45 「1人で歩き回るのも久しぶりだな」
クロスロードの裏路地とも言える一角にヒッソリとたたずむ『ユーディル雑貨店』。
ここ数年、いや十数年は開店休業中だったこの店が密かにリニューアルされていた。
外観や店内の模様替えという訳ではないが、不要物が捨てられ掃除がされていた。
「開店中で良いのかな?」
「あら、いらっしゃい」
レイが声を掛けると、棚を拭いていた店主ハイネリア・ユーディルが青少年には目の毒としか言い様の無い、ヘソ出しタンクトップで振り返った。いや、服の丈は足りている。証拠に背中の布地は十分だった。大きな胸のせいで前面の布が足りなくなっているのだ。
「珍しいな、店の中を整理してるなんて。もしかして里に帰るのか?」
「まさか、雑貨店を再開しようかと思ったのよ」
「へー。それはまたなんで?」
ユーディル雑貨店は売る物が無いどころか、物を売る気が無かった。
ハイネリアの本業は錬金術。そして最大の収入源は占星術だ。雑貨店を頑張る必要性は無かった。
「まぁ、初心に帰って、かしらね。元々錬金術で作った物を売ってみようと思って始めたのよ。オールヒールの作成の為に、また最初から見直しをしてみるつもりだし、そこで出来た物を捨てるのは勿体無いから、また店で売ろうかと思ったのよ」
ハイネリアの目標とするオールヒールとはエリクサーやアムリタとも呼ばれる万病を癒すという伝説の霊薬だ。
行き詰まり、諦めかけていたハイネリアだったが、新たな希望を見つけ、再度やり直す事にしたそうだ。
「そっか、なら俺にも役立ちそうな品が出来たら売ってくれよ」
「ええ、君には格安で売ってあげるわよ」
「よろしく」
それはレイにとってもありがたい話しだ。
「それで。今日は何の用?たまたま散歩してたら、ていう立地じゃないわよ」
「あぁ、オークションで随分儲けたみたいなんで冷やかしに来た」
「えぇ、おかげさまで」
「それでちょっと頼みがあってね」
「お金なら貸さないわよ?」
「別に金には困ってないよ」
「あら、素敵。なら、なにかしら?」
「いや、実は………」
レイがハイネリアを訪ねたのは、もう直ぐハクレンの誕生日だからだ。
ハクレン自身はその事は一言も口にしていないのだが、所有者登録をした際の奴隷情報の中に生年月日があったのだ。
それを覚えていたレイはサプライズを企画する事にした。
驚かせよう。喜ばせよう。と意気込んでいた。
問題は女性が喜ぶシュチエーションや贈り物が良く分からない事だ。
そしてレイには、そんな相談が出来る相手がクロスロードには、というかこの世界にはいない。
マリーはそういう方面は無頓着そうで、エリスも同様だ。
リザリーなら詳しそうだが、そんな相談をしたら翌日にはギルド中からニヤニヤされそうだ。
クロードもその手の事に詳しそうだが、口が軽そうだ。ポロっとハクレン本人の前で口にしそうだ。
リックはマリーへの贈り物以外は分からなそうだし、レオルードには聞くだけ無駄だろう。
そんな訳で、女心が分かりそうで口の固そうなハイネリアに相談する事にした。
勿論、相手の事は匿名だ。
「ふーん。私に相談するって事は、私へのプレゼントじゃないのよね」
「あ~、ハイネの誕生日にもちゃんと贈り物をしますんで、勘弁してください」
「フフ、楽しみにしてるわ。まぁ、女の子ならアクセサリーを貰って怒る子はいないでしょうけど、相手は噂の奴隷ちゃんでしょ?高価な物は恐縮しちゃうんじゃないかな?」
「何でそれを!?」
「あら、有名よ。ルクセイン伯爵との一件でね。まだ『知る人ぞ知る』て所だけどね」
匿名にした意味がまるで無かった。
「ハンターとしての仕事にも付いて来るんでしょ? なら、防御力や異常耐性の上がるアクセサリーなんて良いんじゃない?」
「ほう、腕輪とかネックレスとかか」
「そうそう、君も同じ物を着けてお揃いにしちゃったら?」
「ペアルックだと?……ありだな」
自分だけにとなればハクレンは受け取りづらいだろうが、レイとお揃いという事になれば受け取らないという事はないだろ。
人目のある所ではハクレンがレイを立て主従のけじめをるけてはいるが、その実質はほぼバカップルと言って間違いない。
エリスの『子作り宣言』以降のハクレンは人目の無いところで積極的に攻め始めていた。
「……アッ。いや、まぁ何だ、何かオススメがあるのか?」
ハクレンの喜ぶ姿を想像していたレイは、ハイネリアの視線に気付いて無理矢理話を戻す。
「フフ、なんなら、私が作ってあげましょうか?」
「良いのか?」
ハイネリアの錬金術の腕前は高い。
成功こそしてはいないが、伝説になっているほどの霊薬を作ろう、そして作れる。と思えるほどの腕前だ。
「手元の材料から考えると『守護者の腕輪』とか『月光の腕輪』とかかな。『オーロラブレスレット』だと2つ作るのはギリギリだから、……あっ!そうね『メダルブレスレット』なんてどうかしら?」
「メダルブレスレット?」
メダルブレスレットは腕輪にメダルを装着して効果を発揮させる装飾品だ。
作成者の腕次第で複数のメダルの装着が可能となる。状況に合わせてメダルを交換して対応できる汎用性の高い物だ。
「そうね、メダル装着数は4枚。身体強化と精神強化、火水風土の属性強化、毒・麻痺・石化・混乱の耐性強化のメダル10枚セットでどうかしら?」
「えー、でもお高いんでしょ??」
「お金に困ってない貴方には、特別価格10万ギルでご提供しましょう」
「ワー、ヤスーイ」
いい笑顔で値段を提示するハイネリア。
ブレスレット1つで10万ギル。平均的な家庭が3ヶ月は養える金額だ。
(まぁ、エル○スのバー○ンだって似たような値段か)
女性への贈り物など良い物を考え出したらお金など幾らあっても足りないのだろう。
ちなみに、ハイネリアが提示したメダルブレスレットを市販で手に入れようと思ったら、その倍はしてもおかしくはない。それもメダル抜きでの値段がだ。
「よろしくお願いします」
そんな事情を知る筈も無いレイだが、それ以上の案がある訳でもないので、素直にお願いをしておく。
「そう、じゃあベースになる腕輪の調達をお願いしても良いかしら?」
「ベースとなる腕輪?」
「そう、そこから作っても良いんだけど、それだと時間がかかるのよね。腕輪があれば、今晩中に出来るわ」
そう言われてはお願いする立場のレイには断れない。
その後に店内の整理整頓にも協力したレイが開放されたのは2時間後だった。
「えーと、ミスリルか白輝鋼、もしくは黒魔鋼だっけ? いや、女性への贈り物で黒魔鋼は無いだろ」
ハイネリアが指定してきたのは魔力への親和性の高い金属だ。
本当はオリハルコンなる物が最適なのだそうだが、まず見つからないだろうからと、割と簡単に手に入るらしい先の3つを上げてきた。
最悪はインゴットでも良いとの事なので、取り敢えずは探してみて回る事にした。
「そういえば、1人で歩き回るのも久しぶりだな」
最近は常にハクレンを連れていた。
さすがに今日は連れてくる訳には行かず、エリスのところに置いてきた。時折競い合っているが基本は仲の良い2人だ。
出掛けに「今日は1人で買い物をしたい」と告げると、ハクレンはとても悲しそうな顔をしていた。
連日1人で行動するのは(レイの精神的に)無理そうだ。
何とか今日一日で終わらせねばならない。
クロスロードの町は、オークションが終わり平常に戻ったが、元々交通の要所であり、商業の盛んな町だ。この日も広場には多くの露天商が並んでいた。
レイがそれらを見ながら歩いていくと1つの露店が目に留まった。
アクセサリーの類を扱っている。
「お、何か買うかい、にいさん?」
「あぁ、ミスリル製か白輝鋼製の腕輪はあるか?」
「ミスリル製のはならコレだな。白輝鋼製のはアレとアレだ」
店主の男が指差した品を手に取ってみる。
ミスリル製の物は青白い光を放つ美しい装飾の施された腕輪で、白輝鋼製の物はその名の如く白く輝く如く磨き上げられたシンプルなデザインの腕輪だ。
(フム、このまま送るんならミスリル製の方かな。でもハイネが加工するんだから今の姿は関係無いか)
レイは2つを見比べ、どちらの方がハクレンに似合うか想像し、白輝鋼製の物を買うことにした。
「コレとコレをくれ」
「合わせて7960ギルだが、7500ギルで良いぞ」
「じゃ、これで」
レイは大銀貨を8枚渡し、おつりの銀貨5枚を受け取る。
露店に置かれている品には値札が付いていない。
それがこの世界では当然の事の様だ。
ちなみにレイは腕輪が偽の白輝鋼である事をまるで疑ってはいなかった。
【鑑定】というスキルを商人の大半が、ハンターの半分弱が持っているこの世界では、贋作で儲ける事自体が難しい。という事をクロードから教わっていたからだ。
そして、それ以上に彼にそういった危機感が薄い事も理由としては大きい。
「もしかしてコレへのプレゼントかい?」
下世話に小指を立てる店主。
「まぁ、一応」
「そうかい、じゃあ綺麗に包んでおいてやるよ」
テレながらも頷くレイに、店主は口笛を吹きながらラッピングしていく。
(あ~、結局それ剥がしちゃうんだけどなー)
「はいよ」
そんなレイの心の中の呟きなど聞こえる筈もなく、店主は綺麗に包んだ腕輪をレイに渡す。
「がんばんなよ」
何を?とツッコミたくなる声援を受け、レイは受け取った腕輪を腰の袋の中に入れ露店を後にする。
最近ハクレンとエリスの競い合いのおかげというのか、薬草類がたくさん採取され、バインダーから溢れ始めた。
そろそろカードの整理をしないといけない。そう思いながらも手をつけられていない。
「思ったより簡単に見つかったな」
もっと手間がかかるかと思ったが、アッサリと見つかった白輝鋼の腕輪。
後はこれをハイネリアに渡してメダルブレスレットにしてもらうだけだ。
さぁ、戻ろう。そう思ったときだった。
「キャッ!」
背中へのドン!という衝撃で前につんのめる。
何とか倒れずにはすんだものの、突然の事に驚き後ろを振り返ると、
「ごめんなさい。つまづいちゃって」
小さな女の子が石にでも躓いたのか、レイの腰にしがみ付くように倒れていた。
「ごめんなさい。ごめんなさい。急いでいたので」
「いや、大丈夫だけど、君こそ怪我は無い?」
「はい。大丈夫です。スイマセン。急いでますんで。ごめんなさい」
レイの心配を余所に、女の子は終始謝りっ放しのまま、走り去っていった。
「元気な子だね」
子供はあの位元気な方が良い。そんな年寄りじみた事を考えていると、ふとある事に気が付いた。
「無い!?」
腰に付けていた袋が無くなっていた。
周囲を見渡すがどこにも落ちていない。
そして、気が付く。
「スラれた!」
遅まきながらその事に気付いたレイは、少女の後を追い走り始めた。




