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41 「分かってんなら良いさ」

「ふーん、それで伯爵は?」

「屋敷に戻って、領地に逃げ帰る準備の途中で司法局が踏み込んできたみたいですよ」

 エディアルは友人の話をオークションで落札した絵画を眺めながら興味無さ気に聞いていた。

 実際のところ今現在の彼の中での優先順位の最高位はどの絵をどこに飾るかだ。

 もっとも、最初からルクセインの事などに、明日の天気ほどの興味も無かったのだが。


「貴方の部屋に飾るなら左の『陽光の下の聖母』が良いんじゃないですか」

「うん。私もそう思うよ。問題は右の『潮騒』をどこに飾るかだね」

「僕なら書斎ですね」

「あぁ、キミの書斎になら合うかもね。でも私の屋敷の書斎には合わないね。困ったな」

「何も考えずに衝動買いをするからですよ。いくらしたんですか?」

「ん?安かったよ、180万さ」

「ご自分で会場に行かれたのでしたよね? なら、皆様も貴方相手に競り合う気にならなかったのでしょう。出品者もお可哀相に」

 それまで盛んに繰り広げられていた競り合いが、彼の一声で閑散としてしまう現場を過去に何度も見ていた為、今回も同じ光景だったのだろうと勝手に想像する。

 そして、それは正にその通りだった。


「それは幾らで売れるかな?」

 友人の腰に下げられた剣を一瞥し、世間話の様に呟いた。


「売りませんよ」

「私に刀剣収集の趣味は無いよ。単なる興味さ」

 そう言うエディアルだが、その腰にある剣は150年程前に滅びたとある国の国宝だった逸品だ。

 趣味に無い物でも、突然欲し手に入れるのがエディアル・スタンフォルツという男だ。


「それより伯爵の事ですよ」

「フフ、まぁ別に構わないだろう。奴隷の誘拐程度で彼には大した事は無いさ。精々が奴隷法への抵触で、数年間の奴隷売買の禁止程度さ」

 友人が敢えて話題を変えた事ぐらい分かっているが、そこを指摘するほど野暮ではない。

 ルクセインの事も、もっと派手な大立ち回りを期待していたのだが、あの男程度ならこんな物かと納得もしていた。


「では、アレはどうするんですか?」

「うん?放っておけば良いんじゃないかな。私はしばらく忙しくなるし」

「忙しくなる?」

 『忙しい』それはエディアルに最も縁のない言葉の様に思える。


「やっぱり本物を聞きながら眺めるのが良いと思わないかい? 南の島にでもよく合う別荘を建てるよ」

 エディアルは、やはり世間話の続きとして、特に何でも無い事の様に言ってのける。


 たった一枚の絵を飾るためだけに、島を買い取り、その絵に似合う別荘を建てる。

 そんな破茶滅茶な事を平気でやるのが、エディアル・スタンフォルツという男だった。


 △ △ △ △ △ △ △ △ △ △ △ △ △ △ △


 オークション3日目の夕方、ハンターギルドにてアスカはレイを待っていた。


「そっか、明日出発するのか」

「うん。今度は聖都にね。勇者の噂があるんだって」

 勇者=転生者という訳ではないだろうが、突然そんな噂が出始めるとすれば、その可能性は十分に考えられる。

 アスカはそれを確かめに行くようだ。


 クロスロードの大オークションは多くの人が集まる大イベントだが、基本的にはは単なるオークションだ。

 開幕閉幕に何か大々的なセレモニーが有るわけでもないので、最終日まで残る者はそれほど多くはない。

 残るのは最終日に目当ての物があった者や、最後まで粘って少しでも稼ごうとする行商・露天商達だ。

 他は最終日の翌日の来るように調整されている飛行船に乗って帰る貴族や富裕層の者達か。


 毎年この時期には、オークション帰りを狙う賊の類が後を絶たない。

 安全確保の為に数人~数十人で集団を作り、お金を出し合いハンターや傭兵を護衛として雇うのが基本となり、町に溢れていたハンター達もいなくなっていく。


 アスカもオークション4日目の昼過ぎに出発する聖都行きの一団に護衛の1人として雇われる事になったらしい。


「何かあったら連絡するわ」

 そう言ってアスカから渡されたのは手乗りサイズの水晶だった。


「それは『遠話の水晶』よ。これを使えば離れた場所でも会話が出来るわ。ただし、アイテムボックスなんかに入れっ放しにすると着信に気がつかないから気をつけてね」

 『遠話の水晶』は2つ一組のマジックアイテムで、水晶を通し相手と通信が出来る。

 値は張るが、便利な道具で、使用者の魔力を消費するアイテムの為、耐用年数も長く活躍の場は多い。

 レイもバインダーの中に1セット所持していた。


 そんな暫しの別れの話の最中に、

「おいレイ、お前に言っとく事がある」

 アスカの肩の上でコンがそう話を切り出した。


神威カムイって言ったか、アレの事な。あんまり頼りにし過ぎんなよ。

 アレは確かに強力だ。本気のオイラだってアレを相手にすんのは勘弁だ。

 でも、制限時間10分、使ったら倒れる、その後は暫く使えない。これじゃあ戦術の核には置けねぇよ」


 それはレイも分かっていた。

 現在は2枚の神威カムイを使い切り、切り札が無い状態だ。

 ただそれだけの事で、レイは大分心細さを感じていた。

 それ程レイは神威カムイを頼りにしていた。いや、頼っていた。

 確かに神威カムイは強力な能力だ。極端な話、これさえあればこの世界の9割9分9厘の相手には負ける事は無いだろう。

 故にレイは無意識にどんな状況でも何とかなる、切り抜けられると考えていた。


 それが驕りだったという事は理解出来ていた。

 目を覚ました後に聞いた限りでは、殺されていてもおかしくない状況だった。

 もし、クロード達がいなかったらどうなっていた事か。

 危機意識が低かった事を痛感した。


 グラムを奪われた事などより、そちらの方が余程重大な問題だった。

 正直な所、グラムを失った事をレイはあまり問題視していないかった。

 現状では素の状態でグラムは大した性能を発揮していない。ダンカンの店で買った剣の方が切れ味は鋭い。

 現状でのグラムの最大の利点は神威カムイ発動時でも普通に使える。というところだ。並みの武器ではそうはいかない。

 そもそもが、門外不出の家宝でもなく、危険な冒険の末に手に入れた努力の証しでも無い。

 【カードファイター】の能力で手に入れたちょっと良い物といった程度の認識だった。

 沈痛な面持ちで謝ってきたクロードに逆に申し訳なく思っていた。


「あぁ、今後は神威カムイの使い方は考えるよ。使わなくてもやっていける様に俺自身もレベルアップしないといけないしな」

 当面の課題は自身のレベルアップ。

 それと平和に慣れきっている日本人感覚を切り替える事だ。


「まぁ、分かってんなら良いさ」

「フフ、なんのかんのでコンもレイ君が気に入っている様だよね」

「「ハァ!?」」

 アスカの言葉にレイとコンの声が見事にハモる。

 それに気付いた2人も気まずそうに視線を逸らす。

 そんな様子に更に笑みを深めたアスカは、レイの頭にコンを乗せた。


「そんな仲良しなレイ君にしばらくコンを預けましょう」

「は?」

「マリーさんとエリスちゃんと飲みに行くのよ。預かっといて」

「なんでさ!オイラも行くよ?」

「ダメよ、女同士でしか出来ない話も有るんだから。コンも男同士で気兼ねなく遊んできなさい」

 そう言うとアスカはコンやレイの返事も聞かずにその場を去っていった。


「チッ!しょうがねぇな。偶にはガールズトークもしたい、て事か」

 諦めたコンはレイの頭上でクルリと向きを変え、背後に控えていたハクレンの胸をロックオンする。

「ハクレンちゃーん!」

 その胸に飛びつこうとしたコンを、レイが空中で捕獲する。


「勝手に触んな。それは俺んだ」

「良いじゃんか、減るもんでも無いし」

「じゃあ、俺がアスカの胸を揉んでも良いんだな?」

「ざけんな! ブッ殺すぞ!」

「だろ?」

「チッ、ケチな奴だ」

「お前もな」

 レイは不貞腐れたようなコンを再度頭上に載せ直す。


「ハクレンも行って来るか?」

「いえ、私はご主人様のお側に」

「そっか、じゃあ俺達も飲みに行くか」

「はい!」

 そう言って微笑むハクレンをレイは優しく抱き寄せた。


「ハイハイ、ゴチソウ様です。爆ぜろや、リア充!」

 ハクレンといいムードを作るには、頭上の幻獣様が若干邪魔だった。


 △ △ △ △ △ △ △ △ △ △ △ △ △ △ △


「もう、3日連続ですよ?オークション終わって直ぐに連日仕事なんてしなくても良いじゃないですか。のんびりしましょうよ。一年ぐらい」

「出来るか!来年のオークションが来ちまうだろうが。いいからサッサと仕事しろ、仕事」

「はーい、内容は、討伐。対象は、マッドクラブ。場所は、ノルティア渓谷。はい完了です。頑張ってきて下さいね。それと、美味しいんですよ、マッドクラブ。お土産期待してまーす」

 オークションが終わり通常の状態に戻ったクロスロードのハンターギルド。

 相変わらず、何故か依頼の受注を面倒臭がる職員を急かし討伐依頼を受ける。

 距離的には日帰りで行けるかどうか微妙なところだ。

 早く出ないと帰りは夜になってしまうかもしれない。 


「よし!準備は良いか?」

「はい!」

「ん、問題なし」

 振り返り2人の仲間に声を掛ける。

 いつも通りの返事が返ってくる。


「新魔法を覚えた。楽しみ」

「あんまり高火力なのは止めろよ。身も売れるみたいだからな」

 たった今仕入れた新情報を披露する。

「ん、大丈夫。火が通っていても売れる」

「いやそういう問題じゃなくてな」

 そろそろちょうど良い塩梅という物を覚えて貰いたい。


「ご主人様!マッドクラブは殻がとても硬いのでお気をつけ下さい!」

「あ、あぁ。分かった。でも、ちょっと気が早いなまだ町から出てもいないからな」

 何故かいつも以上にやる気満々のようだ。


「問題ない。殻の硬さとか関係無い。今日は私の独壇場」

「あれ?昨日もそんなこと言ってませんでした?『まとめて一網打尽』とか。結果は10対6で私の勝ちだった気がしますが?」

「昨日と今日は違う。貴女こそ渓谷は南が風上。今日は役に立たない」

「む、なら勝負です」

「望むところ」

 なにやら張り合い始め、肩をぶつけ合いながら早足で進み始めた2人を溜息混じりに追いかける。

 これで戦闘が始まれば、見事なコンビプレイをみせる(事もある)のだから分からない物だ。


「ご主人様、急ぎましょう」

「レイ、遅い」

「お前等な、ハリキリ過ぎんなよ。気楽に行こうぜ」

 レイ・カトー、彼は今日も平常運転だった。

別に最終回ではありません。

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