55 「サッサと片して先に進もう」
「ハクレンは右の奴を頼む」
「はい。ご主人様」
「ミーアはハクレンの援護」
「OK、任せて」
「エリスは俺の援護だ」
「ん、了解」
レイの指示の下ハクレンとミーアが走り出し、エリスが魔術の準備に入る。
相手は3体のトロールだ。人の倍ほどもある身長に凄まじい腕力。そして高い再生力。
Cランクのハンターには難敵と言っていい相手だ。
「さて、実力の程を見せて貰おうか」
トロール相手の戦闘を開始したレイ達を後方から見守る一団。
レオルードやナスターシャ達だ。
ヴェルニラの森へと向かう道中、山から下りて来るトロールを発見した。
特に相手にする必要があった訳ではないが、レイ達の実力を見るのにちょうどいいと討伐していく事になった。
「いざとなったら助けんだろ?」
「まぁ、そのつもりだが、不要だろうな。トロール程度なら問題ないだろう」
コンラッドの言葉にレオルードは戦闘から視線を逸らす事無く言葉を返した。
「確かに、良い動きをしている。あれはトロールでは捉え切れんだろう」
ナスターシャの視線の先には素早い動きでトロールを翻弄するハクレンがいた。
力は強くとも、動きが鈍重なトロールはハクレンにとってやり易い相手だった。
ただ振り回されているだけの棍棒を冷静に避け、隙を突いて傷を負わせていく。
高い再生力を持つトロールとはいえ、相応の深手を負わせれば即座に治るという事はない。
メダルブレスレットの効果で、それまでにはない力強さを手に入れたハクレンは一撃離脱で確実にダメージを与えていく。
ハクレンの援護を任されたミーアもその役割をこなしていた。
ミーアは敏捷性で戦うタイプだった。そういった点ではハクレンと似ているが、詳しく言えば違っている。
ハクレンの戦い方が相手の懐に一気に踏み込む物だとすれば、ミーアの戦い方は小回りを利かせて相手の死角に回り込む物だ。
ミーアにはハクレンのような剣術の腕前はない。その代り両手に持った短刀で細かく手数で戦う。
彼女の敏捷性と相まって、相手にするとかなり面倒臭い。
ハクレンの背後に隠れるように接近し、突然飛び出し切りつける。
深手を負わせるまでには至らないが、トロールがハクレンに集中する事を許さない。
普段は決して仲が良いとは言えない2人だが、その連携は中々の物だった。
「そろそろ倒します。目を狙いなさい」
「アンタが命令すんじゃないわよ」
疲労に因るものか、ダメージに因るものか、トロールの動きが鈍くなっている。
早々に倒し、2体を相手にしているご主人様の援護に向かわねば。
そう思い、決着をつける事に決めたハクレンがトロールに向かい走り出す。
それを迎え撃つようにトロールが棍棒を振り上げる。
棍棒を振り下ろさんとした瞬間、トロールの右目に激痛が走る。
トロールの右目に突き刺さったソレは、ミーアの投じたナイフだった。
ミーアにはハクレンには無い武器がある。
それは投擲術だ。
本人の器用さに因るものなのか、修練に因るものか、百発百中と言って良い腕前だ。
今も離れた位置から動くトロールの目を的確に捉えてみせた。
右目を潰されたトロールが、その痛みに体を折る。
その一瞬を逃す事無く、肉薄していたハクレンがその首を刎ね飛ばす。
いかに高い再生力を持つとロールとはいえ、首を落とされて生きていられる筈はない。
手応え十分。相手の絶命を確信したハクレンは振り返る事無く走り出す。
当然レイを援護する為にだ。
「アッ!?ちょっ、抜け駆け禁止!」
慌ててミーアもハクレンを追い走り出す。
一方でレイは2体のトロールと向き合っていた。
その巨体は相応の威圧感があるのであろうが、レイは特に何かを感じる事はなかった。
「よっと」
緊張感のない掛け声と共にレイが間合いを詰める。
その脳天を潰さんと棍棒が振り下ろされる。
「遅いね」
風を巻いて迫る棍棒を焦る事無くレイは弾く。
稽古に付き合って貰っているレオルードの振り下ろしに比べれば何の脅威も感じない。
そのまま深く沈むように踏み込み、足首を救い上げるように切断する。
足首を狙ったのは、そこが一番細く切断し易そうだったからだ。
トロールの相手をする場合、的確に急所を狙わなければ時間がかかる。首を刎ねるのが簡単だろう。
しかし、トロールの首は簡単には届かないほど高い位置にある。
ならば転ばせてしまえば良い。足を1本切断すれば良い。
思惑通りバランスを崩したトロールが倒れこむ。
眼前にさらされた首を切り落とそうとしたレイに、
「後ろ」
エリスから警告の声が発せられる。
その声が聞こえるのと同時か一瞬早くレイは前方へと跳んでいた。
その直後、レイの立っていた辺りを棍棒が薙ぎ払う。
もう一体のトロールだった。
「エリス、教えてくれるのはありがたいけど、もうちょっと緊迫感と言うか危機感と言うか、そのー……。うん、もうちょっと声を張ろうか」
「ん、了解」
危険を知らせる言葉でさえ、いつもと変わらない声のエリスはある意味頼もしい。
全くもって平常運転なのだ。レイは口元に小さく笑みを浮かべる。
倒れているトロールとレイの間にもう一体のトロールが立つ。
「お? 仲間を庇っているのか? その程度の知性はあるんだな」
それがレイの言葉通り、仲間を庇ってのものなのか、それともただ単にレイに襲い掛からんとしただけなのかは分からない。
だがレイはそのまま後退する。それを追うようにトロールも前へと進み出る。
「はい、計画通り」
レイが後退し、それを1体のトロールが追った事で、もう一体のトロールが孤立した。
片足の足首から先を失い、うずくまり動けずにいるトロールが。
「エリス!」
「ん、了解『呼ぶは劫火、焼き尽くす煉獄、灰燼と化せ。獄炎招』」
噴き上がった黒い炎が巨大なトロールを飲み込む。
時間にすれば十数秒、長くとも20秒程度の僅かな時間。凄まじい勢いで燃え盛った炎が消えた後には、焦げた地面が残るだけだった。
「グッジョブ!というかやり過ぎ?」
あきらかに過剰な一撃だった。
1体を身動きの取れない状態にする。
その個体を残し、他を引きつれ離れて孤立させる。
エリスが魔術で止めを刺す。
それが今回の作戦だった。
まとめて倒せればその方が良いのだが、今回はレイ達の実力を他の者に見せる為の戦いでもあるので、若干回りくどい作戦を採用した。
「さて、後はお前だけだが、どうする?」
話の出来る相手ではないが、敢えてレイは声を掛けた。
別に憐憫の情が湧いた訳ではない。単なる時間稼ぎだ。
「ウォー!」
目の前で仲間が塵も残さぬほどの豪火で焼かれても、トロールの戦意が落ちる事は無かった。
「仇討ちか、それとも学習能力が無いのか?」
そんなトロールの姿にレイはぼやく。
勝ち目が無いと分かっているのか、いないのか。無謀なのか、無能なのか。
そんなトロールを哀れに思いつつも、応戦の為に剣を構える。
「よっと」
目の前を棍棒が通り過ぎる。紙一重ではなく、十分な距離を持って。
レオルードに比べればトロールの動きは遅い。もしかすると膂力でもレオルードの方が上かもしれない。
トロールの棍棒を弾きながらレイはそう感じていた。
特に脅威を感じない。やろうと思えば紙一重で避ける事も出来るし、そのまま思い切って踏み込めば、先程のように足を切断する事も難しくはない。
だが、自分にはハクレンのような見切りも、ミーアのような身のこなしも出来ない。万が一は有り得るのだ。危険を冒す必要は無い。
距離を取りながら無理をせずに時間を潰せば良い。
もはやその時は直ぐそこまで来ている。
レイはトロールを牽制しながらその意識を自分に向けさせる。
そして一言声を掛ける。
「任せた」
意識をレイに集中し、背後への警戒が疎かになっていたトロール。
「承知!」
そこへ背後から飛び掛ったハクレンの一振りが見事にその首を切り落とした。
「ご苦労さん、ハクレン」
「勿体無いお言葉です」
倒れたトロールが動かなくなった事を確認したレイはハクレンの労をねぎらう。
「ねぇ、私は? 私もがんばったでしょ?」
「あぁ、ミーアもお疲れさん」
ハクレンとレイの間に滑り込むように入り込んだミーアが「褒めて褒めて」と目を輝かせて迫る。
レイはそんなミーアの頭をグシャグシャと乱暴になでる。
ミーアの背後でハクレンの目が若干据わり始めているが、レイは見ていない事にした。
「で、コイツ等どうする? 1体は跡形もなく燃えちまったけど、後の2体は持ち帰るか?」
討伐依頼を受けてきた訳ではないが、全身を持ち帰れば多少の値は付くかもしれない。何といってもこの巨体だ。皮にせよ、肉にせよ、大漁だ。
「トロールは持ち帰っても売れないな」
「え?」
声に振り返るといつの間にかナスターシャとレオルードが側までやって来ていた。
「肉は筋っぽくて固い。皮はなめしてもボロボロ崩れる。爪も牙も大した用途は無い。買い取り部位が無いのさ」
「そうなのか? なら置いていくか」
レオルードの説明にレイは肩を落とす。
「そうだな。トロールは討伐証明部位を取ったら捨て置かれる事が多いな。だがそれだと腐敗して周囲に悪影響を及ぼす。アンデット化の可能性もあるので、しっかりと処理しておくべきだな」
「処理?」
「あぁ、焼いて灰にでもしておけば良い」
「分かった。それじゃあサッサと片して先に進もう」
ナスターシャの言葉に従い2体のトロールを火葬し一行はヴェルニラの森へと進んだ。
「上を目指すのであれば、もう1人ぐらいメンバーがいた方が良いな。パーティのバランスを考えると後衛が良いな」
「はぁ、そうですか」
「こう言ってしまうのもなんだが、貴様のパーティは前衛過多だ。確かに世の中には前衛のみのパーティというのも存在はするが、バランスの良いパーティの方が安定感があるのは確かだ」
そう語るナスターシャの『アイスソード』は前衛3人、後衛2人、どちらでもこなせる中衛とも言える者が2人の7人パーティだ。
パーティの人数に制限は無い。
レオルードのように1人で活動する者もいれば、マリーとリックのようにコンビで活動する者もいる。
逆にメンバーが13人もいるというミリアムの『ライトニング』のように大所帯なパーティもある。
ちなみに、今回『ライトニング』からの参加者は7人だ。残りはクロスロードで待機中だ。
「貴様もそう思わないかレオルード?」
「よく分からん」
「……そうか。そうだな、貴様がパーティのバランスなど考える筈もないか」
レオルードの端的で残念な回答にナスターシャは肩をすくめて座り直す。
彼女が居るのは馬車の中だ。
レオルードが御者を務める、レイ達の馬車の中だ。
なぜナスターシャがレイ達の馬車にいるかと言えば、エリス、ハクレン、ミーアがアイスソードのお姉様達によって、アイスソードの馬車へと連れて行かれたからだ。
最初は上級魔術『獄炎招』を使ってみせたエリスに、アイスソードの魔術師が興味を持ったらしく「話がしたい」と誘いに来ただけだった。
しばらくすると、エリスから何を聞いたのか興奮気味にハクレンとミーアも「貴女達も一緒に」と半ば強制的に拉致って行った。
結果、定員オーバーで乗り切れなくなったナスターシャがレイ達の馬車にやって来たのだった。
レイとしては、あちらの馬車で一体何が話されているのかが非常に気になるのだが、目の前にいるナスターシャの「ハンターとは…」「パーティ構成は…」というありがたいお話が終わる気配を見せず延々と続いている。
「パーティバランスと言えば、レオは昔クロードさん達と組んでいたんだよな?」
「あぁ、俺とクロー、マリー、リック、それと魔術師のティナ。この5人だった」
「前衛に寄り過ぎじゃないか?5人中4人が剣士だろ?」
剣も魔術も使えるリックを中衛とカウントしても過半数が前衛だ。
「いや、数の上では前衛寄りだが、戦力的には後衛寄りだったな」
「はい? どういう事?」
「ティナが規格外だった。戦力というか攻撃力というか、火力としての面では他の4人を足してもティナには遠く及ばなかった」
何かを思い返しているのか、若干遠い目をするレオルード。
突然ブルっと身震いをした。
「思い出しただけで背筋が凍る」
一体過去に何が有ったのだろうか?
「貴様は知らんのか? 教皇聖下より『聖女』の位を賜った、聖女テレスティナ様。あの方がかつてハンターだったというのは有名な話しだぞ?」
「そうなの?」
「まぁな、ただ、ティナがそんな風に呼ばれるようになったのは、パーティを解散した後の話しだ。俺達にはティナが聖女だなんて笑い話さ」
ナスターシャの言葉にレオルードは遠い目のまま苦笑いを浮かべる。
「ともかく、今のは特殊な例だ。参考にはならんな」
ナスターシャも肩をすくめ、苦笑いを浮かべる。
「そろそろ日が落ちるな。野営の準備を始めた方が良いだろうな」
傾きかけた太陽にレオルードが野営の準備を提案する。
「そうだな。そろそろ連中にも釘を刺すとするか」
後に続くアイスソードの馬車を一瞥しナスターシャが呟く。
その夜、レイはアイスソードのメンバーが自分を見ながらニヤニヤしている気がした。
きっと気のせいだ。そう思い込んで毛布に包まるレイだった。
だが、残念ながら気のせいではなかった。
レイの隣に陣取ろうとするハクレンとミーアの無言の攻防、その脇をスルリと抜けるエリス。そんな様子を見守るアイスソードのメンバー達。
彼女達の今現在の最大の関心は「どの娘が本命なのだろう?」だった。
ヴェルニラの森への旅路は順調だ。




