42 「…パパが来る」
「赤毛ウサギだな。フム、……。傷も綺麗だし、状態も悪くは無い、が時間がちょっと経ってるな」
ギルドの買い取り担当の職員がカウンターの上に並べられた赤毛ウサギを1つずつ鑑定していく。
「ホウ!こっちのは生け捕りか。どうやって捕まえた?」
そしてとあるウサギを確認し始め、感嘆の声と共に顔を上げる。
「麻痺させて捕獲」
エリスは質問に対して簡潔に答える。
「なるほど、毛皮に傷も無いし鮮度もバッチリだ。考えたもんだな」
その答えに納得したように職員は頷き感心している。
「よし、コッチは1羽1500、5羽で7500。生け捕りのほうは1羽2200、4羽で8800でどうだ?」
「キリが悪い」
「ウッ、分かったよ。4羽で9000。これでどうだ?」
「ん、それで良い」
「よし、じゃあ合計で16500ギルだ。確かめてくれ」
職員から買い取り金を受け取る。
思わぬ臨時収入に顔が綻ぶ。
ただし、それは約1名のみに限定されている。
「私の勝ち」
「数は私の方が多かったですよ?」
「勝負は買い取りの金額」
「ムゥ…」
勝ちと言いながらも特に表情の変わらないエリスと、負けた動揺を表に出さないように努めるハクレン。
よく見れば、エリスは心なしか胸を張り嬉しそうだし、ハクレンはその尻尾が項垂れている。
それの判別が出来るのは、この場ではレイぐらいなのだが、彼も今更そこを敢えて見分けようとは思っていなかった。
最近はずっとこんな調子で、この2人の張り合いが続いているのだ。
何が発端だったのかよくは分からないが、突然張り合うようになったのだ。
討伐や採取の依頼ではその数や買取金額を、大物相手の時にはどちらがより貢献したかを競い合っている。
そして、数や金額で明確な優劣がつけば良いのだが、そうでない場合にレイに判定させようとするのが彼にとっての頭痛の種だった。
今回のように他の誰かがジャッジしてくれるととてもありがたい。
「さて、依頼の報告して今日は帰ろうぜ」
「ん、了解」
「…はい」
上機嫌にスキップでもしそうなエリスに対してハクレンの足取りは重い。
やはり、表には現れていないだけで2人の気分は天と地ほどの差があるようだ。
(しょうがないな。今晩はちゃんと機嫌を取っておかないとな)
落ち込むハクレンの為に今晩は頑張ろうと決めたレイだった。
あくまでも、ハクレンの為に、である。
「お疲れ様です。カトーさん。依頼の報告ですね?」
「あぁ、そうなんだけど、リザリーは?」
レイ達がギルドに戻ってきた時には受け付けカウンターにいた某看板娘の姿が見当たらない。
別に彼女がレイの専属という訳でもないのだが、何故かよく担当になっている。
今日は日頃のお礼をしようと思っていたのだが。
「あ~、リザリーさんはその…」
「逃げたんだな」
「いえ、まぁ、なんと言うか…」
「朝も『この依頼は報告書の作成になるから面倒臭いです』とか言ってたしな」
「………」
「頑張れよ、新人職員。見習うべき人物を間違えるな」
今回レイ達が受けたのは『オークの集落の調査』だ。
以前にレイやエリスがCランクへの昇格試験を兼ねて受けた依頼の続きのような物だ。
一度魔物が住み着き集落を形成した場所は、暫くするとまた別の魔物が住み着く可能性がある。
例え焼き払ったとしても、森の中にポッカリ空いた空間は新しい集落を作りやすい環境と言える。
その為、定期的に見回りを派遣する事になっている。
当然、見に行った者の話をまとめ報告書を作成し、上に報告する事がギルド職員の仕事となる。
簡単に言えば面倒臭い仕事だ。
「では、魔物が住み着いている様子は無い。という事でよろしいですね?」
「そうだな。小型の獣はいるかも知れないけどな」
「わかりました。その旨で報告しておきます。お疲れ様でした」
そう言ってお辞儀をするギルド職員、ティファー。
まだ新人に分類される真面目な職員だ。小柄な体格で、カウンターの向こうには底上げ用の台があるとの噂だ。
小柄な体でパタパタと走り回り、一生懸命職務をこなす姿に好感が持てる未来の看板娘候補だ。
いや、既に現看板娘より頼りになると評判だ。専らレイの中での評価なのだが。
「そうだ、ティファー。依頼からの帰りにこれ捕まえたんだけどな」
「あ!ルビーラビット!」
それは先程買い取ってもらった赤毛ウサギ。別名をルビーラビット。
赤い毛並みが美しく、その毛皮は高価で取引される。
そして何より、その肉が高級食材として扱われる。
ただし、その肉は痛むのが早く、死後半日過ぎると味が落ち、2日で食用に適さなくなると言われている。
その為生け捕りにしたエリスは高評価を受けたのだ。
先程売った9羽以外にもレイが仕留めた3羽を持っている。
2羽は宿の主人に渡して食事に出して貰おうと思っていた。
後は、世話になっているギルドの職員に、と思っていたのだが。
「これ、ティファーにやるよ」
「ハァ、ハア!?」
(ガタ!)
カウンターの向こうのドアの辺りから物音が聞こえる。
「い、良いんですか!?」
「本当はいつも世話になってるリザリーに、と思ってたんだけど居ないならしょうがないよな」
(ガタガタ!)
「じゃあな、ドアの向こうの不良職員に真面目に仕事をする事の素晴らしさをしっかり教えておいてやれよ」
「えーと、頑張ります」
若干引きつった笑みのティファーに見送られレイ達はギルドを後にした。
翌日からリザリーの職務態度が若干真面目になったのだが、それは偶然だろうか?
尤も三日坊主でしかなかったので偶然なのだろう。
レオルードはレイの剣を軽く弾き、一歩で肉薄すると体当たりでレイの体勢を崩す。
そのまま追撃に入ろうとするレオルードに対し、レイは強引に姿勢を立て直すと僅かに逡巡し、結局強引に踏み込むことにした。
結果不十分な姿勢のまま、不十分な踏み込みで、不十分な振りとなった。
当然、簡単に避けられ、がら空きの脇腹に一撃を貰う。
「だから、それじゃあダメだって言ってんだろ。迷ったら引くんだよ。迷ってから踏み込んで良い事なんかねぇんだよ」
レイとレオルードの稽古を脇で見ていたクロードが口を挟む。
ここ数日の日課となったレオルードとの朝稽古。
本当の意味で強くならなければいけない。そう思い始めたレイは、ちゃんと剣術を習う事にした。
最初はハクレンに教わるつもりでいたのだが「ご主人様に剣を向けることなど稽古といえど出来ません」と断られた。
仕方なく1人で剣を振りながらイメージトレーニングをしていたのだが、当然上手くいく筈も無かった。ハクレンも教えてはくれるのだが、そこには遠慮が見えた。
仕方なくクロードに相談したところ「お前は剣の腕は悪くはねぇんだけど戦い方がなってねぇんだよな」という一言が始まりだった。
それもその筈、剣の腕前自体はスキルポイントを使用して手にした【中級剣術】によるものだ。
それは剣を振る事、剣を振る際の体の使い方には効果があるが、戦い方自体には影響を及ぼさない。
「そんな戦い方が通じるのは格下相手のときだけだ。自分と同格以上を相手にするなら、迷ったら引く。万全な体勢も出来ていないのに踏み込んだって返り討ちにあうだけだ。そうだよな、レオ?」
「うむ。踏み込みがグッ!としていないので、剣筋がヘロッとしている」
「そうだ、その例えはよく分かんねぇけど、そんな感じだ」
ここまでの稽古で分かった事は、レオルードが恐ろしく強いという事だ。
勿論、今までも分かったつもりではいたが、向き合ってみて改めて実感した。
これまでで1本取った事も、取れると思った事も無い。
そしてもう1つ。
レオルードが人に物を教えるのに向かないという事だ。
それは「もっとガッ!と踏み込め」とか「こうビュッ!といけ」といった風に、重要な部分を教えるのに意味不明な擬音を用いるので理解ができない。
挙句は「気合で受け切れ!」とか「根性で打ち抜け!」と最終的には精神論がやってくる。
某ミスターと某闘魂が合わさったような男だ。
その点、クロードは教えるのが上手かった(レオルードに較べて)。
元々が高名な剣士の直弟子だったらしく、その筋ではソコソコ有名なのだそうだ。
ただ、本人曰く「剣才は大した事ねぇよ。師匠にも『剣では大成しない』て言われてたしな」だそうだ。
クロードが「戦い方を学ぶには自分より強い奴にボコられんのが手っ取り早い」と言い出し、レオルードが呼ばれて来た。
それから連日レオルードと打ち合い、クロードがダメ出しをする日々が続いた。
「まぁ、その辺を頭で考えているうちは、まだまだだけどな」
そう言ってニヤリと笑うクロード。
免許皆伝は遠そうだった。
「んじゃ、今日はこの辺にしとくか?」
「ウッス、ありがとうございました」
クロードの言葉にレイが頭を下げる。
若干、というか大分ボロボロで息も絶え絶えのレイに対して、レオルードは物足りないとでも言いたげに素振りを始めた。
基礎体力も違うのだろう。
「お疲れ様です」
日課となった朝稽古を終えると、ハクレンがタオルを持って歩み寄る。
「ありがとう」
そのタオルを受け取り汗を拭う。
まだ始めて数日、目に見えた成果や実感はない。
クロードはもう直ぐ町を離れるのだそうだが、レオルードにその予定はないらしく、朝稽古には暫く付き合ってくれるのだそうだ。
そんなに急いでいる訳でもないので、のんびりと成長していけば良いとレイは考えていた。
そんな朝稽古に、いつもは来ない人物の姿があった。
「どうした、エリス?」
「ちょっと話がある」
「話?」
「そう。大事な話」
その無表情なのはいつもの事だが、いつもに増して表情が固い気もする。
「なんだ?」
「…パパが来る」
「……は?…今、何と?」
予想の大分上を行った言葉にレイが聞き返す。
「パパがレイに会いに来る」
「あー、何だろ?スッゲー雲行きが怪しい」
雲1つ無い快晴の空を見上げレイは、えも言われぬ不安を感じていた。




