63 「恐竜か?」
ギプロアント、軍隊蟻の存在が確認されて5日。
その間に行われた調査の結果、集団の規模は小~中(総数100~800匹)ではないかと判断された。
根拠は日中に巣を出てエサを探しに行く蟻の数。夜間に巣の周囲の警戒で巡回する蟻の数。そういった物を過去の例と照らし合わせた結果だ。
勿論、今回の巣が異例な物であって巣の中には1000匹を超える蟻がいるという可能性も否定は出来ない。
だが、それを言っては始まらない。
「よし、もう一回確認しておくぞ。
奴等の追撃距離はおよそ800メード、それ以上離れるとこちらを認知していても追撃はしてこない。奴等が巣に戻る素振りを見せ始めたら攻撃開始だ。
追撃部隊を全滅させる事が狙いだが、戦力的に危険と判断した場合は撤退しろ。
生きて帰ってくる事が第一目標だ。いいな!」
ギルド長モーリスが居並ぶハンター達に最終確認を行う。
本日から4班ずつが巣から蟻を誘き出し討伐し数を減らしていく作戦が決行される。
初日である本日は慎重を期してBランクパーティにCランクパーティを補助につけて行われる。
大丈夫そうだと確認されれば明日からはBランクパーティは単独、Cランクパーティは2組合同で行く事となっている。
今日は万が一に備えハンター達には可能な限り城門付近で待機しているように指示が出されている。
待機しているのはハンターだけではない。
300人程の治安維持局員が簡易的な進入防止柵の設置している。
独立自治都市であるクロスロードには王国軍は駐屯していない。演習等にて立ち寄る事はあっても長期滞在する事はない。
その代わりを担うのが治安維持局だ。住民間のトラブルから魔物の討伐まで彼らの役割は多岐にわたる。
彼等には『クロスロードを守るのは自分達である』という自負があった。
故に彼等は燃えていた。「余所者に任せておけるか」という気概からだ。
それはハンターに向けられた物ではない。彼らにとってクロスロードのハンターは同じ町に住む仲間であり、クロスロードの為に立ち上がった同志である。
彼等の対抗意識の向かう先それは、
「急げ! 夕方までには終わらせろ!」
指揮官の指示の下で進入防止柵の外側に堀を作っている男達へだ。
クロスロード市長の応援要請を受けやってきた王国軍の緊急展開部隊である。
総勢3000人のこの部隊は専用の飛行船を持ち、王国全土のどこへでも10日以内に駆けつけられるという最精鋭の部隊である。
その先陣たる500人が昨日到着した。
市長の判断が治安維持局を蔑ろにした物ではないとは分かっている、万が一に備えての苦渋の選択だと理解はしている。
それでも面白くないというのが本心だ。
到着したばかりの指揮官が「諸君等に期待はしていない。せめて足を引っ張らないでくれるとありがたい」といった内容を遠回しに言ってきた事も両者の間に溝を作る要因となった。
当初、王国軍はあくまで万が一の供えであって前面に出る予定は無かったのだが、
「諸君等に任せて、最後の最後で突然死地に立たされるのではたまったものではない。我々も独自で準備させてもらう」
と言って独自の準備を始めている。
「しかし、何をやってんのかねアイツ等は?」
王国軍の動きを遠巻きに眺めていたレイ達に声を掛けてきたのは、栄えある先陣の1つを任されたBランクパーティ『アックスホーン』リーダーのコンラッドだった。
「よう」と片手を上げ挨拶してくる重戦士はこの事態にも特に気負った様子はない。
「堀なんか意味ねぇだろ。蟻は垂直の壁だった登るんだぜ」
コンラッドの指摘の通りただの堀など蟻には何の意味もなさそうだ。
「水でも張るんじゃないですか?」
「蟻は短距離なら水の上だって渡るんだぜ? 幅が10メード以上もあるならともかく、2メード程度の堀じゃあな」
これもまたコンラッドの指摘の通り、堀の幅は2メードより少し長いかどうかといった物だ。しかもその深さは1メードも無さそうだ。
何の為の堀なのか、誰もがその行動を疑問視しているが、わざわざ聞きに行こうという者はいない。
「ま、連中は放っとくか。お前等はいつの予定だ?」
「俺達は明後日です」
「そうか。まぁ、大丈夫だとは思うが気をつけろよ」
「コンラッドさんも」
「おう」
レイの言葉に右拳を上げそう答えコンラッドは立ち去る。
その後姿は自信に満ちている。
そして、それはコンラッドだけではない。
出発の準備をしている殆どの者に不安な様子はない。
確かにそれほど危険な任務ではない。むしろ十分な安全を考えてある。
十分な対策は練った。「蟻ごときに負けるはずがない」そう思う者は多い。
だからこそ逆にこの楽観視した雰囲気を危険だと感じる者もいる。
十人十色。さまざまな思いの中、初日の第一陣が出発する。
こうしてクロスロードの『軍隊蟻討伐作戦』は始まった。
△ △ △ △ △ △ △ △ △ △ △ △ △ △ △
「ペースを落としましょう、ご主人様。距離が30メード以上離れています」
「ん? そうか。皆ちょっとペースを落とそう。大分蟻が遅れてる」
レイはハクレンのアドバイスに従い一行にペースダウンを進言する。
特に反対意見が出る事もなく一行の速度が落ちる。
「追撃の手が緩んできてるのか?」
「かもな。巣からどのくらい離れた?」
「650メード程度だな」
レイに声を掛けてきたのは合同チームのムスカーだ。
レイやエリスと共にCランクに昇格した顔なじみのハンターだ。
「予定よりちょっと早いがこの辺りで迎え撃つか?」
「だな。戻られると面倒だ」
追撃してくる蟻の速度が落ちている。巣に戻ろうとする前兆かもしれない。
蟻が巣に戻り始めると、それまでとは逆にこちらが追いかけて攻撃しなければならない。
前情報では800メードがその境界線だったのだが、予定は予定、臨機応変に現場での判断で対処する事も大切だ。
予定を若干繰り上げ迎撃に移る事にしたレイ達は手早く準備を整える。
魔術による遠距離からの迎撃から始める戦い方は予め決めてある。
注意するべき事は1点。
「一撃で倒せよ。半端な攻撃は危ないからな」
昆虫には痛覚が無いという説がある。
それが本当かどうかは分からない。
だが、ギプロアントが痛みでは止まらない事は事実だ。
死を恐れる事無く次々と突進してくる相手は一撃で倒せなければ後手後手へと回らされてしまう。
その1点のみが気掛かりだった。
だが……。
結論から言えば、
「物足りないな」
ムスカーの呟いた一言は皆の内心を代弁していた。
最初の魔術による迎撃で24匹いた兵士蟻は13匹にまで減っていた。
更にその内の5匹が一部の足を失ったのかまともに走れなくなっていた。
確かに死を恐れず仲間の死体すら踏み越えて迫るその姿には若干の恐怖を感じる。
しかし、その動き自体は鈍重で、頭部や胴を両断する事は容易かった。
「まぁ、ゴブリンと同じDランクだもんね」
そう上機嫌に言うミーアだが、実際のところ一番危険だったのが彼女だ。
彼女の投擲したナイフは目に刺さろうが眉間に刺さろうが一撃で倒すには至らなかった。
周囲の者のフォローがなければ危険だったかもしれない。
だがそれでも全体としては完勝、危なげなく勝てたと言える。
「24匹か。昨日まで190匹だっけ? もう300匹近いな」
「あぁ、そろそろ一斉攻撃に移ってくるかもしれない。ギルドもそう見てるみたいだな、軍と治安維持局も臨戦態勢に入ってる」
連日同じ行動をとっていれば、流石にこちらの意図は気付いているだろう。
これ以上小出しにして各個撃破され数を減らすよりは、と総攻撃に移る可能性がある。
過去の実例からも総数が半分になる前に総攻撃に移る事は多い。
決戦の日は近い。
誰もがそれを感じていた。
だが、そんな日は来なかった。
「どういう事かねー?」
「さぁ?」
レイの疑問に首を傾げるのはギルド職員リザリーだ。
「今日までの討伐総数は550匹を超えちゃいましたし、1回辺りの追撃数も10匹を下回っています。もしかすると、もう巣の中には殆ど残っていないのかもしれませんね」
『軍隊蟻討伐作戦』が開始されてから8日。
連日ハンター達が巣に近づいては蟻を誘き出し狩る。これを繰り返しているが、当初は20匹以上の蟻が巣から出てきたのだが、昨日今日とその数は10匹以下まで減ってきている。
それは巣に残る蟻の数が少ない事を指しているのではないかと考えられている。
もしくは、その逆でこちらの意図に気付き十分な数を残す為に数をかけない方針をとっているかだ。
このまま作戦を続けるか、それとも方針を変えるか。
今それを市庁舎の対策本部で検討中だ。
その結果次第でレイ達の3度目となる明日の出撃の有無も決まる。
「たぶん巣への突入作戦ですよ。少なくともギルド長はそう考えてますね。だから対策会議にカイエンさんとナスターシャさんを連れて行ったんですよ」
クイッ!と在りもしない眼鏡を持ち上げしたり顔でリザリーが予想する。
巣への突入となると、これまでとは状況が一変する。
地の利は敵にあり、数も読めない、地下の為高威力な魔術は使用できない。
これまでの安全重視な狩りからリスクを背負った賭けとなる。
リザリーに読み通り、巣への突入作戦となった。
△ △ △ △ △ △ △ △ △ △ △ △ △ △ △
「貴様等が案内役か?」
城門前に集合したレイ達の前にやってきたのは緑の鎧に身を包んだ男だった。
「あぁ、そうだ」
「若いな。フン、まぁいい。しっかりとな、頼むぞ」
そんな無遠慮な視線と言葉を残し男は仲間の元へと戻っていく。
男が何かしらの声を仲間達に掛けると、その視線が一斉にレイ達へと向く。
そして、嘲笑とも言える笑いが巻き起こっていた。
「不快な連中ですね」
「蟻と一緒にヤッちゃう?」
「物騒なこと言うな」
本気でヤル目付きになりかけているハクレンとミーアをレイは苦笑いでたしなめる。
巣への突入に際し、それを悟らせない為に通常と同じように誘い出しも行う事となった。
その為、予定通りに出る事となったレイ達だったが、思わぬ横槍が入った。
ここまで全く出番の無い王国軍だ。
蟻の総攻撃は無さそうで、女王蟻が今日討ち取られ終わりとなりかねない事態に際し、何か少しでも手柄を上げようと巣への突入班と誘き出し班への参加を申し出てきた。
やんわりと断ったのだが、それを素直に聞き入れるような手合いであれば、そもそもそうはなっていない。
半ば強引に参加を決められた。
誘き出し班への参加はいつもより人数が多いと不審に思うかもしれない。という事でどちらかのパーティと入れ替わる事となった。
レイとしてもムスカーとしても互いに譲れぬ思いがあり、話し合いの末の厳正なる抽選《くじ引き》の結果、レイが涙を飲むこととなった。
レイもその段階で嫌な予感しかしなかったのだが、どうやら嫌な予感は的中しそうだ。
「ハッハ! 予想通り楽な仕事だな」
「全くだ。これなら後200でも300でも楽勝だな」
「これで救援が必要とはな」
6匹の兵士蟻を危なげなく討伐した王国軍の部隊は哄笑を上げ騒ぐ。
確かにその戦闘時の練度は大した物であった。
死角のない陣形の組み方。仲間との近過ぎず離れ過ぎない間合いの置き方。
参考とすべき点が多々あった。
だが、それ以外は散々だった。
「たかが兵士蟻の数匹で何を喜んでいるんですかね?」
「鎧はガチャガチャとウルサイし、周囲への警戒心も薄いし、こんなに騒いでたら他の魔物が寄って来るっての」
ハクレンとミーアが冷たい目付きで騒ぐ兵士達を睨む。
出発に際し王国軍より「戦闘は自分達が行うので、貴様らは周囲への警戒に当たれ」との指示が出た。
勿論、レイ達にそれに従う理由は無いのだが、いつまでもグダグダとうるさい連中に呆れ、任せる事となった。
「ハァ、そろそろ戻りますよ」
レイは溜息交じりに浮かれてはしゃぐ兵士達に声を掛ける。
ハクレンの言った通り「兵士蟻の数匹」程度の戦果では自分達でもここまで喜びはしないというのに、放ておけば祝勝会でも始めそうな盛り上がり方の兵士達に「本当にコイツ等王国軍の精鋭なのか?」と疑いたくもなる。
それでいて
「オウ、任せろ。帰りもバッチリ守ってやるからよ」
自信満々なのだ。
だが、既に集中力は無い。
完全に油断していた。
そしてそれは王国軍だけに言えた事ではなかった。
何度も何度も被害無く成功する討伐の繰り返しにレイも緊張感をなくしていた。
故に気付かなかった。
自分達に迫る巨大なソレに。
全長10メードを超えそうな巨大な蟻が上空から舞い降りた。
「えーと、恐竜か?」
緊張感の抜け落ちていたレイに事態の正確な把握は出来ていなかった。
次回でアリンコ偏終了予定。




