37 「その奴隷をワシに譲れ」
大オークションの開催初日の朝。
町の中央広場以外でも様々な場所でオークションは開かれていた。
中には未登録で非合法品を扱うものも影では行われている。
武器や防具のオークションに、魔導器やマジックアイテムのオークション。
ハンターも是非参加したい物が幾つもある。
この日は流石にハンターギルドも人は疎らだった。
そんな人の少ないギルドにて、レイは1人の少女に叱られていた。
「ロックエイプは炭化させちゃうし、財宝は吹き飛ばしちゃうし、1ギルも稼げなかったじゃない」
「面目無いっす」
「あなたはお金持ちだから良いかもしれないけど、私には死活問題なのよね」
「スンマセン。マジ調子こいてました」
「なんか馬鹿にされてる気がするんだけど?」
お小言を適当に聞き流しながら、適当に返事をしていたレイをアスカが睨んでいる。
ギルドにやって来たレイは、待ち構えていたアスカに奥の個室へと連行された。
そこから約30分、アスカのネチネチとしたお小言が続いていた。
「まぁ、悪いとは思ってるよ。張りきり過ぎてやり過ぎたのも認める。でもしょうがなかったと思うぞ。あの状況で遺産がドラゴンの体内だなんて誰も予想出来なかっただろ?」
「それはそうだけどさ…」
頭では理解出来ても納得は出来ないという顔でアスカはぼやく。
「そんな訳で、一応悪いとは思っているのでお詫びの品を用意してきました」
「ホント!?なら許す♪」
とても調子のいい少女だ。
レイが取り出したのは1枚のカード。
『魔力結晶石 ☆☆☆☆☆☆☆【R】
魔力が高密度で結晶化した物
魔力密度 中
使用限定カード
品質 普通
含有魔力量 1000 』
「何これ?」
「俺の能力の1つさ。物体をカード化する事が出来るんだよ」
「ふーん、面白い能力ね。中身は魔力結晶石?迷宮で取れるアレ?」
「そう、その魔力結晶石さ」
「アレって大した値段で売れないんでしょ? 精々1個200ギル程度?」
確かに迷宮で取れる魔力結晶石は大した値段では売れない。そう言われている。
だが実はそれはウソだ。上級迷宮で取れる黄魔力結晶石ならソコソコの値段で売れる。
今回レイの作った魔力含有量1000の魔力結晶石は上級迷宮の中層以上でないと取れないであろう代物だ。
「コイツのギルドでの買い取り価格は1個1000~1500ギル程度だ。だが、魔導器を取り扱うような店なら2000~3000ギルで買ってくれるかもしれない」
「それでも3000ギルか。ならオークを2.3体討伐した方が儲かるよね?」
遠回しに「もっと寄越せ」と言っているようだ。
そんなアスカにレイはカードの一部分を指差し示す。
そこに書かれているのは『×100』の文字。
「ん?バツ100?……アッ!もしかして掛ける100?」
アスカの言葉にレイは静かに首肯する。
「え?てことは、2000が100個で……にじゅう…20万!?」
アスカは目を見開き、レイとカードを交互に見る。
「……どういうつもり? ハッ!? まさか私の体目当て?」
わざとらしくアスカが両手で胸を隠すようにして怯えてみせる。
「あっそう。要らないな「要る!!」…よね」
カードに手を伸ばしたレイの指先を掠めるようにアスカがカードを奪う。
そのカードを大事に抱きしめる。
「とりあえず、そのカード置け」
そんなアスカを苦笑いをしながら眺めていたレイが言う。
「嫌よ。もう私の物なんだから」
「じゃなくて、お前それ具現化出来んのか?」
「アッ!出来ない」
「だろ」
テーブルの上に置かれたカードをレイが具現化する。
現れた黄色い魔力結晶石の山。
それを見たアスカから「おお~!」と言う感嘆の声が上がる。
「これが20万ギルの輝き!」
「大事なのそこ!?」
眩しそうに手をかざし直視できずにいるアスカ。
まさしく現金な少女にレイも呆れる。
「じゃあ、有難く貰っておくわ」
そう言うとアスカは魔力結晶石を自身のアイテムボックスにしまっていく。
「今更だけど、良かったの?20万ギル相当なんでしょ?」
「本当に今更だな。まぁ、別に問題ないよ。そういう能力もあるんでね」
「そう。なら遠慮なく」
最初から遠慮する気も無いであろうアスカは全ての魔力結晶石をしまい終えた。
「さて、じゃあそろそろ本題に入りましょうか」
「本題?」
「そう、レイ君は信用しても良さそうだから、話しておくわ。私の目的を」
アスカはそれまでとはガラリと調子を変え真剣な眼差しをしていた。
「私の目的はこの世界のどこかにあるっていう世界樹を探す事」
世界樹、それは世界のどこかに存在し、マナを生み出す存在。
この世界の生活を支える魔法の源、つまりはこの世界を根底から支える存在。
「その世界樹に今異変が起き始めているらしいのよ。今はともかく100年先ではどうなるか分からないらしいわ」
このまま放っておけば、世界は混乱し荒廃していくかもしれない。
それは転生する際にケセドから教えられた情報だった。
レイも転生の間際にマルクトに『英雄になろうとか世界を救おうとか考えないで気楽に生きれば良い』と言われた事を思い出していた。
「世界樹の位置とかは分からないのか?」
「ええ、それは教わってないわ。自分で見つけないと意味が無いんだって」
そこにも何かの理由があるのだろう。
「ケセドは『転生者を送ったセフィラの思惑は同じ物ではない』と言ってたわ。ケセドは今の世界樹を救いたいらしいけど、中には新しい世界樹を生み出せば良いと思っているセフィラもいるらしいよ」
「マルクトは『世界を救おうなんて思わないで好きに生きろ』そう言ってたな」
「ふーん。そう」
レイにはマルクトの本心は分からない。だが、それは自分に変にプレッシャーを掛けない為の物なのではないかと思えてきていた。
「それで、世界樹を救う為に力を貸せ。という事か?」
「必要ならね。私もケセドから『人生を楽しむついでにで良い』て言われてるし、そこまで必死じゃないわ」
アスカは取り敢えず王国内を旅してみるつもりでいた。
今回と同じ様にエージ・ユーキの遺産を探して回るのも面白いかも知れないと思っていた。
「だから、何か有ったら力を貸して。て事よ」
そう言ってアスカはレイに右手を差し出す。
「ああ、分かった。力になれる事ならな」
その右手をレイも握り返した。
アスカとの話を終えたレイをハクレンは剣の手入れをしながら、エリスはコンをモフモフしながら待っていた。
その後は4人(と一匹)でオークションの開かれている中央広場へと向かった。
狙いはエリスが欲しがっていた魔導書だった。
その魔導書は王国建国以前の古代の代物で、使われている文字もその当時の物の為、解読する事も難しい。
だから何が書かれているのかは分からない。
その為か、オークションでは魔導書ではなく『古代の書物』として出品されていた。
だが、エリスにはそれが魔導書であるという確信がある様だった。
結果から言うと『古代の書物』はエリスが93万ギルで落札した。
「良かったな、エリス」
「ん。上々」
表情では分かりにくいが、いつもより軽い足取りがエリスの上機嫌さを物語っていた。
目的は達したので広場を後にしようとしたその時、エリス立ち止まり1つのオークション会場に視線を向けていた。
「どうした?」
「凄い魔力の塊がある」
「え、なになに?お宝?」
エリスの言葉にアスカが食いつく。
そのまま吸い込まれるようにその会場に入っていく。
「他に御座いませんか? それでは、エントリーナンバー136、スレミア画伯が晩年の作『湖畔に架かる虹』は315万6000ギルで24番札のご婦人が落札です」
会場に歓声が上がり若干ふくよかな女性が立ち上がり周囲に御辞儀をしている。
そこはどうやら比較的高額な品物を扱う会場のようだ。
「さぁ次は、オークション初日の目玉商品です!」
熱気に包まれる会場に司会の声が響く。
「エントリーナンバー137。極上の魔力結晶石です。直径は約4フィール(≒16cm)、色は真紅。コレクションクラブによる鑑定書付きです」
それはレイがハイネリアに売った魔力結晶石だった。
運び込まれた魔力結晶石が司会者の前の台に置かれる。
それに会場から「オ~」と歓声が上がる。
「それでは真紅の魔力結晶石、250万からのスタートです」
「280」
「300」
「330」
司会者の合図に一斉に札が上がり、多くの客によりどんどんと値が上がっていく。
オークションは進み、
「550!」
「おぉ、550!後の紳士が550万です。他は御座いませんか?」
司会者が会場中を見渡し、他の提示が無い事を確認する。
「それでは、エントリーナンバー137。真紅の魔力結晶石は14番札の紳士が550万ギルで落札です」
会場中から賞賛と妬みが半々になった拍手を受け老紳士が手を上げ、周囲に笑みを振りまいて応えている。
(クソー、ハイネめ。350万も儲けやがって、今度冷やかしに行ってやる)
その魔力結晶石の出元を知る、と言うか自分こそが出元のレイは、濡れ手に粟の巨乳エルフに心中で祝辞を述べておく。
「へー、魔力結晶石って良い値で売れるのね」
「あれは別格。Sランクのドラゴンでも狩らなければ手に入らない」
「この間ドラゴンなら倒したのにね」
(スイマセンね。アレと同じ物にしたらそう簡単に売れないんだよ)
実に含みのある言葉を放つアスカに、レイは心中で言い訳をしておく。
実際に今日アスカに渡した魔力結晶石に使用した魔力量の総計は、今の赤魔力結晶石と同じだが、わざわざ分割した。
そうしないと売るときに大騒ぎになりかねないと思ったからだ。
「さぁ、もう行こうぜ。早めに昼メシにしないと、店が満員になっちまうぜ」
お腹が空いたというより、これ以上ここに居たくないという理由でレイは昼食を提案する。
その言葉の通りこれだけの人手だ、昼時になれば食事処は大変な事になるだろう。
本日の昼食は昨晩食べ損ねたケテルホッチャに決めていた。
既に朝の段階でそう伝えてあったハクレンの尻尾がブンブンと振られている。
込み合う前に席の確保に成功したレイ達は、のんびりと昼食をし、食後のデザートを楽しんでいた。
特にエリスは実は甘い物が大好きな様で、果実の乗ったタルトに上機嫌だ。
しかし、楽しい時間は唐突に終わりを告げた。
「オイ、貴様! そこの若造、貴様の事だ!」
突然掛けられた声に振り返ると、そこには太って男が居た。
「何だアンタ?」
「下賎な平民が。誰に向かって口を利いている」
「この方はルクセイン伯爵様だ。口の利き方に気をつけろ」
男は居丈高に振舞う。その背後から使用人と思われる男が進み出ると代わって名乗った。
「フン、まぁ良い。狭量な貴族であれば貴様等はただでは済まんところだが、ワシは寛大な男だ、許してやろう。感謝すると良い」
その発言が既に狭量だという事は誰もが分かっている。
「それで?その伯爵様が、わざわざ下賎な平民に何の御用ですか?」
「そこの白狼族の奴隷をワシに譲れ」
レイの言葉にルクセインは尊大な態度を崩す事無く、言い放つ。
「は?なに?」
「フン。下賎な者は耳も悪いのか?もう一度言ってやるから良く聞け。
そこの奴隷を買い取ってやるからワシに譲れ」
ルクセインという名を聞いた時から、この展開は予想していた。
この日が来る事はクロードから言われ覚悟していた。
そして答えも以前から決めていた。
「断る」
レイは目線をルクセインから逸らす事無くハッキリと断言した。




