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69 「いやー、助かりましたよ」

「ふぁ~あ」

 穏やかな陽射しを浴びレイは御者台にてあくびと共に伸びをする。


「天候に恵まれて良かったけど、こう何もないとさすがに暇だな」

 クロスロードを出発して3日。

 穏やかな晴れの日が続き、気温的には肌寒いのだが、風もあまりなく日の当たる場所はむしろ暖かい程である。

 ここまでの旅路はまさしく順調。何の問題もなく予定通りに進んでいる。


「馬車旅も風情があって良いとは思うが、暇なのが難点だよな」

「そればかりは致し方ないと申し上げるしかないです」

 レイの隣でハクレンも暇そうではある。


 王都まではまだ10日以上かかる。

 それを思うと若干憂鬱にもなる。

 10日を超える旅というのはレイにとっては馴染みのない物だ。

 要するに、暇つぶしが出来ないのだ。

 そのため気分転換に馬車の御者を買って出たのだが、御者も暇つぶしにはならないという事が分かっただけだった。


「飛行船にするべきだったかな?」

 クロスロードと王都リンドンを2日で移動できる飛行船。

 料金は1人当たり2万ギル以上になる。その値段ゆえに利用者は貴族等の富裕層がほとんどだ。

 一人前と認められるBランクのハンターでも気軽に利用できる物ではない。

 だが、レイにとっては暇で退屈な10日間を過ごすよりは断然マシに思えた。


 ――帰りは飛行船にしよう。


 人知れずレイがそう決意するのは時間の問題だろう。


「はぁ~あ、何か面白い事でも起きないかねー」

 暖かな日の光を浴び、本日何度目か分からないあくびをし、レイが呟く。


 もし彼がゲーム脳だったのなら気が付いたかもしれない。

『フラグが立った』という事に。


 △ △ △ △ △ △ △ △ △ △ △ △ △ △ △


 それを最初に見つけたのはミーアだった。

「ご主人さまー、なんか前の方ワイワイしてるんですけど?」

 幌馬車の幌の上からミーアが前方に何かを発見した。


 折角の陽射しなのだから日向ひなたぼっこをしようと思ったが、日の当たる御者台はレイとその隣のハクレンで満席だ。

 仕方なく満遍なく日に照らされる幌の上で昼寝をする事にした。

 返す返すもジャンケンに負けた事が悔やまれるミーアだった。


「あ~、居るな。賊に襲われている商人。て感じか?」

「そのようです」

「無視して素通りって訳には……いかないよな」

 退屈は嫌だが面倒事も嫌なレイだが、さすがに無視して行く訳にはいかない。


「迂回する道もありませんし、素通りはさせてくれないでしょう」

 クロスロードから王都リンドンへと続く道『ガリオス街道』。国内の主要街道の1つでもあるこの街道は、一年を通して多くの者が往来する。

 当然、それを狙う輩も数多く出没する。その為、街道警備隊や王国軍の部隊等も目を光らせてはいるのだが、それでも賊は一向に減る気配を見せない。

 そんな賊が狙うのは『ここを必ず通る』と分かっている場所。即ち迂回路のない場所だ。

 目の前にあるのもそんな場所の1つだ。


「よく賊の出る場所ですね」

 そしてそこは、かつてハクレンがクロードと共に襲われた場所でもある。


「ミーア、数とか装備とか、どんな感じだ?」

「数は……10、11? 装備はバラバラの貧乏盗賊団? あっ! 半分こっちに来るわよ」

 レイ達が気が付いたように賊側もレイ達に気が付いたようだ。

 特に護衛の姿もなく、数人の姿しかないレイ達の一行は良い獲物に見えたのだろう。

 賊の約半分の6人がレイ達の馬車に向かい走り出していた。


「こうなってくると、是非もなし。だな」

「はい、迎え撃ちます」

 レイの指示を聞くまでもなくハクレンは臨戦態勢で馬車を降りていた。


「殺すなよ。エリスもな」

「了解しました」

「ん。死なせると賞金が減る」

 レイの言葉にハクレンが頷き、すぐ後ろで赤い宝玉つきのロッドを携えたエリスも意図を読み取り頷く。


「ミーアは上から周囲を見張れ。隠れた奴がいないか探しとけよ」

「はーい」

 レイが馬車の幌の上のミーアに指示を出すと軽い返事が戻ってくる。

 幌の上、高所と言っても3メードもない。身軽なミーアであれば飛び降りるのに何の問題もない高さだが、わざわざ降りてきてもらうほどの相手でもない。

 それより上から周囲に目を光らせてもらう方が有意義そうだ。


「『暴風ウィンドストーム』」

 エリスの放った省略詠唱の範囲魔術が向かってくる賊の先頭を吹き飛ばし戦闘の幕が開ける。


「さて、チャッチャと片付けますか」

 レイも剣を手に馬車を降りる。



 そして、結論から言えば予想以上に呆気なかった。

 エリスの魔術でアッサリと吹き飛ばされた仲間を見て無事だった3人も即座に逃げ出した。

 しかし、既に走り始めていたハクレンにアッサリと追いつかれ抵抗する間もなく打ち倒された。

 別の獲物を襲いに行った仲間がアッサリと倒されたことを知ると、商人を襲っていた賊もすぐさま逃げ出し始めた。

 追いかければ捕まえられるかもしれないが、そこまでする気もなく放っておく。

 戦闘開始から終了まで3分とかかっていないだろう。


「いやー、助かりましたよ」

 そう言いながら笑顔で歩み寄ってくる商人らしき女性。


「馬がやられちゃったんで逃げようがなくてどうしようかと思ってたんですよ」

 その商人、見た目はまだ若いが、この世界では見た目がまるであてにならない事はレイも経験済みだ。


「私はリグレット・クリフォード。しがない商人ですね」

 人のよさそうな笑みを浮かべ右手を差し出す。


「レイ・カトー、ギルドハンターです」

 躊躇いがちに差し出された右手を握り返したレイ。

 その手をガッチリと握りホールドしたリグレットが笑顔で言う。

「馬がやられちゃって困りましたよ」

 ニッコリと笑い手を離す気配はない。

 その笑顔が言外に「乗せて」と語っていた。

 そして「良いお返事が貰えるまで放しませんよ」とも言っている。


「えっと、王都に行く予定なんですけど?」

「あぁ、それは奇遇ですね私も王都に行くんですよ♪」

 行き先が逆な可能性に賭けたレイの言葉はまさに逆効果だった。


「乗っていきますか?」

「えぇ!? 良いんですか? では、お言葉に甘えて同乗させていただきます。宜しくお願いします♪」

 白々しい驚きの声と共に満面の笑顔で頭を下げたリグレットはレイの右手を放した。


「荷物とって来ますね」

 そう言ってリグレットは自身の馬車へと向かい歩き出す。

「あっ! おヒマでしたら手伝っていただいて宜しいですか?」

 数歩で振り返ったリグレットはイイ笑顔でそう言った。

 清々しいまでの図々しさだった。


 

「いやーホント助かりましたよ。渡りに船と言うんですか? あれ、地獄に仏? いやいや、大海の木片? ともかく助かりました。急に入った急ぎの仕事だったんで、あそこで足止めされてたらヤバかったんですよ。この御礼は必ずしますんで。えぇ、何と言っても商人は信頼関係維持の為に義理人情を欠いてはいけないですからね」

「ハァ、そうですか」

「あぁ、大丈夫ですよ。御者をやるぐらいは何の負担でもないですからね。結局自分の馬車の御者をしてないといけなかった訳ですから、このぐらいの事で恩に着せようなんて思ってませんから。えぇ、もう全然思ってませんから」

 レイ達の馬車に同乗する事となったリグレットは御者を買って出た。

 リグレットは話好きな性格のようで隣に誰かが座っていると止まる事なく話したてる。

 それに対して相手の反応は最小限の相槌でも入れば十分のようだ。

 レイの素っ気ない返事に気を悪くする事なく話は続く。


 おかげでと言うべきか、王都までの残り11日の旅は騒がしく過ぎた。


△ △ △ △ △ △ △ △ △ △ △ △ △ △ △


「デカイな」

 遠くから見ても巨大な城壁だと分かってはいたが、その下まで来るとその大きさに圧倒される。


「えぇ、王都の城壁の高さは王国一ですからね。戦争をする訳でもないのに無駄な金使ってますよね。そんな無駄な金があるんだったら商人への税金を安くしてくれたら良いのに。そしたら国内の品物の流通が活発になって経済が活性化すると思いません? 思いますよね。私もそう思います」

 南門の通行許可待ちの列に並びながらリグレットは愚痴る。自分から問いかけておきながら答えを言い、最終的にまるで相手の意見だったように同意する。

 自分ひとりで完結させてしまう。レイも最早慣れたやり取りだ。



 通行許可を取り王都に入ったレイ達がまず向かったのはハンターギルドだった。ギルドから借りた馬車を返す為にだ。

 そしてそこでリグレットとは分かれる事となる。


「いやいや、ホント助かりました。おかげで期日には間に合いそうです。カトーさんはクロスロードが拠点でしたよね。今回のお礼は必ずしますので、いずれまた」

 そう言い笑顔で手を振りながらリグレットは歩き去って行く。


 この旅の間、常に上機嫌で話し続けたリグレット。

 その後姿を見送るレイにエリスが声を掛けた。

「分かってる?」

「あぁ、分かってる」

「そう。なら良い」

 10日程度の付き合いではあったが、レイにも分かっていた。「彼女は本音で語っていない」という事を。

 リグレットは多くの事を語ってはいたが、その殆どが話の添え物、装飾だ。

 話している実際の内容は驚くほど少ない。

 身のある部分はレイ達の事を聞いている方が多いくらいだ。


「商人てのは皆ああなのかな?」

「さあ、それは分かりませんが、悪意や害意はなかったと思います」

 それはレイも感じていた。

 親しく話しかけてはいても、その実は距離を置いてこちらを観察しているように感じていた。

 興味本位によるものか、それとも何か目的があっての事かは分からないが、その奥にある感情が悪意のようには思えなかった。


「ただ、只者ではないですね」

「だろうな」

 元Aランクハンターのクロードでさえ王都-クロスロード間の旅には用心の為に護衛をつける。

 だがリグレットは護衛の1人もつけていなかった。それは襲われても対処が出来るという自信の表れだと言える。

 ただの「しがない商人」の筈がない。


「何者なのかねー?」

 リグレット自身が言っていた通り、いずれまた会う日が来るだろう。

 それもそう遠くないうちに。

 そんな予感と共に人混みに消えていく背中を見送った。


△ △ △ △ △ △ △ △ △ △ △ △ △ △ △


「こんにちわ。どうしました?」

 王都の人混みの中を歩いていたリグレットは懐の中の『遠話の水晶』が光った事に気づきそれを取り出す。

 突然誰も居ないのに話し始めた彼女を周囲の者達がいぶかしむように視線を送る。

 そんな周囲を気にとめる事なくリグレットは笑顔で会話を続ける。


『リグレットさん今どちらですか? オシリスにいないみたいですけど?』

「いやー、今王都なんですよね。えぇ、突然グラディール伯から注文が入りましてね」

『そんなの貴女本人が行く事ないんじゃないですか? 配達要員なら幾らでも居るんでしょ?』

「いえ、この道は信頼関係が重要ですからね。私自ら動く事で評価が高まるんですよ」

『そういうものですか。お戻りの予定は?』

「お客様のご要望とあれば急いで戻りますよ。えーと、早いのは飛行船で6日後ですね」

 リグレットの頭の中には主要都市を結ぶ飛行船の発着情報が入っている。

 王都発オリシス行きであれば4日後だ。


「お急ぎなら宮廷魔導師に掛け合いますが?」

『いえいえ、6日後なら問題ないです。落札してもらいたい物がありましてね』

「この時期ですと、……あぁ、出入り禁止になってましたね」

『ひどい話ですよね。私が何かした訳じゃないのに』

「いやー落札価格を200万も落とされたら笑えないですよ。では、詳しい話は戻ってからですね」

『えぇ、お持ちしています』

 和やかに商談をしながらリグレットは王都の路地を迷う事なく進んでいく。

 王都の中心部から外れ周囲の風景は段々と薄汚れていく。

 王国最大の都市にもそれを根底で支える最下層の地域がある。

 いわゆる貧民街だ。

 そんな場所を綺麗な身なりの年若い女性が1人で、しかも『遠話の水晶』という珍しい物で話をしながら歩いている。

 当然目立っている。

 しかし、リグレットのそれを気にする様子はない。


「あぁ、そう言えば以前お探しになっていた例のアレ。持ち主を見つけましたよ?」

『え? あぁ、アレですか。それなら私も見つけましたよ』

「おや、そうですか。じゃあ余計な事しない方が良いですかね?」

『いえいえ、手に入るならお願いしますよ』

「あー、どうですかねー。あの感じだと簡単には手放してはくれなさそうなんですよね。もうなんて言うか『誰にも渡さないぞ!』ていう感じがビンビンします」

『じゃあ奪っちゃえば?』

 まるで世間話でもするかのように物騒な単語が沸いて出る。


 そんなリグレットの前に立ち塞がる男が3人。

「よう姉ちゃん。良いもん持ってるねー。服もなんか高そうだし、俺らにちょっと恵んでくんねぇ?」

「なんなら姉ちゃん自身を恵んでくれても良いんだけど?」

「こんなとこ1人で歩いてるとこ見ると案外その気だったりして?」

 男達はニヤニヤと笑みを浮かべながらリグレットを取り囲む。


 そんな男達を虫でも見るような目付きで見返すリグレット。

 男達の脇をそのまま抜けようとするリグレットに男の1人が手を伸ばす。

「おいおい、無視すんなって。痛い目見たくないだろ?」

 その手がリグレットに触れたかどうか、その瞬間だった。

「邪魔」

 それまでの上機嫌な声とはまるで違う冷たく短い呟きと共にリグレットの右手が振られる。

 無造作に振られたように見えた拳が手を伸ばした男の顔の下半分を吹き飛ばし、歯と顎と肉片をその背後に立っていた男の顔にぶちまける。


「君等も死ぬ?」

 リグレットは腰を抜かしへたり込む男達に短く言葉を投げかける。

 男達が激しく首を振るのを見ると興味なさ気に踵を返し歩き出す。


『おーい、リグレットさん?』

「あぁ、ごめんなさい。虫が飛んできたんで払ってたんですよ。で、なんでしたっけ?」

『譲ってくれなそうなら奪っちゃえばって話でしたよ』

「いやいや、無理ですよ。盗賊じゃないんですよ私」

『いやいや、リグレットさんならイケるでしょ?』

「無理ですって。荒事とか苦手なんですから」

 再び上機嫌な声で話し始めたリグレット。

 その背を見ながら残った2人の男は死なずにすんだ幸運に感謝していた。

 貧民街に住み、多少なりとも荒事を生業とした男達は自分達を見下ろしたリグレットが自分達を殺す事を躊躇うような相手ではないと理解が出来た。

 取るに足らない相手だと判断されたからこそ見逃してもらえたのだと理解が出来た。


 男達の畏怖の視線など気にするどころか、その存在すら忘れ去ったリグレットは営業用の笑顔を浮かべ言い放つ。

「私しがない商人ですから」



作中でリグレットが言っている諺は、たまたま同じ物があったと思って下さい。


そろそろ南の島の別荘が完成しそうです。

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