59 「というか魔王級?」
人間の魔族に対する認識は『厄災の種族』『暴虐を尽くす者』といった物だ。
『暴れる魔族によって町が破壊された』『魔人同士の争いに巻き込まれ犠牲者が出た』
そんな話は枚挙に暇がない。
その大半が単なる噂で、しかも尾ひれのついた物だとしても、火の無い所に煙は立たない。何割かは事実である。
普段は魔人領の外に出る事はほとんど無いと言われる魔族と出会った場合、人間の対処はほぼ決まっている。
「自然災害に遭った時と同じく身を縮めて通り過ぎるのを待つ」
この言葉に尽きる。
『寄らず・触らず・関与せず』
これこそが基本的な魔族への対処法と言われている。
しかし、ここにそんな魔族と和やかに話をしている者がいた。
「へぇ、大陸各地を旅してるんですか」
「えぇ、ユゥリーていう相棒がいるのよ。彼に付いてあっちへブラブラ、こっちへブラブラとね」
「へぇ、っていうか、良いんですか? そのユゥリーさんは?」
「大丈夫よ。クロスロードで落ち合う事になっているから」
ジーンの話によれば、彼女はユゥリーという相棒と供に大陸中を旅しているのだという。
その旅は既に30年に及んでいるらしい。
ジーンの外見は20代と言われても違和感がないほど若々しいのだが、この世界では年齢を見た目では判断できない事ぐらいレイも学習済みだった。
そして女性に年を聴くという愚を犯すほど馬鹿でもなかった。
何か目的があっての旅ではなく、ただ西へ東への根無し草の旅烏なのだと言う。
ジーン自身はユゥリーに付いて各地を巡るだけで、行く先々で面白そうだと思う事に首を突っ込んでみるだけで、ユゥリーという相棒が何の目的で旅をしているのかはジーンは知らないらしいが「まぁ、単なる物見湯山の旅でしょ」と自分基準で判断しているようだ。
「『森に謎の巨大生物が居る』ていう噂を聞いたんで、荷物をユゥリーに預けてクロスロードで落ち合う約束をして別れたのよ」
「クロスロードへの行き方も分からないのに? 考え無しにも程がありますよ」
そう、ジーンはクロスロードへの行き方を知らなかった。
大きな町だと聞いていたので誰かに聞けは分かるだろうと考えていたらしい。
ジーンの頭の中には、そんな事よりも巨大な魔物でいっぱいになっていたようだ。
「で? クロスロードにはどの位で着くの?」
「行きは4日だったかな」
「ふーん、ちょと遠いね、私1人だったら辿り着けなかったかもね。ツイてるツイてる」
それが、魔族全体的な性質なのかは分からないが、ジーンは刹那的で楽天的で極めてポジティブな考えの持ち主だった。
楽しそうに会話を交す2人を少し離れた場所から眺める者が居る。
「凄いよね。魔人とあんな和やかに話が出来るとか、何者?って話よね」
「そうだな。俺もそんな度胸はないな」
ミーアの言葉にレオルードが苦々しい顔で答える。
ミーアとレオルードは馬車の荷台に座り御者台の2人を見守っている。
エリスは荷台の隅で魔導書らしき物を読んでいるが、チラチラと御者台に視線を送り読書に集中出来ていなそうだ。
ハクレンは御者台の直ぐ後ろに控えてはいるが、その顔色は青い。耳は倒れ、尻尾も丸まっている。
只今馬車の御者をしているのはジーンだ。「せめてその位はするわよ」と馬車に乗せて貰う代わりにと言い出したのだ。
そして、道中の話し相手としてレイを指名した。
「ん?あぁ、良いよ」と軽く返事をして御者台へと向かうレイをミーアは勇者を見送る目つきで見送り、ハクレンは死地へと赴く覚悟で付いて行った。
「フフ、不思議な子ね。魔族が怖くないのかしら?」
「まぁ、魔族と聞くとちょっと怖いけど、ジーンを見てるとあんまり怖くはないかな」
ジーンの質問にレイは正直に答える。
レイの正直な感想を言えば「何故皆そこまで怖がるのだろう?」といった所だ。
「あら、いまのは他の魔族の前では言わない方が良いわね。『怖くない』なんていわれたら侮辱と取るわよ。下に見られることを何よりも嫌うから」
「いや、そういうつもりじゃなかったんだけど」
「分かってるわ。でもそれを分かってくれないのが魔族だと思っておいた方が良いわ。魔族というのは自身の強さを証明する為に生きてる様な連中よ、それを軽んじられる事が一番嫌いなのよ」
「気を付けます」
ジーンは怒った風でもなく嗜めるように言う。
レイもその忠告に素直に従う事にしておく。
「他の魔族を見た事がないんで、ジーンさんを基準に考えるしかないんですけど、そんなに危険な感じはしないですよね。所構わず殺気や敵意を振りまいている訳でもないし、何事も力ずくって感じでもないし」
「私は魔族として異端よ。強さウンヌンより、楽しめたらそれで良いってところがあるわ」
それでもその楽しみの最初に来るが『強い相手と戦う事』なのだから、それはそれで魔族の本質を示していると言えるのかもしれない。
「まぁ、魔族が誤解されているのも事実ね。人間は魔族を気分次第で暴れ出すと思っているようだけど、そんな事ないわ。魔族は強い相手に挑む事が楽しみなのよ。弱い相手をいたぶるような事は魔族の矜持が許さないわ」
ジーンは周囲を見渡し、近寄ろうとしない他の馬車に溜息混じりに肩をすくめる。
「ただ、例外も居るけどね。弱い者いじめが好きなゲスが。そういった輩は大抵魔族同士の争いから逃げ出した三下なんだけどね」
そういった連中が魔族の評判を下げているようだ。
レイへと視線を向けジーンは言葉を発する。
「君は魔族に対する恐れや偏見が無いわね。周りの皆が緊張している中で君だけが自然体だった。何となくだけどユゥリーに似てるわ」
「はぁ、そうなんですか?」
「えぇ、ユゥリーも魔族に対する恐れや偏見は無かったわ。まぁ、君の場合は魔族に対しての知識が無い事が理由みたいで、ユゥリーはそもそも恐れる理由が無かったんだけどね」
「恐れる理由が無い?」
「彼は並みの魔族より強かったわ。というか魔王級? 私が彼に付いて行こうと思ったのも、その辺に理由の1つがあるわ。最大の理由は面白そうだったからなんだけどね」
それは強さへの憧憬か、それともユゥリーへの恋慕か、ジーンは頬を少し赤く染めはにかむように笑う。
その姿はレイに「魔族も人間と変わらない」というイメージを持たせるのに十分な物だった。
「魔王級というのが良く分かんないですけど、ジーンさんより強いって事ですか?」
「そうね、私5人分位かしらね」
「その例えも良く分からないですけど」
「ふむ、今現在で魔王と認められているのは全魔族の中で4人だけ。まぁ、実力的には魔王に伍するけど、魔王と名乗らない者もいるわ。だから魔王級と言うなら10人位いるかしら。ユゥリーの実力は魔族全体でも見ても最低でも十指、もしかしたら五指に入るんじゃないかしら」
魔王、それは魔族にとって役職でも階級でも無い。強き者に与えられる称号のような物だ。
魔王を名乗るために何か条件があるわけではない。何かしらの証を立てる必要も無い。
自らが魔王に相応しいと思ったら「我、魔王なり」と宣言すれば良い。
名乗るだけなら誰もが名乗れる。それが魔王だ。
大事な事は名乗る事ではなく、名乗り続けられる事だ。
突然魔王を名乗る者が現れれば、当然反発が出る。周囲の者が黙ってはいない。
そういった魔王と認めない者達を退け続け、誰も異議を唱えなくなった時が魔王と認められた時となる。
つまり魔王は自称でしかない。
しかし、誰も文句が言えないほどの実力が無い限り自称し続ける事は出来ない。
それが魔族の頂点である魔王という存在だった。
そんな魔王級だというユゥリーという人物。
「人間か?」
先程のジーンの口ぶりからすれば魔族ではなさそうだ。
「ん?ユゥリーが? そう言えば聞いた事は無いわね」
「知らないんですか?」
「まぁ、魔族ではないわね。あー、でも30年で外観がほとんど変わらないから人間ではないかもね。ハーフエルフか人化した龍族かな。まぁ、ユゥリーはユゥリーよ」
ジーンにとって相棒の種族は特に気になる事項ではないようだった。
「まぁ、流石に人間で魔王級は無理か」
そんなレイの呟きに驚愕の返答が来た。
「ん?なんで?」
「は?……居るんですか?」
「過去にも魔王を倒した人間は何人も居るよ。エージ・ユーキとか、リオン・ハイデルとか、最近もガウエンなんとか、ていう騎士が引き分けたとかいう噂を聞いたわよ」
「フム、ガウエン? どこかで聞いた名だな」
しばらく思案顔だったレイはクルリと振り返り、御者台のすぐ後ろに座るハクレンに声を掛けた。
「ガウエンとかいう騎士を知ってる?」
「はい。ガウエン・ベルグナー、黄金騎士ガウエンだと思います」
「あぁ、王国最強と噂の奴か」
「はい。だた、私の聞いた話では魔王は無手で魔術も使用しなかったそうです」
「あー、つまりハンデ戦で引き分けって事か」
レイは若干ガッカリしたように肩を落とす。
彼にはまだ魔王の元まで辿り着ける事の凄さを理解出来なかった。
「それより、いつまでビビってんだ。耳がヘタってるぞ」
「ヘタっ!? そんな事ありません。別に怯えてなど……」
「へー」
レイの言葉に顔を上げたハクレンは、キラリと光るジーンの視線に再びうつむく。
その頭をレイはワシャワシャと撫でる。
「魔族だからとか、そんな見当違いな所見てないで、自分の目で目の前に居る相手を見ろよ。確かにジーンさんは強い。ケンカを売ったら勝ち目なんかない。けど、だからといって怯える事なんかないさ。危険な相手かどうかは、噂や風評じゃなくて自分の目で、相手を見て決めようぜ」
「……はい」
レイの言葉で再度顔を上げたハクレンは、再びジーンと目を合わせたが今度は目を逸らす事はなかった。
しばらく笑みを浮かべてハクレンを眺めていたジーンは、その視線をレイへと移す。
「ユゥリーも『噂は当てにならない。結局自分の目で見て決めるしかない』て言ってたわ。やっぱり君はユゥリーに似てるわね。今度紹介するわね」
「はぁ、まぁよろしくお願いします」
魔族に魔王級と称される人物には興味はある。
が、既にジーンという強烈な人物との出会いで満腹気味なレイは生返事だった。
4日後。
「もうすぐ着くと思うんですけど、ジーンさんはクロスロードに着いたらどうするんですか?」
馬車の荷台で暇つぶしのカードに興じているジーンに声を掛ける。
「ん? まずはハンターギルドね。ユゥリーがもう着いてるかもしれないから」
「え?ハンターだったんですか?」
「そうよ。一応Aランクよ。言ってなかったかしら?」
「初耳です。というか、ギルドがパニックになりそうですね」
「大丈夫よ。町に入る前に認識阻害を掛けておくから。もうそういう面倒は懲り懲りよ」
レイは苦笑いを浮かべるジーンにホッとする反面、魔族を前にあの不良看板娘がどうなるのかを見てみたい気もしていた。
道中の4日間でジーンと一行はある程度は打ち解けた。
レイが普通に接しているのに感化されたという所は確かにあるが、何よりジーンの裏表のない明け透けな性格によるところが大きそうだ。
ハクレンとミーアはレイが居ない時でも普通に会話出来るまでになった。
ただし、2人共にまだまだ恐る恐るといった感じだが、問答無用で逃げていた最初に比べれば格段な進歩と言えた。
レオルードは稽古相手をお願い出るようになった。
その稽古風景を見ていたレイは「レイも参加する?」と聞かれ、全力で辞退した。
ジーンの足元に血反吐を吐いて倒れるレオルードを見て参加したいと思うほど特殊な性癖は持ち合わせていなかった。
翌日にはまた稽古相手を願い出たレオルードを見てレイは若干引いていた。
驚く事に、最も打ち解けたのがエリスだった。
帰路初日の夜、エリスが食べていたプリンにジーンが興味を持った。そして、分けてもらったプリンを絶賛した。
その夜だけで8つのプリンを食した2人は『プリン同盟』(勝手にレイが命名した)を結成した。
以降、打ち解けたエリスは魔族に伝わる魔術など聞いてり実演してもらったりしていた。
驚くべきはエリスのアイテムボックス内のプリンの収納数か。毎食デザートにしながら最後まで尽きる事はなかった。
他のパーティの者達から魔人と普通に接しているレイ達は一目置かれる事となるのだが、それは別にどうでもいい事だった。
クロスロードに着いた一行はまずはハンターギルドへと向かった。
今回の調査報告をする為だ。
ギルドの戸を潜った一同に不良看板娘リザリーが笑顔で駆け寄る。
「お帰りなさい。皆さんご無事のようで。という事は……逃げ帰ってきましたね」
勿論それは冗談だったのだろう。
ギルドの予想では、この面子であれば討伐までも問題ないだろうとなっていた。
だが、冗談にはならなかった。
「え? もしかしてマジですか?」
一同の雰囲気に不穏な物を感じ取るリザリー。
「うるさい。いいからギルド長に取り次げ」
「あ、はい」
ナスターシャに睨まれリザリーが奥へと駆けていく。
「申し訳ないが、ジーン殿もご一緒願います。貴女が居てくれた方が説明が早いと思いますので」
「分かったわ。『ガタガタ言うな暴れんぞ』て睨みを利かせていれば良いのね」
「……違います」
この日、遠征調査隊報告が終わった後、ギルド長の蒼白な顔色からギルド内に「ヴェルニラの森の魔物はSランク以上」という噂が立ったが、特にどうでも良い話である。
結局、ジーンの相棒であるユゥリーはまだクロスロードに着いていなかったらしく、「取り合えず日没くらいまで待ってみる」と言うジーンをギルドに残し、レイ達は家へと戻った。
取り合えず翌日を休みに決め、のんびりとしていたその夜、ソレはやって来た。
呼び鈴の音にドアを開けると、
「来ちゃった♪」
ジーンが居た。
「どうしたんですか?」
「うん。結局ユゥリーは来なかったの。もう暫くかかるかも」
「そうですか」
ニコニコと笑顔のジーンにレイは嫌な物を感じた。
「そう言えば、よく家の場所が分かりましたね」
「えぇ、魔力の残滓とか、勘とかで」
「流石ですね」
きっとメインは後者なのではないだろうか。
「………で?」
「ユゥリーがまだ着いてないの」
「それはさっき聞きました」
「泊めて」
「は?」
「荷物を全部ユゥリーに預けてるんで」
「預けてるんで?」
「無一文だった」
「……流石ですね」
大体予想通りの展開だった。




