」

 漸くレイはその男が何を怒っているのかに気が付いた。


「これは失礼しました。気付きませんでした。申し訳ない」

「『気付きませんでした』で済む話ではない。そもそも」

「もうよいではないか」

 頭を下げたレイに男が詰め寄ろうとしたところを別の男が制した。


「しかし、若」

「アダル、二度は言わすな」

「ハッ」

 まだ何か言いた気な大男を制し『若』と呼ばれた男が前へと進みでる。


「周囲に興味津々な様子だったが、王都は初めてか?」

「はい」

「そうか。王都観光にきた田舎者といったところか」

 その言葉は侮蔑や見下しではなく、ただ事実を述べているだけといった淡々とした響きだった。


「初めての王都に浮かれた田舎者の立ち振る舞いに一々目くじらを立てるほど狭量ではない。よい、許そう」

「ありがとうございます」

「だが、覚えておけ。俺は許すが、許さぬ者は多い。『知らなんだ』『気付かなんだ』は無礼の免罪符にはならん。特にここ王都ではな」

「はい、覚えておきます」

「ウム、心しておけ」

 男は鷹揚に頷く。

 外套の下の顔は偉ぶるでもなく、見下すでもなく、真面目に諭そうとしている物だった。

 故にレイはその忠告を真摯に受け止める事にした。


「存分に王都を楽しむがよい。行こう」

 男が歩き出すとその後ろに他の者達も続く。

 大男はレイを睨みつけながら舌打ちと共に、女性は全く関心が無い様子で、最後の男は小さくお辞儀をして去っていく。


「何あれ? 邪魔なら黙って追い抜けば良いのに」

 歩き去る後姿を見ながらミーアがぼやく。


「まぁ、そこまで怒るほどの事か?とは思うが、間違っちゃいないだろ。変に逆らって喧嘩になるのも馬鹿らしいしな」

「そうですね。立ち振る舞い、物言い、護衛の者。きっとどこぞの貴族の子弟でしょう。それもそれなりに高位の」

「やっぱり。俺もそう思った」

 ハクレンの言葉にレイも頷く。

 それを感じ取った。というのも特に逆らう事なく神妙に従った理由の1つだった。

 勿論、相手の態度が傲慢不遜であればどうなっていたかは分からないのだが。


「とりあえず、早いところ闘技場に行こうぜ。実力認定試験だっけ? 事前登録の」

「はい。早ければ次回の開催時に参加出来るかもしれないそうです」

 今日の目的地は闘技場。参加する為の事前登録だ。

 闘技場は王都でも最大級の娯楽施設と言える。その為、観客が飽きないように常に目新しい物を求めている。

 闘技場は観客が入る開催日以外は剣闘士や王国軍の訓練に使われたり、新人の実力認定試験に使われている。今日はその認定試験が行われている。

 新人剣闘士は常に募集中だ。勿論、金を取れる見世物になるだけの実力か特異な能力がある事が前提ではあるが。

 早い話が「金になる」そう判断されれば直ぐにでも出場機会が与えられる。


「がんばります」

 ハクレンは燃えていた。

 王都の闘技場で戦う。

 それは彼女の夢の1つであった。


 その夢は呆気ないほど簡単に叶う事となった。

 ハクレンの望みとは若干違った形ではあったが。


 △ △ △ △ △ △ △ △ △ △ △ △ △ △ △


『さあ、続いての登場はクロスロードで只今絶賛売出し中! 新進気鋭の若手パーティだ!』


 実況の煽り文句に促されレイ達は闘技場内に進み出る。


『まずはパーティリーダーのレイ・カトー』

 場内のスクリーンに大きくレイが映し出される。

『弱冠18歳、そして登録から僅か1年という短期間でBランクへと駆け上がった若手有望株だ!』

 観客席から「おおー」という歓声も上がるが、あまり盛り上がりには欠けている。


『そして、パーティのアタッカーのハクレン・ラウ』

 今度はスクリーンにハクレンの姿が大きく映し出される。

 レイのときより大きな歓声が上がり観客のボルテージが上がる。主に男性の客のようだ。

『その凛々しくも美しい立ち姿。獣人の貴種、白狼族の剣士。しかしその麗しき見た目に反し、その剣の冴える。ブロンズクラスのゴーレムを一刀両断! まさに美しき花には棘がある。その棘の鋭さを見せてくれ!』


「俺の紹介より力が入ってるな」

「いえ、それは……」

 いじけるレイにハクレンは掛ける言葉がない。


『そして彼女だ!』

 次いでスクリーンに映し出されたのはエリスだった。

 いつもの無表情でなぜかピースサインを掲げている。

 観客席には「誰?」といった空気が漂う。

『パーティの後衛を務める魔術師。弱冠16歳にしてBランクへ辿り着いた俊英。それもそのはず! 彼女の名は、エリス・ロックハート!』

 「ロックハート」という部分をより強調する。

 その言葉に場内は静まり返る。「え? 今なんて言った?」そんな空気が広まっていく。

『宮廷魔導師長、氷の魔女クローディア・ロックハートの娘にして14歳にして魔道アカデミーを主席卒業した魔法3大名家の1つロックハートの次世代を担う天才魔術士だ!』

 一息で捲くし立てた実況の言葉を観客は脳内で咀嚼していく。

 そして、その意味を理解したところで今日一番の歓声へと変わる。


 闘技場の常連客ともなればロックハートの名はよく知っている。

 それは闘技場が宮廷魔導師の実験場にもなるからだ。

 マイアス・F・ロックハートは参加側での常連であり、クローディア・ロックハートが参加する日は当日券など出ないほどの人気ぶりだ。

 その名を継ぐ者の登場に場内のボルテージは上がっていく。


 闘技場の運営側の思惑通りと言えるのだろう。


 事前登録に訪れ実力認定試験を受けたレイとハクレンは『ブロンズクラス』の認定を受けた。

 闘技場独自の階級分けでブロンズ、シルバー、ゴールドの3階級とレジェンドと呼ばれる名誉階級がある。

 ハンターランクで言えば、Sランクがゴールド、Aランクがシルバー、Bランクがブロンズといったイメージとなる。


 エリスが実力認定試験を受けようとしたところで試験官がロックハートの名に気が付いた。

 そして、その報告を受けた上の者が「これは良い客寄せになる」と判断し、あっという間に参加日程が組まれた。

 家名による特別扱いにエリスがむくれ、そのオマケで参加する事が出来たハクレンも微妙な顔をしていた。

 



『そんな彼等が挑むのは、コイツ等だ!』

 観客同様こちらも興奮気味の実況者の言葉でスクリーンに映し出されたのは闘技場内のもう1つの扉。

 それが開かれ中から何かが出てくる。

 成人男性より遥かに大きい体躯。側頭部から生える太く鋭い角、鼻息荒く猛っている。

 ハンターギルドのランク付けは種全体としてはCランクだが、個体によってはAランクに位置する事もある牛頭の魔物。

 ミノタウロスだ。


「赤いですね」

「ああ、変異種かな?」

「もしかするとネームドかもしれませんね」

 そのミノタウロスは、通常茶色と言われる肌の色が赤かった。

 普通とは違う特徴を持つという事は、特別な存在であるという可能性を示唆している。

 ハクレンが指摘する様に二つ名を持つ個体の可能性もある。


「問題はソコじゃないでしょ」

 硬い表情、真剣な面持ちでミーアが言う。


「問題? 後ろのコボルトの群れならどうとでもなるだろ? そもそも連携が取れるのか?」

 ミノタウロスの後ろから入場してきたのは8体のコボルトだ。

 その手に槍らしき物を握っているが、8体程度のコボルトが脅威になるとは思えない。


「モチロン、違うわよ」

「じゃあ、何だよ?」

「私がされてない」

「は?」

「私だけ紹介されてないじゃん!」

「……」

 微妙な空気がレイ達の間を漂う。


 1秒未満の時間でレイは決断する。

「ハクレン、単体の大物と群れの小物。どっちが良い?」

 取り敢えず無視する事にした。


「それは……」

「うん。よし、ミノタウロスは任せた」

「はい!」

 ハクレンなら大物と戦いだろうが、立場上自分からそれを言い出す事はしない。

 その事を分かっているレイが一方的に決断する。

 いわゆる「聞いてみただけ」だ。


「エリスは俺の援護な」

「ん、了解」

「ハクレンが押し切れないときはミノタウロスのとどめも頼む」

「ん、任された」

 レイの言葉にエリスが頷く。

 知り合いでも居たのだろうか、観客席に手を振っていた。


「ちょっ!? 無視? ねぇ?」

 非難の声を上げるミーアを放置しレイは闘技場中央へ向かい歩きだす。

 それにハクレンとエリスが続く。


「私の紹介は!?」

 残されたミーアの魂の叫びは観客の歓声にかき消された。

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