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34 「何も無いな?」

『エージ・ユーキ( ? ― ? )

 リンディア王国建国暦630年頃から、王国全土に渡り活躍したハンター。

 史上初の超級迷宮の走破、SSSランク(特別災害指定)の魔獣グランガリノスの討伐、魔物の異常発生特異点の発見と封印、等の数多くの功績を残す。

 当時まだ冒険者・探索者・便利屋等の様々な呼び名で個々に活動していた者達の為にエドワルド王(当時は王太子)を始めとする数人と共にハンターギルドを設立し、自らの活躍をもって王国全土にその存在を喧伝する。

 その一方で、家族や恋人等の大切な人と過ごす祝日として『聖夜祭』を提唱する等、文化面にも大きな影響を残す。

 その人柄は、明るく気さくで前向きな楽天家だったと言われている。

 そして、当時は蛮族と蔑まれる事の多かった獣人にも分け隔てなく親愛の情を持って接し、時に彼等の為に貴族と対立する事さえあったと言われている。

 しかし、その生涯には謎が多く、生年・没年は共に不明。

建国暦653年、エドワルド王の長女エミル王女の婚姻を祝う席でその姿が確認された以降の公式な記録にその姿は無い。』


「ふむ、まぁなんとなく分かった」

 レイは呼んでいた『王国偉人記』と書かれたその本を閉じる。


 時折その名を聞くエージ・ユーキの事が気になり調べてみようかと思い、エリスに聞いた所この本を貸してくれた。

 彼の事を書いた本や資料は、たくさん存在するらしいのだが、とりあえずの触りとして簡単な物からにした。


簡単にまとめると300年ほど前に活躍した人物で、ハンターギルドの創始者の1人で、自身も凄腕のハンターだった様だ。

『始まりのハンター』『ハンターの父』『超越者』等の様々な二つ名を持ち、未だに絶大な知名度と人気を誇り、彼に憧れてハンターになる者が後を絶たないとの事だ。

 だが、貴族等の特権階級には嫌われている事が多く、中には『増徴した平民の象徴』と言う者もいるそうだ。


 何故今そんな事が気になったかと言うと、これから向かう先にそのエージ・ユーキが関わっているからだ。


 アスカの見つけた壁に書かれた『開けゴマ』。日本語で書かれている事から、日本からの転生者が関わっている事は間違い無いのだろうが、なぜエージ・ユーキだと分かるのかと言えば、奥の扉に開けるヒントと共に彼の名が書かれた一文も在ったという。

 それが、

『我が後輩、後に続く者に之を残す。結城英治』

 という物だった。


 この『結城英治』が『エージ・ユーキ』と同一人物かどうかは何の保証も無いのだが、そこまで偶然が重なるものでも無いだろうとレイとアスカも考えている。


 アスカはその扉の向こうに、エージ・ユーキの残した遺産が有るのではないかと予想していた。


「面倒臭い事にならなきゃいいけどな」

 そこがレイには不安だった。


 エージ・ユーキ、伝説になるほどの人物。その遺産を見つけたとなれば、注目を浴びる事間違い無しだ。

 黙っていればバレる事は無いだろうが、こういった事は何故か知れ渡ってしまう物だ。

 そんな物を手に入れてしまったが故に、面倒事に巻き込まれる。

 よく有るパターンだ。


「最悪はアスカに押し付けるか」

 持ち込んだのは彼女だ。責任も彼女にとって貰おう。


「何か、仰いましたか?」

 レイの呟きに隣のハクレンが聞き返す。


「いや、楽しみだなエージ・ユーキの遺産」

「はい。伝説のハンターですからね」

 それもレイの偽らざる意見だった。

 面倒臭い事は嫌だが、かつてこの地に居た転生者に興味が有る事は間違いない。


 レイとハクレンは並んで転移陣を描くアスカを見ていた。

 ちなみにエリスもコンをモフモフしながら転移陣の作成を眺めていた。


 ハクレンとエリスの2人は、呼びに行こうとギルドを出たところ、外で待っていた。

 両手を組み目を潤ませ上目遣いで懇願するハクレンと、全く同じポーズ(ポーズだけ)のエリス。

 そもそも2人を置いて行くつもりは無かったレイは、「悪かったな。一緒に行こう」と今に至る。


 ちなみに、アスカは再び変装していたのだが、ハクレンは「匂いが2種類ある」と、エリスは「魔力が2系統ある」と一目で見破った。




 光に包まれ、一瞬の浮遊感の後、光が消えると景色は一変していた。

 アスカの泊る宿の部屋に居た筈が、薄暗い洞窟の中に居た。


「オリシスの北に3日ほど歩いた所、件の遺跡まで数分の位置の洞窟よ。ここなら遺跡にも近いし、薄暗いから転移陣もそう簡単には見つからないからね」

 アスカがそう説明し入口に向かって歩き出す。

 洞窟はそう深い物ではなく、入口はすぐそこに有る。


 外は剥き出しの岩肌が目に付く、高い岩山の中腹だった。


これから向かう遺跡は王国建国以前に作られた物らしく、岩山の中腹をくりぬいて作られている様だ。

ただし、何か目ぼしい物が有る訳でもない為、人が訪れる事は滅多に無い。

 アスカがその遺跡を訪れたのも、偶々そういう依頼を受けたからで、遺跡自体に用が有った訳ではない。

迷宮の様に魔物が自然に発生する訳ではないが、住み着いてしまう事は有るようで、定期的に見に行かなければいけないらしい。


 そして今も

「何か居ますね」

 ハクレンが遺跡内に何かが住み着いている事に気付いた。


「何が居るか分かるか?」

「いいえ、そこまでは分かりませんが、複数です」

 いかにハクレンの嗅覚が優れていようとも、本人の知らない物まで識別できるはずは無い。


「たぶん、ロックエイプだろうな」

 アスカの肩の上でコンが言う。


「でしょうね。この山の固有の魔物で、群れで生活してるわ。知能も高いし雨風を凌げるこの遺跡によく住み着くみたいよ」

 コンの言葉を継いでアスカが言う。


 ロックエイプは肌が岩のように硬質化している猿だ。

 猿と言ってもオスは熊の様な巨大な体躯と、人間の手足など骨ごと軽く握りつぶすほどの膂力を持つ。

 メスはオスより2回り以上小さいが、それでもその身体能力は人間よりも高い。

 その硬い肌と高い身体能力の為にゴブリンやオーク等よりも危険視されている。

 ギルドの評価はCランクだ。


「せめてもの救いが、群れの規模が大きくならない事ね」

 群れは1体のオスに数体のメスとその子供の10体前後で構成され、あまり大きくはならない。

 子供は成長し大きくなると巣立つ。そして新たな群れを作る。

 縄張り意識が強い為複数の群れが近い場所に居る事は無い。


「体皮が硬くて身体能力が高いって事は剣は不利か」

「ええ、刃物が通じない。接近戦は避けた方が良いわ」

 レイの言葉にアスカが頷く。

 切れない訳ではないが、簡単ではない。

 そして剣が当たるという事は、ロックエイプに掴まれる距離という事だ。

 掴まったら骨ごと砕かれ千切られる。


「遠距離戦だな。エリス、出番だ」

「ん、了解」

「分かってると思うが、崩落の危険があるから威力には気をつけろよ」

「……了解」

 なぜか不満そうなエリスに苦笑いし、遺跡の中に入る。



「こちらです」

 ハクレンに案内される形で魔物のいる場所を目指す。


「ハクレンさん凄いわね。コンにも索敵技能が有れば良いのに」

「ぐっ!良いじゃん、オイラだって色々役に立ってるじゃん!捨てないで下さい。お願いします!」

 ハクレンの索敵能力の高さにアスカが感心している。

 勿論コンへの言葉は冗談なのだが、コンの怯え具合は何なのだろう。


「大丈夫。コンは素敵」

「エリスちゃん!」

 エリスの言葉にコンが目を輝かせる。


「要らない子なら私が貰う」

「…要らない子!?」

「ダメよ。あげないわよ」

「アスカ!」

「大事なモフモフなんだから」

「オイラの価値はモフモフ感!?」

「「もちろん」」

 そう言って笑顔でコンをモフモフと弄り始める2人。


「お前等な、多少は緊張感持てよ」

「その…ご主人様も…」

 呆れ顔のレイの隣でハクレンが何か言いた気にチラチラと視線を送っている。

 頭上で耳がピコピコと動き存在をアピールしている。

 レイが頭をポンポンと叩いて撫でると、ハクレンが嬉しそうに目を細める。

 

 だが、レイの手はすぐに離れる。

「続きは、とっとと終わらせて、宿に帰ってからな」

 残念そうなハクレンは振り返ると、いまだにじゃれ合っている2人と1匹を睨みつける。


「いつまで遊んでいるんですか!行きますよ!!」

 サッサと終わらせて帰ろう。ハクレンはそう心に決めた。




「『其は剛炎、焼き尽くす嵐、猛り暴れよ。火炎嵐フレイムストーム』」

 都合良く同じ部屋に集まっていたロックエイプの群れを目がけエリスの広範囲魔術が襲う。


「ちょっと、イキナリ!?」

 視認すらする前の先制攻撃なのだが、特に珍しい事ではない。

 レイ達にとっては、という事だが。


「ロックエイプの皮は良い値段で売れるのに」

 黒こげと言うより炭化している8つの塊にアスカが溜息を吐く。


「そうなのか?まぁ、今更言ってもしょうがないだろ」

「そうだけど…」

 アスカは口惜しそうに眺めている。


「アンタ、奴隷なんか買っちゃって、お金に困って無さそうで良いわよね」

 反則気味な方法でお金に困っていないレイと違い、地道に稼ぐしかないアスカ。

 残念ながらアスカの稼ぎはさほど多くはなかった。

 

「ん?フフ、大丈夫よ売らないから。アンタは大事な相棒よ」

「ホント?もうオイラを質に入れたりしない?」

「ソレはどうかしらね?」

「ッ!?」

 どうやら以前に質に入れられた事が有る様だ。

 それ以外にも色々とトラウマが有るのだろう、アスカの発言にプルプルと震えている。

 そんなコンを「ウソよウソ、冗談」とアスカが慰めている。


「何で相棒を質に入れるほどお金に困ってるんだ?」

「この子が強すぎるの。良い値で売れる魔物に遭遇しても、今みたいに魔物が炭化するか塵となるか、結局お金にならないのよ。討伐証明も取れない事も結構あるのよね」

 アスカの貰った力は、コンというこの世界の案内役を兼務する守護獣だった。

 戦闘形態のコンはAランクの魔物でも消し炭にしてしまうらしい。かと言ってSランクの魔物など早々いるものでは無い。 

 強すぎる力。それはお金を稼ぐ事に向いていない物だった。

 コンを相棒にした事を後悔している訳ではないが、剣と魔法のファンタジー世界に来てまでお金に困るとは、苦学生だったアスカには若干笑えない話だった。


「エージ・ユーキの遺産なら良い値で売れるわ、絶対に手に入れるわよ。そしたらアンタを質になんか入れないわ。いいわねコン!」

「オウ、ガッテンだ!」

 右手を振り上げるアスカに倣い、コンも前足を突き上げる。


「つまり、売れそうな物が手に入らなかったらコンが売られる。て事か?」

「そう言う事になるかしら?」

「ッ!?」

 再びプルプルと震えだすコン。


「その時は、同郷のよしみで多少は援助してやるよ」

 その姿を哀れに思ったレイが、アスカとコンにだけ聞こえる声で話す。


「バカヤロウ!男の哀れみなんかいるか!」

 条件反射でコンが啖呵をきる。


 その言葉にレイが嫌な笑みを浮かべる。

「ほう。アスカ、珍しい動物を高値で買ってくれそうな人を探しておいてやるからな」

「あー、ゴメンナサイ、ゴメンナサイ。頼りにしてますぜ、旦那。いや、アニキ」

 途端にコンが揉み手をしながら愛想笑を浮かべる。


「あら、仲良しねコン」

「オウよ。オイラとアニキはマブダチだぜ」

 金の繋いだ友情だった。

 『地獄の沙汰も金次第』『金の切れ目が縁の切れ目』金が有れば続く繋がりだ。




「『あきらめたらそこで試合終了ですよ』」


 『開けゴマ』で開いた壁の向こうに在った隠し部屋。

 その部屋の奥に更なる封印を施された扉。

 その扉の前に立ったレイは開錠の言葉と思われる呪文(日本語)を唱えた。


 その途端、目の前の扉が淡く輝き、カチン、ガチャ!という音と共に両側へと開いた。


「おおー」

「流石だぜ、アニキー」

 アスカとコンが喝采を上げる中、ハクレンとエリスは首をかしげている。


「初めて聞く言語」

「なんと仰ったのですか?」

「ん?簡単に諦めんなよ、て意味さ」

 本当はもっと深い意味があるのだが、ソレを一々説明はしていられない。


「さぁ、行くわよ!」

 意気揚々と先へ進むアスカ。

 レイ達もその後に続き奥へと進む。


 奥は開け大きな部屋になっていた。

 その部屋は奥に大きなドラゴンを模った石像が有るだけで他には何も無かった。


「あの像がエージ・ユーキの遺産か?」

「もっと何か有るわよ。探してみましょう」

 アスカはそう言うと財宝を捜すべく部屋の中へと走っていく。


「俺達も探すか」

「はい」

 レイ達も部屋の中へと入っていった。



 結論から言うと、何も見つからなかった。


「何も無いな?」

「何でよ!」

「過去に誰かが訪れたのかもな」

「そんな訳無いでしょ!」

「開錠は合言葉だけだ、有り得ない事じゃないだろ?」

「ムゥ……。ハァー。無駄足だったか」

 アスカは盛大な溜息を吐くと諦めた様に呟いた。

「帰りましょうか」


 アスカが入り口へと歩み出した時、ソレは聞こえた。

『何だもう帰っちまうのか?』


「ッ!?」

 振り返ったアスカの視線の先で石像がヒビ割れ中から光り輝くドラゴンが現れた。


 金属製と思われるドラゴンから言葉が発せられる。

『折角来たんだ、もうちょっとゆっくりしていけよ』

 それは日本語だった。


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