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39 「どう後始末をつけようかね?」

「レイ、ウロウロすんな」

 クロードは忙しなく部屋を歩き回るレイを嗜めた。


 レイが朝起きるとハクレンの姿が見当たらなかった。

 ベッドにはハクレンの温もりは無く、ベッドを出てかなりの時間が過ぎていると予想出来た。

 宿の主人の話では、閉めた筈の出入り口の鍵が開いていたという。


 レイが最初にとった行動は、頼りになる人物に助けを求める事だった。

 話を聞いたマリー、リック、クロードは自身の信頼出来る者に声を掛け協力を頼み、情報集めに奔走していた。


 その中で、走り回れないクロードはレイのお目付け役として残っていた。

 目を離すと何をするか分からない。そう思えるほどレイは取り乱していた。


「お前が今慌てたところで何か事態が進展するのか? 今は情報を待つしかないんだよ」

「分かってるよ!でも!」

「お前の気持ちが分からない訳じゃねぇよ。でもな、お前はエリスとハクレンとパーティを組んだんだろ? ならリーダーとして冷静さを保つ事を学べ。リーダーが冷静さを無くしたら、仲間が死ぬぞ」

「そんな先の事なんて!」

「ハァ。ともかく落ち着け。ハクレンは無事だから」

「何でそんな事が言える?」

「じゃなきゃ意味が無いからだ」

 クロードには確信に近い1つの予想があった。


 主の承認無く奴隷の所有権が譲渡される事は有り得ない。

 相手がハクレンを欲しているのならば、必ずレイに接触してくる。

 黙って連れ去る可能性は?

 それも無い。何故ならハクレンの奴隷としての登録は正規のものだからだ。

 奴隷の位置情報は公的機関の奴隷管理局が調査に出れば即座に分かる。

 ハクレンの場合は左腕の腕輪。そこに付いている所有者情報を記録した宝石が位置情報を発信する役目も持っている。

 相手がハクレンを殺すつもりでも無ければ、必ずチャンスはある。


「ルクセインはクソ野郎だ。だが奴隷の扱いは心得てる。ハクレンが欲しいのなら、絶対に接触してくる。そこでの対応を間違えなければ取り戻せる筈だ」

 問題はそれがいつになるかという事だ。

 オークションの開催中は奴隷の売買が多く、クロスロードの奴隷管理局は動けない可能性がある。

 もし、ルクセインが自分の領地に帰ってしまえば、そこに出向くのは絶対的に不利だ。

 そこの奴隷管理局はルクセインに丸め込まれる可能性が高い。

 なんとしてでもルクセインがクロスロードに居る間にケリを着けなければいけない。

 その為には、

「今は情報を集めるしかない。焦んなよ」

 クロードとて焦りが無い訳ではない。

 焦って行動して良い結果が得られる事はほとんど無いと理解しているのだ。


「分かってる」

 それはレイも頭では理解している事だった。


 今はマリーとリックがルクセインの屋敷を偵察に行っている。

 エリスやレオルード達が情報集めに奔走している。

 今は待つ時だ。そう自分に言い聞かせレイは再び部屋をうろつき始めた。



 それはクロードが用を足しに部屋を出た時に起こった。

 レイを目掛け一本のナイフが投げ込まれた。

 反応出来たのは偶然だったかもしれない。もう一度同じ事が出切るかと言われれば、レイには自信は無かった。

 その柄に巻かれた一枚の紙。それを広げたレイが部屋を飛び出して行く。



 戻ってきたクロードが見たのは無人の部屋に落ちる一枚の紙。

『旧領主邸』

 そこに書かれていたのはその簡潔な一文だった。



 △ △ △ △ △ △ △ △ △ △ △ △ △ △ △


 ハクレンが目を覚ましたのは、どこかの廃屋と思われる場所で手足を縛られた状態だった。

 窓には板が打ち付けられており、外の様子は分からないが、隙間から漏れる光が既に日が昇った後である事を教えてくれた。

 周囲の状況を観察し考察したハクレンは、自身の浅はかさを後悔していた。


 事は日が昇る数時間前にさかのぼる。


 ふと目の覚めたハクレンは、部屋の外に何者かが居る事に気が付いた。

 消し切れていない物音、隠し切れていない気配、漏れ出している殺気。

 それらから「大した相手ではない」ハクレンはそう予測していた。

 ご主人様を起こすまでも無い。そう判断したハクレンは静かにベッドから抜け出し、身支度を手早く整えると、気配を殺しドアへと近づいた。

 壁越しに気配を探った結果、相手が3人である事が分かった。


 ドアノブから小さくカチャカチャという音が聞こえていた。

 鍵を開けようとピッキングしているのだろう。

 暫くして、カチンという音と共に鍵が開いた。


 襲撃者達が室内に踏み込もうとドアノブに手を伸ばすよりも僅かに早く、ハクレンがドアを開いた。

 驚き固まった襲撃者2人の首筋に音も無く鞘ぐるみの剣が叩き込まれ、その意識を奪い去った。

 その2人よりも後方に居たため難を逃れた最後の1人が慌てて距離を取る。


「ご主人様が就寝中です。お静かに」

 そんな襲撃者にハクレンは人差し指を唇に当て静かにする様に伝える。


 1人では不利だと判断したのか、襲撃者は踵を返し逃げ出した。


 逃げ出した襲撃者を見送るとハクレンは室内を覗き込む。

 レイが穏やかな寝息を立てていることに安堵すると、静かにドアを閉める。


 気を失った2人の襲撃者を引きずり宿を出る。そこには逃げた襲撃者が待っていた。

 外にも仲間が居たらしく、3人に増えていた。


「妙な時間の来訪ですね? 日が昇ってからにして頂けませんか?」

 そう尋ねるハクレン。

 だが当然の如く返答は無い。代わりに武器を構え戦闘態勢に入る襲撃者達。


「是非もなしですか。なら仕方がありませんね。ところで1つお聞きしたい事が有るのですが?」

 ハクレンも剣を鞘から抜くと下段に構える。

「その漏れ出す殺気は誰に向けているのですか? もしご主人様に向けているのなら、覚悟してもらおう」

 相手が相応の実力者であったのなら、ハクレンの身の内側の殺気に気づいたかもしれない。

 だが、残念な事に襲撃者達にそれほどの実力は無かった。


 3人はハクレンを囲むように布陣する。

 ハクレンも3人から等距離を保つように間合いを調整する。

 それは誘いだった。

 3人はハクレンをある位置まで誘い出そうと少しずつ少しずつ誘導していた。

 仲間の隠れている路地の前まで。


(今だ!)

 ハクレンを路地の前まで誘い出した。正面に立つ者が飛び掛る。同時に背後の路地から2人が襲い掛かる。


 それは誘いだった。

 路地に2人が隠れている事などハクレンは宿の外に出た段階で把握していた。

 わざと知らぬ振りをして誘い出されてみせたのだった。

 背後へと飛び退き、路地から飛び出した2人の間を抜ける。

包囲の外へ出たハクレンは即座に取って返し2人を斬りつける。


 ハクレンの手に有るのは反りを持つ片刃の剣。刃を返している為、切れてはいないが骨は砕けているかもしれない。

 非力な部類のハクレンだが、その手に有るのは鉄の剣。刃を返しているとはいえ、殺傷力は十分だ。頭部などの急所を避けるように心がけておいた。

 それは慈悲ではなく、雇い主を吐かせる為に死なせる訳にはいかないという理由からだった。


 必勝を期した不意打ちが不発に終わり、残された3人は動揺し呆然とたたずむ。

 それを見逃すほどハクレンは優しくは無かった。逃げるのか、戦うのかの判断も出来ないまま、3人は次々と打ち倒され地面に転がっていく。


 最後の1人を昏倒させたハクレンは周囲をうかがう。

 耳をすまし、別の心音が無い事を確認する。匂いも7つ以外は無い。

 もう隠れている者はいないと判断し剣を鞘に収める。

 7人の襲撃者をロープで縛り上げると宿の裏路地に転がしロープの端を高い位置に結び付けておく。

 朝になったらご主人様と尋問をしよう。そう考えハクレンは路地を戻る。


 睨み合いを除いた実質的な戦闘時間は十数秒。

 雲で星明りすらない暗闇では、優れた耳と鼻を持つ自分が圧倒的に有利である。

 この結果は当然のものだとハクレンは考えていた。


 それはハクレンの傲りだった。


 背後から伸びてきた手に口を押さえられ。

「耳と鼻に頼りすぎだ」

 その言葉と共に首筋に落とされた手刀がハクレンの意識を刈り取った。




 ハクレンは後悔していた。

 1人で対応できると考えた事。

 視界のきかない状況は自分に有利な条件だと決め付けた事。

匂いと音が無いという事だけで周囲への警戒を解いた事。

 浅はかな思い上がり、それが今の状況を生み出した。


 だが、ハクレンが本当に後悔しているのは、自身が捕らわれたという事ではない。

 その事で主に迷惑をかけるという事に対してだった。


 きっとご主人様は私を見捨てない。

 何の確証も無いが、確信を持って断言できる。


「申し訳ございません。ご主人様。ご迷惑をお掛けします」

 あの方が諦めないのなら、私も諦めない。

 絶対にあの方の元へと戻る。

 ハクレンはそう心に決め、開いたドアから入ってきた、太った男を睨みつけた。



 △ △ △ △ △ △ △ △ △ △ △ △ △ △ △


 ギレーム・ルクセインは朝から上機嫌だった。

 昨晩の不機嫌さがまるで嘘の様な変わり方だった。


 それもその筈「白狼族の奴隷を確保した」という報告を朝一番で受け取ったからだ。

 彼の出した指示は「あの小僧と奴隷を捕まえて来い」という物だったのだから、目的は半分しか達成していないのだが、それでも朗報で有ることは違いない。


 ルクセインはレイとハクレンを捕まえ自身の領地に連れ帰るつもりでいた。

 自身の領地であれば平民であろう小僧1人に何をしても咎める者など誰もいない。

 拷問にでもかけ奴隷の譲渡に認めさせれば良い。もし認める前に死んだとしても、奴隷管理局に手を回し生前に譲渡の約束がされていたとすれば良い。

 そう考えていた。


 捕まえられたのは奴隷の方だけだが、それをエサに呼び出せば、あの小僧はノコノコやって来る筈だ。

 仲間を連れて来るかもしれないが、こちらも金で雇える者を用意しておけば良いだろう。

 そう考えたルクセインは既に50人ほどを手配していた。


「しかし、使えん連中だったな。自信満々だったくせに、小僧を取り逃がすとは」

 そんな事を考えていたルクセインは、ふとある事に気がついた。


「いや待てよ。ふむ、小僧1人を捕まえるよりましか」

 一度人手に渡った奴隷だ。既に処女ではないだろう事が口惜しいが、十分楽しめるだろう。

 いずれはスタンフォルツの若造に渡す事になるが、それまではたっぷりと可愛がってやろう。

 昨日見たハクレンの美しさを思い出しルクセインは下卑た笑みを浮かべる。


「馬車を準備しておけ!」

 自分の欲望に忠実なルクセインは、朝食後を摂ると屋敷を後にした。




「こんな埃まみれの床に転がすな。汚いではないか」

 長年使われていなかった屋敷は、埃にまみれていた。


 かつては領主が住んでいたというこの邸宅は、15年程前まではとある貴族が別荘として使用していたが、その後買い手がつかず放置されていた。

 そんな邸宅の奥の一室にハクレンは転がされていた。


「屋敷に連れて行くぞ。ここでは汚くてかなわん」

「宜しいのですか」

「小僧はここに呼び出せば良い。どうせ会わせる気は無いのだからな」

「なるほど」

 ルクセインの言葉に男は頷き部屋を出る。

 ルクセインがハクレンを連れ出そうと歩み寄る。


「寄るな、下衆が!」

「イキが良くて結構。じゃじゃ馬の調教は慣れている。いや、メス犬調教か」

 気丈に睨みつけるハクレンを、ルクセインは舌なめずりをするように眺めている。


「ワシの趣味を教えてやろう。気の強い女を屈服させる事だ。お前もキッチリ躾けてやろう」

「黙れ、しゃべるな、息が臭い!」

「良いぞ。気が強ければ強いほど、やり甲斐があると言うものだ」

 ハクレンの顔を覗き込むようにルクセインがしゃがみ込む。

 

 顔をそむけたハクレンを無理矢理自分の方に向かせようとルクセインが手を伸ばした瞬間だった。

「『石弾ストーンショット』」

 声と共に窓に打ち付けてあった板が吹き飛び、何者かが飛び込んできた。


「良い場面じゃないか。これが主役補正というやつかな?」

 闖入者は室内を見渡し、即座に状況を把握したのか、立ち上がると不敵に笑う。


「ルクセイン、それはお前の物じゃねぇ。汚い手で触るんじゃねぇよ、ブッ飛ばすぞ?」

 言うが早いか闖入者は一瞬で間合いを詰め、ルクセインを蹴り飛ばす。

 そのままバインダーからグラムを出し、ハクレンを縛る縄を切り落とす。


「ハクレン、無事か?」

「はい!」

「突然居なくなるな。心配するじゃねぇか」

「はい!」

「心配かけた分、帰ったらお仕置きだからな?」

「はい!」

 突然の現れたレイにハクレンが笑顔で答える。

 立ち上がらせたハクレンを強く抱きしめ口づけを交わす。


「さて、どう後始末をつけようかね?」

 床の上を転がり埃まみれになったルクセインを見下ろしてレイが冷たい声で呟いた。


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