50 「明日から頑張って稼がないとな」
「どういう事だ?」
「元々、狙われてたのはイリスなんだ」
孤児院へと向かう道すがら、レイはイルアに事情の説明を受けていた。
事の始まりは3年前、補助金が減額された事。
それでも何とかやりくりしていた孤児院だったが、更なる不幸に見舞われた。
町を襲った暴風雨により孤児院の屋根が引き剥がされたのだ。
それを修繕する為のお金など孤児院には無かった。
院長は町と掛け合ったり、支援者の元を訪ねたりと金策に走り回ったが、中々良い結果は出なかった。
そんな時、とある人物が50万ギルというお金を用意してくれた。
聞けばその人物も孤児だったらしく、自分と同じ境遇の子供達の力になってやりたいと名乗り出たのだそうだ。
彼はその後も事有る毎に孤児院の力になってくれたのだという。
問題は、
「オッサンが半年前に亡くなったんだ」
そんな孤児院の有力な支援者だった人物が半年前に亡くなったのだという。
その後、その跡を継いだ人物は「貸した金を返せ」と言ってきたのだという。
クロスロードでは孤児院への寄付金は一度町の担当部署を通し、どこに幾らの寄付がなされたのかを把握する事になっている。
急を要する事態だった為、それがされていなかった。
つまり50万ギルは寄付金としてではなく、返済義務のある融資金として処理されていた。
「それでソイツ『お金が無いならその娘を貰おう』て、イリスを寄越せって言ってきたんだ」
「なるほど。それでロリコン変態野郎って事か」
「あぁ、あれは単なる子供好きとか、そんなんじゃなかった。もっと気持ち悪い感じだった」
初めて孤児院を訪れた時のイルアやミーアの反応はその辺に起因していた。
「本来、孤児に里親が見つかるのは嬉しい事なんだけど、あんな奴には渡せないって院長は突っぱねてたんだ」
「んで、どうしてそこからミーアが奴隷になる話に繋がる?」
「自分を売ったお金で返済すれば良いって」
今朝方、再び連中がやって来た。
「金を返せ」「払えないなら子供を渡せ」そう散々院長に詰め寄ったようだが、頷かせる事は出来なかった。
そして帰り掛けに、偶々居合わせたミーアを見て連中の一人が言った。
「何だ、別嬪さんが居るじゃないか。この娘を奴隷商にでも売っちまえよ。借金の足しになるんじゃないか?」
あとはミーアの短絡的な性格だ。そうすれば孤児院とイリス、両方が助かる。そう考えたミーアは周囲の言葉など聞く耳を持たなそうだった。
「俺達じゃあ、ミーア姉を止められないんだ。だから、兄ちゃんに力づくで良いからミーア姉を止めて欲しいんだ」
「力づくって…。それじゃあ何の解決にもならないだろ?」
「じゃあ兄ちゃんはミーア姉が奴隷になっても良いのかよ!頼むよ、後生だから」
「後生って、また難しい言葉を」
レイ達が孤児院に着いた時、そこにミーアの姿は無かった。
「院長、ミーア姉は?」
「あの子は出て行きました。『これくらいしか院に恩返しは出来ない』そう言って」
院長は力なく項垂れていた。
「院長、負債額は?」
「30ヶ月分の利子込みで105万です」
「随分高い金利だな。30ヶ月で倍かよ」
日本ならグレーどころか完全にアウトだろう。
助けてやる義理は無い。
この孤児院ともたまたま多少の縁が合っただけで別に思い入れがあるわけでもない。
そう、助けてやる義理は無いのだ。
「ハクレン、あの馬鹿の匂いを追えるか?」
「やってみます」
「あとは、俺の任せておきなよ」
それでも放っておけないのが、レイ・カトーだった。
「ミーア・ラスベル、17歳。まぁ、若いし健康そうだ。持病等は無いな? 何か特技は?」
「戦闘経験があるわ。ハンターとしても登録済みよ」
「ほう、ちなみにランクは?」
「Dランクよ」
「ふむ、AやBならともかくDでは大したプラスにはならないよ。まぁいいさ、では戦闘奴隷として働く事は承認するんだね?」
「えぇ、構わないわ」
クロスロードに店を構える奴隷商。その一室で今まさにミーアが自身を売ろうとしていた。
お金の受取人にラスベル孤児院の院長を指定して。
「若くて健康な獣人の女性、35万。戦闘奴隷のなる意思有り。ただ、戦闘技能は高くはない、15万だな。他にこれといった特技もないなら50万。こんなところだな。どうする?」
「50…」
ミーアの希望価格は100万ギル。それには遠く及ばない。
勿論100万ギルを超える値段の奴隷などそうはいない。
「だがな…性奴隷になるなら、30万上乗せしよう」
奴隷商の男の視線がミーアの体を舐めまわす。
「それでも80万…」
「それで納得がいかないなら、値札を持って店頭に並ぶかい?」
金銭で売買される奴隷の買われ方は2通り。
一つ目が店が買い取り、客に紹介して売る方法。
店が値段を付け買い取る為、売主にはその場でお金が支払われる。
二つ目は自身で値を付け、その値で買ってくれる相手を待つ方法。
店はその場を提供した事による手数料を貰う。
特に損する事もないので店としても嫌がる理由は無い。
結局ミーアは120万ギルの値札を持って立つ事を選択した。
「まぁ、5日もすれば折れるだろう」
自身で付けた値札を持って立つミーアを奴隷商の男は冷やかに眺める。
値札の色を見れば、それが自身で付けた値だという事は分かる。
つまりは、専門家である奴隷商ならその値は付けない。という意味の値札だ。
その値で売れる事は滅多に無い。
大抵の場合、買い手が現れない事に焦り、以前提示されていた物よりも安い金額で奴隷商に買われる事になる。
そこも、店が自身で値を付けて売る事を禁止しない理由でもある。
だが、奴隷商の予想に反しミーアはアッサリと売れた。
店に並んでから、僅か1時間もしない間の事だった。
「お前な、手間かけさせんなよな。無駄に金かかってんじゃねぇかよ」
レイがハクレンの案内で、その奴隷商の下を訪ねた時は既に手遅れだった。
値札を持ち立つ彼女を見つけ、溜息と共に彼女を指差し買い取った。
「何でアンタが…」
「え?そりゃ、お前、アレだよ、その……。そう、その体を好きにして良いとなれば、な」
そう言ってレイは卑猥な手付きといやらしい笑みを浮かべる。
勿論それが照れ隠しである事は、ミーアにも分かっていた。
「孤児院に金が届いたら、その金で自分を買い戻せよ。そしたらその金をそのまま貸してやるから孤児院の借金もそれで返しちまえ」
「え?」
「金は返せよ。無利子無期限。少しずつで構わないからな」
「えーと、私奴隷から解放されるの?」
「お前みたいな言葉遣いもなってない奴隷は要らん」
「要らない!?」
その言葉は少なからずミーアにショックを与えた。
ハッキリと「要らない」と言われた事は彼女のプライドを傷付けていた。
それが後々の禍根になるのだが、それはまた別の話。
院長を始めとした孤児院の者達に正座させられ説教されているミーアを残しレイは家路に付いた。
「宜しかったのですか?」
「ん?まぁね。袖振り合うも多生の縁さ」
「はぁ、どういった意味でしょうか?」
「人間関係は単なる偶然で生まれる物じゃない、絆は大事にしよう。て事さ」
それは孤児院の救済の為に100万ギルを越える出費をした事への回答だった。
そして、それはハクレンの質問の意図とは違う回答だった。
ハクレンの質問は「折角買ったミーアを手放して宜しかったのですか?」というものだった。
折角買ったのだから、奴隷として使えば良いのに。それがハクレンの本音だった。
「私に気を使う事などありませんよ?」
ハクレンはレイの奴隷が増える事が嫌ではない。
優秀なボスが大きな群れを率いる事は自然の摂理だ。
当然、優れた雄が複数の妻を娶る事もだ。
後は自分が一番である事を示し続ければ良いのだ。
「そういうつもりじゃ無いんだけどな」
勿論、レイにそんな気は無い。
ハーレムに興味が無い。と言えばウソになる。
「ハクレンは俺のこと好き?」
「勿論、敬愛しております」
「……思ってた答えとちょっと違うけど、まぁ良いや。
ミーアが俺に惚れて、ハーレムに入れて欲しいって言うなら、そうするけどね」
男子たる者、綺麗な女性に囲まれて暮らすのは夢である。
そしてそれは、金で買った女ではなく、自分に惚れた女であるべきだ。
というのがレイの感性だった。
「でしたら何の問題も無いかと」
ハクレンのその呟きはレイの耳に入る事は無かった。
「さて、明日から頑張って稼がないとな」
120万ギルの出費。家を購入した際に必要になった物を買ったことで、レイの残高は大きく減っていた。
それでもまだ50万ギル以上は残っているので直ぐにお金に困る事は無いのだが、何かあったときの為にそれなりの蓄えを持っておきたい。
それもまた、貯蓄好きな日本人のレイの感性だった。
キィ。
「ん、なんだ?」
夜中、レイは小さな物音にふと目が覚めた。
月明かりも無く、まだ外は暗い。朝と言うにはまだまだ早い時間だろう。
周囲の様子を伺うが特に何もない。
もう一眠りしようと寝返りをした瞬間、風に揺れるカーテンがレイの視界に入った。
(窓が開いてる!?)
閉め忘れた? そんな筈は無い。
レイがそんな事を考えていると、開いた窓から何者かが侵入してきた。
(侵入者!? 物盗りか)
一気に緊張感を持ったレイは相手に悟られないようにベッドの中でナイフを用意する。
薄目で様子を伺うと、その人物がこちらへと近づいてくることが分かった。
自分に伸ばされる手が触れるかどうか、その瞬間にレイはその手を掴み引き倒す。
体を入れ替え、相手をベッドに押し付けるように押さえ込みその首筋に刃を当てる。
その相手は、
「ミーア?」
「やん、乱暴」
妙にトロンとした目付きのミーアだった。
「え?なに、お前?」
「んー、もっと優しく、あー、でも激しいのがお望みなら」
「いや、そうじゃなくて、お前何してんだ?」
「孤児院を追い出されちゃった」
「は?」
「だから、『もう15を過ぎ卒院したのだから、いつまでも住み着いているな』ですって」
確かにそれは尤もな指摘と言える。
「知ってます?ご主人様には奴隷の衣食住を確保する義務があるそうですよ」
「あぁ、そうだな」
「なので私の衣食住を確保して下さい。ご主人様♪」
そう言うとミーアはレイに飛び付き、その胸の頬擦りをする。
「いや、確かにそうなんだけどさ」
レイはミーアを奴隷から開放するつもりでいる。
だが、今現在と言えば、レイにはミーアの衣食住を確保する義務がある。
「分かったよ。部屋も食事も用意するから」
「ホント? じゃあ、私も頑張って働きます♪」
そう言ったミーアの手がレイの服の下へと伸ばされる。
「ちょっ!?お前、酔っ払ってる?」
「はい!ネネコロ酒を少々やってきました」
「よりにもよってネネコロ!?」
ネネコロ、元の世界で言うところのマタタビのような物だ。
「大丈夫ですよ。痛くしませんから」
「いや、それはちょっと」
「え?痛い方がイイんですか?」
後ずさるレイを追うように這いよるミーア。
その姿まさに女豹。
「にゃっ!?」
今まさに跳び掛かろうとしたミーアの首根っこを押さえる者がいた。
「やはり貴女でしたか。昼間も発情した匂いをさせていたので、早晩こうなるとは思っていましたが、その日の内に来るとは」
そこには冷たい目をしてミーアの首根っこを押さえるハクレンがいた。
「ご主人様」
「はい!」
何故か正座をして答えるレイ。
「酔っている様なので何を言っても無駄だと思われますが、いかが致しましょうか?」
「あ~、グルグル巻きにして空いてる部屋に放り込んでおこうか」
「了解しました。発情させたまま放置しましょう」
こうしてレイの家に新しい住人が増えた。
展開が強引だったという自覚はあります。
何でミーアが、今更自身を売る?とか、何でレイがそこまでして助ける?とか。
自分でもちょっと違和感のある感じですが、これ以上上手くまとめられませんでした。
なので強行します。




