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47 「仕事を頼んでも良いか?」

「この変態ロリコン野郎が!」

 イリスをその背に庇い女性がレイを睨みつける。


 その女性、言うならば女豹。

 しなやかな美しさがありながら、危険な香りをその身に纏っていた。

 小麦色に焼けた肌が健康的な印象だが、かなり短いショーパンツから伸びるむき出しの太ももと、シャツの胸元を押し上げる双丘が妖艶な雰囲気をも作り出していた。

 アッシュブロンドの短い髪と、勝気そうな目つきが活発な性格を連想させる。

 そして何より、頭上にケモノ耳が女豹のイメージをより一層強めている。


(ケモノ耳? 獣人か?あれ?イリスは…)

「死ね、この変態!」

 思考を遮るように女性が蔑んだ視線でレイを罵倒し威嚇の唸り声を上げる。

 特殊な趣味の者が集まる店に行けば、彼女に踏まれ罵られたいと言う者で賑わうかもしれないが、残念ながら、レイにその感覚は無い。

 従って今は微塵も嬉しくはない。


「待って、ミーア姉。違うの、違うから」

 レイに襲い掛らんとする女性、ミーアをイリスが後ろから抱きつき押さえている


「言ったでしょイリス。世の中には、アナタみたいな未成熟な女の子が好きな変態がいるって。お姉ちゃんに任せない」

「だから違うの。違うから、聞いて!」

 ついに怒鳴り声を上げたイリスにミーアも驚きの顔で振り返る。


「その人は、そういうんじゃないから」


 イリスから事情を聞き、イルアが連れて来たフィーからも話を聞いた事でようやくミーアは納得した様だった。


「フィー。他人の物を盗ったらいけない。そう何度も言っておいたわよね?」

「ごめんなさい」

「もう二度とこんな事しちゃダメよ」

「はい、もうしません」

 涙ながらに謝るフィー。


「フィー、謝らないといけない相手は誰?」

 ミーアの言葉にフィーはレイの方をチラリと見る。

 そのまま躊躇いがちにレイの前まで来ると、

「ごめんなざい」

 涙声の小さな声で謝った。


 レイは安堵していた。

 この子はちゃんと反省している。周りの者がちゃんと叱る事が出来る。

 なら、そう酷い事にはならないだろうと。


 無関係と言えばそうなのだが、それでもその将来を心配してしまう。

 そこが甘甘のお人好したるレイの感性だった。


 小さく震えるフィーの背中をミーアが優しく撫でる。

「中に行ってなさい。イリスとイルアも一緒に居てあげて。後は私が話すから」


 子供達を家に帰すと、ミーアはレイと向き合う。

「ごめん」

 そして、頭を下げて謝罪する。


「それは何に対して、かな?それに、謝って済むなら刑罰なんて要らないんだよ」

 フィーが反省している事を感じたレイは、既に大した怒りも無いし、何か賠償を取る気もない。

 だが、若干の悪戯心でそう返した。


「それは、その…」

「あの子の盗みの事なら、物も無事帰ってきたし、大騒ぎする事もないんだけどな」

「ホント!?」

 レイの言葉に、ミーアの顔が輝く。


「でも、あんな石を投げつけられて、殺されかけたしな~」

 レイはわざとらしく直ぐ側の壁のヒビに視線を送る。


「それは…」

「あのケリもヤバかった。本気で殺されるところだった」

「ウッ、…ごめんなさい」

「さっきも言ったけど、謝って済む事か?」

「………」

 ミーアは悔しそうに俯いて唇を噛んでいる。


(まぁ、こんなところで勘弁してやるか)

 元来、お人好しのレイは過ぎた事をネチネチ掘り返すのも趣味ではない。

 勝気そうなミーアが悔しそうに唇を噛む姿を見られた事でその溜飲を下げていた。


「………で……うわよ」

「ん?何だって?」

 ミーアが無いかを呟いた。

 上手く聞き取れなかったレイは聞き返した。


「体で払うわよ。一晩でも二晩でも気が済むまで好きにしたら!」

「え?……いや、そういうつもりじゃ」

 ミーアの言葉の意味に気付いたレイが慌てる。


(やばい、追い込みすぎたか?)

 少しからかうだけのつもりが、予想以上に追い詰めてしまったようだ。


「そういうつもりじゃない? ハッ!?アンタもイリスが狙いなのね!」

「は?なに?」

 『アンタ()』という事は他の誰かがイリスを狙っていたという事か。


「いやいや、違うぞ。俺には少女趣味は無い!俺は普通に大人な女性が趣味だ」

「なら、…私の体を好きにして良いから、それで勘弁してよ」

 一瞬の躊躇いの後、ミーアは礼の手を取り自身も胸に当てる。

 そして上目遣いに「ね、それで良いでしょ」と媚びてくる。


「いや、だから、元々そんな気もないんだよ」

「じゃあ、何よ?やっぱり…」

「違う!」

 既に主導権はレイには無い様だった。


「ちょっと意地悪しただけだよ。あの子の事も、役所に突き出す気もないし、アンタの事も怒ってないから」

「じゃあ」

「あぁ、ただ、アンタもあの子も気を付けろよ。ていうかもうやるなよ。相手が他の奴だったら、どうなっていたか」

「分かってる。気をつけるよ。あの子にもよく言っておく」

 ミーアはホッとした顔で頷く。


 そしてレイは、自分の手がいまだにミーアの胸にある事に気付き、揉んでおく事にした。

「ちょっ!?」

「まぁ、この位はな」

 慌てて後ろに逃げたミーアに意地悪く笑いかけておく。


「今度こんなことしたらブン殴るからね」

 顔を赤らめ怒鳴るミーア。


(ふむ、妙だな)

 そんなミーアの態度には違和感があった。

 今の反応からすると、経験豊富な様には見えない。

 少なくとも、自身の体を売る事に慣れているようには見えない。

 なら、先程の提案はかなり思い切ったものなのだろう。

 「何でもするから、フィーを役所に突き出さないで」と言ったイリスの思い詰めたような顔も気になる。


「なぁ、何でそんなにあの子を役所に突き出されたくないんだ?」

「ッ!? それは…」

「確かに、盗みはしたけど、子供のした事だ。そんなに酷い刑罰が科せられるとは思わないぜ?」

「………」

「孤児だからか?」

「…そうよ」

 イリスとイルアはよく似ていた。多分兄妹なのだろう。だが、彼等が「ミーア姉」と呼ぶ目の前の女性は獣人のようだ。血の繋がりがあるようには思えない。

 平屋だが少しい大きな家、今も窓からは数人の子供がこちらを見ている。

 貧しそうで、多くの子供を抱える家。そして、それが血の繋がりの無さそうな子供。

 考えられるのはここが孤児院だという事だ。

 その予想は当たっていた。


「以前に別の子が窃盗で捕まったのよ。そのときは何とか罰金刑だけで済んだんだけど、『次があるようなら孤児院の指導に問題が有ると思わざるを得ない』そう言われたらしいわ」

 溜息を吐きミーアが話し始めた。


 孤児院には高齢の院長と子供の面倒を見ている職員が1名いるのみ。それに対し子供は12人。人手が足りていない。

 ミーアが子供の世話をする職員になれば良いのだが、彼女が働いて少しでも院にお金を入れなければならないのだそうだ。

 ミーアはハンターとして、日雇いの労働者として日夜働いているのだそうだ。


「何でお前が?」

「町からの補助金は微々たるもの。寄付金はあてに出来ない。なら院の出身者が、後輩の為に何とかするしかないでしょ」

 現在は町からの補助金と寄付金、そして院を巣立った者からの仕送り。それらが頼りの経営状況なのだそうだ。


「そんな中で、院の子供から逮捕者が出れば、補助金が減るか、寄付金が減るか。なんにせよ院は潰れるわ。あの子達は浮浪児にでもなるでしょうね。こんな貧乏な孤児院でも無くなってもらっては困るの」

 ミーアの孤児院を見る目には悲しげに見えた。

 もしかすると、経営状態はもう末期なのかもしれない。潰れるのは時間の問題だと彼女も考えているのかもしれない。


 レイの視線に気付いたミーアは話題を変えた。

「だからって、盗みが許されるわけじゃないわ。そこはもう一度、しっかり言っておくわ」

「だな、フィーって言ったか?あの子は初犯じゃないな。気付かない俺も間抜けだったけど、あの手際は一度や二度じゃないだろうな」

「そう。分かったわ。イリス達にしっかり見張らせるわ」


 しかし、それは根本的な解決にはならない。

 町からの補助金を増やすのは難しいだろう。寄付金を増やすのもだ。それ以外の方法で孤児院の収入を増やすには、子供達を働かせるしかない。

 だが、

「学も無い。手に職がある訳でも無い。そんな幼い子供を雇ってくれる物好きは珍しいでしょうね。ハンターになろうにも15歳以上という年齢制限があって、一番年上のイルア達でさえあと4年」

 現状では打つ手なしのようだ。


「何でアンタにこんな話しをしてるんだろうね。

 まぁ、今日は悪かったわよ。それと、その…、ありがとうね。フィーを見逃してくれて」

 そう言うとミーアは踵を返し孤児院へと帰っていく。


「なぁ、孤児院の子供は暇なんだよな? なら仕事を頼んでも良いか?」

 レイの言葉にミーアが足を止め振り返る。


「え?何をさせる気?言ったよね、大した事は出来ないって」

「頼みたいのは簡単な作業さ」

 レイの言葉にミーアは怪訝そうな顔をする。


「お前、錬金術は出来るか?」

「出来る訳ないでしょ。そんな物が出来るんなら、ハンターになんかなってないよ」

「そっか、俺は出来る。とは言っても初級の薬剤錬金術だけなんだけどな。

 頼みたいのは、その下準備さ。勿論金は払う」

「よく分かんないね、何でそんな事するのさ?同情?」

「単純に時間とお金の問題だ。薬草類はそれなりに持っているんだが、乾燥させて砕いている時間が無い。結果、薬草を売って回復薬を買う事になるんだよ。勿体無いだろ?」

 錬金術で薬草を薬に変えるには、乾燥させて粉々に砕く必要がある(全てがでは無いが)。

 部屋で机の上に並べておけば、そのうち乾くのだが、効率が悪い。

 天日で干せば2日も有ればカラカラに乾く。

 後はそれを粉々に砕くだけだ。


「天日で干すとなれば、風で飛ばないか、雨が降らないか、盗まれないか、見てなきゃならない。そんな事してると日が暮れちまう。なら狩りにでも行った方が金にはなるだろ?結果、薬草の乾燥が出来ないんだよ。

 だから、誰かが薬草を乾燥させて粉末にしてくれれば、後は俺が錬金術で仕上げるだけで済む。それは夜でも出来るからな」


 下級回復薬の店売り価格は1個で約50ギル。主材料であるレオルリーフの買い取り価格は1株で約3ギル。

 自分で作成するのなら47ギルほどの節約になる。

 ちなみに下級回復薬の買い取り価格なら約30ギルだ。


「乾燥させて、すり鉢か何かできれいに粉状にしてくれ。それが品質に影響するからな。そうしてくれたら、1株当たり20ギルを払おう」

「20ギル、ね」

 ハンターをしているミーアには下級回復薬の値段は分かっている。

 20ギルなら下級回復薬の半額以下だ。相手にとって損な話ではない。


「あの子達が、やると言うのなら私に止める理由はないわね」

「そっか、それは良かった。助かるぜ」

 レイはそう言って笑う。


「ウソつき」

 ミーアは小さな声で呟いた。彼女にもレイの本音が孤児への同情だという事は分かっていた。

 「助かる」なんていう言葉を使ったのも自分達への配慮なのだと気付いていた。

 この男はとんでもなくお人好しなのだろう。騙して搾り取ってやろうかしら?

 そんな事を一瞬考えたミーアだったが、そんな思いを振り払うように頭を振って再び小さな声で呟いた。


「ありがとう」


「ん?なんか言ったか?」

「うん。もうちょっと値段上げてよ」

「あ?じゃあ、23ギル」

「もう一声」

「もう1回胸を揉ませてくれたら25ギルにしてやるよ」

「なっ!? 変態!」

 悪戯っぽく笑うレイにミーアは顔を赤らめ胸を隠す。


(女豹と言うには、未熟かな)

 そんな仕草にミーアの初見のイメージが外れだったとレイは思った。


「良いわよ。も、揉みなさいよ」

 そんなニヤついたレイの顔に反発したのかミーアが強がる。


「良いのか?」

「た、大した事じゃないわよ、そのくらい」

 顔を赤らめたまま、胸を隠していた手を下ろし、胸を張るミーア。

 そんなミーアにレイは…。


 遠慮なく胸を揉ませて貰った。




 この日クロスロードのとある孤児院にレオルリーフを始めとする数種類の薬草が山の様に積まれた。

 その数およそ500株。


「これ1株25ギル? 全部で10000ギル以上よ?」

「おう、しっかり頼むぜ」


 10000ギルもあればこの孤児院の食費3ヶ月分にはなる。

 これで当面は子供達にひもじい思いをさせないで済む。

 そう安堵するミーアだった。


 だが、同時に、

 院を救うには10000ギルでは全然足りない。

 とも思っていた。

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