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66 「ツレが世話になったようで」

「ツレが世話になったようで申し訳ない」



 イリスを送り届け、「久しぶりに泊っていく」と言うミーアを孤児院に残し、ハクレンと街中をブラブラと散策して戻ったレイを待っていたのはジーンと見知らぬ男だった。


 戦闘方面と室内裸族である事を除けば意外と常識人であるジーンは、家主の居ない間に家に上がる事をしない。

 合鍵の置き場を知ってはいるのだが、ドアに鍵がかかっている場合は外で待っている。

 今日もその例に漏れず庭の長椅子に座りレイの帰りを待っていた。


 ジーンの隣に座っていた男の左右色違いの瞳がレイを見る。

 その表情には若干の驚きの色が見て取れる。だがそれは一瞬の事であり、面識のないレイにはその僅かな変化は読み取れないものだった。


「彼がレイ・カトーだ。後の女性はハクレン」

 ジーンが簡単な紹介をする。

 それを受け男はレイへと歩み寄り右手を差し出す。


「初めまして、ユゥリー・エイジスだ。ツレが世話になったようで申し訳ない」

「いえ、こちらこそジーンさんにはお世話になってます」

 差し出された右手を握り返したレイは、その手の平の硬さに剣を振るい続けた年月の深さを感じた。


 ユゥリー・エイジス、彼に対するレイの第一印象は『普通の男』だった。

 背はレイより若干高い程度で、レオルードのような逞しさは無い。カイエンのような鋭さや厳しさも感じない。

 外見的な年齢は20代~30代。勿論、ジーンと30年旅をしている以上はそんな事はないのだろう。

 くすんだ茶色い髪を無造作に切ったような髪型で、最も特徴的なのが赤い右目と青い左目、所謂オッドアイだ。

 人懐っこい笑みを浮かべるその姿はジーンの言う「魔王級」とは思えなかった。

 それほどユゥリー・エイジスは普通に見えた。


 それはレイにも言える事でもあるのだが。




「本当に良いのか? クロスロードにはあと半月ぐらいは居るつもりだぜ?」

「ええ、『連れが来たんなら出て行ってくれ』て言うのも薄情ですし、そのくらい構いませんよ」

 これから宿を探すと言うユゥリーにジーンが「今日はこのまま泊めてもらえば?」と提案した。

 2階の部屋は全て埋まっているが、ジーンとユゥリーは同室になる事に何の抵抗もないようだった。でなければ30年も一緒に旅など出来ないのだろう。

 元々はジーンが「無一文だから泊めて」といった話だったが、その翌日からはギルドで仕事をして宿代程度は稼いでいたはずだ。

 だが、追い出さなければいけない理由もなかったので、そのまま居ついてしまっていた。


 そして今更『連れが来たんなら出て行ってくれ』と言うほどレイは薄情ではなかった。そのままクロスロードに住み着くというのであれば考えどころだが、半月程度であれば特に問題はないと判断していた。


「そうか、ならご好意に甘えさせてもらおう。代わりにと言ったら何だが、メシ作りは任せてくれ。大陸各地の料理を習得してるぜ」

「あぁ、ユゥリーの料理の腕前は一流だぞ」

 宿泊代の代わりに食事を作ると言うユゥリーと、まるで自分の事の様に胸を張るジーン。


 それはレイにとってありがたい話だった。

 食事のレパートリーが少ない事からマンネリ気味になっていたのが悩みの1つであった。

 ――幾つか教えてもらおうかな?

 そんな風に軽くレイも考えていた。


 それがある意味間違いだった。




「………」

 目の前の光景にレイは絶句する。


「……ハクレン」

「……はい」

「孤児院に行ってガキどもを連れてきてれ。今ならまだ夕飯前だろう」

「承知しました」


 少し広めのリビングダイニング、8人掛けの大きなテーブルに所狭しと並べられた料理の数々。

 テーブルに置ききれず溢れた分はどこから持ってきたのか見覚えのないテーブルが置かれその上に並んでいる。

 どう見ても5人分の量ではない。


「あ~ぁ、スイッチ入っちゃったわね」

 ハクレンと入れ違いにリビングに入ってきたジーンはその光景を驚くでもなく眺めていた。

 どうやら珍しい事でもないようだ。


「料理を作る事自体が楽しいみたいなのよね。食べ切れなければアイテムボックスに入れておけば良いんだから、作れる時にたくさん作っておく。ていうのが流儀みたいなのよ」

 そういいながらジーンは近場に置かれた揚げ物を摘まみ食いしている。


 どうやらユゥリーのアイテムボックスは状態保存の機能付きで容量も多いようで、見た事のない様々な肉や魚、野菜や果物、皿や器、更にはそれらを置くテーブルまで収納してあるようだ。


「とはいえ、ユゥリー! もう十分なんじゃない?」

「そうか? じゃあ、あとはデザートだな」

 ジーンの言葉にキッチンで腕を振るっていたユゥリーはその手を止める事なく答える。

 まだ作り足りないようだ。




「スゲーうまい、コレ!」

「ねぇ、コレ何の肉? まだある?」

「コラ! アンタ等肉ばっかり食べてんじゃないわよ! 野菜も食べな!」


 孤児院から連れてこられた子供達は様々な料理を前に目を輝かせていた。

 レイやユゥリーにお礼の言葉を言う前から「いいから早く食わせろ」といったオーラを隠しもせずにギラついた目で何から食べようか物色しているようだった。

 それでも、許可が出るまで料理に手を着けようとしない辺り躾は十分と言ってよいのかもしれない。


 「好きに食べて良い」と許可が出ると子供達は我先にと料理へと群がる。

 取り分け用の皿など完全に無視して大皿から口へと放り込む。

 「美味い」という言葉を発する間も惜しんで次を口へと押し込む。


「慌てんなよ、ちゃんと噛んでゆっくり味わえ。足りなきゃまた作ってやるから」

 他の物に奪われまいと凄まじい勢いで料理を掻っ込んでいく様子に苦笑いのユゥリー。

それでも自分の料理に子供達が群がる光景は嬉しいのだろう上機嫌だ。

 自分の取り皿に僅かな料理を乗せ、子供達の様子を楽しそうに眺めている。


「いや、凄いですね」

「そうだな。中々の食いっぷりだな」

「まぁ、それもですけど、これだけの物を1人で作ったユゥリーさんもですよ」

 部屋の隅のユゥリーにレイは話しかけた。

 子供達の食いっぷりは確かに凄まじい。ラスベル孤児院の子供達の栄養状況は欠食児童というほど悪くはない。

 特に最近は量だけではなく質も向上している。

 それでも遠慮する事なく好きなだけ食べて良いというのは初体験だろう。この機会に数日分食い溜めしてやろうと考えている者も居るかもしれない。


 しかし、本当に凄いのは、そんな子供達が11人も居るにもかかわらず、料理が足りているという事だ。

 ――これ何人分を作ったんだ?

 そんな事を思いながらレイも初めて見る料理に舌鼓を打つ。


 先程まで「野菜も食べろ」と言っていたミーアが男の子と肉を奪い合い、肉より魚のハクレンが海鮮スープのおかわりを繰り返し、甘党エリスは一通りのデザートを目の前に並べ食べ比べている。

 ユゥリーは冷めた料理を温め直したり、減りの激しい肉料理を追加したりと急がしそうだ。ジーンもそんなユゥリーを手伝い歩き回っている。

 レイも手伝おうと声を掛けたのだが「ホストはドンと構えてろ」と追い返された。


 子供達により料理は大分減ってきている。しかし、子供達の勢いも開戦当初に比べれば大分落ちている。このままでは掃討しきるのは難しいかもしれない。

 その場合も日持ちしそうな物はお土産で持たせれば良いし、それ以外の物もアイテムボックスに入れておく等をすれば無駄になる事はない。

 がんばって無理に食べる必要はないという事だ。


 つまり、レイはヒマだった。

 はしゃぐ子供達を眺めながら色々な料理を少しずつ食べる。

 自分で料理を取りに行くまでもなく定期的にハクレンが料理を運んでくる。自分もしっかりと食べながら、レイの皿の状況を的確に把握している辺りが流石である。


 そんなレイの前に一枚の皿が置かれる。乗っているのは極厚のステーキだ。

「特別サービスだ」

 ユゥリーだった。


「ガキどもには内緒だぜ。ドラゴンステーキだ」

「ドラ!?」

 思わず叫びかけたレイにユゥリーはシー!と人差し指を立てる。


「バレたらガキどもに食われちまうぜ」

「いや、別に分けても良いですけど」

 ドラゴンステーキと言えば夢の食べ物の1つ、生涯で1度は食べてみたい食べ物のトップ3に常に君臨する品だ。

 皆で食べた方が良いのではないかとレイは思ってしまう。こんな機会などもう2度とないかもしれない。


「いや、子供には刺激が強すぎるのさ」

「え?」

「ドラゴンは生物の頂点に位置する種だ。その血は毒にもなるし、肉だって食用にするには手間がかかんだよ。子供が口にしたら腹壊すからな。分け合うんなら嫁さんとだけにしとけ」

 そういってユゥリーは悪戯っぽく笑いサムズアップしてキッチンへと戻って行った。


「フム、味は普通か? 美味いけど、前に食べたルビーラビットの方が美味いかな」

 そんな失礼とも言える感想を口にしたレイの下にハクレンが新たな料理を持ってやってくる。


「ハクレンも食べるか?」

「はい? 何ですか?」

「ドラゴンステーキだ」

「なっ!?」

 その言葉にハクレンの目が見開かれる。


「ドラゴンの肉、ですか?」

「あぁ、子供には内緒な」

「えぇ、子供には食べさせられませんからね」

 そういってハクレンはマジマジとドラゴンステーキを見つめている。


「そんなに珍しいのか?」

「珍しいと言うか……。ドラゴンの肉は倍の重さの金で取引されると言われるほど高価ですから」

「倍!? いや、そんなに美味いかな?」

「そうですか……」

 レイの感想に微妙な顔をしたハクレンだが、その目はステーキから離れそうもない。


「食べるか?」

「宜しいのですか?」

「うん。流石に色々食べ過ぎた。全部は食べ切れそうにないよ」

 そう言ってレイは半分ほどに切り分けハクレンへと渡す。


「頂戴いたします」

 そういって受け取ったハクレンは顔を若干紅潮させていた。


 金の倍の価値という高級食材なのだから興奮するのも当然か、とレイは考えていた。

 しかしそれはまるで見当違いだった。

 ドラゴンの肉が高価な理由はその希少性。そう簡単に手に入らないからだ。

 そして、それほど高価であっても食べたいと思う者が居るのは、味ではなく効能に価値を求めてだ。

 ドラゴンの生き血、そしてその肉は滋養強壮の特効薬として重宝される。

 それを買える富裕層での主な用途は強力な精力剤として、である。


 それを渡されたハクレンが何を思ったか。

 その事をレイが知るのは数時間先の話である。

 その効能をその身で知ったのも、その時だった。


 翌朝、意味深な顔で笑うユゥリーに「まだ在庫があるから欲しけりゃ言えよ」と言われたレイが何と答えたかは男2人の秘密である。

ドラゴンの肉はユゥリーが自分で狩ってきた物です。

故に1頭分丸々あります。

ユゥリーの特技は料理でもありますが、それを軽々と行える実力者でもあります。


次回はその戦闘能力の一端を見せられるかと(あくまで予定です)。

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