67 「またやってくれましたね?」
「またやってくれましたね?」
そう言い疲れた顔でため息をつくのは、おなじみのリザリーだ。
軍隊蟻の騒動終結から5日、レイは再び依頼を請け始め、今日も森へと出かけてきた。
依頼の報告へと向かった受付カウンターに珍しく疲れたようなリザリーに会った。
『必要以上には頑張らない』どころか『出来うる限り頑張らない』が信条の彼女が疲れているところなど中々見られるものではない。
「いや、別に何もしてないけど?」
レイに心当たりは特に何もない。というより何を言われているのかも分からない。
そんなレイに対してリザリーは無言で掲示板へと視線を送る。
レイがその視線をたどって行き着いた先に居たのはユゥリーとジーンだ。
「ユゥリー・エイジスですよね?」
「あぁ、知ってるのか?」
「本部から特別重要指定されています」
「は? 何それ?」
「ギルドにとって重要な人物なので可能な限り便宜を図る様に、というのが建前です。
その本音は『何をしでかすか分からないので監視を怠るな』といった所です」
そう言うリザリーの顔には「面倒くさい」という言葉か隠す事なく浮かんでいる。
「何かしたのあの人?」
「いろいろ有ります。火竜の討伐に魔物の大氾濫の鎮圧、それと新しい迷宮を見つけたりとか」
「凄いじゃん。何か問題でも?」
「やり過ぎるんです。火竜の討伐では谷の地形が変わったそうですし、魔物大氾濫の時に焦土と化した森は長らく草一本生えなかったそうです」
その火竜は500年近く生きているという渓谷の主だった。記録に残っている限りでは、この300年の間で討伐された最大級の竜である。
その竜をユゥリー・エイジスは単独で討伐した。その代わりにその渓谷周辺は地図を書き直す事となった。
ギルドに対して十分な功績を上げている為『危険人物』とは指定できないが、野放しにするのは危険な人物だと判断されている。
「随分と詳しいな」
「過去の資料を読んだんですよ。まぁ、ここ30年ぐらいは特に何も無いみたいですけど、古い記録によれば色々有ったみたいです」
リザリー曰く、「正確に言えば読まされた」らしい。そんな古い記録まで色々と読まされた結果として疲れているのだそうだ。
「で、なに?『またやってくれましたね?』て?」
「ギルドとしては彼はレイさんの関係者だと認識しています」
「は?」
「レイさんのお宅に泊まってるんですよね?」
「……いや、まぁ、それはそうだけど」
「そのせいで私の管轄にされました」
どうやらギルド職員の間で熾烈な押し付け合いがあったようだ。
そしてその結果、自分の担当の関係者という点から押し切られてしまったようだ。
「どうしてくれるんですか?」
「俺のせいか? というかリザリーが俺の担当だった事自体が初耳なんけど」
そもそもが担当者がいる事自体が初耳だ。
大半のハンターがその事を知らないのだから仕方がないのだが、ギルドがハンターの活動を支援する上で担当職員の存在は必須と言ってよい。
ハンターの好みや癖といった特徴。向き不向きを把握した上でのアドバイス、実力を分析し、危険なラインを見極める。そういった情報を担当の職員が個別に作成し、受付の職員に回される。
受付の職員はその情報を元に日々の受付業務を行っている。
そのハンターの力量では危険そうな依頼を受けようとしているのならやんわりとたしなめ、時にはハッキリと「止めた方がいい」と警告する。
ハンターの生存率を上げる要因の1つと言えるのが担当職員の存在だ。
「で、結局何をするんだ?」
「取り敢えずは行動の把握です。何処に何をしに行ったか、その結果どうなったか、とかですね。危険になりそうなら何か手を打たなければいけませんから」
ちなみに、この「危険になりそう」というのは『ユゥリーが』ではなく『周囲が』である。
ユゥリーの命に危険が及ぶような事態なら、ギルドの一職員の打てる手で回避出来る筈もない。
「レイさんも責任とって手伝ってください」
「え!? 俺のせいなの!?」
「手伝ってく・だ・さ・い!」
「お、おう」
ズイッ!と顔を寄せ凄むリザリー。その迫力にレイは頷かざるを得なかった。
「取り敢えずは、あの人から目を離さないでくださいね。特に大物の討伐とか止めてくださいね」
金枠の掲示板の前で依頼票を見ているユゥリーとジーンを難しい顔で眺めるリザリー。
金枠の掲示板はAランク以上の依頼しか張り出されていない。張り出されている依頼票は少ないが、その内容はどれも困難な物だ。
その中に魔物の討伐依頼は2件。どちらも自分の領域から自発的に出る事はない魔物だ。
その為、どちらも緊急性はなく、放っておいても問題はない、むしろ下手に手を出さない方が賢明だと判断されている。
しかし、Sランクオーバーの火竜を圧倒したというユゥリー・エイジスならば討伐してくるだろう、とリザリーも考えている。
ただし、それは火竜の時の様に周辺の地形が変わってしまう事を気にしないのであればだが。
結論から言えば、そんなリザリーの注意勧告は無駄に終わる。
王国の一地方では『厄災の男』とまで言われるユゥリー・エイジス。
その実力をレイが目撃するのはそれからそう遠くない未来の事であった。
△ △ △ △ △ △ △ △ △ △ △ △ △ △ △
「いやー、大漁大漁♪」
ホクホク顔のユゥリーの前に並ぶ43頭の小動物。
白い毛並みが美しく、王国中部のエペル山にしか生息しない希少価値の高い『雪毛イタチ』だ。
「王都にでも持っていけば1頭で金貨2~3枚にはなるんだぜ」
ユゥリーの言葉通り、雪毛イタチは高級毛皮の代表格だ。雪毛イタチのコートともなれば白金貨で取引される事になる。
そんな物を買いたがるのは一部の王侯貴族か、金が余っている豪商ぐらいなのだが、何故か需要が無くなる事はない。
その為、1頭捕まえれば一般家庭なら1月は暮らしていける程の金額で買い取られる。
「でも、この数は持ち帰れないですよね?」
レイが指摘する通り、雪毛イタチには捕獲制限がある。
下山する際に捕獲した雪毛イタチを申告し証明書を発行してもらう。
その証明書がなければ買い取ってはもらえない。
勿論、違法を承知で密漁・密売をする者は後を絶たないのだが。
「1人5頭まで、でしたっけ?」
「ああ、あとは大きさにも制限がある」
ユゥリーは制限に引っかかりそうな小さな個体をより分ける。
今のところ眠らせてあるだけで1頭も殺してはいない。
結果、十分に大きい個体の36頭が残る。
今回の参加者はレイ、ユゥリー、エリス、ハクレン、ミーア、ジーンの6人。
持ち帰れるのは6人×5頭の30頭までなので、あと6頭は逃がさなければいけない。
「逃がすんならメスを多めにするのが良いな。増える子供の数はメスの数に比例するから」
ユゥリーはまだ若そうなメス5頭とオスを1頭より分ける。
「さて、ギルドの買い取りだと1頭が1万5千ギルだったか? まぁ、十分な儲けだろ」
頭数で割るのなら1人当たりの取り分は7万5千ギル。
クロスロードからここまでの往復7日の移動時間を加味しても十分すぎる儲けと言える。
「でも、良いんですか? ほとんどユゥリーさんの手柄ですけど?」
「良いんだよ、儲けは山分け。最初にそう決めといて、後からグダグダ言うのは格好悪いぜ」
「そうですか。じゃあ、あとは合流するだけですね」
「おう、勝ちも決まったし。デカイ面して待ってようぜ」
そう言うとユゥリーとレイの『男組』は意気揚々と集合場所を目指し戻って行った。
始まりは、そろそろユゥリー達が次の目的地へと旅立つと言い始めた事だ。
次の目的地は、町の中心部に王国最深の迷宮『ヘリオスの迷宮』を有し、往復5日以内の圏内に3つの迷宮が存在する『迷宮都市ヘリオス』。
クロスロードからは1月以上かかる長旅になる。
その旅費を稼ぐ為か、ユゥリー達は割の良い依頼を探していた。
そんな折に、以前申し込んでおいたエペル山への入山許可申請が抽選に当たった。
雪毛イタチの捕獲目的での入山許可が下りるのは一年の内で3ヶ月間のみ。
毎年王国全土から万を超える応募があり、当選するのはわずか15組、最大で150人だ。
「当選した時点でその年の運気を使い果たしている」と言われる程の倍率である。
「このままだとユゥリーさんがヒュドラーの討伐に行きかねない」とレイがリザリーに相談した直後の事だが、その事と当選に関係があるかは分からない。
エペル山への道中、何気ない一言から「誰が一番多く捕まえられるか」という話が始まった。
しかし一部危険な魔物も居る山中で単独行動はありえない。よって、チーム戦となった。
普通に考えればレイ、エリス、ハクレン、ミーアの4人 VS ユゥリー、ジーンの2人となるのだが、レイ達4人では手に負えない魔物に遭遇する可能性を考えていたところ「男 対 女で良いんじゃない?」とのジーンの発言にアッサリと組み分けが決まった。
レイとしては索敵技能に長けるハクレンと同じ組の方が勝率は高いと思えるのだが、自信満々のユゥリーは既に勝つ気も満々だった。
曰く秘策があるのだという。
入山は1泊2日、昼から翌日の日没までだ。
山の麓の管理小屋で入山の手続きと注意事項の説明を受けレイ達はエペル山へ入った。
翌日の夕方にこの管理小屋で落ち合うと決め『男組』と『女組』に別れた。
ユゥリーの秘策とは「巣を丸ごといっちゃう」作戦だった。
日中に見つけた獲物の後を追い、夜に巣に戻ったところを一網打尽にするという単純な物だ。
限られた時間の中で見つけた貴重な獲物を敢えて捕まえない。
『巣に戻る』という確証と『巣には他のイタチも居る』という確証がなければ出来ない事だ。
そんなレイの不安をユゥリーは「雪毛イタチは日中は単独で動いているが、夜は集団で過ごすんだよ」とまるで見てきたかのように簡単に言って一蹴する。
そしてユゥリーの言葉は正しかった。
日中にみつけた雪毛イタチを追うと、夕暮れの頃に小さな入り口の巣へと戻っていった。
その巣を明け方近くまでをレイと交互に仮眠を取りながら見張ったユゥリーは「どんな生き物でも半日は目を覚まさなくなる」という謎の煙玉を巣の中に放り込んだ。
1時間ほどして空が明るくなり始めた頃、煙が完全になくなったのを確認すると巣を入り口から掘り返した。
結果、予想以上の成果に恵まれた。
上機嫌で山道を進むユゥリー。無造作に進んでいるようでいて周囲への警戒は怠ってはいない。
わずかな草木の動き、虫や鳥の鳴き声の途切れ、そんな微妙な変化を意識を向ける事なく把握している。
その程度の事は無意識に行えるだけの経験値を持っていた。
故に気付いた。
気付かなければ何の問題もなかった。
すれ違うどころか、互いの姿を見つける事もないほどに距離は開いていた。
だが、気付いたが故に見過ごすわけにはいかなかった。
「待てレイ、何か居る」
それまでの上機嫌さが嘘のように低く静かな声音だった。
ユゥリーが最初に気付いたのはわずかな臭い。それが何の臭いなのか、本当にするのかもレイには分からない。
そしてあるべき植生がない事。それは何か大きな物が草木を押し倒し歩いた可能性だ。
静かに、そして慎重に『何か』を確認したユゥリーが静かに告げる。
「マンティコアだ」
その顔には焦りはない。その口振りからは大した相手ではないようにレイには感じれれた。
そう、大した相手ではないのだ。ユゥリーにとっては。
マンティコアは顔は人、体は獅子、蝙蝠の様な羽を持ち、毒針の尾を持つ魔物だ。
凶暴で際限のない食欲で村1つを食い尽くすとも言われている。
「ここで狩るぞ。マンティコアは生態系を壊す。見つけたら可能な限り討伐しておくべき相手だ」
「結構大きいですけど、大丈夫ですか?」
いまだに眠っているのだろうか、こちらに背を向けたままマンティコアは微動だにしない。
「んー、そうだな。俺には楽勝だが、レイには……少しキツイかもな」
そう言ってユゥリーは軽く笑う。
マンティコアはギルドの分類ではBランク上位の魔物だ。個体によってはAランクに分類される事もある。
普通に考えればCランクのレイには無茶な相手だ。
「いえ、今の状態に不意打ちで先制攻撃を仕掛ければいけますよ」
「あぁ、噂の超速転移弾か。……いや、俺がやろう」
一瞬何かを考えたユゥリーはそれまでの笑みを消し真面目な顔に戻った。
「ジーンがお前を買ってるみたいだし、俺もお前には何かあるような気がする。見ておくのも良いだろう」
そう言うとユゥリーはマンティコアへと歩き出す。
「この大陸で俺より強い奴はあんまり居ない。最強の技ってやつを見せてやる」
そんな不適なセリフと共にやる気をみなぎらせるユゥリー。
そんな気配に気付いたのか、マンティコアが慌てたように起き上がる。
視界にユゥリーを捉えると、一目散に逃げ出した。
生物としての本能が絶対的強者からの逃亡を命じたのかもしれない。
しかし、それはユゥリーにとっての幸運にしかならなかった。
「飛んだか、そりゃあ助かるな」
小さな声で呟きニヤリと笑ったユゥリー。
何もない空間に指先で何かを描きながら、何かを唱える。
「『戦火にのまれ里は燃える。骸と化した友を抱き我は泣く。死者の憤り生者の嘆き。争いは終わらず日々怨嗟の声に溢れていく。ならば我が全てを灰燼に帰そう。無と化した世界で鎮魂の歌を唄おう。全てを呪え。全てを怨め。万象悉く滅び去れ』 顕現せよ【滅ぼす焔剣】」
ユゥリーの右手が何もない空間に現れた柄に伸ばされる。
その手が振られた時、その手には赤黒い剣が握られていた。
その瞬間、それがヤバイ物だという事はレイにも理解が出来た。
血を煮詰めたかのように赤黒い剣身に、それより更に暗い炎が渦巻いていた。
それはこの世にあってはいけない物だ。全てを恨み、全てを壊そうとする負の意志の塊。
その事が説明されるまでもなく本能的に理解が出来た。
その剣を逆手に握ったユゥリーは空へと逃げたマンティコアへ向け投擲する。
凄まじい速さで飛翔した剣はかなりの距離を逃げていたマンティコアの背を寸分違わず射抜く。
その瞬間に暗い炎が空で大輪の花を咲かせる。
見る者の心に不安と恐怖を植えつける二度と見たくはない花火だった。
「い、今のは?」
「滅ぼす焔剣だ。世界の破滅を願った頭のイカれた男が創ったイカれた魔剣だ。
まぁ、アレはレプリカだけどな。本物は昔ぶっこわ…されたらしい。
あんなイカれた物が世の中には幾らでもあるんだよ。人には過ぎたる力ってやつだ。
力に溺れたバカの行き着いた先だ……」
古い記憶の何かを思い起しユゥリーは瞑目する。
「まぁ、アレを見て怖いと思えたんなら、お前はまだ大丈夫だな」
再び目を開いたユゥリーは、まだ青い顔をしているレイを見て微笑む。
そして、レイの肩を叩くと再び山道を歩き始める。
「人には過ぎた力」と言いながらユゥリーはそれを使いこなせている様に見えた。
人智を超えた力を持つ男。それでいてその背には妙な寂しさが漂っていた。
△ △ △ △ △ △ △ △ △ △ △ △ △ △ △
「世話になったな。縁が有ったらまた会おう」
エペル山からクロスロードに戻って3日。そう言ってユゥリーとジーンは迷宮都市ヘリオスへと旅立った。
エペル山上空で起こった謎の爆発は麓の管理小屋からも確認されていた。
事情を確認したいという山の管理人達に「ええ、ビックリしましたよ。突然なんか大きな音がしたんで」「え? 爆発? 空で?」と見事なまでのバックレ方でユゥリーは白を切り通した。
だが、その報告を受けたのだろうか、レイはリザリーから若干のお小言を貰う事となったが、それ以外には特に問題とはならなかった。
エペル山からの帰路、レイは興味本位からユゥリーの旅の目的を聞いた。
「まぁ、ダチとの約束だな。『いつか必ず会いに行く』そんな約束さ」
そう語ったユゥリーだったが、その約束と旅とがどう繋がっているのかまでは語らなかった。
――それを聞いてはいけない。
レイは何故かそんな気がしてそれ以上を聞く事が出来なかった。
ユゥリー・エイジス。
それはレイには理解不能な男。料理が得意で、とてつもない力を持ち、友との約束の為に大陸を旅する男。
旅立つ前日、ユゥリーに誘われレイは庭で空を眺めながら2人で酒を酌み交わした。
古い遺跡で氷の棺で眠っていた美女の話。森の奥に匿われていた訳有りの姫君を救い出す話。家族の為に盗賊になった美女の話。老婆をその背に庇い槍一本で橋の前に立ち塞がった女騎士の話。
長い旅の経験を持つユゥリーの話は多岐にわたり、本人の話の上手さもあって時間を忘れる程の物だった。どれもこれも美女が絡んでくるのは男の性か。
「迷宮って何だと思う?」
その最後にそれまでとは調子を変えたユゥリーが聞いた。
「不要な物は進化の過程で淘汰されていく。つまりは『この世界には迷宮が必要だ』という事になる。何の為に? 不思議な事に古い文献には迷宮の記載は見られない。迷宮はここ数百年の間に生まれ、今でも増えているんだ。何の為に?」
その疑問はレイに答えを求めていたのではないのだろう。
なぜなら、その答えを彼は知っているからだ。
「まぁ、いつか考えなきゃいけない時が来るだろうな」
ただ、レイにもこの先で必要となるであろうと予想しての投げ掛けだった。
そうなるであろう事をユゥリーは確信めいた予感を持っていた。
いずれレイがその言葉の意味を知る時が来る。
ただしそれはまだ先の話である。
ユゥリーとジーンの出番はしばらく有りません。
彼等が再登場するのは物語のクライマックスの予定です。
次回、レイ達も旅に出ます(あくまで旅行です)。




