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51 「何でアイツ等は仲良く出来ないかね」

「全く信じられません。無用心にも程があります」

「しょうがないじゃん。まさかアッチから戻ってくるとは思わなかったんだもん」

「だから無用心だと言っているのです。予想出来ていた上での行動ならキチガイです」

「アンタだって、直前まで気付かなかったじゃん」

「お前等な!言い争ってる場合か?」

 グゥガーの群れに追われながらも言い争いを続けるハクレンとミーアにレイが咎める。


「何で、お前等は仲良く出来ないんだよ?」

「生理的に無理です」

「そういうスカした態度が気に入らないのよ」

「ああ!もう良い。黙って走れ」

 どちらかが何かを言えば、もう一方がそれに食って掛かる。

 気が付くと言い争いになっている。

 双方共に黙らせるのが手っ取り早い。


「レイ、逃げるより殲滅した方が楽」

 レイと並んで走る、いや滑空しているエリスが提案してくる。

 エリスはマイアスの指摘に従い、機動力を補う方法として『滑空グライド』の魔術を修得していた。

 結果、単純な移動速度でエリスが遅れをとる事は無くなり、パーティーの日帰りで行ける範囲は大きく広がった。


「そりゃダメだ。グゥガーは狩るといなくなっちまう」

 グゥガーは走鳥の一種で見た目は丸く愛らしいが、サイズはダチョウより大きい。

 空を飛ぶ事は出来ず、その2本の足でトテトテと走り回る。

 草食で群れで生活をしている。他の生き物を襲う事は滅多に無い。

 その滅多に無い事態に今現在見舞われているのだが。


 本日受けた依頼は『クゥガーの卵の採取』だ。

 クゥガーには特徴的な生態がある。それは群れの全員で行動を取るという事だ。

 食事をする際には、全員で巣を出て、全員で帰ってくる。

 巣の中に卵を放置してだ。

 クゥガーは人の子供の頭ほどの大きさの卵を生む。その卵から雛が孵り独り立ちするまでは次を生まない。

 だが、雛が孵る前に卵が無くなるともう一度生む。

 なので、その生態と合わせ、クゥガーが食事等で巣を空けると侵入しその卵を奪う。

 すると翌日には、ほぼ同数の卵が再び巣の中に存在している。なので、またそれを奪い、また翌日…。と延々と繰り返している。

 あまりやり過ぎると群れの数が減ってしまうので、印をつけた卵は残しておくと暗黙のルールができている。


 危険性の少ない簡単と言ってもいい依頼なのだが、ギルドからの信頼度の低いハンターには受けさせて貰えない。

 なぜなら、このクゥガーには1つの厄介な生態がある。

 それが『危険を感じると群れごと移住する』という物だ。

 目の前で仲間が外敵に襲われ殺される事でもあれば「こんな危険な所には居られない」と群れごと移住してしまう。

 折角毎日取れる卵の巣を探し直す所から始めなければならない。

 という訳で、クゥガーそのもの(特に集団)には手出しは厳禁とされている。


「話は後で。説教も後で。とりあえず逃げろ」

 クゥガー自体は脅威でもなんでもない。戦闘能力はゴブリン以下だ。

 だが、攻撃する訳にも行かず、一目散に逃げるしかなかった。



 事の発端は、ミーアの不注意だった。

 巣の中のクゥガーの卵は15個。内3個を孵化用としている為、持ち帰れるのは12個。その1個1個が大きい。

 自然と採取するのはアイテムボックスを持つエリスと類似の能力を持つレイの役割となる。

 残りの2人の役割は見張りとなる。西側をハクレンが、東側をミーアが、それぞれ見張る事とした。

 クゥガーは北北東ぐらいの位置から帰ってきた。つまりは、ミーアの管轄からだ。

 気付いた時には視認されていた。

 「クケー!」と奇声をあげながら突進してくるクゥガーにレイ達が逃げ出したのは10個目の卵を見つけた直後だった。


 20分に及ぶ逃走劇の末、レイ達はクゥガーの群れから逃げ延びた。


「全く、見張り一つまともに出来ないとは」

「もう、何度も謝ったじゃん。いつまでもいつまでも、しつこいなー」

「なら、その態度はなんですか?反省している様には見えませんよ」

「しょうがないじゃん。まさか北に回るとは思わなかったんだから」

 巣から出て行った時の物と思われる足跡は真東に向かって伸びていた。

 そのためミーアは帰ってくる時も東からだろうと高を括っていた。


「ハクレン、もうその辺で」

「ですが」

「後は俺が話すから」

 レイはそう言ってハクレンの頭をポンポンと軽く叩き下がらせる。


「なによ」

 斜に構えたミーアは膨れっ面でそっぽを向いている。


「いや、本当に反省してるなら何も言う事はないよ」

「………」

「反省する気が無いなら、次からミーアに重要な役目は任せられないよ」

「……ゴメン。次は気をつけるから」

 ミーアは終始目を合わせる事無く小さな声で呟き歩き出す。


 背後には未だに睨んでいるハクレンが居る。

「ハァ、どうしたもんかね」

 悩みのタネは中々尽きない。



 ミーアがパーティに加入して3日、結果から言うとパーティの戦力増強にはなった。

 ミーアは戦力としては十分だった。攻撃力という点ではハクレンにも差をつけられているが、敏捷性はそれほど劣る物ではなかった。レベル差を考えると、大した物だと言えた。


 だが、問題はパーティ内の連携だ。

 ミーアは単独での活動期間が長かった。エリスもレイもかつてはソロで活動していたが、その期間が大きく違う。

 エリスはクロスロードに来てハンターになり半年ほどでレイとチームを組んだ。

 レイもクロスロードやって来て2ヶ月ほど、ハンターになってからで言えば3ヶ月ほどでエリスとチームを組んだ。それ以前にレオルードやマリーに手伝って貰う事も多かったので完全なる単独での活動期間は更に短い。

 一方ミーアは15歳になったその日にハンターとして登録し、今日まで2年以上をほぼ単独で働いてきた。それは少しでも孤児院にお金を入れたいと、取り分が減る事を避けてきたからだ。

 故に、集団での活動にミーアは不慣れだった。

 馴れるまでに多少の時間が要りそうだとレイも判断していた。


 だが、それは大した問題では無いと考えていた。

そう、時間が解決してくれるだろうと考えていた。


 ミーアは決して自己中心的な人物ではない。そもそもそんな人物であれば、孤児院の後輩の為に危険なハンター家業に足を突っ込む事は無い。

 自身の事だけを考えていたのであれば、やり様は他にいくらでも有った筈だ。

 他人を思いやれるのなら、後は慣れの問題だ。レイはそう考えていた。


(それより問題なのは…)

 ハクレンとミーアの仲の悪さだ。

 まさに忠犬といった感のハクレンと、飼われていてもどこか気ままな猫といった感のミーア。

 反りが合わないという事なのだろう。


 これも時間に解決して貰うしかないのだろうか。


 溜息と共にレイも帰路を歩き始めた。



「おかえり、ミーア姉。兄ちゃん達も」

 ギルドに戻ったレイ達を出迎えたのはモップがけの最中のイルアだった。


「ちゃんと働いてるイルア?」

「モチのロンさ!」

 イルアは元気よく答えると再びモップがけを再開した。


「元気だねー」

 モップを押しながら「どけどけどけー」と駆け回るイルアを微笑ましく見守る。


 イルアがハンターギルドで働き始めたのはレイがミーアを買った翌日からだった。

 孤児院の借金の肩代わりをしたレイに少しでも早く返済する為に、イルアとイリスが「俺(私)も働く」と言い出した。

 イルアは本当はハンターに成って稼ぎたかったようだが、それは年齢制限によって不可能だった。


 そこでレイはイルアにギルド職員として働く事を提案してみた。

 ハンターには年齢制限はあるが、ギルド職員に年齢制限は無い。特殊な技能の要る部署はともかく小間使いや雑用には問題無い。

 そしてギルドで雑用をしている間に聞ける話、教わった技術はイルアにとってもプラスになる筈だ。

 そんな話をするとイルアは喜んでその提案に乗ってきた。


 後は難色を示すギルド長をレイが「嫌がる俺をユーディル雑貨店に送り込んだ借りを返してもらうぞ」と説得すると快く受け入れてくれた。


 今のところはギルド内を騒がしく走り回るだけのイルアだが、ハンター達も暖かく迎え入れている。

 目を輝かせ武勇伝を聞きたがるイルアを疎んじるハンターは少数派のようだ。


 ギルド職員(仮)としての経験を活かし、様々なハンターに鍛え上げられたイルアがクロスロード史上最年少でAランクハンターに昇格するのは7年後の話しだ。





「何をしているのですか?」

「チッ!見つかったか」

 その夜、レイの部屋へと忍び込もうとしたミーアがハクレンに捕まった。

 これはもうほぼ連日の定例行事のような物となりつつあった。


「毎晩毎晩、貴女の頭には懲りるという言葉は無いのですか?」

「うーん、そうね。無いわね」

「ハァ。全く」

「良いじゃん。ハクレンは昨日お呼ばれしたんだから。今日は私の番でしょ」

「なっ!?」

 溜息を吐いていたハクレンにミーアが予想外の言葉を投げかけた。

 その言葉の意味する所に気がついたハクレンが頬を染め慌てる。


「そ、それをお決めになるのはご主人様です。ご主人様が貴女を呼んだのであれば止めませんが」

「あー、そうそう。ご主人様に夜伽を命じられて」

「確認してきます」

「あ!信用してない!?」

「当然です!」


 ドアの前でワイワイと騒いでいると中からドアが開きレイが顔を出す。


「お前等うるさい。明日は早めに出発するって言ったよな?部屋に戻って、とっとと寝ろ」

「ですが」「えー、でも」

「寝ろ!」

 レイに強く言われ、渋々と部屋に戻っていく2人を溜息と共に見送りドアを閉める。


「何でアイツ等は仲良く出来ないかね」

 ベッドに潜り込みながら他人事のようにぼやく。


 2人の対抗意識の根元に自分の存在がある事など想像もしない。

 それこそが原因とも言えなくもないのだが、残念ながら指摘する者は誰もいなかった。

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