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57 「帰ろう、クロスロードへ」

「でかいな」

「あぁ、確かに。我が目を疑うな」

 木の幹に身を隠し、レオルードとナスターシャは心境を呟く。


 視線の先に居るのは巨大な何か。

 それは全長20メードはあろうかという大きさだ。

 ハクレンの案内により追跡を始めて間も無く、呆気無いほど簡単にソレは見つかった。

 その為に外に出たのだろうか? 只今、食事の真っ最中だ。

 その巨体に見合う巨大な口で、赤毛の熊の様な動物を貪っている。


「あれは……竜亀なのか?」

 ナスターシャの呟きは、その場に居る全員の気持ちの代弁と言えた。


 20メードを超える竜亀は珍しいと言えば珍しい。

 しかし過去にそれよりも大きな竜亀の目撃例、討伐例は存在する。

 つまり、目の前の生物が竜亀に見えないのは、その大きさ故にではない。

 その姿故にだ。


 竜亀は大きさを除けばその姿は亀と大差は無い。

 実際、1メード程度の竜亀は普通の亀と勘違いされる。

 しかし、目の前に居るソレは亀とはかけ離れている。


 まず、その背には岩のような物が乗っている。甲羅に岩が張り付いているのか、岩を刳り貫いて背負っているのか。何にせよ亀の甲羅には見えない。

 更にはその手足や首には鱗と思わしき物が付いている。

 そして最たる物は、胴から伸びる3本の首とその先の3つの頭だ。

 複数の頭を持つ竜亀など聞いた事も無い。



 カイエン、ナスターシャを始めとした面々は、食事中の魔物に見張りを残し、少し離れた場所で今後について話し合っていた。


「新種の魔物、いや、突然変異による亜種か。何にせよ単なる竜亀ではないな」

 カイエンが渋い表情で言う。

 渋い表情なのはいつもの事なのだが、眉間のシワがいつもよりも深い気がするのは気のせいではないのだろう。


「それ以前に、大きさが変わるって段階で普通じゃないだろ」

「確かに。これは完全に想定外の事態だな。さて、どうする?」

 コンラッドの言葉にナスターシャが頷き思案顔で意見を求める。


「見掛け倒しで、普通の竜亀と変わらないという可能性もあるが、別物と考えた方が良いだろうな」

「そうだな。そう考えておくべきだろうな」

 カイエンの意見にレオルードが賛同する。


「討伐は出来ると思うか?」

「分からん。判断するだけの情報がない。せめて奴が獲物を狩る所が見られていれば判断材料になったのだがな」

「楽観視は出来ない。難しいと考えるべきか」

 カイエンの言う通り、相手の強さを推し測るだけの情報が何も無かった。

 分かっている事は、大きさが変わるという事。そして、普通の竜亀では無いという事ぐらいだ。

 情報が不確かで判断に迷った時には、考えうる中で最悪の事態を想定しておく事がセオリーだ。

 相手の実力が読めない時には、とりあえず自分よりも強い事を想定して臨む。それがハンターの常識だ。


「撤退しようよ」

 ミリアムがそう提案する。

「今回の依頼は巨大な魔物の調査が第一。ならその正体を突き止めたんだ。もう十分でしょ」

 その意見も一理ある。討伐できない可能性が高いというのであれば、犠牲者が出る前に撤退する案も悪くは無い。


「だが、今回は討伐を諦めたとして、いずれは討伐をしなきゃならんだろ? どの程度の戦力が必要になんのか、どんな能力を持ってんのか、そのぐらいは調べておいた方が良いんじゃねぇか?」

 コンラッドの意見はもうしばらく調査を続けるという物だった。

 確かに彼の言う通り、今回は討伐までは出来ないとしても、次の討伐隊の為に可能な限りの情報を集めておく事は有益だろう。


「ふむ、今後を考えるのなら多少の危険は覚悟で調査しておくべきか、だが安全面を考えるのなら……」

 ナスターシャが思案顔で呟いている。

 自然と皆の視線がナスターシャに集まり、彼女の決定を待つ。


 今更ながらだがこの調査隊、別にナスターシャがリーダーと言う訳ではない。

 単に彼女が仕切りたがり屋なだけだ。そして、カイエン、コンラッド、レオルードはそういった事を気にしない性質だ。

 ミリアムは仕切りたがりと言うより、自身が中心でなければ気に入らない性質ではあるが、ナスターシャには従順だ。

 勿論、ギルドとしてもそうなるであろう事を予想はしてメンバーを選出している。

 その結果、彼女に仕切られる形で調査隊はまとまっていた。


 悩むナスターシャにカイエンが声を掛ける。

「グローリーで威力偵察を行おう。その上で、犠牲覚悟の総力戦か撤退かの判断をしよう」

「グローリーだけでか?」

「あぁ、威力偵察だからな、数は要らん。犠牲者が増えるだけだ。ならば連携の取れる単独パーティの方が良いだろう」

 未知の相手に対して、その戦力を測る為に行う威力偵察。

 相手に攻撃を仕掛け反撃させて実力を見極めるのだから、当然被害は出る。

 最悪は実行したパーティが全滅する可能性もある。

 被害を抑える為に単独パーティで、と言うカイエンの意見は正しい。


「むぅ……」

 カイエンの言葉にナスターシャは悔しそうに唇を噛む。

 未知の相手に行うこの威力偵察は危険な物だ。

 そういった危険な役割を他人に任せ自分はそれを見ているというのは、彼女の騎士道精神に反する。

 危険な役割こそ自ら率先して行う。それが彼女の誇りでもある。

 しかし、その反面で今回の威力偵察が少人数で行った方が良い事も理解できていた。

 そして、パーティとしての実力はアイスソードよりグローリーの方が上だという事もだ。


「スマンなカイエン」

「俺が言い出した事だ。謝る事は無い」

「そうか。では、グローリーに偵察をお願いしよう。それで良いか?」

 ナスターシャはそう言い周囲を見渡す。

 反対意見のある者は居ない。


「他は周囲の警戒と退路の確保、グローリのサポートを」

 ナスターシャの指示に皆が準備に動き出す。


 狙うのは巣へと戻る帰り道だ。





 結論から言えばグローリーは惨敗だった。


 竜亀(変異種)は堅過ぎた。

 その背の岩のような甲羅が、ではない。その身に纏った鱗が、ではない。

 その身を守るように張られた魔力障壁が、だった。



 グローリーは予定通り食事を終え巣へと戻る竜亀に攻撃を仕掛けた。

 どういった原理による物なのかは分からないが、その大きさは2メード程度に縮んでいた。


 グローリーは先ず遠距離からの魔術による先制攻撃を行った。

 それはセオリー通りと言えばセオリー通りなのだが、それが良くなかった。

 遠距離からの攻撃は気付かれやすい。

 勿論、威力偵察である今回は気付かれた上でどう対処するのかを見る事が目的なのだから悪いという訳ではない。

 だが、もし初手に近距離からの奇襲、不意打ちを選択していたら討伐できた可能性もあった。

 グローリー単独にせず、カイエン、レオルード、ナスターシャの3人のAランクハンターによる同時攻撃を選択していれば、3つの頭を全て潰せたかもしれない。


 勿論『たら』『れば』を言い出したところで意味は無いのだが。


 魔術による遠距離攻撃を素早く察知した竜亀は身を守る為に魔力障壁を展開した。

 その魔力障壁を最後まで打ち破る事が出来なかった。


 竜亀の反撃は石粒の散弾だった。無数の石粒がカイエン達グローリーの面々を襲う。

 グローリーの魔術師が展開した障壁と石粒がぶつかり甲高い音が響く。

 石粒の散弾が止まった瞬間、カイエンが竜亀に向かい飛び出し前衛メンバーがそれに続く。

 彼等を迎え撃つように高圧の水の刃が襲う。

 しかし、そこは高ランクのハンター達。流石の動きで回避し、竜亀へと肉薄する。

 しかし、竜亀にむかい飛び掛った彼等は不可視の何かにより吹き飛ばされた。



「今何が?」

「ウィンドブラスト」

 少し離れた場所から見ていたレイの呟きにエリスが静かに答える。


「魔術で言うならウィンドブラスト。風術」

「土、水、風。連続で3つの魔術を使ったな。奴は少なくとも3属性の術を使うという事か」

 複数の属性の術を使う魔物は珍しい。大抵の魔物は1属性の術しか使わない。

 それが使えないからなのか、得意な属性しか使わないだけなのかは分かっていないが、ドラゴンでさえ複数の属性ブレスは使わない。


「違う」

 そんなレイの意見をエリスが否定する。


「魔術の連続発動じゃない」

「え?だって、現に今…」

「動くぞ、目を離すな」

 レオルードの注意の言葉にレイは前方へと視線を戻す。

 エリスの言葉も気にはなるが、グローリーと竜亀の戦闘を見逃さない事の方が今は重要だった。


 遠距離からの魔術による攻撃を竜亀の魔力障壁が阻み、接近しようと試みるカイエン達を竜亀が術で迎え撃つ。

 土、水、風の3属性を使い近づく事を簡単には許さない。

 仲間の援護により何とか接近したカイエンの攻撃も、魔力障壁により阻まれた。


 同じ様な展開の攻防が数回繰り返された。


「む、撤退か」

 空に上がった信号弾にカイエンは呟く。

 予定通りであればこの後は別のパーティからの援護攻撃が入り、自分達の撤退をサポートする。

 まだ試しておきたい事もあるが、時機を逸すれば引く事も出来なくなる。

 逃げるときの背中が最も危険なのだ。

 仲間と頷き合いカイエン達は撤退に移る。


 その背を討とうとした竜亀に無数の魔術が降り注ぐ。

 しかし、その全てが魔力障壁に阻まれ竜亀に届く事無く終わる。

 更に竜亀を中心に濃い霧が生まれる。生身で触れれば麻痺を引き起こす『麻痺の霧(パラライズミスト)』だ。

 魔力障壁に阻まれ竜亀に麻痺を与えるにはいたらないがその視界を効かなくする事には成功した。

 その間にグローリーの面々は安全圏まで撤退を終えていた。

 他の者達もそれぞれ撤退し、予め決めていた集合場所に向かった。


「厄介な相手だ」

 レオルードにしては珍しい愚痴のような呟きがレイにも聞こえていた。



 

「で、実際戦ってみた感触は?」

「堅い。そして、あの連続で発せられる魔術は脅威だ。近づく事もままならん」

 ヴェルニラの森の外縁部、そこに集まった調査隊一同は今回の調査の最終的な結論を下す為の話し合いを行っていた。

 まず気になるのが、対象の魔物の強さだ。

 

 戦闘は短時間だった。

 戦闘開始からナスターシャが撤退を決めるまでにかかった時間は数分程度だった。

 だが、それでも相応の情報を得る事は出来た。

 堅い魔力障壁を持ち、3属性の魔術を連続使用が出来る。

 討伐の為に死力を尽くした訳ではないとはいえ、グローリーが歯が立たなかったという事実。


「グローリー単独では倒せないだろうな。感覚的にだが、これまで戦ったどんな魔物よりも上だ」

 その言葉は彼の正直な意見であり、それは「クロスロードのどのパーティでも敵わない」という事だ。


「王都やヘリオスから応援を呼ばねばならんか」

「それが賢明だろうな」

 クロスロードのハンターギルドは王国内でも最大規模の物だが、高ランクのハンターの数という点では王都や上級迷宮に近い町には劣っている。

 現在クロスロードにはSランクのハンターは居ない。

 だが、王都には3人、迷宮都市ヘリオスには8人のSランクハンターがいる。


 Sランクハンターに応援を要請する。もしくは、被害覚悟で大規模な討伐隊を編成する。

 そうでもしなければ討伐は難しい。これが結論となった。



「そう言えばエリス、魔術の連続使用じゃないって言ってたけど?」

 気になる情報は共有しておかなければいけない。

 そう考えたレイは先程のエリスの言葉を思い出し、皆の前で尋ねる事にした。


 別属性での魔術の連続使用は難しいとされている。

 理由はハッキリとはしていないのだが、魔術が術者のイメージに大きく影響を受ける事が原因ではないかと言われている。

 故に、あの魔物が3属性の術をほぼノータイムで連続使用してきた事に驚いていた。


「言葉通り。連続で魔術を使用していた訳じゃない」

「でも実際に使っていただろ?」

「あれは別々に使っているだけ」

「いや、意味がまったく分からん」

 エリスの言葉の意味が分からずレイは頭を掻く。

 周囲を見渡しても理解できていそうな者は居ない。本職は魔術師だというミリアムでさえ疑問符を浮かべている。


「効果的なタイミングで発動させたら連続になっただけ。準備は一緒に行っていた」

「え?」

「なに?」

「あれは同時使用だった。とでも?」

 エリスの言葉に更なる疑問符を浮かべる一同の中、ミリアムが言葉を発する。


「いやいやいや、流石にそれは無いよ。確かに魔術の同時使用は可能と言われているよ。ただしそれは理論上の話しで、実際に実現した者がいるなんて聞いた事も無い。君は魔物風情がそれを行っていると?」

 ミリアムの言葉の通り、魔術の同時使用は『理論上可能』だ。

 同時に複数のイメージを出来るのであれば、同時に複数の魔術を使用する事は出来る。

 ただし、証明してみせた者はいない。


「違う」

 エリスはミリアムの言葉を否定する。

「同時発動でもない。魔術は別々に使われている」

「いや、だから分かるように説明してくれ」

「ふむ……」

 レイの言葉にエリスは疑問符を浮かべる周囲を見渡し考え込む。


「複数の魔術を同時に使う方法は簡単。複数の術者が居れば良い」

「えーと? つまり……」

「3つの頭が別々に魔術を使用していた」

「………」

「………」

 エリスの言葉に皆が絶句する。

 彼女の言葉を信じるのなら、あの魔物は3つまでなら同時に魔術を使えるという事だ。

 あの魔力障壁を3つ重ね掛けする事も、障壁を張りながら攻撃する事もだ。


「…ありがとう、貴重な情報だ。助かる」

 渋い顔のナスターシャがエリスを見つめお礼の言葉を口にする。

 エリスが『魔視眼』を持っているという事はアイスソードの面々には知られていた。

 魔力の属性が色として見える彼女なら、誰が何の属性を使ったのかを見抜く事は容易い。

 信用できる。ナスターシャも感じていた。そもそもウソを言う事に利点がない。




「よし、調査はここまでだ。帰ろう、クロスロードへ」

 あらかたの情報をまとめ終え、クロスロードへと帰る事が決まる。

 実はナスターシャの決定を待つ事無く周囲では既に帰り支度が進められていた。


 そんな帰り支度の中、不意にハクレンが顔を上げ森に視線を送る。

「どうした?」

 ヒクヒクと動くハクレンの鼻にレイは嫌な物を感じた。


「もしかして?」

「はい。奴が来ます」

 その言葉の意味を即座に理解したレイが行動に移る。


「カイエン、ナスターシャ、奴が来る!」

 彼等の下へと走りながらレイは警告の声を上げる。


「なんだ?どうした?」

「奴が来る!」

「奴?」

「ああ、竜亀、あの魔物だ」

「なっ!?」

 レイの言葉にカイエンが驚きの表情で固まる。


「私達を追ってきたという事か?」

「どうかな?そうならないように別々に逃げてきたんだけどな。ともかく直ぐに出よう。ここじゃあ隠れる事も出来ない」

 ヴェルニラの森の外は一面が草原だ。遮蔽物が何も無い。


「いや、もう遅い」

 ナスターシャの言葉の通り、木々が何かに薙ぎ倒される音が既に聞こえる所までやって来ていた。


 間も無くして、森の木々を薙ぎ倒し土煙を上げて何かが飛び出してきた。


「やるしかないか」

「そうだな」

 ナスターシャ、カイエンを始め皆が武器を持ち戦闘準備を終えていた。


神威カムイを使うか?)

 神威カムイに頼る気はない。頼らなくても良い力と戦い方を身に付ける。

 そう考えてきたレイだったが、この状況を打破する有効な手段は最早それしか思い浮かばなかった。

 

 土煙の中から出てきたのは先程よりも大きな姿、5メード程になった岩を背負った三つ首の竜亀だった。


「レイ、貴様等は後方に居ろ。そして、折を見て脱出しろ。クロスロードに事態を伝えろ」

「いえ、俺達も戦いますよ」

「Cランクハンターなど居ても居なくても変わらん。むしろ足手纏いだ」

 ナスターシャとカイエンは既に決死の覚悟を決めていた。

 そして、若いレイ達ぐらいは逃がそうとも考えていた。


 不承不承下がるレイに心中で事後を託す。

 勿論、レイに逃げる気は無かった。戦闘が始まれば神威カムイを使おうと考えていた。

 あまり人前で使いたくは無かったが、この状況では仕方がない。

 さほど長い時間ではなかったが、行動を供にした人達を見殺しには出来ない。


「様子がおかしいな」

 最初にその事を口にしたのはレオルードだった。


 竜亀はこちらに気を止めた風でもなく森の方を向いていた。

 まるで「敵は森の中に居る」とでも言わんばかりの姿勢だ。


「何かに追われているのか?」

 レオルードが呟いたその言葉は、まさに核心を突いていた。 


「あら?もう逃げないの? なら、覚悟を決めて掛っていらっしゃい」

 森から悠然と歩いて出てきたのは、槍を携えた人物だった。

 病的なまでに白い肌、燃える様な赤い髪、そして金色の瞳。


「まさか、魔人?」

 その姿を遠眼鏡で確認していたミリアムが呟いた。 

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