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 閑話 ハクレン独白

ハクレンの回想会です。


「あの声、あの匂い。あれは…」

 忘れる筈が無い。間違える筈が無い。

 それは懐かしい記憶。


 静かに寝息を立てているご主人様の寝顔を見ながら私はこれまでの事を思い出していた。




 私の生家であるラウ家は代々がネルセス男爵家に使えていました。

 父であるシュンシン・ラウはネルセス男爵様の右腕的存在だったと聞いていました。

 父は「男爵様は年若くして先代の跡を継がれた為に経験不足でよく暴走をする」とよく嘆いていました。

 しかし、最後には必ず「あの方はきっと立派な領主となる」と褒めていました。


 その言葉の通りなのか、男爵様はとても領民思いの方であり、よく空回りしている方でもありました。

 大雨で河川が氾濫すると「俺にも出来る事は無いか」と現場を訪れ逆に邪魔になっていました。

 水が引いた後も「俺も手伝おう」と復旧現場に現れては自らクワを振っていました。そして直ぐにダウンして、救護に人手を割かせていました。


 何かがあればやって来て、領民と一緒に歌い、一緒に踊り、一緒に笑い、一緒に泣いていました。

 領民は皆が男爵様が好きだったと思います。



 そんなネルセス男爵家に突然終わりの日がやって来ました。

 男爵様と父や腹心の家臣が供に出かけて暫くした頃に王国の軍がやって来ました。

 王国北部の侯爵が殺され、男爵様がその主犯であると告げ、関係者を拘束し王都へと連行していきました。

 その中に男爵家に使えるラウ家の者も含まれていました。


 我が家は既に母が亡くなっていた為に連れて行かれたのは、2人の兄と私の3人。

 連れて行かれた王都で会った父は酷くやつれていました。

 その際に父が言ったのは「私は男爵家への忠義を貫く。お前達も思うようにしろ」というものでした。


 その後は別々に尋問を受け、以降は兄達には会っていません。

 尋問の内容は「侯爵殺しの計画は知っていたか?」「男爵はどんな人物だったか」といった物で、私は正直に思ったまま「計画の事は知らない」「男爵様は優しく民思いの方だ」等と答えました。

 数日すると調査の結果が私にも伝えられました。

 それは、男爵様が侯爵殺しを認めたという物でした。正確には侯爵殺しの主犯である事を否定しなかった。という事らしいのです。

 大罪である貴族殺しの主犯である男爵様と、それを補佐したとして父の処刑が決まったとも伝えられました。


 父は常々「忠義は盲信ではない。時には不興を買う事を覚悟で諫言しなければならない」と言っておりました。

 その言葉の通りに父はよく男爵様に諫言していたようでした。

 その父が今回の侯爵殺しについて、男爵様を諌めなかったという事は、父も賛同していたと言う事でしょうか?今となっては2人の心中は知る術は無いです。


 そして、私達の処遇についても知らされました。

 主犯である男爵家は取り潰し、三親等にいたる者を処刑とする。

 共犯者、当人は処刑。その二親等にいたる者を身分奴隷とする。

 というものでした。


 このとき私に1つの提案がありました。

 それは『既に男爵家、ラウ家と縁を切って別の貴族に仕えていたという事にすれば、奴隷という身分にならずに済ませる事が出来る』という物でした。

 白狼族という希少な者を手に入れたいという貴族の申し出だったのでしょう。既に身を引き受けても良いと申し出ている者が何人かいるという事でした。


 当然お断り致しました。

 父が最後まで男爵家に忠義を尽くした様に、私も最後まで男爵家に忠義を貫こうと決めておりました。


 処刑が執行された日、私の主はいなくなりました。

 奴隷となり、いつかは誰かに買われる。その時はその方に精一杯仕えよう。最後まで忠義を貫いた父のように。

 そう心に決めたのでした。



 身分奴隷は、その身柄の売買権を国から購入した奴隷商により売られます。

 私の売買権を買われたのがアストン氏でした。

 聞いた話では、売買権を購入した奴隷商が自身の奴隷とする事も少なくはないという事で、その覚悟もしてはいました。

 しかし、アストン氏は私をオークションで売ると仰いました。

 クロスロードで開かれる年に一度の大オークションが1月後だったのもそう決めた理由の1つでしょう。


 クロスロードへと向かう道中はとても不安なものでした。

 オークションにかけられ売られる事への不安もさる事ながら、道中の護衛として雇ったハンターの質の低さに愕然としました。

 むしろ同行していた商人のクロードさんの方が頼もしく感んじられました。それもその筈、後で聞けば彼は元Aランクのハンターだという事でした。


 そして悪い予想は的中し、休憩中に賊に襲われてしまいました。運の悪い事に賊は風下から接近しており、私も気づく事が出来ませんでした。

 そして、護衛のハンター達が大して役に立たないだろう事は簡単に予想できました。

 この事態を予想していたのか、クロードさんとアストン氏は既に逃げ出す準備をしていました。

 しかし馬車から若干離れた場所にいた私は乗り遅れ、アストン氏に置いていかれました。

 そんな私をクロードさんが拾って下さいました。

 しかし、それでも私達の命運は風前の灯といったところでした。

 荷馬車で騎乗した賊から逃げ切る事は難しく、希望は護衛のハンター達が時間を稼ぐ間に逃げる事でしたが、期待は出来ませんでした。


 予想通り護衛のハンター達は直ぐに逃げ出したようで、賊の追撃が始まりました。

 クロードさんが腕の立つ人物である事は既に分かっていたので共闘し撃退する事を提案したのですが、彼はケガで片足が不自由な為大人数を相手には出来ないとの事でした。

 私も、飛び道具を持った複数名を相手にするのは難しく、それは最後の手段とする事になりました。

 そして、徐々に距離を詰められ、その最後の手段を使う時が近づいていると覚悟しました。


 その時、私達を救って下さったのがご主人様でした。

 今にして思えばそれは運命の出会いだったのでしょう。

 魔術1つで20人を超える賊を一網打尽にしたのだそうです。

 さすがはご主人様です。


 その後クロスロードまで辿り着き、私は自身の今後が不安でした。

 クロードさんは「アストンは、アンタを捨てて行ったんだ。奴のところに戻る必要は無いさ」と道中で語っていましたが、そうなるとどうなるのか、という所までは分からないそうでした。

 この時は、いっその事クロードさんが買ってくれないかと思っておりました。

 彼の言動は軽いのですが、その内側に1本芯の通っている人物なのが感じられました。

 彼は時折下心のありそうな視線で私を見ておりましたが、男性ならば仕方がないのだと思っておりました。


 城門の所で賊の引渡しをし詰め所にて事情の説明をしていると、そこへアストン氏がやって来て、クロードさんを盗人呼ばわりし、私の身柄を返せと言い始めました。

 それはとても不愉快な物言いでした。

 しかし、法律上ではアストン氏に分ががあるようでした。

 仕方がない。そう諦めかけた時でした。

 再びご主人様が350万ギルという大金を払い私を買うと申し出たのでした。


 失礼ではありますが、無理だと思っておりました。

 まだ年若く、ハンターとしてもCランクだというこの方に3日でそんな大金を用意する事など不可能だと思わざるを得ませんでした。

 しかし、この方には常識は当てはまらない。その事を2日後に思い知らされました。

 ご主人様は期日よりも早く350万ギルを用意されたのです。


 こうして私はレイ・カトー様の奴隷となりました。


 ご主人様はとても不思議な方でした。

 私の体を見る目は異性を見る目でした。胸や腰周りを、それこそ舐めまわす様に見ておられました。

 宿泊されていたのは1つの寝台しかない部屋でした。

 きっと夜伽を命じられる。そういう物だとも教わってもおりましたし、その覚悟も出来ておりました。

 しかし、ご主人様は同衾する事を命じても手を出す事はしませんでした。

 なにやら夜中に興奮し眠れずにいたご様子でしたが、結局は何事も無く朝を迎えました。

 そこまで悩むのならいっその事手を出されれば良いのにと思っておりました。


 武人としてもご主人様は不思議な方でした。

 普段の立ち振る舞い、足運びには武の匂いを感じさせないのに、剣を持てばその動きはよく修練をされた剣士の物でした。

 しかし、その手に修練の跡は見られません。大した修練も無くあの動きを修得しているのだと考えると、若干複雑な思いがしました。


 ご主人様は『神の祝福』をお持ちでした。

 それは、物体を札に代え自在に収納・取出しが出来るという聞いた事も無い力でした。

 それだけで無く更に不思議な力もお持ちでした。

 それは私如きでは説明の出来ない物でした。

 金属製のドラゴンを模ったゴーレムを圧倒し、完勝する程の物でした。

 時間制限等の使用条件が幾つかある様ですが、それでも常軌を逸するとは正にこの事だと断言できる物でした。

 それは正しく『神の祝福』と言える物なのでしょう。

 通常『神の祝福』を持つ者は国から厚遇され、なに不自由の無い生活を送っております。

 しかし、ご主人様はそんなものに興味は無く「ゆっくり、のんびり、生きる」と申されるのです。

 不思議な方です。


 ご主人様の為に全てを捧げる。この覚悟は最初からの物のつもりですが、今ではその根底が変わってきている事を感じております。

 最初の頃の思いは、それが父の教えであり、最後まで自身の理想の忠義を貫いた父に倣った物に過ぎなかったのですが、今は私の心から湧き上がる思いとなっております。

 『全てを捧げよう』から『全てを捧げたい』へと。

 これこそが父の心境だったのかもしれないと思えるようになってきました。


 しかし、私は大きな失敗をしてしまいました。

 自身の力を過大に評価し、驕り、油断し、ご主人様に迷惑をかけてしまいました。


 私を買い取ると言って来た貴族の申し出を断ったご主人様に対して、相手は強行手段に出ました。夜半に宿を襲撃しようとしたのだ。

 私はそれを自分1人で対処できると思い上がり、結果不意打ちを受け攫われてしまった。

 そんな私をご主人様は助けにきて下さいました。

 そして、あの不思議な力で数十名の敵を瞬く間に打ち倒されました。


 ご主人様は危険を承知で助けに来てくださったのに、私はまたそこでも油断をしてしまいました。

 背後に隠れた人物に気付きもしなかった。

 さすがに多勢に無勢は不利だったのでしょう、直ぐに引き上げていきましたが、一歩間違えばご主人様も私も殺されていたかもしれません。


 直ぐ後に隠れていたのに見逃していた私の失態でした。

 クロードさんは違和感を感じ取れたというのに、私は嗅覚に頼り過ぎて何も気付けませんでした。

 父から常々「我等は優れた鼻と耳を持つ。だがそれは絶対ではない。だからこそ頼りにし過ぎてはいけない」と言われていたのに。


「申し訳ありませんでした。ご主人様」

 大切な剣を奪われてしまいました。

 あのグラムと言う剣がどれほど素晴らしい物なのかは分かります。

 私が一生かけても償いきれない物だという事も。


「…兄さん」

 あれは間違いなく兄だった。

 自分にも相手にも厳しかった2番目の兄。

 私と同じ様に奴隷になったのでしょうか?ならばあの仮面の男が主なのか?

 それは分かりませんが、分かっている事もあります。


「同じ過ちは繰り返さない。次はちゃんと」

 そう、次がある。

 彼らは何かを欲していました。

 それを手に入れる為に、今ご主人様を殺すのは得策ではないと考えていた様でした。

 ならばいずれまた来るのでしょう。その時は…。


「ん、あ~、ハクレン?」

 ご主人様の声に思考が途切れる。


「はい、此方に控えております。ご気分はいかがですか?」

 ご主人様が目覚めた事を素直に嬉しく思う。


「良かった。また目が覚めたら居なくなってるかと思ったよ」

「そんな、ちゃんとお側におります。今度こそ」

「約束だからな」

「はい」

 その声が静かに胸に染み渡る。その微笑がとても愛おしく思える。

 奴隷が主を愛おしく思うなど、不遜な事なのかもしれません。

 それでも、ご主人様のお側に居る事。ご主人様にお仕えする事。それこそが私の無上の喜び。

 もしそれを妨げる者がいるのなら、全力で排除しましょう。


 例えそれが兄であっても。

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