60 「軍隊蟻が出た」
*6/28『超速転移』を空間魔法から時空魔法へ変更
ヴェルニラの森での調査から半月、レイの周囲に多少の変化があった。
まずは、居候の件。
「おはよう」
「あぁ、おはよ、おっ!?」
「ん?」
「ジーンさん服! 裸で出歩かない」
「あら? ゴメンなさいね、忘れてたわ」
何も纏っていない自身の胸を見下ろし、ジーンはあっけらかんと言う。
そして、そのままキッチンへと向かい、水差しに水を補充すると、何事もなかったかの様に鼻歌と共に部屋に戻っていく。
レイの家にやってきた魔族ジコルファブレン・アガンレス、通称ジーン。
彼女は半月経った今でも住み着いていた。相棒ユゥリーが未だに現れないのだ。
部屋は空いている、別に極端に食費がかかるわけでもない。
困っているのは、基本裸族な生活スタイルだ。
街中で服を脱ぐ事は無いのだが、自室等でリラックスしているときには服を着ない主義なのか気が付くと脱いでいる。
着痩せするタイプのようで、意外に豊満な胸、くびれた腰、引き締まったお尻と人に見られても恥ずかしくないスタイルの為か、他人の視線にも無頓着だ。
レイにとっても眼福な事で特に害はない。禁止する理由など何もない。
だが、ハクレンが怖い目付きでレイの視線の先を探している事、ミーアが対抗するかのように脱ぎだそうとする事、エリスが自身の何かを見下ろして悲しい目をしている事。
それらがレイの精神をガリガリ削っていく。
彼は涙を飲んで「部屋を出るときは服を着て下さい」とジーンに注意する事にした。
残念ながら、あまり効果はない様で、2日に1度はジーの胸を拝む事になっている。
こちらに非はない。ちゃんと注意はしているのだ。被害を被っている側なのだ。
視線が去り行く尻を追っているのも仕方がない事だ。
そう自己完結したレイはハクレンと目を合わせないように努める。
生活スタイルという話では、ジーンは規則正しい。
朝は日が昇る頃には起き、庭で槍を振るう。
朝食を食べるとギルドに向かう。そこで簡単な依頼を請け、夕方には帰ってくる。
夕食を食べると、エリスと共にプリンを食べ、風呂に入り自室で寝むる。
頼めば稽古をつけてもくれるし、レイ達の依頼に同行する事もある。
時おりエリスと共にキッチンで新作プリンの試作を行ってもいる。
酒も嫌いではないらしいのだが、飲んで闘争本能に火が点くと取り返しのつかない事になりかねないので、町では基本飲まないのだという。
実に真面目で気さくな人物だ。
半月を供に暮らしたハクレン達には、彼女に対する恐怖心が殆ど無いと言っても良さそうだ。
そして、この半月の間にメモリアルドローが発生した。
どうやら100回目のドローだったらしい。
突然の事にレイ自身も驚いた。既にドロー回数のカウントはしなくなっていたので、寝耳に水な出来事だった。
メモリアルドローの内容は以前と同じ、3枚のカードを系統・レアリティーを指定して引ける【ボーナスドロー】だった。
きっと今後もそうなのだろう。
手に入れたのは『ウル【EX】』『超速転移【SR】』『制限発動【SR】』の3枚だ。
やはり1枚目のEXカードには神威を選んだ。
手に入れたのは弓を構えた男の絵が書かれたカードだった。
『ウル ☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆【EX】
並ぶ者なき至高の射手。
発動時に全MPを消費
神威カード
力 :★★★★★★
技量 :★★★★★★★★★
特殊能力:★★★★★★
発動継続時間:600秒
クールタイム:30日 』
2枚目に選んだのは魔法系のカード。
『超速転移 ☆☆☆☆☆☆☆☆☆【SR】
時空系上級魔術『超速転移』が修得出来る
使用カード
効果 対象を指定した地点へ高速で移動させる
使用MP150 』
3枚目に選んだのはスキル系のカード。
『制限発動 ☆☆☆☆☆☆☆☆☆【SR】
カードファイター補助スキル『制限発動』が修得出来る
使用カード
効果 神威の能力を50%、25%、10%に制限して発動出来る
消費魔力・クールタイムも制限量によって変化する 』
今回のメモリアルドローの最大の当たりは、3枚目の『制限発動』だろう。
レイの悩みが色々と一気に解決した。
神威の問題点であった『強すぎる』が解決すると同時に、『使ったら倒れる』と『30日間再使用できない』が解決された。
レイの感的な読みでは、ベヒーモスの討伐が25%でイケそうだ。
という事は、大抵の魔物は25%でも十分過ぎるだろう。Bランク辺りの魔物相手であれば10%発動でも無双モードだ。
使用後に魔力欠乏で倒れずに済むのもありがたい。
「神威に頼らずに済むようになる」という目標を変えた訳ではないが、これにより戦術の幅は大幅に広がった。
試しにウルを10%で使用してみた結果、使用魔力は最大値の10%でクールタイムは3日に減っていた。
ウルの能力は優れた射撃術だった。カードの絵からもそれも予想していたので、弓矢を用意しておいたのだが矢は不要だった。
自身の魔力を矢に変え放つ事が出来る。魔力の矢だからか軌道修正、分裂、属性付加等が可能で多彩な技を誇るようだ。
10%であってもCランクの魔物は瞬殺できる事が分かった。
『超速転移』は読んで字の如く、超高速で移動する術だ。
魔法陣等の事前準備の要る空間転移に比べ簡単に使えるという利点がある。
ただし、空間転移に比べると問題もある。
まずは、点と点を直線で結んで移動する為、間に障害物があると衝突する事。
終着点のイメージが出来ていないと遥か彼方まで飛ばされてしまう事。
つまり、超速転移に集中出来ない戦闘中にはあまり使えないという事だ。
戦闘用ならばジーンの『縮地』の様な短距離高速移動スキルを覚えれば事足りる。
そういった点から、超速転移を修得している者は極稀だというのがエリスの話だ。
変わった事と言えば、レイは初めて魔法を覚えた。
カードを使用した修得でなく、努力した事で修得だ。
水術系初級魔術の『水球』だ。
エリスに頼んで教えてもらった。
結論から言えば「レイは水術系の魔法に向いていない」という事らしい。
やはりと言うべきか、人には向き不向きがあり、魔法にも適性があるらしい。
適性のある者ならば初級魔術は簡単に出来るらしいが、レイは6日程かかった。
一緒に習ったハクレンは3日、ミーアは翌日には使えていた。
レイが密かに落ち込んでいた事は言うまでもない。
突然に水球を覚えようと思ったのは他でもない、風呂の為だ。
折角珍しい浴室付きの家に住んでいるというのに使わないというのは勿体ない。
しかし、毎回井戸から水を延々と往復して運ぶのは遠慮したい。
魔法で水を溜めるのが手っ取り早い。
そんな訳で魔法を習ったのだが、結果悲しい現実を見る事となった。
ちなみに風呂は薪釜式だった。
初めて風呂を沸かした日、家主の特権で一番風呂に入ったレイ。
どこでそんな知識を仕入れてきたのか、「お背中をお流ししましょうか?」とやってきたハクレン。「あー!抜け駆け禁止」と追いかけてきたミーア。「わー、面白そう♪」と現れたジーン。
以降「お風呂は一人でのんびり入るもの」と混浴禁止となっている。
何度か禁は破られているのだが、それは秘密だ。(既に秘密にする相手も居ないのだが)
他にも、庭の片隅でレミニア鳥という鳥が飼われ始めている。
飼育担当はエリス。王都にいるパパ、マイアスに送って貰ったという大金貨で取引される希少な鳥だ。
ちなみに、主目的はプリン用の卵だ。市場に出回まる事は殆どないという最高の卵らしく、レイとしては卵かけゴハンを夢見ているが、今のところは米自体が見当たらない。
今現在は雄が1羽、雌が3羽だが、「いずれ増える」と長い目で飼育するつもりらしい。
そんな希少な鳥を庭の片隅で放し飼いにしても良いのだろうか?
その内にプリンのミルクの為にとか言い出して、牛でも飼いだしそうなのは気のせいであって欲しいレイだった。
そんなのんびりとした日々は突然終わりを告げる。
「大変だ!」
夕暮れに染まるクロスロードのハンターギルドに一人の男が駆け込んできた。
何事かと振り向くハンター達に男は血相を変えて言い放った。
「軍隊蟻が出た」
「「「なっ!?」」」
その一言にその場に居たほぼ全ての者が言葉を失った。
軍隊蟻、場合によっては町1つが滅ぶ事もあり得る天災級の魔物だ。
地下に王国を作り上げた蟻達の侵攻が始まろうとしていた。




