外伝 聖獣の巫女と勇者3
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聖都エレオスには年間を通し多くの者が訪れる。
商人、観光客、巡礼者、目的は様々だがその数は王都のそれを上回る。
そして彼等がそこで見た物、聞いた物を地元に帰って周囲に話す。
こうして聖都エレオスの噂は王国全土に広まっていく。
勇者ジークフリード、その名は聖都エレオスに於いて知らぬ者はいないほどの知名度を誇る。
そして、その名は今まさにリンディア王国の全土へと広まり始めていた。
だが、ラディウス教には既にその名を王国全土に知らしめている者がいる。
それが聖女テレスティナだ。
教皇ルイゼルフより『聖女』の称号を賜ったラディウス教公認の聖女だ。
「勇者などと自称しているだけの者とは格が違う」
それが彼女を擁するエイレンス派の意見だ。
テレスティナの名が大きな評判になったのは、5年ほど前の事だ。
地震と火山の噴火という自然災害により、大きな被害を受けた地方都市への神殿からの災害復興支援隊での事だった。
おおよそ200人の傷病者でごった返す救護所に於いて彼女が1つの奇跡を起こした。
その救護所の中央で彼女が神への賛美歌を歌うと、その場に居る全ての者の傷が癒えたという。
勿論、コレは尾ひれが付いた噂を利用し、エイレンス派が流した偽情報だ。
彼女が行ったのは単なる範囲回復魔法だ。
範囲回復魔法は上級魔法に属する。だが、神の奇跡たる回復魔法の習得に特化した神殿の神官であれば使える者は少なくはない。
ただし、彼女が使用した範囲回復魔法その範囲は直径は50メード、救護所を楽々覆える物だった。
通常、多数の傷病者を見る場合は一人一人に合わせ最適な治療を行う。程度の軽い者、言ってしまえば命に危険性のない者には回復魔法は使わない。回復魔法の使い手は貴重で、その魔力も有限だからだ。
傷病者を癒す為に癒し手が倒れてしまっては本末転倒だ。
範囲回復魔法を使う場合も、同程度の傷病者を一箇所に集め出来る限り範囲を狭めて行う。無駄な魔力消費を抑える為だ。
継続する限り魔力を消費し続け、範囲を広げれば消費魔力が跳ね上がる。
そんな範囲回復魔法を重病人の完治まで、救護所1つを丸々覆い持続させる。
それを神の奇跡と人々が見間違えるのは無理もなかった。
そして、彼女はその神の奇跡を4つの救護所の全てにて行った。
復興したその地方都市で救護所のあった場所に彼女の像が作られたのは当然の事かもしれない。
そんな『神の奇跡』と称される功績を各地で上げたテレスティナ・エイレンスに『聖女』の名が送られるまでにそれほど時間はかからなかった。
その事を誰よりも喜んだのは彼女の実の父であるキースクリフ枢機卿だった。
それから数年、エイレンス派が神殿内最大勢力となった事は『聖女』と無関係ではないのだろう。
大神殿の庭園。
日の当たる暖かなベンチに2人の女性が座っている。
「まさか聖女様だったなんて。申し訳ありません。道案内なんてさせてしまって」
「良いのよ。どうせ私なんてする事も無くて暇なんですから」
「えっと……」
自嘲気味に笑うテレスティナにアスカは掛ける言葉がない。
テレスティナの案内でジークフリードの下まで辿り着いたアスカ。
『手紙を渡す』という第一目標は達成する事が出来た。
勿論、この機会に直接確かめようともしたのだが、そこで邪魔が入った。
「あら? テレスティナ様? 何をしていらっしゃるんですか?」
扉をノックし入ってきたのは、ジークフリードつきの従者だというシスターだった。
テレスティナを見る目、その物言いはあまり友好的な物ではなかった。
「申し訳ありませんが、勇者様はこれから説法会に参加されます。テレスティナ様とは違いご多忙なので、もう宜しいでしょうか?」
友好的ではないどころか、完全に敵愾心に燃えていた。
呆気に取られるアスカと苦笑いのテレスティナを横目に「さぁ、参りましょう」とジークフリードを連れて行いった。
「まぁ、神殿内の派閥争いよ。ジークフリードを擁しているのはブルーデン派。私はエイレンス派だと思われちゃってるのかな?」
「違うんですか?」
「違うわよ。実家がエイレンス派の宗家で父と兄がエイレンス派のお偉いさんってだけよ。私自身は派閥とは無関係よ」
「そ、そうなんですか?」
「そうよ。一般の人達は派閥なんかどうでも良いでしょ? 神殿内の最大勢力はエイレンス派じゃないわ。どの派閥でもない一般の信者よ。それが過半数。教皇が誰かなんて大した事でも無いの」
そういうとテレスティナは座ったまま大きく伸びをする。
「これは秘密なんだけど、私本当は信者でもないのよね。神殿に居るのは回復魔法を覚える為。ちゃんと回復魔法を習得したらハンターに戻るつもりだったのに、いろいろしがらみが増えちゃってね」
テレスティナはため息交じりに肩をすくめる。
彼女にとって初級の回復魔法しか習得していなかった事は、彼女の人生において最大の後悔だった。
その後悔から、神殿に入り回復魔法の習得に専念し、3年で学ぶ事はなくなった。
元々はその段階で神殿を出る予定だったのだが、彼女に救いを求める声を無視する事が出来なくなっていた。
あの日、助けられなかったが故に。
「さて、私はもう行くわ。そういえば名前を聞いていなかったわね?」
「アスカです。アスカ・スドウ」
「この子は?」
テレスティナは膝の上で丸くなって眠るコンを撫でながら聞く。
「コンです」
「そう。じゃあ、これは忠告よ。あまり人前で見せないほうが良いわね。見る人が見れば、只者じゃない事位は分かるわ」
そう言ってテレスティナはコンを摘み上げて言う。
「狐なのに狸寝入り?」
「ありゃ、バレてたか」
「まぁね」
狸ね入りを止めたコンをアスカに渡すと、テレスティナは立ち上がる。
「ジークには会うのよね?」
「あー、えーと。……彼にその気があれば」
「なら、『本格的な派閥争いが始まる前に神殿とは距離を置いた方が良い』 コレ、伝えて貰えるかしら?」
そう言うとテレスティナは歩き去っていく。
「怖いねー」
その後姿を見送りながらコンがボソッと呟いた。
「きっと、『牙獣』のオッチャン並だぜ、あれは」
「そうね。なんか全部お見通しって感じだったわね」
「逆らっちゃいけない感がビリビリ伝わってきて、オイラもビビッたぜ」
「大人しかったもんね。いつもならモゾモゾしてるのにね」
「ウルサイやい。……あとは勇者が来るかどうか」
「まぁ、来るでしょ」
「なんでさ?」
「テレスティナさんが来ると予想しているみたいだったからよ」
でなければ伝言を残したりはしない。
確信めいた予感を胸にアスカは宿へと戻る。
その夜。
閉ざされた大神殿の門の外、月明かりにできた影に溶け込むように佇む者がいた。
「遅いわね。来ないのかしら?」
「時間は指定したけど日にちの指定はしなかったからね」
「しょうがないでしょ。手紙がいつ読まれるか分からなかったんだから」
アスカとコンである。
勇者ジークフリードとの待ち合わせ場所で待つ事15分。
単なるデートであればアスカは既に帰っている。
「ファ~ア。ん?ようやく王子様のご登場かな?」
「王子じゃなくて勇者だけどね」
待ちくたびれ、欠伸をしていたコンが近づいてくる気配に気付く。
間もなくしてコンの読みどおり、金髪碧眼の王子様風イケメンが現れる。
「あんまり女性を待たすものじゃないわ。帰るところだったわよ」
「スイマセン。見張りが結構多くて、見つからないルートを探すのに手間取りました」
素直に頭を下げるジークフリード。
「移動しましょうか。ここはもうすぐ見回りが来ます」
そう言いジークフリードはアスカを連れて大神殿の庭園へと移動する。
「ここは特に盗む物も無いので見回りもおざなりみたいなんです」
「へー、よく逢引にでも使ってるのかしら?」
「ハハ、そんな相手が居れば良いんですけどね」
苦笑いを浮かべるジークフリードは、良く言えば優しそう、悪く言えば覇気が無く頼りない。それがアスカの率直な感想だった。
「説法会でお疲れかしら?」
「まぁ、そんな所かな」
肩をすくめるジークフリードにアスカは内心驚いていた。
勇者と呼ばれる男にはまるで見えなかった。
「それで、話というのは?」
「まぁ、それは貴方がここに来た段階でほとんど終わってるわ。一応名乗っておくけど、アスカ・スドウよ。以前は須藤 明日香と名乗っていたわ。どんな字を書くかは省略するわ。貴方は?」
「君の言い方を借りるのなら、今はジークフリード。前は武藤 謙吾」
ジークフリードはアスカの差し出した右手を軽く握り返し名乗る。
「それにしても、私以外にも転生者が居たとわ」
「あら、聞いてないの?」
「誰に聞くのさ?」
「貴方を転生させた人よ」
「彼女は何も言わなかったよ」
「彼女?」
「あぁ、私に新たな生とジークフリードという名前を与えた女性さ」
ジークフリードの話によれば、彼が出会ったのは女性だったという。
その女性は特に何かを語るでもなくジークフリードという名を与え、この世界に送り出したのだという。
言われたのは「諦めるな」ただ一言だったという。
「それで? 君は何の為に?」
「私は転生者を探しているだけよ。万が一の時の為にね」
「万が一って、何かあるのかい?」
「さあ? 念の為によ。転生者は皆不思議な力を持っているわ。勇者と呼ばれる程度には。でしょ?」
「別に望んだわけじゃない。気がついたらここに流れ着いていた。それだけさ」
そう言うジークフリードは、やはり覇気なく笑う。
「で、どこまで流されるの? 『本格的な派閥争いが始まる前に離れたほうが良い』テレスティナさんからの伝言よ。私もそう思うわ」
「そっか、ティナが……。彼女ぐらいなもんだ、この町で私を勇者として扱わないのは」
そう言いながらもジークフリードは心なしか嬉しそうだ。
「テレスティナさん言ってたわ。『しがらみ背負って自由に生きられなくなった』て。きっと貴方にはそうなって欲しくないんじゃないの?」
「ありがたい話だ。まぁ、考えておくよ」
ジークフリードは自身の目をまっすぐに見つめるアスカの視線から目を逸らすように空を仰ぐ。
「まぁ、協力はするよ。私に出来る事ならね。そう多くはないだろうけど」
ジークフリードはそういって自嘲気味に笑う。
「もう帰ろうか。嫌な雲行きだ。今にも降り出しそうだよ」
先程まで月明かりに照らされていた庭園は暗く闇に覆われていた。
アスカには、それが「これ以上踏み込むな」というジークフリードの心の声のように思えた。
アスカを門のところまで送り分かれたジークフリードは、暗い神殿内を自室に向かい歩いていた。
彼女を宿まで送っても良かったのだが、その申し出は断られた。
自分の引いた一線に気付き、距離を置いてくれたのだろう。
「他にも転生者がいたのか。そいつ等が先に見つかっていたら俺は今どうしていたかな?」
そんな事考えるだけ無駄なのだが、分かっていても考えてしまう。
あの村で、のんびりと暮らしていけただろうか? それとも、やはり神殿に連れて来られたのだろうか?
「ん?」
そんな事を思いながら歩いていた彼の視界の隅で何かが動いた。
不思議に思った彼の右足が何かを踏みつけた。
何かと思いソレを拾い上げた瞬間、彼は自身の迂闊さに気が付いた。
「クソ、能力を発動させておくべきだった」
そんな後悔を彼がしていると、
「そこで何をしている!」
鋭い叱責の声と供に複数の光が暗かった回廊を照らした。
「悪いティナ。既に手遅れみたい」
光に照らし出されたのは、ジークフリードと血溜まりに倒れる男。そして、彼が右手に持つ血塗られたナイフ。
結局、人生はなるようにしかならない。
そんな諦念と供に彼はナイフを捨て両手を上げた。
どうする勇者?
どうするアスカ?
テレスティナはいつクロスロードへ?
次回で外伝終わりの予定です。




