56 「追跡だな」
ヴェルニラの森の外縁部。
焚き火を囲む8つの人影。
クロスロードから派遣された巨大な魔物の調査隊、各パーティの主だった者達だ。
「それで今日の成果は?」
「………」
「………」
「何も無いな」
ナスターシャの問いかけに、カイエンとミリアムは沈黙で、レオルードは短く端的な言葉で返答する。
答えを聞くまでもなく、皆の顔を見れば結果は分かりきっていた。
「何で見つからねぇんだよ! もう3日だぞ!」
自身を含め、不甲斐無い結果にコンラッドが声を荒げる。
調査を始めて3日、5つのパーティが森中に散り探索しているが未だに巨大な魔物の発見には至っていない。
「ここまでの結果から考えると、『居ない』と判断せざるを得ないのでは?」
カイエンが渋い顔で淡々と自分の見解を述べる。
「だが、巨大な何かが『居た』形跡はいくつもあっただろ?」
ナスターシャがカイエンの意見に否定的な言葉を述べる。
森には直径20メードを超える範囲で木々が薙ぎ倒されている地点がいくつもあった。
ナスターシャの言葉の通り、巨大な何かがいた形跡と言える。
しかし、カイエンの言う通り、3日間探しても20メードという目立って当然の巨大な魔物が見つかっていないのだ。この森には居ないと考えるのも妥当に思える。
「確かに痕跡はあった。だが、その巨大な何かが、陸上を移動した痕跡は無い。木々が倒されている場所も限定的だ。森の中を巨大な何かが闊歩しているとは思えん」
カイエンの言う通り、森の木々の倒された跡は直径20メード程度の円形。もしその巨大な魔物が森を徘徊しているのであれば、倒された跡は直線状に続いている筈だ。
「ではあの跡は何だと?」
「巨大な何かが飛来し、あの場所で休み、また去っていった。そんな所ではないか」
「フム。だが、20メード級の何かが空を飛んでいれば周囲の集落の者が気付くのでは? そういった目撃報告は上がっていないぞ」
「視認し難い夜間の事かもしれん。夜行性の生物なら夜に飛来し昼はあの場所で眠り、また夜に飛んで行くという事も有り得る」
「なるほど」
カイエンの意見にナスターシャも一応の理解と納得を示す。
今の説明であれば、限定的な痕跡も、巨大な魔物の姿もその魔物が住める大きな巣も見つからない事態にも一応の説明がつく。
「つまり、この森には20メード級の竜亀は居ないという事だ」
「フム、だとすると、今回の調査どうする?」
カイエンの言葉に思案顔のナスターシャが皆の意見を求める。
「対象が森に居ないんじゃ調査のしようがねぇだろ」
「そいつが森に飛来するのを待っている訳にもいかないし、帰ろうよ」
コンラッドとミリアムが調査終了を主張する。
「しかし、それだけ巨大な魔物を放置するという訳にはいかんだろ?」
それにナスターシャが反対意見を述べる。
「今は森に飛来し一休みしているだけかもしれんが、いつまでもそうだという保証は無い。せめてその魔物の姿を確認するまでは調査すべきだと私は思うが」
そう言うとナスターシャは周囲を面々を見渡す。
その途中、怪訝そうな顔付きのレイに気付き声をかける。
「どうしたレイ? 何か意見があるなら言ってみろ」
「ソレは酷という物だよナスターシャ。彼はCランカーだよ」
「黙れ、貴様には聞いていない」
ミリアムの言葉に視線を送る事すら無く切り捨てるナスターシャ。
再び彼女はレイに声を掛ける。
「貴様も歴としたメンバーなのだ、何か思う事があるのなら遠慮なく言え」
「いえ、その気になったというか、何というか。今日の探索で巣穴らしき物を見つけたんです」
「何!?」
レイの言葉に焚き火を囲む面々が身を乗り出す。
「あ、いえ、巣穴といっても2メード強といった程度の巣穴なんですけど」
皆の食いつき具合にレイは慌てて補足の言葉を加える。
若干頼りなさ気なレイの言葉に皆の目がレオルードに集まる。
その目が「本当か?」と語っている。
「まぁ、そうだな。入り口は3メードに届いていなかったが、あれは竜亀の物かもしれんな」
レイの言葉を継いでレオルードが説明を加える。
信頼と実績の差か、彼の言葉を疑う者はいなかった。
「森の西側の話か?」
「あぁ、そうだ。森の西、岩場の側だ」
「そうか。それなら、俺達も見つけた。何の巣穴かまでは考えなかったがな」
最初に反応を見せたのはカイエンだった。
彼の率いる『グローリー』もレイ達の見つけた巣穴を発見していた。
しかし、そのサイズから今回の調査には関係無いと判断し特に気にかけていなかった。
「フッ。それで?君は一体何が言いたいのかな? まさか20メードの魔物が、その2メードの巣穴の中に隠れている。とでも言う気かい?」
20メードの魔物を探しているというのに、2メードの巣穴を気にするレイをミリアムが鼻で笑う。
「いや、スプリガンみたいなのは考えられないかな、と思って」
スプリガンは巨人の一種だ。ある特殊な能力を持つ事で有名だ。
「フム、スプリガンか……」
「それは………」
「ハアー。本当に君は何を言っているんだい? 巨人系の魔物ではないと最初から言っているだろ? しかも、スプリガンは大きくとも5メード程度だ。10メード超だという今回の魔物には該当しないだろ」
カイエン、ナスターシャがレイの言葉に何かを考え込む中、ミリアムはその意見を小馬鹿にしたように否定する。
「今回の依頼は君には少し荷が重かったな。もう少し勉強しておくと良いよ」
「いや、今のは意見は実に興味深い」
「そうだな。そう考えれば全ての辻褄も合うしな」
ミリアムの言葉をカイエン、ナスターシャが否定する。
「な、何を言っているんだい2人とも?」
「上から目線で他人に『勉強しろ』と言う前に、貴様自身も多少は頭を使え」
2人の言っている事が理解出来ずに動揺するミリアムにナスターシャが吐き捨てるように言葉を放つ。
「貴様もハンターの端くれならスプリガンの特性を知っているな? 言ってみろ」
「スプリガンだろ、知っているさ。
森や洞窟それに遺跡なんかに住んでいる巨人の一種さ。群れを作る事無く個体で生活する事が多い。財宝を溜め込む習性があり、それを狙う者は誰であろうと容赦しない。人間の子供の姿に変身する事が出来、そうやって相手を油断させ襲う狡猾さを持つ。こんなところで良いかい?」
ミリアムはスプリガンについて簡単に説明してみせた。
「で、今自分で言ってて何か気がつかなかったか?」
「ん?何にだ?」
「ハァ。スプリガンは子供の姿にも巨人の姿にも自由に変われる能力がある。今回の魔物もそれと同じ様に自分の大きさを変えられる魔物だという可能性は無いか? レイはそう言っているのさ」
溜め息を1つ吐いたナスターシャが、レイに変わって説明する。
勿論、それは何の根拠も無い。単なるレイの勘によるものに過ぎない。
だが「あり得ない」と断言できる物ではない。
事実、スプリガンのようにそれが出来る種は存在する。そういった魔物は他にもいるし、突然変異で出来るようになるかもしれない。
一考の価値ある意見だとナスターシャは考えていた。
「よし、では明日はその巣穴を調べてみようか。何か他に意見はあるか?」
ナスターシャが今後の方針を決め「それで良いか?」と周囲を見渡す。
特に反対意見のある者は居ない。
「決まりだな。他に何かあるか? 無いな。では、これで今日は解散だ」
ナスターシャの号令で皆それぞれの野営場所へと戻っていく。
「おい」
野営場所に戻ろうとしたレイを呼び止める者がいた。
「少し良いか?」
カイエンだった。
カイエンはAランクパーティ『グローリー』を率いるAランクのハンターだ。
『竜殺し』の異名を持ち、個人としてもパーティとしても竜の討伐経験を持つベテランハンターだ。
一口に竜と言ってもピンからキリまである。ドラゴンやその亜種まで含めればDランクの竜もいる。
しかし『竜殺し』や『ドラゴンスレイヤー』を名乗れるのはAランク以上の竜種を討伐した者だけだ。
個人の戦闘能力こそレオルードには若干劣るが、知識、経験、判断力といった物を加味した総合力ではクロスロード最高のハンターと言っても過言ではない。
クロスロードで最もSランクに近いと言われるハンターだ。
「え、えぇ。大丈夫です」
レイは突然声をかけられたことに驚きつつも快諾する。
しかしその顔は若干引きつっていた。
(なんか怖いんだよなこの人)
カイエンは、それほど大きな男ではない。むしろ小兵と言われる部類だ。
しかし、向かい合っているレイには、レオルード以上の大男に感じられた。
それはカイエンのその身から発せられる威圧感によるものか、敵対している訳でもないのだが、レイは気圧されていた。
「そう固くなるな。別にとって食うつもりはない」
そう言ってカイエンは口角を僅かに吊り上げる。それは笑みと言うより頬を引きつらせたと言った方が正しそうな物だったが、それは彼なりのレイの緊張を解こうとしての心遣いだった。
残念ながら効果はあまり無さそうだが。
「俺も巣穴には気が付いていたが、そこまで考えが回らなかった。よく気がついたな」
「あ、いえ、たまたま気が付いたと言うか、思いついたと言うか。偶然ですよ」
「だとしても、その偶然が起きるか起きないかでは雲泥の差だ。僅かな可能性でもそれを見落とさない事が大切だ」
「はい、覚えておきます」
「それでだな、本題なのだが……」
カイエンは周囲を見渡し近くに誰も居ない事を確認する。
「お前の仲間の獣人の事だ。剣を携えている方だが、白狼族か?」
「ハクレンですか? そうです。白狼族ですが?」
「そうか、やはりハクレンか」
「知り合いですか?」
「いや、彼女との面識は無い。だが、シュンシン、彼女の父親とは古い知り合いだ。彼女の兄なら赤子の頃に抱かせて貰った事もある」
強面、堅物で知られるカイエンが、珍しく穏やかな顔で何かを懐かしんでいた。
「呼んできましょうか?」
「いや、それには及ばん。確かめたかっただけだ。今は悠長に話しをしてはいられん。依頼に集中せねばならんからな。いずれゆっくり時間を取らせてくれ」
「ええ、分かりました」
「お前達はクロスロードを拠点にしているのだろ? 移動する予定は?」
「今のところありません」
「そうか、ではいずれ訪ねさせて貰おう」
「分かりました。ハクレンにもそう伝えておきます」
「あぁ、楽しみにしておこう」
そう言ったカイエンの顔には先程とは違う自然な笑みが浮かんでいた。
しかしそれは僅かな時間の事だった。
「どういう結末になるにせよ、明日で一応のケリが着くだろう。お前の様な経験の浅い若手には、俺達の様な慣れた者には無い視点がある。明日は頼むぞ」
直ぐに元の厳しい顔付きに戻ったカイエンがそう言い残し、レイの肩を叩いてその場を去る。
「…今のは褒められたのか?」
カイエンの真意は分からないが、言われたレイには微妙な所だった。
翌日。
「アレが竜亀の巣だという保障は無い。未知の魔物の可能性もある。慎重にな」
ナスターシャの指揮の下、巣穴を取り囲むように布陣する。
勿論、それが単なる2メードの竜亀の巣である可能性も十分に有り得る。
しかし、ナスターシャの言う通り、未知の魔物である可能性も捨てきれない。
慎重になるに越した事はない。
囮を買って出たのはコンラッドとその仲間達だった。
一同の中で最も重装備な自分達が適任だと判断したようだった。
コンラッドが慎重に巣穴に近づいていく。
「ご主人様」
そんな時、ハクレンがレイに声を掛けてきた。
「どうした?」
「あの巣の中に魔物は居ないと思われます」
「居ない?」
予想外の言葉にレイはオウム返しで聞き返した。
「巣穴から漂う匂いと同じ物が別方向からも感じられます」
「どういう事だ?」
「魔物は既に巣の外に出たという事です」
そう言うとハクレンは匂いの続く方角を指し示す。
「レオ」
「あぁ、ナスターシャ! どうやら魔物は既に出かけた後のようだ」
肩をすくめたレオルードが、ナスターシャ達への相談に向かう。
「追跡だな。頼むぞハクレン」
「はい。お任せ下さい」
レイは自信有り気に頷くハクレンを頼もしく思いながら、ハクレンの指差した方向を見やる。
この奥に何かが居る。
彼等はソレが単なる2メードの竜亀で無い事を祈りながら追跡に移った。




