44 「アンタ、性質が悪いよ」
「君はエリスが必要かい?」
マイアスの言葉は飾り気なくド直球だった。
「えーと、質問の意図がよく分からないんですけど?」
直球だからといって分かりやすいという物でもない。
「つまりだ、君に必要なのが単なる戦力なら、他の魔術師で良いんじゃないの?という話さ」
「エリスじゃなきゃいけないのか?て事ですか」
「そういう事だね。僕にとって大事なのはエリスだ。魔法界の発展なんてあの子が望まないなら放っておけば良い。あの子のやりたい事を削ってまでやらせる事じゃない」
エリスは王都の魔術師養成校を優秀な成績で卒業しているのだそうだ。
本人が望めば王都の研究所で何不自由なく研究に没頭できたらしい。
それでも、王都を出てクロスロードに来たのは、机上の理論だけではなく、実地での経験を欲したからだとマイアスは考えていた。
マイアスはロックハートに婿入りした人物だ。それは彼が宮廷魔導師になった後の話だ。
既に個人的な名声を得ていた彼には、ロックハートの名も重荷ではなかったが、まだ何者でもないエリスは、優秀な成績を修めても「ロックハートの者なら…」と言われ、重荷となっていたのかもしれない。
王都を離れクロスロードへ。そこには『ロックハート』という家名から離れ自分個人としての評価を知りたいという思いもあるのかもしれないが、その辺りはマイアスには分からない。
「もうすぐ王都に帰ってくる筈だったんだよ。でも、突然『クロスロードに残る』なんて言い始めてね。まぁ、それは良いんだ。思ったように生きれば良いんだ。僕はちょっと寂しいけどね」
若干寂しそうな顔でマイアスは言う。
「僕が思うに、エリスがここに残りたい理由は君じゃないかな。研究対象としてか、初めて出来た対等な友人だからか、それとも、もっと別の何かがあるのか。
何にせよ。君の存在がエリスをここに残らせているんじゃないかな」
当然ながら、レイにそんなつもりは無い。
もしエリスが王都に帰りたいと言うのなら引き止めるつもりは無い。
だがレイ自身が、エリスにどうして欲しいのか?と言われれば…。
「ただもし、君に必要なのが優秀な魔術師という事でしかないのなら、エリス自身が必要とされている訳じゃないのなら、王都に帰った方が良いね。もし何なら代わりを僕が紹介してあげよう。エリスより優秀な魔術師をね」
それはレイにとって別に悪い話ではない。
エリスより腕の良い魔術師を紹介して貰えるのなら戦力的に困りはしない。
元来エリスは無表情で何を考えているか分からない所がある。
人の話を聞かずに勝手な行動をとる事もだ。
そもそも言葉足らずで大事な用件すら伝わってこない。
戦闘時に手加減をし損ない獲物を黒コゲにする事も多々ある。
しかも、本人が大丈夫だと判断したら仲間の眼前に警告もなく魔術を叩き込む。
魔術師の生命線である魔力の残量管理がおろそかで、背負って帰る羽目になった事が幾度もある。
若干腹黒い側面もあって、貸しを作って後々回収しようとしている節も見られる。
期を見ては魔術についての説明を延々としたがる所も面倒臭い。
最近はハクレンと張り合って色々と精神的に削られている。
その上、こんな化物みたいな父親が居るとか危険極まりない。
「ウン、悩むまでも無いな」
「結論は出たかい?」
「あぁ、こう言うと何ですけど、アンタ娘の教育がなってないですよ。エリスと出会ってからの俺の苦労を考えて欲しいですよ」
「ふむ、少し甘やかし過ぎたかな?」
「というか、自由にさせ過ぎです。俺の手には負えなくて困ります」
レイの言葉にマイアスも困った様に苦笑いを浮かべている。
「でも、エリスの代わりなんていないですよ。色々考えてみたらダメ出しポイントがポロポロ出て来るんですけど、何でかエリス以外の魔術師がパーティにいる絵が思い浮かばないんです。きっと今更普通に優秀な魔術師がパーティに入っても物足りないんだと思います」
別に俺M属性じゃない筈なんだけどな。レイはそう思いながら正直に話す。
「ふむ、なるほど。だがそれでは答えになってないね」
レイの言葉に頷くマイアスだったが、今の言葉では納得していない様だ。
「もう一度聞き直そう」
再びマイアスが真剣な表情でレイの顔を覗き込む。
「君にはエリスが必要かい?」
「えぇ。俺にはエリスが必要です」
レイはマイアスの目を真っ直ぐに見返し断言する。
「そうか。分かった」
今度のレイの答えには納得したのか、マイアスは踵を返す。
そして、数歩歩いた所で立ち止まり、振り返るとレイに指を突きつける。
「ならば条件がある。エリスが二十歳になるまでに上級迷宮を走破したまえ。出来なければエリスは王都に連れ帰る」
「はぁ?」
「僕も二十歳で上級迷宮を走破してクローディアにプロポ-ズをしたんだよ。君もその位やってくれなくちゃ」
「…え?ちょ、ちょい待て。なんか話の方向性おかしくない?」
「うんうん。懐かしいなー。プロポーズはしたが受けて貰うまでがまた大変で。
そうそう、上級迷宮の走破はプロポーズの条件だからね。許して貰おうと思ったら僕を倒すくらいじゃないとダメだよ」
「おい!アンタ、俺の話しちゃんと聞いてるか?」
マイアス・フィラード・ロックハート。序列第5位の宮廷魔導師。
間違いなくエリス・ロックハートの父親である。
「人の話を聞けよ!!」
突然やって来た宮廷魔導師マイアスは、一日レイ達の後を付けまわした。
その実力は王国全土で見回しても屈指の存在らしい。
魔術師でありながら、剣術をかなり高レベルで修得しているらしく、接近戦まで含めた戦闘能力としては宮廷魔導師でも随一らしい。
ちなみに、魔法戦に限定すると宮廷魔導師の真ん中辺り。というのが本人の弁だ。
ギルドの訓練場で行われたレオルードとの試合は見応えのある物だった。
某看板娘が「見学料を取るべきです」と言っていたがギルド長に黙殺されたようだった。
試合はレオルードが手数で攻め、マイアスがそれを華麗に避ける。
攻め疲れや、一瞬の隙を突いてマイアスが反撃する。それをレオルードが力任せに引き離す。
これを繰り返した。
最終的にはレオルードが体格差と若さによる体力差に物を言わせ押し切った。
だが、本来のマイアスは剣に魔術を纏わせ、合間に魔術を組み込み戦うらしい。
剣のみでの勝負となればマイアスが背負うハンデの方が大きい事は間違いない。
そもそもがマイアスは魔術師なのだ。
それでいながらレオルードとほぼ互角という事実。その真の実力は推して知るべし、と言ったところか。
マイアスはその後にレイ達の依頼にも特別参加(ギルド無許可)し、エリスとハクレンの討伐数勝負に割って入り1人勝ちをした。
その事で不機嫌になったエリス(レイには判別不能だった)にワタワタと慌てるマイアスは間違いなく親バカをこじらせていた。
「さて、夕飯を食べたら僕は帰るよ。5日も王都の仕事に穴を空けておく訳には行かないからね」
その発言は一同の驚愕を呼んだ。
皆で視線の牽制を行いあった結果、ヒラエルキー最下位のリックがおずおずと質問を口にする。
「あ、あのー、マイアス師は王都からクロスロードまでどうやって来られたのですか?」
普通に馬車で来たのなら約15日。急いだとしても10日はかかる。最速の交通手段である飛行船でも2日、往復4日で帰れるが、クロスロードに飛行船が来るのは月に約2回、王都行きが次に来るのは7日後の予定だ。
つまり、4日で往復できる筈が無いのだ。
「ん、飛んで来たんだけど? 王都から途中休み休み2日程かけて」
「「「なっ!?」」」
簡単に言ってのけるマイアスだが、それがいかにデタラメな事か、分かる者には分かる。
『飛翔』は上級魔術に分類されている。だが飛ぶだけならさほど難しくはない。
難しいのは真っ直ぐ飛ぶ事と着地の際の減速だ。
そして何より、消費魔力の量が尋常ではない。1時間も使用すれば魔力が枯渇する。上級魔術が使える魔術師が、である。
魔力の回復をしながらとはいえ、王都からクロスロードまでを『飛翔』で来るなど正気の沙汰とは思えない。
「そうだ、エリス。お前はレイ君達が走り出したら付いていけてないね?『飛翔』か『滑空』を覚えた方が良いな」
「ん、そうする」
マイアスは昼に見た感想を正直に話す。
「レイ君はもう少し周囲を見ようね。君の判断でパーティが危険に晒される。戦闘技能云々の前にその辺だね」
「はい、気をつけます」
その言葉にレイは素直に頷く。
「ハクレン君は突っ込み過ぎだね。後衛の援護もしにくいし、助けようとレイ君が無茶をする。大事なのはパーティ全体としてのバランスだよ」
「…はい」
ハクレンは不承不承といった感じだが一応頷く。
「最後にエリス。お前はもっと魔力の残量に気をつけなければいけないね。術の威力は必要最低限で良いんだ。何が起きるか分からないんだから常に余裕を残しておこう」
「ん、了解」
いつもと変わらない無表情で頷くエリスをマイアスは嬉しそうに眺めている。
彼の目にはエリスの感謝の表情にでも見えているのかもしれない。
「さぁ、夕飯に行こうか。今晩は僕がご馳走しよう。何が良い?」
気前よく奢ると宣言をしたマイアスに、クロード達大人組が目を輝かす。
「なら、決まってるな。シャディアルでフルコースだ」
シャディアルはクロスロードの町で最も高いレストランだ。
具体的には一食が15000ギル~ といった高級店だ。フルコースとなれば、その値段は庶民には想像もつかない。
はたして、お小遣い制のマイアスの懐具合でどうにかなる物なのだろうか?
「しかし、スゲーよ。この店に予約無しでは入れるとはな。流石はマイアス・ロックハートだ」
食後の香茶を楽しみながらクロードが改めて寒心する。
クロードの驚きは無理もない。基本は一見様お断りの店だ。
事前予約必須な高級店なのだが、そこは高名な宮廷魔導師マイアス。支配人とシェフが並んで出迎える歓迎振りだった。
しかしながら、流石に予約無しでフルコースは用意出来ず、それはまたの機会となった。
またの機会があるのかどうかが問題ではあるが。
「んで? エリス嬢のお父上としては2人の仲を認めるんですか?」
「ちょッ!?クロー!」
それはシャレにならない質問だった。マイアスが親バカなのは火を見るより明らかだ。
そして、もし暴れだそうものなら、誰にも止められない事も明らかだ。
まさしく絶体絶命だった。主にレイが。
だが、
「うん。認めるよ」
「は?」
「勿論エリスがその気ならだけどね」
「え?」
レイの緊張とは裏腹にマイアスはのほほんと言ってのける。
視線がエリスに集まる。
その視線の先でエリスは我関せずとケーキ(3個目)に舌鼓を打っている。
「エリス?」
「ん、なに?」
声を掛けられ視線を上げるエリス。
「パパがレイとの交際を認めるってよ」
「そう、ありがとう」
そう言って再びケーキに視線を戻すエリス。
「ちょっ、それで終わり?」
「ん?他に何か?」
「いや、お嬢としてはレイと付き合う気が有るとか無いとか、結婚するとかしないとか、子供も欲しいとか」
「構わない」
「はぃ?」
「レイとの子供なら産んでも良い」
「「「なっ!?」」」
エリスの爆弾発言に驚きが広がる。
腰を浮かしたのは、レイとハクレン、そしてマイアスの3人だった。
「こ、こここ、子供!? そ、それはダメだ。それはまだ早い」
明らかに動揺するマイアス。
「いやいや、アンタさっき『認める』て言ったじゃん」
「それは交際までだ!レイ君は悪い子じゃ無さそうだけど、エリスの生涯を任せられるかどうかは別だ。そもそも、少なくとも僕に勝てない内は娘はやらん。それがロックハート家の掟だ。そう決めた」
いや絶対今決めたじゃんそれ。誰もがそうツッコミたかったが、マイアスの身から漏れ出す魔力がそれを許さなかった。
「大丈夫」
「え?」
「いずれは、の話。今はそのつもりは無い」
「そっか、なら良いや」
エリスの言葉にマイアスはアッサリと納得した。
「いやいや、良くないだろ!俺の都合とかは?」
「え?レイ君はエリスの事嫌いなのかい?」
「いや、嫌いじゃないけど」
「よく見て、美少女だろ?」
「まぁ、否定はしないですけど」
「だろ。あとあんなに可憐なんだよ?」
「それはどうかな」
可憐という言葉を当て嵌めるには、若干違和感がある。
「相手は美少女で嫌いではない。長い時間を一緒に過ごすパーティだ。その存在は仲間というより家族だ。その上愛している。何の問題があるんだい?」
「最後!最後の言葉がいつ俺の口から出た!?」
「フム、意外と我侭なんだね、キミは」
「俺が!?」
驚きの新事実だった。
「まぁ、いいや。エリス、諦めてはいけないよ。大切なのは真摯な思いと熱意だよ。僕もクローディアに63回プロポーズしたんだ。最後の最後で成功したんだよ」
「あー、もしその63回目が断られていたら、どうする気だったんだ?」
「え?64回目に挑戦するだけだけど」
「アンタ、性質が悪いよ」
成功するまで諦める気がないのであれば『最後の最後で』という言葉は当て嵌まらない物なのだが、それを指摘する気さえ起きない。
ウンザリしてプロポーズを受けたクローディアが想像できた。(顔は知らないが)
「大丈夫。いずれ私の魅力でメロメロになる」
「ホウ! 父親としては複雑だが、それは中々見物だね」
「あぁ、もうそれで良いや。いずれな、いずれ」
残念ながらレイの話をまともに聞く親子ではない様だった。
マイアスは予定通り食事後に王都へと帰っていった。
なぜか満面の笑みでレイに「合意の上で押し倒しちゃえ、そこはキミがリードすべきだ」とアドバイス(?)して帰路へとついた。
僅か1日で精神力を根こそぎ削り取られたレイに、ハクレンのご機嫌取りという最後の仕事が残されていたのは言うまでもない。
翌日、まだ疲れの取りきれていないレイがギルドのドアを開くと、
「チャオ!」
今日現在の『暫く会いたくない人ランキング』の第1位がそこに居た。
笑顔のマイアスが「クロスロードを転移先の1つに設定したから」と絶望的な言葉を言い放つ。
(あぁ、どうしよう。俺耐えられないかもしれない)
そんな切実な思いを抱いたレイの前に救いの女神が舞い降りた。
「『拘束』」
突然現れた光の鎖がマイアスの体をグルグル巻きに拘束する。
床の上に転がったマイアスを冷ややかな視線で見下ろす人物。
「貴方の処遇は帰ってから決めます。先にお帰りを『送還』」
マイアスの下の床に魔法陣が現れ、その身を光に包む。
一瞬後にはその姿が消えていた。
「お騒がせして申し訳ありません」
そう言って周囲に謝るのは、黒いローブを纏った美しい女性だった。
白く美しい肌、整った目鼻立ち、そして白銀とも言うべき長い銀髪。
彼女が誰なのかは何となく理解が出来た。
「ママ」
「だと思ったよ!」
予想が正しかった事は、背後のエリスの一言で証明された。
「おはようございます、エリス」
「ん、おはよう、ママ」
微笑む事すら無く挨拶を交わす2人。
仲が悪いのではないかと勘繰ってしまうほど寒々しい。
「貴女への話は後で」
「ん、了解」
娘との挨拶もそこそこで、レイへと向き直る。
「レイ・カトーさんですか?」
「あ、はい。そうです」
「エリスがお世話になっております。母のクローディアと申します」
そう言って頭を下げるクローディア。
「日頃、娘がお世話になっておりますのに、昨日は夫までご迷惑をお掛けしたようで、申し訳ありません」
もう一度、深々と頭を下げる。
(あれ?もしかしてまともな人?)
ロックハート家=問題あり。と決め付けかけていたレイ。
まともな対応のクローディアに逆に驚いていた。
「あの夫は王都に強制転送しましたし、クロスロードに作った転移陣も消しておきました。これ以上ご迷惑はお掛けしない様にしっかり監視いたしますのでご容赦下さい」
まさしく出来る大人クローディア。
残念なのは一切の感情が抜け落ちたとも思える無表情ぶりだ。
ここに至るまでに表情の変化は一切無い。
「あぁ、いえ、大丈夫です。こちらこそ娘さんにはお世話になってます」
「自分勝手で手を焼いていませんか?」
「ええ、大分焼いています。ちょっとお灸を据えてやって下さい」
「了解しました」
この段階でエリスがクローディアの視線から逃げるようにレイを盾に隠れる。
勿論、そんな事で逃げれる筈も無いのだが。
「エリス、こちらに」
「ママ…」
「言い訳無用」
目に見えて怯えるエリス。いつもの無表情さはどこえ消えたのか、その顔にありありと絶望感が浮かんでいる。
(これはシャレにならなさそうだ)
そこまで怯えるエリスにレイは若干同情する。
「すいません、今のは冗談なんで勘弁してあげてください」
レイの言葉にエリスの顔が喜びで綻ぶ。
「レイが優しい。ついに惚れた?」
「やっぱ軽めにお灸を」
エリスのローブの首元を摘み上げてクローディアに差し出す。
「まったく、誰に似たんでしょうかね」
「多分、貴女の旦那にだと思います」
「ですかね」
レイとクローディアは揃って溜息を吐く。
どうせなら、表情の豊かさをマイアス、性格をクローディアで似てくれれば良かったのに。
半ば本気でそう思うレイだった。
エリスの家族、ロックハート一家の話でした。
作中に魔導師と魔術師の2つの呼び名が出ていますが、
魔術師:魔術を使う人全般。
魔導師:魔術師を指導できる人。
といった感じです。
魔術師は自称でも問題ありませんが、魔導師は認定制です。
ついでに魔法・魔術について。
魔法:魔力を使って行う事全般。錬金術も魔法の一部です。
魔術:魔力を操作・変質させて使う術。
ざっくりしたイメージですが。




