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64 「重量と速度の二乗に比例する」

「おっ! この先少し開けてるな。しかも、デカイのが居そうだ」

 先頭を行く仲間の声に一行の足が速まる。



 蟻の巣へと侵入したのはカイエン率いるグローリー、ナスターシャ率いるアイスソードの2パーティ。そして王国軍から2部隊だ。


 4番目の誘き出し班により蟻が巣外に出た直後、彼等は巣へと侵入した。

 降り立った場所には10匹程度の兵士蟻が居たが最精鋭の突入部隊には物足りない数だった。

 巣が迷路状になっているのであれば分散して探索する予定だったのだが、基本的には一本道で時折分かれ道があってもすぐに行き止まりになるという巣の構造の為、全員で一緒に進んできた。


 巣の中は暗く静寂に包まれていた。迎撃を予測していた彼等だったが、大勢の蟻と遭遇する事はなく、数匹の兵士蟻と極まれに遭遇するのみだった。


 奥へ奥へと進んでいった彼等が辿り着いたのは、縦・横が20メード程度の開けた空間。

 そしてそこに佇む1匹の5メード超の巨大な蟻と6匹の3メード程度の蟻だった。


「でかいな。アレが女王か」

「我等に任せてもらおう」

 ナスターシャが愛用の槍を構えようとしたその時、背後より王国軍の部隊が進み出た。


「約束通り女王蟻は我等が、貴様等は周りの蟻どもの足止めを頼む」

「……分かった」

 ここに辿り着くまでの道すがら延々と「女王は我等に任せよ」と言われ「あぁ、分かった。分かったから黙れ」とあしらった。

 その結果「既に言質は取っている」という事になっていた。

 不承不承ながらも従わざるを得ない。


「では参ろう! 勇敢なる王国軍の兵達よ! 今、汝らの前には、ヌギャァ!」

 一歩前に出て、蟻に背を向け部下達に激を飛ばし始めた男。

 その言葉の終わりを待つ事無く放たれた酸の砲弾が男を直撃する。


 着ていた鎧を腐食させ、露出していた肌を焼き、嫌な匂いを撒き散らしながら男はのた打ち回る。

 慌てて駆け寄った部下が回復薬を振りかける。

 回復薬の効果が出たのか淡い光が消えた頃には男は立ち上がった。


「卑劣なり。所詮は魔物! もはや問答無用! 総員突撃!」

 男の号令に王国軍は盾と槍を掲げ突撃する。


 その光景を唖然とした表情で眺めていたナスターシャにカイエンが低い声で尋ねる。

「奴等は精鋭部隊らしいな? こういうものなのか王国軍は?」

 かつては貴族に仕える騎士として王国軍とも共同戦線を張る事のあったナスターシャ。

「……さあな。少なくとも私の知る王国軍とは別物だ」

 その過ぎ去りし日の記憶と照らし合わせ、ため息と供に首を振ったナスターシャは苦々しい声で答える。


「いっその事、蟻と供に葬るか」

 戦いながら「どうした!? 我等の背中を守らんか!」という男の怒鳴り声を聞きながら、ナスターシャは半ば本気で呟くと、家伝の宝槍を握り蟻へと向かう。


 王国軍の見事な囮ぶりもあり、全ての蟻を倒すのにそう時間はかからなかった。



 広間から奥へと続く通路の先にもう1つ開けた部屋があった。

 棚状になった壁に卵と思わしき物体の置かれた部屋だ。


「何を難しい顔をしている?」

 卵の焼却処理されていく様子を眉間にしわを寄せ見ているカイエンにナスターシャが問いかける。

 彼が難しい顔をしているのは珍しい事ではないのだが、今の表情は普段の物よりも険しく見えた。


「これで終わりと思うか?」

「ん?そうだな。巣の中に蟻はほとんど残っていなかったし、女王を討ったのだからこれ以上増える事も無いだろう。エサをとりに行っている者が戻ってきたとしても残りは100には届かんだろう。これで終わりと見て良いだろう」

「そうか」

 ナスターシャの言葉に頷くカイエンだったが、その顔はどこか腑に落ちないといった物だった。


「なにか心配事でもあるのか?」

「いや、卵の数がやけに少ないな、と」

 壁一面の棚の中、卵が存在しているのは4割程度だ。

 この蟻の巣が勢力拡大をする第四期に入っている事を考えれば、棚は卵で埋め尽くされている筈である。

 孵化するまでにかかる時間は分からないが、半分以上が孵化するほどの間で新しい卵が生まれていない事を示している。


「アレは本当に女王だったのか?」

「それは……」

 カイエンの疑問にナスターシャも顔をしかめる。


 その生態のほとんどが謎に包まれていると言えるギプロアント。

 女王蟻か否かを判別する術は今のところ確立されていない。


「杞憂であれば良いのだがな」

「…そうね」

 カイエンの呟きを聞いたナスターシャの胸にも嫌な予感が芽生える。

 彼等、高ランクのハンターの勘はよく当たる。

 直感力のない者は生き残れない。自分達が身を置く世界がそんな場所である事は誰よりも彼等は知っていた。


 △ △ △ △ △ △ △ △ △ △ △ △ △ △ △


「何だよ、コイツ。何なんだよ」

 それが誰の声だったのかは誰にも分からなかった。

 それはその場にいた殆どの者が心の内で思っていた言葉だったからだ。


 上空から舞い降りた巨大な蟻。

 これまで相手をしてきた兵士級の蟻とは明らかに違う風貌。

 背中には虹色の光沢を放つ羽がある。

 人一人を丸呑みにしそうな巨大な頭部と金属を思われる黒光りする顎。

 無数の複眼がその場にいる全員を捉えている。


 呆気にとられ呆然としているレイ達を尻目にその蟻は物言わぬ骸と化した兵士蟻の下へと歩み寄る。

 打ち捨てられた骸にその頭を寄せると動きを止めた。

 そして、再び動き出すと天を仰ぐように吠える。

 それは死した者への追悼か、それとも怒りの咆哮か。


「戦闘準備! 殻鱗の陣形!」

 最初に我に返ったのは王国軍の部隊長だった。

 これまでの相手とは違う。その事を読み取り素早く防御陣形を指示する。


「バカ! 固まるな、散れ!」

 だがそれは悪手だった。巨大な魔物を相手に一所に密集する、それは「一網打尽にしてくれ」と言っているようなものである。


 蟻は自身の体重の数倍の重量物を持ち上げ運ぶという。

 そのパワーは全ての生物が同重量であれば最強だとも言われる。

 そして、目の前にいる巨大な蟻の重量は人間10人分よりもありそうだ。

 つまり、完全武装とはいえ6人の人間で止められるような存在ではない。という事だ。


 蟻の突進を正面から受け王国軍の兵士達は、いとも容易く蹴散らされた。

 

「チッ! エリス、全力で炎術を叩き込め。ハクレン、奴の動きを止めるぞ。無茶はするな、動きを止めるだけで良い。ミーアはエリスの側に」

「了解」

「はい!」

「分かった」

 レイの指示にエリスが精神集中に入り、ハクレンが蟻へと迫る。

 それを追うようにレイも走る。


 それを迎え撃つように蟻は正面を向き前足で薙ぎ払う。


「クッ!」

 振られた前足を避けきれず剣で受けたハクレンが飛ばされる。

 正確には、このままでは剣が持たないと感じた瞬間に両足の力を抜き勢いに逆らわずに飛んだのだが。それでも剣身にはヒビが入っていた。


 蟻の動きは鈍重そうに見える。しかしその実その長い足の先端は予想外に速い速度で動いている。大きいが故に遅く見えるだけだ。

 その表皮はひたすら硬い。昆虫には骨がない。その表皮がその代わりをしている。その巨体を支えているのだ、その頑丈さは尋常ではない。

 よく観察すれば、その蟻の表皮には無数の傷がついている。足のみならず、頭部や胸部にも大小様々な傷が見られる。

 それ等はこの蟻が無数の戦いの末に生き残った者である事を物語っていた。


 ――だからなんだ!

 それが逃げ出して良い理由にはならない。

 内心に生まれる恐怖心を振り払い、レイは踏み込む。

 再び振るわれた前足を飛び込むように掻い潜ると、地面の上を転がり起き上がる。

 目の前にあった中足に叩きつけるように剣を振るう。

 しかし、渾身の一振りも、新しい傷をその表皮に残すだけに留まる。


 レイは手に残る妙な手応えに顔をしかめ再び距離をとる。

 剣身にチラリと視線を送ったレイは大きな刃こぼれに更に顔をしかめる。

 「自分には斬れない」その事を理解させられた。


「いけそうか?」

「とても堅いです。関節を狙っても斬れる気がしません」

 レイに駆け寄ったハクレンが悔しそうにそう告げる。


「目を狙う……のは無理だな」

 蟻の頭は地上約3メードほどの高さにある。

 そこまでは跳び上がれない。もし跳び上がれたとしても、空中で無防備な姿を晒す事となる。

 そこを狙われれば避ける術はない。


「……となると」

 レイはチラリとエリスの方へと視線を向ける。

 エリスは未だに精神集中の最中だ。

 水平に構えたロッドの宝玉がうっすらと光を帯びている。

 過去の経験からもう暫くかかる事をレイは理解する。


「もうちょっと時間を稼ぐぞ。いけるか?」

「はい。大丈夫です」

 レイは予備の剣をハクレンへと渡し尋ねる。

 予備の剣を握りしめたハクレンが大きく頷く。


 予想以上に速いという事が分かった。ならばもう意表を突かれる事はない。

 予想以上だった。というだけで対処出来ないという訳ではない。

 速く硬く強い、それが分かっているのであれば対処のしようは幾らでもある。

 そんな読みの通りハクレンは蟻を翻弄する。

 レイもその後方から短槍の投擲や魔術による攻撃を行うがほとんど効果はない。


 まとわりつくハクレンを引き離すべく暴れる蟻。

 その動きを冷静に見極め避け続けるハクレン。

 そんな攻防が暫く続く。


「離れて!」

 ミーアの叫び声に素早く反応しハクレンとレイは蟻から離れる。


「『求むるは劫火、焼き尽くす煉獄、灰燼へと還せ。獄炎招インフェルノ』」


 十分な精神集中をした上で放たれた上級魔術が蟻の巨体を覆う。

 それが消えるまでの時間は十秒程度だったのだろうか。

 離れた位置にいるレイにさえその熱が伝わる程の青い炎。

 しかし、その炎が消えたとき、その場には蟻は姿を保ったままだった。

 地面に伏している事からノーダメージという訳ではないのだろうが、致命傷を与えた様にも見えない。


 その様子に眉をしかめたレイはハクレンと供にエリスとミーアの側まで下がる。

「エリス、アイツを倒せるだけの術はあるか?」

「在るか無いかで言えば在る。現実的に出来るか否かで言えば、否」

「現実的?」

「準備に時間がかかる」

「分かった」

 

 レイやハクレンの剣では蟻の表皮は貫けない。

 エリスの全力で放った魔術でも致命傷を与えられない。

 となれば、現実的には打つ手なしという事だ。

 ここから先は逃げる事を考えなければならない。


 だが、

「囲まれていますね」

「あぁ、20~30は居るな」

 この周囲を包囲するように蟻の集団が居た。

 その全てが兵士蟻よりも大きい。それ等は戦士蟻と言われる個体だ。

 そして中には戦士蟻よりも大きな個体も見られる。


「もしかして、あれは女王蟻なのか? 最初から巣の中に居なかった?」

「可能性はある」

「自ら先頭をきって戦場に出る王もいますから」

 レイの仮説にエリスハクレンが頷く。

 そしてその想像は正しかった。

 女王蟻は自ら50匹の家臣を連れ遠征に出ていた。約1月ほど前から。


 勿論、そんな事情などクロスロードの者達が知るはずもなく、女王蟻不在の巣を見つけたのだ。

 それ自体は幸運な事なのだが、女王の帰還に立ち会う事となったレイ達は不幸と言わざるを得ない。

 本来であれば撤退し、レオルードやジーンにでも任せたい事態である。

 しかし、周囲を囲まれ、更には女王蟻は空を飛ぶ事も出来そうだ。

 負傷者の居る王国軍を見捨てたとしても逃げ切れるかは微妙な線だ。


「アレが女王蟻なら逃がすわけにはいかないよな」

「使われますか?」

「あぁ、切り札を切る。ただし、その前に1つ実験だな」

 レイには遥かに格上の相手にも通用する切り札がある。 

 神威カムイである。『制限発動』という補助スキルを得た事で幾つかの弱点を克服し、以前より使い勝手も良くなっている。

 王国軍の兵士の目がある以上使いたくはないが、背に腹は変えられない。

 それしかないとなれば使う事を躊躇う気はない。


 そして、そんな奥の手があるが故に試しておきたい物があった。


 レイは右手を目の高さまで持ち上げ伸ばす。人差し指と親指で一枚の金貨を挟み、女王蟻、金貨、自身の目を一直線に並べる。

 レイが指に挟んだ金貨が魔力に包まれる。

「『疾く飛べ、鋭く穿て、貫き通せ。超速転移オーバードライブ』」

 瞬間、金貨が消える。軌跡や残像すら見せる事なく一直線に飛ぶ。

 ソレとほぼ同時に女王蟻の上半身が弾け飛ぶ。


「運動エネルギーは重量と速度の二乗に比例する。もし、金貨が音速の100倍の速度で飛ぶのなら戦車砲以上の威力だぜ」

 運動エネルギー K=1/2mV²。力学を習った者なら一度は覚える公式の1つ。

 この公式を元に計算するのなら、30グラムの金貨が音速の100倍の34029メートル毎秒で飛ぶ場合、それは戦車砲、10キログラムの離脱装弾筒付翼安定徹甲弾(APFSDS)が1500メートル毎秒で飛ぶ以上の運動エネルギーだ。

 勿論、運動エネルギー=破壊力ではない。物体の硬さや密度や形状によって変わる。

 それでもその威力は桁外れと考えられる。


 そしてそれは目の前で証明された。


「ムゥ」

 その結果にエリスは低い声でうめく。

 『超速転移オーバードライブ』の事は聞いてはいたが、まさかこう使われるとは思ってもいなかった。

 『超速転移オーバードライブ』は分類としては上級魔術。同じく上級魔術の『獄炎招インフェルノ』で倒しきれなかった女王蟻を、それは容易く葬った。

 それはエリスにとって感嘆する物だった。


 そもそも『超速転移オーバードライブ』は攻撃用の魔法ではない。

 それを攻撃に用いるという発想の転換。

 ソレこそが転生者たるレイの真価とも言える。


「消費魔力が大きくて連発出来ないのと、威力の調整が出来ないのが難点かな」

 現状のレイの魔力量では2回しか使えず、速度の調整が出来ない以上は飛ばす物の重さを変える事でしか威力を調節出来ない。

 しかし、それを補って余りある威力と言える。


「さて、残敵掃討だな」

 上位下達による完全な指揮系統が確立されている蟻を相手にするには今が最大の好機である。

 女王蟻が討たれた事でウロウロとし始めた蟻達を見据えレイが言う。


 掃討戦が始まった。


 戦士蟻は兵士蟻よりも危険とはいえ、オーク程度だという。

 指揮系統が乱れ右往左往しているのであれば特に脅威とはならない。

 王国軍も参戦した為、そちらの掃討はすぐに終わった。


 それよりも更に大きく便宜上『将軍蟻』と名づけた3匹も、1匹を王国軍が犠牲者を出しながらも討ち、1匹をレイの超速転移弾オーバードライブショット(仮)で打ち抜き、最後の1匹をエリスが『獄炎招インフェルノ』で焼き尽くした。



「アレ、女王だったと思うか?」

 飛び散った巨大な蟻だった残骸を見ながらレイが尋ねる。


「どうでしょう。特異な個体だったとは思いますが……」

「判断材料がない」

 ハクレンとエリスは静かに首を振り、

「まぁ、なんにしろ巣に行った連中の結果待ちでしょ? その上でエライ人達が決めるでしょ」

 ミーアがあくびと供に興味なさ気に答える。


「そうだな。帰るか」

 どの道この場に留まっていても仕方がない。

 レイ達はクロスロードへと戻るべく森の中を進み始めた。


 彼と彼女等にとってこれは別に驚くような事ではない。

 ハクレンとエリスは既にレイの神威カムイを目の当たりにしているし、ミーアは物事を深く考える性質ではない。

 予想外の敵と遭遇はしたものの、ハンターをしているのなら予想外の事態は良くある事だ。


 何事も無かったかの如く平然と町へと戻ろうとする彼等に、王国軍の兵士達は若干空ろな目を向けていた。


 行きに比べ帰りの王国軍が静かだった事はレイ達にとって嬉しい限りだった。

 途中で単位がメートルとグラムになっていますが(書いてる私が)分かりやすくなる為にです。


 某レールガンぽいモーションとかも考えましたが、まだ実験段階という事で名称、モーションは追々考えます。


 という訳で、名称、モーション等募集します。

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