46 「この変態ロリコン野郎!」
「クッソ!どこ行った?」
すでに影も形も無い相手を探しレイはクロスロードの町を走る。
相手は子供だ。パッと見た感じでしかないが、10歳以下だろう。
そう遠くまでは行っていない筈だ。
「ハクレンがいれば、追跡も楽なのに」
そうであれば今頃はきっと追い付けている筈だ。
だが、
「そうはいかねぇんだよな」
今日はハクレンには内緒の買い物だ。
そもそも『たら・れば』を言っても意味は無い。
「クソ、落ち着け。相手はガキだ」
そう、相手はまだ小さい子供だ。わざと逆方向に逃げるなどのこちらのウラをかくような高度な逃げ方はしていない筈だ。
ならば、逃げた方向にいる筈だ。足もそう速くはないだろうし、長距離を走り続ける体力もない筈だ。
そう考え周囲を見渡しながら探しているが、未だに影も形も見つからない。
最悪はあの露店に戻って別の腕輪を買えば良いのだが、このまま見逃すのはよろしくない。
レイの精神的にも、あの少女の為にも。ちょっとした盗みから始まり、その後は坂を下り落ちるかの如くに非行へ走るのだ。
今の内に手を打たねば、いたいけな少女が悪の道へと入りこむかもしれない。
「あの子の為にこそ諦められないな」
この辺りが、人の好いマリーをして「お人好しが過ぎる」と言われる所以だろう。
何の為かは別として、まだ諦める気はない。
「あれは!?」
しばらく諦めずに探した結果、細い路地の向こうを何かが横切ったのを目撃した。
それが少女だったかどうかは分からない。少女だったとしても、あの子かどうかも分からない。
だが、それ以外の当ては何も無い。賭けてみるしかないのだ。
素早く路地に入ったレイは通り過ぎた何かの正体を確かめる。
「イエス。ビンゴ」
その後ろ姿は、先程レイとぶつかった少女のそれとよく似ていた。
その手に布袋を持っている。だが、それがレイからスリ盗った物かどうかは遠目には分からない。
もしかしたら彼女はスリなどしていないのかもしれない。
そんな考えがレイの頭をよぎる。あんな小さな子が? それこそ平和ボケしたレイの感覚では考えられない物だった。
「取り敢えず話しをしてみるか」
レイは少女に声を掛けることに決め、後を追いかける。
少女は追われているとは考えていないのか、それとも既に撒いたつもりだったのか、背後への警戒をしていないようだった。
「ねぇ、君」
「え? あっ!?」
呼び掛けられた声に振り返った少女は、レイの姿を見ると驚きの声を上げた。
その目を見開き、手に持っていた袋を背後へ隠す。
(うん、もう分かった)
その反応だけで十分だった。
「その袋の中に大事な物が入ってるんだ。返してくれないかな?」
あまり怖がらせてはいけない。そう思ったレイは出来る限り優しく声を掛けた。
レイがこの少女に怒っていない訳ではない。だが、それ以上に腕輪が見つかった事への安堵の方が強かった。
腕輪さえ無事に戻ってくるなら、別にこの少女に何かするつもりもない。
道端で少女自身に説教するより、保護者とキッチリ話をするべきだ。そうレイは考えていた。
それは、異世界ノアでの常識というより、日本での常識なのだが、レイはそれが正しいと信じていた。
「返してくれないかな。お願いだから」
無理やり奪い返すのは簡単だが、彼女に自身の意志で返してもらいたかった。
それが、更生への第一歩。そんな風にレイは考えていた。
だが、少女はイヤイヤと首を振りながら袋を背中に隠し後ずさる。
そして、その目に涙を溜めて逃げ出した。
「ヤレヤレ、このまま家に逃げ帰るかな?」
そうしたら親と直接対決だな。モンスターペアレンツ的なのじゃないと良いな。
そんな事をのんきに考えながら、レイは再び少女の後を追いかけた。
少女が逃げ込んだのは少し古びた平屋だった。
少女がドアから中に逃げ込むのを確認したレイは、彼女の保護者と話をすべくドアに近づいた。いや、正確には近づこうとした。
その時、ドアが内側から勢い良く開けられ、誰かが飛び出してきた。
「テメェかフィーを泣かしたのは!」
飛び出してきたのは、まだ10歳前後と思わしき少年だった。
手に木の棒を持ち、それをレイに向け突きつける。
「テメェか?て聞いてんだろうが!」
「あぁ、まぁそういう事になるな」
「ブッころす!!」
返事を聞くやいなや少年は勢い良くレイに向かって飛び掛った。
その手の木の棒を滅茶苦茶に振り回す。
その1つ1つをレイは冷静に避けていく。
「クソ、逃げんな」
「逃げるさ、当たったら痛いだろ」
避け続けるレイを追い回す少年。だが、一向に当たる気配も、当たりそうな気配もない。
残念ながら、真剣を持ったレオルードと正面から対峙するレイにとって、木の棒を持った少年は何の脅威でもなかった。
(そろそろかな?)
レイの予想通り、しばらくすると、少年の動きは目に見えて遅くなっていった。
全力で動く事を長時間続ける事は、大人であろうと難しい。
格闘技のプロでさえ、数分が限界なのだ。
適時休憩を入れなければ、すぐにスタミナ切れになる。
「ハア、ハア、クソ、テメェ、逃げんな」
少年は息も切れ切れなのだが、その目はまだ死んでいなかった。
ヘロヘロになった動きで棒を振り回す。
「イルア、やめて!」
そう言って開けっ放しになっていたドアから出てきたのは、少年によく似た顔つきの少女だった。
「イリス!出てくるな。こいつ、ミーア姉の言ってたロリコンだ!」
「チョイ待て小僧。何で俺がロリコン?」
「フィーにいかがわしい事しようとして泣かせたんだろ!」
「………」
「いかがわしい事」の意味が分かっているのかどうか疑わしいが、彼の中ではそういう事になっている様だ。
「だから、違うの!イルア。お願いだからやめて!」
少女の声に少年も渋々ながら引き下がる。
「ごめんなさい」
少年に代わって前に進み出た少女は、開口一番に謝ると深々と頭を下げた。
「これ、貴方の物ですよね?」
そう言って差し出されたのはレイの腰にあった布袋。
渡された袋の中を見て、腕輪が無事な事を確認する。
「あぁ、俺のだ」
「すいません。ごめんなさい」
少女は再び頭を下げ謝罪の言葉を口にする。
「何だよ、イリス?どういう事だよ?」
「フィーがこの人から、今の袋を盗んだの」
「フィーが?」
「そうよ」
少女の言葉で少年も事態を把握したのか、だんだんと顔が青ざめていく。
「少年、何か言う事は?」
「す、すいませんでした」
少年と少女は2人並んでレイに深々と頭を下げる。
「まぁ、妹を守ろうと俺に向かってきたのは褒めてもいいが、早合点はいただけないな」
「すいません」
「まぁ、それは良いや。俺にもケガはないし」
表面上だけかもしれないが、少年は項垂れちゃんと反省しているようには見えた。
妹思い故の行動だ。勘弁してやろう。
レイはそう考え、少年の事は怒ってはいなかった。むしろ好感が持てるとさえ思っていた。
「で、そのフィーって子は?」
「家の中にいます。イルア、連れてきて」
「でも…」
「あの子の口から、ちゃんと謝らせなきゃいけないの」
「分かった」
どうやらこの少女はしっかり者のようだ。
イルアと呼ばれていた少年が家の中に戻ると、少女がレイに話しかけてきた。
「…あの、謝って許される事じゃないのは分かってます。でも、あの子を役所に突き出すのだけは許してください。何でもしますから」
少女はレイに上目遣いで懇願する。
よく見れば少女は整った目鼻立ちをしていた。
とある趣味の人間なら喜びそうなシチュエーションだが、残念ながらレイにその趣味はなかった。
「あの子がちゃんと反省して、二度としない。というのなら、別に役所に突き出す気は無いよ」
「ホントですか?」
「あぁ、子供のした事だ。と言って笑って許す気は無いけど、親がしっかりお灸を据えてくれるのなら、それで良いよ」
「それは……」
「ん?何か問題?」
暗い表情で言いよどむ少女にレイは首を傾げる。
その瞬間、レイは首の後ろがチリチリと嫌な感じがした。
レイの持つ【気配察知】が危険を告げている。
何かを考えるより早く、レイは少女を抱きかかえ横っ飛びにその場を離れる。
僅かに遅れて、レイの頭が存在した場所を拳大の石が打ち抜いていく。
石はその先のレンガ積みの壁にぶつかり砕け散る。
「なっ!?」
回避行動をとっていたレイに飛んでくる石が見えていたわけではないが、壁に残るヒビの大きさからその威力を推測する事は出来た。
(当たってたら死んでたんじゃないか?)
推測した威力に戦慄しながら、その発射元と思える方向に視線を向ける。
その方向から1人の人物が、こちらに向かって疾走していた。
「イリスからは~な~れ~ろ!!」
数メード手前で跳躍したその人物は、見事な跳躍からレイの頭部を蹴り抜くつもりで必殺の跳び蹴りを放ってきた。
再び地面を転がるように避けたレイ。
「いきなり何すんだよ、お前!」
突然の攻撃に文句を言うレイが目にしたのは、少女イリスを背に隠すように立つ1人の女性。
レイを強い眼光が射抜く。
特殊な趣味を持つ者なら泣いて悦ぶほどの蔑んだ視線。
残念ながら、それを悦ぶ趣味はレイにはなかった。
そして、その女性は蔑んだ視線のままレイに言い放つ。
「私の妹に汚い手で触るんじゃない。この変態ロリコン野郎!」
あぁ、きっとコレが『ミーア姉』なんだろうな。
そうレイは直感していた。
イルアとイリスは双子の兄妹です。
2卵生双生児は似ていないものですが、この二人はそっくりです。
短髪刈上げにズボンがイルア。
サラサラストレートにスカートがイリス。
念のために。
イルアが男の娘になる事はありません。




