閑話 とある少女の夢
ミユキ・ハザクラ視点
仰向けに倒れた私を上から覗き込むようにその男は見下ろしている。
何かを言おうと思うが上手く言葉を発する事ができない。
『随分とつまらない人生を送ってきたものだね』
その男は哀れむ様に、呆れた様に、そして蔑む様にそんな言葉を口にする。
――アンタに私の何が分かるってのよ?
『今のは僕の意見じゃないよ。君が心の奥底にしまってあったモノだよ』
その言葉に何も言えなくなる。
確かに心当たりがあるモノだったからだ。
毎日の様に思っていた事だった。
『朝起きて、楽しくもない学校に行き、脂ぎった担任教師のなめ回すような気持ちの悪い視線に耐え、大して興味もないクラスメートの馬鹿話につき合い、下心丸出しの男子の誘いを上手くかわし、家に帰るだけ事の繰り返し』
――言われなくても分かってる。
私が思っていた事、そのままなのだから。
『かといって、登校拒否になって親と揉めるのも嫌で、教師に「あんたキモイ」と言う勇気もない。いじめに会うのが怖くてクラスメートと距離を置く事も出来ない』
―― ……もういいわよ。
『出来る事と言えば、ゲームや漫画の主人公に感情移入して現実逃避をする事ぐらい』
――もういいって言ってるでしょ!
それ以上聞きたくなくて両手で耳をふさぐ。
『耳をふさいだって意味はないよ。君の内側から聞こえてくる言葉だからね』
――うるさい、黙れ!
『変わりたいと思わないかい?』
――毎日思っていたわよ。
『僕は、今もそう思っているのかを聞いてるんだけど?』
そう言われ、男の顔をまじまじと見返した。
思えばちゃんと目を見るのも初めてかもしれない。
「そんな自毛の奴がいるかよ!」と言いたくなるオレンジ色の髪をした柔和な笑みを浮かべた癒し系のイケメンだ。
今も若干キラキラした目で私を見つめている。
『自由に、いや違うかな。自分の信念に従って自分の意思で自分の道を歩いていきたくないかい?』
―― ………。
『なりたい自分。理想の自分。誰もが其れになれる訳じゃない。そう割り切ってしまう事が悪い事だとは僕は思わない。選ぶのは君だ』
――……りたいわよ。
『ん?』
「変わりたいわよ! 周囲の目を気にする事なく、自分の思うがままに、自分の意思を貫き通して生きたいわよ!」
気付けば両手を握りしめ立ち上がっていた。
『よし! 君ならそう言ってくれると思っていたよ』
「だから、アンタが私の何を知ってるってのよ?」
相変わらずキラキラした笑顔で答えるその男には最早呆れるしかない。
『ただ残念ながら、もうやり直す事は出来ないよ。厳密に言えばやり直す事も出来るんだけど、君がそれを望まないからね』
「だから、アンタが勝手に私の事を決めるんじゃないわよ」
勝手に私がやり直す事を望まないと決め付けている。
確かに望んではいないのだけど。
『そんな訳で、なんの捻りもないテンプレ展開で悪いけど、異世界に行ってみない?』
「断ったらどうなるわけ?」
『行ってもらうのは異世界『ノア』。僕らが見守る10番目の世界さ』
「アンタ、人の話し聞く気ないでしょ?」
『ウン、ないね』
簡単に言ってのける男に軽く憤りを感じるが、結局は私が断らない事が分かっているが故の事なのだろう。
男の「何か問題でも?」と言わんばかりに首を傾げる姿が様になっているのが癪に障る。
『ノアは基本的に『剣と魔法の世界』だと思っていれば良いよ。エルフやドワーフ、亜人や獣人、リザードマンにケンタウロス、そして竜族に魔族。様々な種が暮らす世界さ』
「それで、そこで私に何をしろと?」
『世界樹を見つけて欲しい』
その「世界樹」という言葉を発する瞬間、男の顔から常に浮かんでいた笑みが消えた。
「何なのその世界樹って?」
『ノアの世界樹はセフィロトの枝みたいなものなのさ。厳密に言えば全然違うんだけどね。イメージとしてはノアはセフィロトの枝の上に広がる世界かな。世界樹が枯れるという事は、ノアがセフィロトから切り離されると言う事さ』
「セフィロトから切り離される」という事が何を意味するのかは分からない。
ただ、それが目の前の男にとっては重大な問題なのだと言う事はなんとなく理解が出来た。
「それで、結局どこに行って、何をすれば良いわけ?」
『それは教えられないね』
「ホント、アンタねー」
『いやいや、分からないとか、教えちゃいけないとかじゃないんだ』
一度こいつはシメておこう。
そう思い一歩踏み出すと男は慌てて手を振り押しとどめようとしてくる。
『教えても君が理解出来ないんだよ』
「え?」
『しいて言うならば、足し算引き算を習ったばかりの子供にリーマン予想の証明式を説明するようなものだね』
「サラリ-マンがどうしたってのよ?」
『ほらね♪』
勝ち誇ったようなドヤ顔に、あとで一発ブン殴る事を心に決める。
『ノアに行って、何をするかは君の好きにしたら良いさ。自由気ままに好きなように生きたら良いよ。時がくれば結局は巻き込まれる事になるだろうから』
「待ってれば良いって事?」
『そう。世界がそれを望むなら、必要となる者は自然と渦の中に飲み込まれていく。どういう形になるかは分からない。何が起きるのかも分からない。僕以外の者の矯正力も働くみたいだしね。
何にせよ、この僕の加護を受けた君がいれば栄光に辿り着ける事は間違いないよ』
そう言って男はイイ笑顔で笑う。
「じゃあ、私は好きに生きればいいのね?」
『そうだね。ただ、イージーモードではないよ。敵は強大かもしれないし、道は困難で立ち塞がる壁は強固で分厚いかもしれない。僕としては、また君が逃げ出さないかが心配だよ』
「逃げないわよ。そう、もう逃げない。どんな困難も打ち貫くのみ、よ」
『そっか、その覚悟があるならば良し』
男はそういって笑顔を浮かべながら右手を差し出し握手を求めてくる。
私も笑顔を浮かべその右手を握り返す。
「そう言えば、名前聞いてなかったわね?」
『僕? あぁ、そうだったね。僕はホド。たぶん、もう会う事はないだろうから忘れてくれても良いけどね』
「忘れないわよ。ありがとう、ホド」
私はそう言って握手をしている右手にギュッと力を込める。
「ん?なに?」とでも言いたげに首を傾げるホド。
そのまま右手を引き込みホドを引き寄せる。
少し驚いたような顔をしている整ったイケメン面のど真ん中に、空いている左のコブシを叩き込む。
『プギャッ!? 何するのさ!』
「散々好き勝手言ってくれたお礼よ。それに」
『それに?』
「好き勝手にして良いんでしょ?」
私の物言いに唖然とするホド。
イケメンのマヌケ面というのも中々新鮮で良い。
溜まっていた鬱憤が晴れていく。
『まぁ、グズグズといじけているよりは良いよ。その調子でがんばりなよ』
ホドがそう言うと私の足元に光る円形の魔法陣が浮かび上がる。
「ありがとう。変わるわ私」
『あぁ、そうすると良い。誰よりも自分自身の為に』
光る魔法陣が上昇し私の視界が光に包まれ、意識が暗転する。
目が覚めると、見慣れた天井がそこにあった。
――あぁ、またあの夢か。
何度か見た二度目の人生の始まりの瞬間。
私が生まれ変わった瞬間。
きっと私があの想いを無くさないようにホドが仕組んだのだろう。
寝台から身を起こし、身を伸ばす。
そして、昨日の事を思い出す。
「レイ・カトーか」
黒髪黒目の同郷人。
「何かをする気はない」と言ってはいたがホドの言葉を信じるのなら、気が付いたときには自然と渦中に放り込まれるのだ。
出会った事自体がきっかけとなるのかもしれない。
「時が来たのかな」
だとしてもやる事は変わらない。
「私の信念を唯貫き通すのみ」
今のところ本編に出ているミユキのキャラは彼女が作っている物です。
本来の彼女は周囲の目を気にする臆病で逃げ腰な人物で、ただいま必死に矯正中です。




