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43 「たとえ僕が敵に回ってもあの子を守れるかい?」

「えーと、パパ? パパってあれか? 金銭的な援助を目的で付き合ってる年上の男性の総称のあれか?」

「現状で実家からの金銭援助はない」

「あー、うん。分かった。安心した」

勿論、そんな現代日本の隠語が通じる筈も無い。


「えーと、じゃあ本物のお父さん?」

「ん、法律上はその解釈で間違いない」

「え?」

 随分と意味深な返答だ。


「実際の血縁関係は?」

「証明する手立てが無い」

「育てられた覚えは?」

「物心が付いた頃からある」

「髪の色とか目の色とかは似てないのか?」

「髪はママ似、目はパパ似」

「それはもう血縁者の可能性高くない?」

「たぶん間違いない。確証度は8割5分前後」

「ビビるわ! 特異な身の上かと思ったよ」

「ん?」

 レイが何を驚いているのか分からずにエリスは首を傾げる。

 現代の日本に比べれば、ノアでは養子が一般的な物だ。名家で有るほど家名を残す為、繁栄させる為に行われている。

 別に分家の優秀な者を養子にとる事など珍しくも無い。


「で、そのお父さんは何をしに?」

「レイに会いに」

「だから、何で!?」

「さぁ?」

 エリスもそこは本気で分かっていないのだろう。

珍しい事に、その表情に困惑の色が浮かび上がっている。


「そもそもなんで俺の事を知ってるんだ?」

「それは私が知らせた」

「知らせた?手紙か何かか?」

「ん、報告書」

「報告書!?何の?」

「定期報告書」

「定期…報告?」

「そう。半月に一度」

「何その微笑ましさの欠片も無い実家とのやり取り?」

 10代の女子の口から出るとは思わなかった言葉にレイは唖然とする。


「Cランクに昇格した事とレイとパーティを組んだ事を報告した。パパからの報告書が昨日届いた。『レイ・カトー君に会いに行きます』と書いてあった」

(あー、これはもう「ウチの娘に手を出してんじゃねぇぞ!」か? もしくは「責任は取って下さるんですよね?」コースか?)

 どちらにしろ冗談ではない。

 エリスには『ドキ』とした事や『フラフラ』とした事はあるが、手を出した事は無い。不可抗力のボディータッチぐらいはあるが。

 その予定がまるで無いのかと言われれば、「あわよくば」とは思ってはいた。となるが、今の所実行した事は無い。


「よし、ハクレン。暫く遠出をしよう。具体的には数ヶ月ぐらい。あぁ、久しぶりにゼオレグに行こう。海が見たい」

「良いお考えだと思います。一刻も早く出立すべきです」

「だよな、思い立ったが吉日だよな」

 やましい事は何も無いが、面倒臭い事になりそうなのも間違いない。

 年頃の娘を持つ父親など、家に来たクラスメートの男子学生さえ敵とみなす生き物だ。

 ワタワタし始めるレイと、なにやら慌て始めたハクレン。


「無駄」

 そんな2人はエリスの一言で動きが止まる。


「むだ?」

「そう。無駄」

「…なんで?」


 恐る恐る聞くレイにエリスが死刑宣告をするかの如くゆっくりと口を開いた。


「既にいる」

「なっ!?」

「昨日、報告書を持ってパパ本人が来た」

「何それ!?本人来るんだったら報告書要らなくね?」

「ん、一理ある」

 どうでも良い所に同意してみせるエリス。

 だが、ツッコミを入れる程の余裕はレイには無かった。


「何処に?」

「宿で待ってる」

「よし、まだ大丈夫だ。荷物は宿にはほとんど無い。このまま出発し…」

「無駄」

「…なに?」

「既に捕捉済み。宮廷魔導師でも上位の実力者。逃げ切るのは、まず不可能」

「………」

 絶望と共に諦め、ガックリと膝を着いたレイ。

 そんな彼の肩を優しく叩く者がいた。


「クロー?」

「大丈夫だ、レイ。俺はお前を見捨てない。最後まで付き合うぜ」

「クロー!」

「俺が出発するまで3日。何としてでも結果を出せ」

「は?」

「こんな面白イベント結果が気になって、商談に集中できねぇだろ。終わりまで見届けさせて貰うぜ」

 そう言ってニッコリ笑うクロード。

 どうやら、この町には神も仏もいない様だった。



 魔法の3大名家の1つ、ロックハート。

 他の2家が伯爵として叙爵される一方で、この一族は家柄としては平民のままである。

 勿論、他の2家と同様に叙爵を打診されたのだが、当代の者がそれを断っている。

 理由は「領地経営なんかしてたら、研究時間が減る」という物だったらしい。

 それが事実かどうかはさておき、彼等が王国随一の『魔法バカ』一族である事は間違いない。


 その証拠か、宮廷魔導師の輩出数は他を大きく引き離している。

 夫婦揃って親子揃ってどころか、3代揃って計8名のロックハート姓の者が宮廷魔導師に名を連ねた事も有る。


 爵位は持っていないとはいえ、宮廷魔導師の待遇は下級貴族に匹敵する。

 元老院での発言権を持ち、宮廷魔導師全員が同じ意見を唱えれば、その影響力はは侮れない。

 故に一族に1人現役の宮廷魔導師がいれば、貴族と変わらない権力を持っていると言っても過言ではない。

 過去200年、ロックハート家の宮廷魔導師がいない時期の方が稀とも言える。

 結果、ロックハート家を貴族だと思っている者も少なくは無い。


 実際は権力争いとは無縁というか、権力争いなど無関心な一族なのだが、貴族から一目置かれる存在である事に変わりは無い。


 そんな人物がレイの目の前にいた。

(何あれ? スゴイ怖いんですけど)

 殺気や威圧感といった物が出ている訳ではない。

 顔が怖いという訳でもない。むしろ優しく朗らかな、どちらかと言えば女顔の優男だ。

 少し赤い茶色の髪に柔和な笑みを浮かべたナイスミドルだ。

 だが最大の特徴は、その目だろう。

 睨まれている訳でもないのだが、その目はこちらの心奥が覗き込まれている気分にさせられる物だった。


「やあ、初めまして。僕はマイアス・フィラード・ロックハート。以後お見知りおきを」

 そう言って握手を求めて右手を差し出してくる。

「どうも、レイ・カトーです」

「うんうん。噂は聞いているよ」

 マイアスは躊躇うレイの右手を取り、強引に握手に持っていく。

 それは魔法使いとは思えないほど硬い手の平だった。


「さて、早速で悪いんだけど、散歩にでも行かないか?」

「あ、はい」

 行かないか?とは言うものの、そこに拒否権が無いのは明らかだ。




「良い町だね。行きかう人に活気がある。子供達も笑顔だ」

 マイアスはクロスロードの町を本当にただ散歩するだけのように進んでいく。


「実はこの町に来たのは初めてなんだよ。まぁ通り道で通った事はあるけどね。じっくり見て回る機会は、今回が初めてなんだ」

 そう言って暢気に笑う姿はエリスとは似ても似つかなかった。


「それでね…」

「用件は?」

「…せっかちだね。こういうのは前置きも重要なんだよ?」

「前置きを重要視する人は、いきなり押しかけてなんかきませんよ」

「言うねー」

 とりとめもない話を続けようとするマイアスの言葉を遮って、レイが本題を話すように求める。

 そんなレイをマイアスは苦笑いで見やる。


「フゥ、分かった。じゃあ、本題に入ろう。エリスの事だ

 君の返答次第で、あの子は王都へ連れて行く。異論は認めない」

 そう言ったマイアスの顔には笑みは無かった。


「あの子は優れた才能を持っている。親の贔屓目を抜きにしても、それは間違いない」

「ええ、あの年で上級魔術の幾つかを使えるのは凄い事なんでしょうね」

「違うね。全然違う。まるで分かっていない」

 マイアスは若干の溜息混じりにレイの言葉を否定する。


「僕があの子ぐらいの頃には上級魔術はあらかた修得していたよ。最初の超級魔術を習得したのが16歳の時さ。そういった意味ではあの子の才能は大した物ではないよ」

 マイアスの言葉は自慢でも何でもなく、ただ事実を述べているだけだった。


「あの子の才能は魔力の流れが見える事、そして分析と解析。失われた魔法の再現や、新しい魔法の開発。停滞している魔法の時間を進める事が出来る子なんだよ」

「うん、それはなんとなく分かります。それで?」

「僕が君に聞きたいのは、あの子が危険な目に遭わないかどうかさ。そして万が一の時にあの子を守れる者が側にいるのかどうか。それだよ」

 マイアスは再び相手の心中を見透かすような視線でレイを見詰めている。

 嘘は通用しない。その事はレイにも理解できていた。


「正直に答えてくれないかな。君はエリスを守れるかい? たとえ僕が敵に回ってもあの子を守れるかい?」

 瞬間、レイの全身を悪寒が走り、脂汗が噴き出る。

 マイアスの質問に対しての答えは分かりきっている。

 『不可能』だ。たとえ、今この場にレオルードがいても不可能だ。

 それ程根本的な違いが目の前の男との間にはある。


「ハハハハ、ゴメンゴメン。冗談だよ、冗談。僕を敵に回して何かを守れる人間は王国全土で1000人は居ないんじゃないかな」

 そう言って笑うマイアスからは先程までのプレッシャーは微塵も感じられない。


「でも知っておいて欲しいんだ。絶対に勝てない相手はいる。絶対に逃げられない相手もいる。弱いままの奴に娘はやれないよ」

「ちょっ、待て、何ですか『娘はやれない』てのは? 別にそんなんじゃないですよ」

「おや?そうなの? あんなに嬉しそうにはしゃいだあの子を見るのは初めてだったから、つい…」

「…嬉しそうにはしゃいでた? ちなみにどの辺が?」

「眉毛とか、目元とか、口角とか、表情全般的にかな」

「スゲーな、アンタ」

 笑顔で何でもない事の様に語るマイアスをレイは今日初めて尊敬した。


「彼女の母親、クローディアはもっと分かり難いよ。表情なんてほとんど変わらずに喜怒哀楽を背後のオーラで表現する感じ?」

「それは表現なのか?」

 エリスの無表情の遺伝子は母親からの様だ。


「で、これからが本当に本題だよ」

 マイアスは真顔でレイに詰め寄り、レイの両肩を掴む。


「君はエリスが必要かい?」

 

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