40 「もう勝手に居なくなるなよ?」
「さて、どう後始末をつけようかね?」
ルクセインを見下ろしたレイが呟く。
「貴様!貴族に危害を加えたな、死刑だ!」
クッキリと靴跡の付いた顔面を紅潮させ、怒鳴るルクセイン。
唇を切ったのか、それとも鼻血か顔面を押さえる手から血が漏れている。
「あ~、悪い。ウチのハクレンがブタに襲われてる様に見えたんで、思わず蹴り飛ばしちまった」
「貴様!」
怒りに震えるルクセイン。
「何事ですか?伯爵様!」
そこに物音を聞きつけルクセインの配下の男が駆けつける。
「侵入者だ! 全員連れて来い」
「は、はい。集まれ!侵入者だ!」
ルクセインの言葉に男は、大声で人を呼びに走る。
「クソが!ただでは済まさんぞ」
「おいおい、下品だな。高貴な貴族様の言葉とは思えないぜ?」
「黙れ!手足をへし折って、芋虫の様に這いつくばらせてやる。死ぬより辛い拷問を覚悟しておけ」
そうルクセインが怒鳴り声を上げる。
部屋には続々と金で雇われた者達が入ってくる。
中には一見しただけで、かなりの実力者である事を思わせる者もいる。
部屋の外にいる者を合わせると30人を下る事は無さそうだ。
「男は手足の1本や2本は構わんが、絶対に殺すな。女は無傷で捕らえろ。後でお前達にもヤラせてやる」
ルクセインの言葉に男達の目の色が変わる。
無遠慮にハクレンの体を眺め、中には口笛を吹いて囃し立てる者もいる。
「何人だ?」
「匂いが混ざってハッキリとは分かりませんが、40人前後かと」
小声で人数をハクレンに確認したレイは、予想以上の数に若干舌を巻いていた。
「逃げた方が得策ではないでしょうか? 幾人かは手練れもいるようです」
「うーん、大丈夫だろ」
ハクレンの心配を余所にレイは気楽に答える。
それどころか、
「これで全部か?小出しにすんなよ、面倒臭いから。この際全員まとめて相手してやるよ」
挑発じみた発言で男達の神経を逆なでする。
別に挑発することが目的ではない。
(チマチマやってると時間が足りなくなっちまうからな)
戦力的には全く問題にしていない。
問題なのは制限時間の10分。
(ブッ倒れちまうのも問題だよな)
サクサク終わらせて片付けないといけない。
「全員揃ったのなら掛かっておいで。先に謝っておくけど、殺さない程度には加減するつもりだよ。でも、失敗したらゴメンな」
自分達を舐め切っているとも言える余裕綽々の態度に、ある程度の実力者は警戒し、そうでない者は憤慨する。
ほとんどの者が後者に当たるらしく、男達が武器を掲げ気勢を上げると、一斉に襲い掛かってくる。
「単純な連中は扱いやすくて良いね」
そんな様を見たレイは口元に笑みを浮かべる。
そして切り札を取り出す。
2枚しか所持していない神威。
その内の1枚、マルスを一昨日に使用したばかりなので、この1枚が本当の意味で最後の切り札だ。
だからといって出し惜しみはしない。使うべき時に使わずして何の為の切り札か。
「神威【健雷命】」
「なっ!?」
突然雷光を纏ったレイに先頭の男達は驚き立ち止まろうとした。
が、後から押し寄せる者達に押される形で前に出る。
「ちょっとビリビリとするぜ。『雷花繚乱』」
レイの眼前から広範囲にわたる雷撃が放たれる。
彼方此方でスパークによる火花を無数に咲かせながら雷撃は暴れまわる。
威力は大分落としてある。そうしなければ、全員が黒コゲの炭と化してしまうだろう。
「残っていたのが健雷命で良かった。マルスだったら危ないところだった」
健雷命は高い技量も売りの1つだ。技の威力もかなり微細に調整が利く。
しかしマルスは威力を落とす方向の調整は不得意だ。目一杯に手加減しても並みの相手ではオーバーキルになってしまう事は間違いない。
室内だけでは収まらず、室外までを蹂躙した雷が消え去るまで数秒。
雷が消え去ると男達がバタバタと床の上に倒れ痙攣している。
「お?思ったより少ないな」
十分な手加減をしたつもりでいたので、半数近くは耐えるだろうと予想していた。
だが耐え抜いたのは5人。それもダメージは甚大、戦えそうな者はいなそうだった。
「悪い、時間がないんで終わりにするぜ」
肩で息をする生き残りに向かいレイは即座に間合いを詰める。
瞬く間に5人をグラムの剣身の腹で殴り倒す。
「さて、後はお前だけだぜルクセイン」
振り返ったレイの視線の先で、腰を抜かした様に床の上にへたり込むルクセイン。
「馬鹿な!? そんな…馬鹿な。間違いだ、これは何かの間違いだ」
呆然としたまま、うわ言の様に呟いている。
何十人もの男を雇い、自分の勝利疑わずにいたのが、僅か数十秒でひっくり返されたのだ、信じられないのも無理はない。
「ルクセイン」
「ヒッ!?」
ルクセインはレイの呼びかけに体がビク!と震わせ後ずさる。
「俺はお前がどんな趣味をしていようが、とやかく言う気はねぇよ。だが、俺の仲間に、大事な人に手を出すのなら、タダじゃ済まさねぇ」
レイは後ずさるルクセインをゆっくりと壁際まで追い詰める。
おびえるルクセインに見せ付けるように右手のグラムを振り上げる。
そして、その手を振り下ろそうとした瞬間。
「やめな!」
背後から掛けられた静止の声に動きを止めた。
振り返ると窓の外にマリーとリックがいた。
「やめな、レイ。そんな奴でも貴族だよ。さすがに貴族殺しはまずい。国だって黙っちゃいない。クロスロードの中だって王国法が適用はされるんだ」
真剣な面持ちでレイを止めるマリー。
彼女の言葉にレイは剣を下ろす。
それにマリーもホッと胸を撫で下ろす。
実際は、マリーに言われるまでもなく、レイにはルクセインを殺すつもりは無かった。
剣も脳天をハゲ頭にする程度のつもりでいた。
「フ、フハハハハ。そうだ、ワシは貴族、伯爵だ! そのワシにこの様な仕打ちをして只で済むと思うなよ! ワシがその気になれば貴様等平民などいつでも潰せるのだからな」
だが、その事がルクセインを再び増長させる。
「やっぱ、ブッ殺そう。死人に口無し、死体は迷宮にでも放り込んでおけば良いだろう」
「なっ!?やめろ、ふざけるな!」
それは只の脅しに過ぎないのだが、ルクセインの顔色を変えさせるには十分な物だった。
「そうだね、止めておきなよ、レイ」
リックがそう声を掛け、フワリと窓枠を飛び越え室内に入る。
「こんな奴に、レイが手を汚すほどの価値は無いよ。僕に任せなよ」
軽く微笑んで見せるリックにその場を譲り、レイはハクレンの隣まで戻る。
「さて、ルクセイン伯爵、これ以上彼等にちょっかいを出すのは止めてくれないかな? いや、止めた方が良いよ。かな」
「なんだと?」
「まぁ、聞きなよ。見えるかい? 窓の外に銀髪の少女が」
リックが指差す先にはエリスがいた。レオルードやクロード、他にも見知った顔が幾つかある。
「彼女はエリス・ロックハート。知ってるかい?」
「なっ!?…ロックハートだと?」
「そう、宮廷魔導師の長、クローディア・ロックハートの愛娘。いずれは魔法の3大名家の1つロックハート家を継ぐかもしれない人物さ。キミが手を出したのはそんな彼女の友人だよ」
ルクセインはエリスの方を見ながら口をパクパクとさせている。
「それにね………」
呆然としているルクセインにリックが何かを耳打ちする。
「っ!?」
ルクセインは驚愕に目を見開くが、その顔は次第に血の気を失っていく。
「これ以上彼等に手を出すのなら、僕も敵に回るけど、それでも良いかい?」
リックの言葉に真っ青なルクセインが顔をブンブンと横に振る。
「良かった。理解できたのなら…」
リックの表情に浮かんでいた笑みが不意に消える。
そしてレイが聞いた事の無い冷たい声で言い放つ。
「消えろ。そして二度と僕等の前に現れるな」
リックの言葉にルクセインはほうほうの体で逃げだしていく。
「勝手に決めちゃったけど、良かったかな?」
振り返ったリックはレイの良く知る柔和な笑みを浮かべる普段の彼だった。
「いえ、助かりました。ありがとうございます。
ところで、何を言ったのですか?」
「ん?まぁ、蛇の道は蛇って事さ」
どうやら言いたくない事の様だ。それなら無理に聞く事も無いだろう。
そう判断したレイは、それ以上追求する事はなかった。
「間に合ってよかったよ。さすがに貴族殺しとなると面倒だからね。
全く、無茶をするんじゃないよ」
マリーも窓枠を飛び越え、レイに歩み寄るとその肩を軽く小突く。
避けようと思えば簡単に避けられたが、そんな気は起きなかった。
心配をかけた報いは受けなければいけない。
「心配かけましたね、スイマセン」
「良いさ。2人とも無事なら何の問題も無いさ」
ホッとしたような顔でマリーは微笑む。
だが、納得していない者も若干名いた。
「良くない!俺もあのブタをブン殴りたかったのに」
そんな子供じみた抗議の声をクロードが上げる。
そこにはもう殺伐とした空気はなかった。
「ハクレン、大丈夫か?」
「はい、大丈夫です」
「もう勝手に居なくなるなよ?」
「はい、ずっとお側におります」
「なら今回は許す」
そう言ってレイはハクレンを抱きしめ、神威の時間切れにより意識を失った。
ルクセイン伯爵は逃がしたが、当然その行いを許したわけではない。
屋敷内に倒れている男達を捕まえ自供させる。
中には伯爵家の使用人も数人混じっている為、クロスロードの司法局であればルクセインの罪を追及してくれるだろう。
そんな訳で、旧領主邸内の男達を庭に放り出し、縛り上げる作業が行なわれていた。
誰もが気を抜いていた、そういう事なのだろう。
その事に最初に気が付いたのはクロードだった。
「チクショウ、面倒臭い事を人に任せて自分は女の膝枕とはイイ度胸だ」
ハクレンに膝枕されたまま眠っているレイを羨ましそうに眺めるクロード。
「こら、クロー。サボるんじゃないよ」
「へいへい、分かってますよ!」
マリーに叱られたクロードが渋々と作業に戻る。
「今晩はアイツの奢りだな」
そう言ってクロードはもう一度レイへと視線を向けた。
「ん?…何だ?」
その時、僅かな違和感を感じ取った。
その僅かな違和感の正体を探ろうとした瞬間、ハクレンの背後に見知らぬフードを被った者が姿を現した。
「ハクレン! 後だ!」
「え?」
クロードの警告にハクレンが振り返るよりも早く、ハクレンを蹴り飛ばす。
ハクレンは器用に体をひねり着地するが、レイはそのまま地面に落ちる。
「耳と鼻に頼り過ぎだと昨晩も言った筈だが?」
その人物はそう呟きレイの首筋に剣を添える。
声から男ではないかと予想できた。
「やめて!」
ハクレンの声にその人物は一瞥する。
「未熟者が。覚えておけ、弱者の望みなど叶わん」
男が低く冷たい声で答える。
クロードは焦っていた。
(クソ、隙がねぇ)
足が不自由である事を差し引いても、目の前の男には付け入る隙がない。
その視線はハクレンに向いているが、だからと言ってそのほかへの警戒も怠ってはいない。
にらみ合っている間に敵が増えるかもしれない。
そして、悪い予想は的中する。
「動かないで下さいね。彼の首がスパッと逝ってしまいますよ」
フードの男の背後から、仮面で顔を隠した別の男が現れる。
「中々面白い見世物でしたけど、結果がイマイチでしたね。彼は結果はどうでも良いと言っていましたが、どうせなら結果も付いて来て欲しいですよね」
そういうと仮面の男はフードの男に目配せをする。
だが、フードの男は首を振る。
「それは得策ではない」
「どういう事ですか?」
「こいつを殺せば、アレの所有権は国に戻る。そうすれば、また所有者探しからやり直しだ。このままの方が楽だ」
「なるほど、一理ある。ならそうしましょう」
フードの男の言葉に納得した様子の仮面の男は周囲を見渡す。
物音に集まり始めたレイの仲間達に焦る事無く悠然としている。
そして、ある物を見つける。
「おや?あれは…」
視線の先にはレイの神剣グラム。
仮面に覆われていない顔の下半分で満面の笑みを作ると、グラムへと歩み寄り拾い上げ眺める。
「美しい!正しく至高の芸術品。素晴らしい!」
仮面の男はグラムを一振りすると踵を返しその場を去る。
「何かを守りたいのなら、もっと強くなれ」
暫くその場に残りクロード達を牽制していたフードの男は、ハクレンを一瞥すると、そう呟いて姿を消した。
「何で……」
記憶に残るその声、その匂い。
それはハクレンにとって忘れる事の出来る筈の無い物だった。
「兄さん?」
ハクレンの呟きは誰にも聞こえる事はなかった。




