表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
67/119

 外伝 聖獣の巫女と勇者4

 武藤 謙吾、彼は極々普通の一般人だった。

 普通の公立高校を普通に卒業し、東京の大学で都会の生活を満喫し、運良くそれなりに大きな会社に入社した。

 真面目に働き、そこそこ遊び、32歳で結婚した。

 性格は真面目で善良。長い物には巻かれるが、目下の者を庇う度量もあり、会社での評判も悪くなく、上司に信頼され、それなりの成果を上げ、時おり失敗もした。

 ギャンブルをする訳でもなく、派手な趣味もない。

 将来の為にコツコツ貯金をし、幸せな家庭を夢見て日々がんばっていた。


 そんな彼の人生が変わり始めたのは35歳になった頃。

 そろそろ子供を、と考え始めていた頃だった。

 子供ができれば何かと入用になると思った彼は、それまで以上に働くようになった。

 遅くまでの残業、休日出勤。彼の会社はブラック企業などではない。働けば働いた分だけ給料になって返ってきた。

 大きな仕事を任されるようになると彼は益々張り切り仕事にのめり込んでいった。


 そして彼は妻との間の会話が減ってきている事に気付かなかった。

 仕事ばかりで家庭を顧みない夫になっている事に気付かなかった。


 妻から別れ話を切り出されたのは、抱えている仕事が佳境に入り始めた頃だった。

 真面目な彼は仕事を放り出せず、「その内時間を作るから」と家庭問題の解決を先送りにした。

 そして、仕事に区切りをつけ、なんとか時間を作った時、家に妻の姿はなかった。

 妻の実家を訪ねても「何を今更」と門前払いされ、相談した友人から話しが広まり会社内でも「私生活に問題あり」と噂されるようになった。


 悪い事は重なり、会社の業績悪化を理由に人員整理が始まった。

 彼も早期退職を勧められた。

 同じ境遇の者達と「断固反対」と労働組合と供に戦ったが、気付いた時には多く同志が特別退職金を受け取り早期退職していた。

 彼がその事実に気付いた時、既に早期退職は打ち切られ、そして彼はリストラの肩叩きにあった。


 妻を失い、仕事を失った彼はしばらく抜け殻のような生活を送っていた。

 ここで気分転換に旅に出るなり、没頭できる趣味でもあれば違ったのだろうが、彼にはそういった物はなく、無気力に時間だけが過ぎていった。

 朝起きて、食事を摂って、ボーっと空を眺めて、たまに散歩に出かけ、テレビを眺めながら寝むり就いた。

 そんな日々をしばらく送り、ようやく「これではいけない」と思うだけの気力が生まれた。


 その日彼は久方ぶりに床屋に行って髪を切り、髭を剃った。

 新しいスーツを買って、回っていない寿司屋に行って、本屋で気になる資格の本を買った。

 「明日はハローワークに行こう」そう決めて見上げた空から大きな火の玉が落ちてきた。



 今でも彼は考える「どうすれば良かったのだろう?」と。

 家族の為にと仕事に励んだ結果、妻は居なくなった。

 仲間と供に戦おうと思ったら、気付けばその仲間が居なくなっていた。

 仕事を放り出し妻と向き合えば良かったのだろうか?

 仲間など気にせず貰える物を貰えば良かったのだろうか?

 正解などあったのだろうか? どうすれば後悔せずに済んだのだろうか?


 答えは未だに出ていない。



 △ △ △ △ △ △ △ △ △ △ △ △ △ △ △


「私は何もやってないよ」

「分かってるわ。貴方には彼を殺す理由が無いもの」

 拘束されたジークフリードの下をテレスティナが訪れたのは事件の翌日正午を過ぎた頃だった。


「昨夜、アスカさんとは会ったのね?」

「あぁ、ティナに教わった庭園で話をしたよ」

「その後は?」

「門のところまで送って、その後は真っ直ぐ部屋に戻ろうとしたよ。そしたら……」

「折角なんだから、しけ込んできたら良かったのに」

「聖女様とは思えない発言だな」

 ジークフリードは苦笑いを浮かべる。

 確かに朝帰りしていればこんな目に遭う事はなかっただろう。


「この後どうなるのかな?」

「神官殺しは極刑が基本。特にモース派の連中は、そうしたいでしょうね」

 殺害されていたのはモース派に所属する男だった。

 特に高位の神官というわけでもなく、派閥内に確固たる地位があるわけでもない。

 だが、これを機会に勇者の名を落とし、ブルーデン派の勢力を削ぎたいだろう。


「まぁ、真犯人を見つけるのは難しいにしても、ジークの無罪を証明するのは簡単よ。問題は、これが仕組まれた事なら、きっと何が何でも貴方を犯人に仕立て上げたいでしょうから、第二第三の手が打たれている可能性がある事ね」


 画策したのがブルーデン派を蹴落としたい他の派閥なのか、もしくはジークフリード個人に恨みを持つ者かはこの際問題ではない。

 問題なのはどこまで準備がされていたかだ。ここまでが全て偶然というのであれば、彼の無実を証明する事は簡単だ。


「ノエルさん、『真偽審判ライアージャッジ』は行えそう?」

 真偽審判ライアージャッジとは特殊な魔法陣を用いて行う魔術であり、その魔法陣の内では発言の真偽が術者に分かってしまうという術だ。

 これを使って尋問を行えば、簡単にジークフリードの疑いを晴らす事ができる。


「無理です。行えそうにありません」

 テレスティナの質問にノエルは渋面で首を振る。


「大神殿の3人の真偽尋問官はともに所用で出かけています。帰ってくるのは早くとも半月以上先だそうです」

 真偽尋問官とは、真偽審判ライアージャッジを用いて公平な尋問を行う神殿公認の役職である。

 真偽審判ライアージャッジの問題点は、特殊な術の為に使える者が少ないという事。

 大神殿にも真偽尋問官は3人しかいない。


「確か、アドラム司祭が昔は真偽尋問官を勤めていたらしいけど?」

「えぇ、確かに。しかし、『ブルーデン派の方では……』と……」

 真偽審判ライアージャッジのもう1つ問題は、嘘かどうかは術者にしか分からない事だ。

 その術者の報告が偽りであれば何の意味もない。

 故に、その相手の近しい者の判定は信用されない。

 そこで『公平中立』を宣誓した真偽尋問官が必要となるのだ。


「ブルーデン派の者の真偽審判ライアージャッジでは信用されない。モース派で真偽審判ライアージャッジを使える者は、なぜか皆出払っている。エイレンス派は……」

「手を貸す筈がない。これ幸いと、高みの見物を決め込む。かしらね」

 ノエルが言い淀んだ部分をテレスティナが引き継いだ。


「なら、私がやるわ」

「「は?」」

 予想だにしていなかったテレスティナの言葉に2人は首を傾げる。


「こんな事もあろうかと! 昔とった何とやら、てやつよ。私も真偽審判ライアージャッジを使えるわ。聖女テレスティナの判定に文句をつける輩もいないでしょ」

「な、なんで?」

「昔浮気性な男に惚れたの。嘘八百で煙に巻こうとするんで、とっちめる為に覚えたのよね」

 何かを懐かしむように遠い目で微笑むテレスティナ。


 聖女様には意外な男性遍歴があった。


「……ハッ! いえ、そうではなくて何でテレスティナ様がお力になってくれるのですか?」

 またもや予想外な方向から飛んできた爆弾発言に呆気にとられていたノエルだったが、すぐさま気を取り直した。


「ジークとは友人のつもりよ。それに、悪巧みをしている連中の思う壺ってのいうも気に入らないのよね」

 不適に笑うテレスティナ。

 

 ノエルにはその笑みが頼もしく思えた。

 そして同時に、いつかは敵に回すのだと恐ろしくもあった。




 テレスティナが動き出し、事態は呆気ないほど簡単に収束していった。

 彼女の行った真偽審判ライアージャッジにより、ジークフリードが神官殺害に関与していない事が示された。

 彼女の予想通り、『聖女の行った真偽審判』に文句をつけられる者はおらず、表立って彼をどうこうしようという者はいなくなった。


 そう、表立っては。


「まぁ、予想通りといえば予想通り。しばらく彼女には頭が上がらないな」

 深夜、大神殿に程近い公園にてアスカと会っていたジークフリード。

 テレスティナの真偽審判ライアージャッジにて、夜更けに女性と会っていた事も白日の下に晒された。

 以降、高い頻度でジークフリードとアスカの逢瀬は重ねられていた。

 夜間に外部の人間を神殿内に入れたとなれば問題だが、ジークフリードが出入りする分には、それを禁じる法はない。せいぜいがノエルの目が怖い程度だ。

 「英雄色を好む」そんな例を出すまでもなく、まだ若いジークフリードが女性との逢瀬を重ねる事は不思議な事でもなんでもない。

 日中忙しい彼が時間を作れるのは夜。有名人が人に会うのなら、人目を避けて遅い時間。

 「勇者は夜中、女に会いに行く」それは神殿内では公然の秘密となっていた。


「付きあわされる方はいい迷惑なんですけど?」

「君にも迷惑かけたね。今度何か奢るよ」

「安い報酬ね。でも、明日からはゆっくり寝ていて良いんでしょ?」

「あぁ、たぶんね」

 振り返ったジークフリードとアスカの視線の先には5人の黒装束の人物。

 その手に抜き身の刃物を持っている。


「黒幕が貴方を本気で始末したいなら、深夜に一人で出かける事実を見逃さないわよねー」

 そんなテレスティナの読みに乗り、後の憂いを断つべく誘っていたのだ。

 更には「勇者は近々、大神殿を離れる」という情報も流してある。それがその背を押したのかもしれない。

 ちなみに、こちらに関しては偽情報ではない。元々の予定通りなのか、今回の事態を受けて急遽決まったのかはジークフリードにも分からないのだが、聖地を回る旅に出る事になった。

 


「5人も居るけど、手伝う?」

「いいよ、俺の客だ」

 アスカの申し出を断り、ジークフリードは一人前へと進み出る。


 黒装束の者達と無言で向き合うジークフリードは武器を構えるどころか取り出す素振りすら見せない。

「5人相手も無手で十分って事?さてさて勇者様の実力はいかに」

「おかしいな、オイラの見立てではアイツ、実力は大した事無いんだけどな」

 興味津々なアスカと違い、コンにはその姿に違和感を感じていた。

 立ち姿、歩き姿、動作の端々から相手の実力を見抜く力は危機回避の為にも重要な物だ。

 実力を隠しているにしても、その片鱗すら見えないというのは、アスカを守るために存在するコンにしてみれば異常事態だった。


 黒装束の男達は無言のままジークフリードに襲い掛かる。

 正面の男の剣をジークフリードは僅かに体半分ズラして避ける。そのまま肩から相手に当たり体勢を崩しておく。それを盾に2人目の攻撃も避ける。

 背後から音も無く接近した3人目の刺突を振り向き様にその腕を押し僅かに逸らす。その切っ先が体勢を崩していた男の胸を貫く。

 驚きに硬直した3人目の男の顎先をジークフリードの掌底が打ち抜く。


 瞬く間に2人を沈黙させた。


「連中慣れてるな。神殿の闇を担う暗殺屋かな」

 コンはそう評価する。

 黒装束の男達は時間と位置に差をつけて仕掛けてきた。

 逃げた先に回りこむように考えられた連携だった。


 だが、ジークフリードがその場から離れず最小限の動きで対処した為、大外の2人は無関係に終わり、中央で2人が戦闘不能に追いやられた。


「強いじゃない」

「違う。強いんじゃない、巧いんだ。でも、それにしては……」

 コンが見る限り、ジークフリードの動きは黒装束の男達に劣っている。

 速さ、瞬発力、動きのキレ、そして筋力もだろう。

 単純な戦闘能力の差を戦い方で補っている。意表を突き、死角を作り、味方同士が邪魔になる位置関係を巧みに操る。

 無駄を一切省き、相手の動きを読み切り、最適な手を打っていく。

 通常であれば不利でしかない多対一という状況を自身に有利な状況へと変える戦い方は見事としか言い様がない。


 だからこそコンの中の違和感は大きくなっていく。

 ジークフリードの戦い方はまさに百戦錬磨。幾多の経験の末に身につけた物に思える。

 相手の動きを読む能力はセンスというより経験則による所が大きい。

 コンの違和感は突きつけてしまえば「それほどの経験を積んでいてその程度なのか?」という物だ。

 それほどまでの経験を積んでいるのならもっと高レベルであって然るべきだ。


 そしてコンは1つの結論に辿り着く。

「……未来予知か」

「予知?」

「そう予知能力。よく見ると奴は僅かにだけど相手より先に動き出してる。姿勢や予備動作から予測してるんじゃない。分かってるんだ。何が、いつ、どこから、どこに来るのかが」

「うん?」

「ハァ~、あのね、相手の出す手が分かっていたらジャンケンで負ける事はないだろ?それと一緒と言うと語弊があけど、そんなイメージだよ。分かる?」

 コンの説明を受ければ、アスカにもその違和感は見えてきた。

 まるで前もって打ち合わせている殺陣たてを見ているかのようなのだ。


「そんなの無敵じゃない?」

「とも言えないさ。どうしようもない相手はどうしようもないよ。分かっていても避けられない攻撃ってのもあるからね」

「ふーん、そういうものかしら」


 アスカとコンがそんな会話をしている間に、ジークフリードは最後の一人を昏倒させた。

 終わってみれば、キズ1つどころか危ない場面1つない完勝だった。


「さて、後はコイツ等を神殿に引き渡せば終わりだな」

 ジークフリードに疲れた様子はなかった。

 結果として2人は命を落とす事になったが、残りの3人は生かしてある。

 神殿に引き渡せば、後はブルーデン派の者が黒幕を突き止めるだろう。


「おい、アンタ予知能力者か?」

「え? あー、どうかな? 違うと言えば違うし。そうだと言えばそうかな」

「なんだそりゃ? ハッキリしねぇな」

「予知能力じゃないけど、何が起きるかは完璧に把握して戦える。そんな能力かな」

 コンの問いにジークフリードは若干はぐらかす様に答える。

 コンも自身の能力を簡単に他人に教えるわけがない事は分かっているので、それ以上の追求はしない。


「君には迷惑をかけたね。その内なにかお礼をしなきゃね」

「感謝の気持ちは、大金貨の枚数で表現して欲しいわね。勿論、白金貨でも文句はないわ」

「そこまで行くと逆に清々しいね」

「当然でしょ。お給金の出ないボランティアなんて御免だわ」

 アスカの言葉にジークフリードは肩をすくめ苦笑いを浮かべる。

 何故なら、彼は衣食住は支給されているが、給金としては1ギルも貰っていないからだ。


「じゃあ、私は人を呼んでくるんで見ていてもらって良いかな?」

 ジークフリードは黒装束の男達を指差しそう言うと、返事も聞かずに大神殿へと向かう。


「ブルーデン派の連中お金出してくれるのかな?」

 勇者と呼ばれる者とは思えない実に低俗な悩みだった。


 △ △ △ △ △ △ △ △ △ △ △ △ △ △ △


「何でこうなったのかしら?」

「私にも良く分からないな」


 ジークフリードの聖地巡回の旅、その出立日。

 勇者本人たっての「目立ちたくない」との願いからひっそりと出発するはずだったのだが、何故か見送りの者が多数集まっていた。

 そして、何故かコンが拝まれている。

 コンが人語を解する獣、幻獣である事はクロスロードからアスカと供にやってきた人々に知られていた。

 そして、どこからかジークフリードの逢引相手が幻獣をつれた少女だと言う噂が流れた。

 憶測が噂を生み出し、噂が更なる憶測を作り出し、気が付けばコンは勇者に祝福を与えにきた聖獣、アスカはその聖獣の巫女で勇者の恋人だという事になっていた。

 きっと勇者の名声を高めたいブルーデン派の情報操作もあるのだろう。


 ハンターギルドにアスカを指名して護衛の依頼が入った。

 破格と言える報酬と条件に飛び付いたアスカ。

 護衛対象者が勇者ジークフリードである事に気が付いたのは集合場所についてからだった。

 行き先がラディウス教の聖地『サンベルト霊山』である事や、依頼人がエミリア・キーツである事から予想は出来た筈なのだが、残念ながらアスカは報酬以外は碌に目を通していなかった。


 勇者一行に付き従う聖獣とその巫女。

 その客観的事実に沸き立つ観衆に見送られ一行は出発した。


 サンベルト霊山まで約1月の旅路。

 聖獣の巫女と勇者の旅はまだ始まったばかりだ。


 

外伝その1完です。


次回から本筋に戻ります。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ