53 「ギルドから依頼が出ています」
「ハッ! ヤッ! セイ!」
まだ昇り切っていない日の光をその背に受けながら一心不乱に剣を振るうハクレン。
日課としている早朝の稽古。今日は常よりも熱心に行われている。
「やはりいつもより体が軽い気がしますね」
それがいつもより朝稽古に熱の入った訳だった。
理由は分かっている。
左手の白く輝くブレスレットに目をやる。
自然と頬が緩み、顔がニヤけていく。
それは昨夜、誕生日のプレゼントとして主より贈られた物だ。
昨夜、頼まれたギルドへのお使いから戻ると、レイ、エリス、ミーア、レオルード、そして仲良くして貰っている数人のハンター達がリビングで待っていた。
「「「誕生日おめでとう!!」」」
そんな合唱に迎えられたハクレンは、驚きに立ち尽くした。
今日が自分の誕生日である事は知っていた。だが、その事は誰にも話していない。
なのに何故?
それがハクレンの最初の感想だった。
そして嬉しそうに笑っている主の顔で全てを察した。
奴隷である自分の誕生日など祝う必要など無いのに。
そう思う反面、自分の誕生日を祝う為に集まってくれた事が嬉しかった。
祝おうと皆を集めてくれた主の気持ちが嬉しかった。
誕生日を祝う宴はそれほど盛大なものではなかった。
かつて身内で祝って貰った時を思い出させるささやかな物といって良かった。
だが、いや、だからこそ嬉しかった。自分の家族がここにある。そう感じる事が出来た。
最後にレイから1つの箱を送られた。
中に入っていたのが、今左手で輝くブレスレットだ。
最初は遠慮した。その輝き、その細工、安い物ではない事は容易に想像できた。
「自分如きにこの様な高価な物は不釣合いです」そう言って固辞した。
しかし、同じ物を既に身に着けていたレイから強く推され受け取らざるを得なかった。
今、そのブレスレットを見ながらニヤけている様に、その本心は嬉しいのだ。
だが、本当に嬉しいのはブレスレット自体ではない。
ブレスレットを贈られた際のレイの言葉だ。
「誕生日は1つ年を取った事を祝う日じゃない。供に1年生きてきた事を祝う日で、また1年供に生きる事を約束する日だ。来年も再来年もその先も、すっと一緒に祝うからな」
聞き様によっては「一生を供に生きよう」というプロポーズとも取れる言葉だった。
勿論、ハクレンとしては元より生涯を捧げるつもりでいる。
その相手から必要とされる事。これほど嬉しい事は無かった。
ハクレンにとってこのブレスレットはレイと絆の象徴だった。
だからこそ、
「使いこなさなければ」
ブレスレットに嵌めた『身体強化』のメダル。それによって体感で2割増しとなった身体能力と感覚にズレが生じていた。
その感覚差を埋める為にハクレンは剣を振り続けていた。
時折ブレスレットを見てはニヤつきながら。
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「おはようございます。レイさん、貴方にギルドから依頼が出ています。どうしますか?」
「ハァ?」
いつものようにハンターギルドの受付カウンターに並んでいたレイ。
番の回ってきたレイを出迎えたのはリザリーの笑顔と意味不明な言葉だった。
「もうちょっと詳しい説明をしてくれよ」
「もう察しが悪いんですから。仕方がないですね」
溜息を付いて肩をすくめるリザリー。
「クロスロードから北西に4日ほど行ったところにあるヴェルニラの森。そこで巨大な魔物の目撃報告があります。どの報告も『見た事のない大きな魔物』というだけで詳細が不明なんです。なので、その調査に貴方のパーティにも行って貰いたいのです」
「いやいや、待て待て。クロスロードにはBランクパーティどころかAランクパーティだっているだろ?何で俺達なんだ? それほど深刻な事態ではないって事か?」
レイ達のパーティはCランクだ。クロスロードには実力実績共に格上のパーティはいくらでも居る。
「いえ、AランクパーティにもBランクパーティにも声をかけてあります。既に4つのパーティが調査に向かう事になっています」
「なら何でだ?」
「レオルードさんです。クロスロードでも指折りの実力者のレオルードさんにも参加して貰いたいのです。ただ、彼はソロですので出来れば連携を取れるパーティと一緒に行って貰いたいのです」
未確認の魔物の存在がハッキリと確認されれば、その次は討伐という流れになる可能性が高い。
その時、一度クロスロードに戻り対策を練って討伐隊を派遣。これでは手遅れとなり、周囲の村や集落に被害が出てしまう可能性がある。
存在を確認し、必要があれば即座に討伐へと移れるように、実力者を送っておきたい。
となれば、クロスロードでもトップクラスの実力者であるレオルードにはぜひ参加して貰いたい。
しかし、いくら腕の良いハンターでも未確認の魔物の探索に個人で向かうのは危険だ。
その背中を守る者が必要だと判断されたのだろう。
「なるほど、俺とエリスは一時期レオと臨時パーティを組んだ事もあるしな」
「はい。それと、レイさん達のパーティ自体にも期待してるんですよ」
「ん?どういう事だ?」
「レイさん、御自分のパーティの依頼達成率とか依頼達成日数とかご存知ですか?依頼の難易度を別としたら、クロスロード支部でトップクラスの成績なんですよ?」
レイは知らなかったのだが、討伐依頼や捕獲依頼等は数日を掛けて行われる事が多い。
それは巣や集落の位置が特定出来ていない場合が多いからだ。
しかし、レイのパーティは即日で達成する事がほとんどだった。
それはハクレンの索敵能力やエリスの魔力視という能力に因るところが大きいのだが、ギルドとしては理由はどうあれ、レイのパーティが高い探索力を持っていると評価していた。
「今回の依頼は魔物の討伐よりも、まずは発見確認が優先されます。レイさん達の『対象を見つける能力』に期待しているんですよ」
「そ、そうなのか」
「はい!ですから、是非とも受けて頂きたいのです」
カウンターから身を乗り出さんばかりのリザリーの勢いにレイはたじろいでいた。
レイの心中には若干の不安が生じていた。
それは『未確認の魔物』というところ。という訳ではなく、あのリザリーがこうも熱心に仕事をしている。というところだった。
何かウラがあるのか、それともそれほど深刻な状況という事なのか。
どちらにせよ異常事態である事は間違い無さそうだ。
「一度持ち帰って皆と相談しても良いか?」
「勿論です。ただ、結論は今日中にお願いします。明日の朝にレオルードさんと4組のパーティが出発する予定ですので」
「分かった。夕方までには結論を出すよ」
「お願いします」
レイはその日受けるようと思っていた依頼を止める事にした。
片道4日、往復で8日。ヴェルニラの森での探索日数を入れれば10日以上の遠征となる。
その依頼を受けるのであれば準備はしっかりとしなければいけない。
「皆と相談」と言ってもレイが「受ける」と言えば、ハクレンが異を唱える事はない。
そしてそれはミーアも同じだ。孤児院の院長は何故かミーアを買い戻さなかった。おかげで今でもミーアはレイの奴隷のままだ。不思議とミーアにもそれを嫌がっている節は無い。
結果、パーティ内での多数決は基本レイの思うがままだ。
この依頼も受ける事になるのだろう。
「謎の巨大な魔物か。またベヒーモスって事はないよな」
そう呟くとレイはギルドを後にした。
より詳しい事情を知る為、まずはレオルードと話をしておくのが良いだろう。
「というか、何で昨日会った時に何も言わないんだよ」
昨夜、ハクレンの誕生日を祝いに来た時に顔を合わせたのだが、そんな話は何も言っていなかった。
『場の空気を読んで』というより、『そんな話、頭に無かった』が正解な気がしてならない。
そしてそれが正解だという事は「そういえばそんな話もあったな」というレオルードの一言で確定した。
この遠征調査の依頼を受ける事に決めたのはその後すぐの事だった。
翌朝。
集合場所に向かったレイ達。そこでは数人の男女がレオルードと話をしていた。
Aランクパーティ『アイスソード』のリーダー、ナスターシャ。
Bランクパーティ『ライトニング』のリーダー、ミリアム。
Bランクパーティ『アックスホーン』のリーダー、コンラッド。
もう1つ『グローリー』というAランクパーティも参加しているのだが、その姿は無い。
「遅いぞレイ」
「まだ、集合時間前だろ?」
「下っ端は早めに着ておくものだぞ」
「20分前には集合場所に着いていたさ。レオから教わった集合場所のギルドにはな」
「む、そうだったか?」
レイは昨日の段階でレオルードから集合場所はギルドだと聞いていた。
その言葉の通りギルドに向かったレイを待っていたのは呆れ顔のリザリーだった。
「それはレオルードの言葉を信じ確認をしなかった貴様が悪いな」
「まぁ、そういう事になるだろうな。この男の勘違い、物忘れは昔からだ。今更治らん」
ナスターシャとコンラッドが苦笑いを浮かべている。
ミリアムはと言えば、
「おぉ、なんと美しい。お嬢さん、お名前を聞いても良いかな? 僕はミリアム、人は『魔法剣士』なんて呼ぶね。是非今後とも宜しく。勿論個人的に、さ」
レイを無視してハクレンをナンパしていた。
更に、
「おや、そちらのお嬢さんも実に可憐だ。是非ともお名前を」
エリスにも声を掛け始めた。
最後にミーアに声を掛ける。
「大丈夫だよミーア、君も相変わらず魅力的さ。だから嫉妬なんてしないでおくれ」
どうやらミーアとは顔見知りのようだ。
「アイツのも病気みたいな物だ。気にするな」
コンラッドが溜息混じりに言う。
ゴミを見るような目のナスターシャに気が付いたミリアムが前髪をかき上げながら言葉を発する。
「そんな嫌そうな顔をしないでおくれナスターシャ。美しい顔が台無しだよ。大丈夫、僕の君への愛は変わらないよ」
「黙れ、喋るな、虫唾が走る」
「おやおや、他の娘と少し喋っただけでご機嫌斜めだ。これじゃあ他の娘と話も出来ないね」
「困ったねー」と言わんばかりの表情のミリアム。
「レイと言ったな。私が証言してやる『あの男は死んで当然の屑だった』とな。だから遠慮せずにアイツを殺せ」
「いや、それは……」
「機会があれば、遠慮するなよ。私がお前を弁護してやる」
そう言ってナスターシャはレイの肩を叩いて準備をしている仲間の下へと向かう。
それが冗談なのかどうか付き合いの無いレイには判断できないが、本気な気がしていた。
「さぁ、準備は良いか?出発するぞ」
ナスターシャの号令で4台の馬車と数騎の馬達が動き出す。
どうやら『グローリー』は先行して既に出発しているらしい。
ヴェルニラの森、その地で何が待っているのかは、まだ誰も知らない。
新キャラ3名。
ナスターシャ:『氷姫』と呼ばれる元騎士の女性ハンター。
コンラッド:重厚な鎧で身を包んだ巨漢の重戦士。
ミリアム:貴族の放蕩息子、足りない実力は装備で補う。
この説明だと、明らかに1人だけ……。




