33 「よし、じゃあ行こう!」
『暗号解読』の依頼を受けた翌日。
レイは依頼人と会う為にギルドで待っていた。
今回の依頼の関してレイはまずは個人で受けておこうと決めた。
今の所ハクレンとエリスの参加は遠慮してもらっている。
単に依頼の通り日本語を暗号として解くだけならば良いが、日本語で封印された扉を開けるという事は、明らかに日本からの転生者等に関わる事態という事だ。
レイは自身が転生者とバレる事態は出来る限り避けたかった。
ハクレンやエリスを信用出来ないという訳ではないが、まだその事を教えるかどうかは決め切れていなかった。
「カトーさん、依頼人がいらっしゃいました」
混み合うギルドで暫く待っていると、一人のギルド職員がレイを呼びに来た。
職員に案内され奥の部屋へと移動する。
商人ギルド程では無いが、ハンターギルドにも依頼人との打合せを行う為の部屋が有る。通されたのはその一室だった。
「こちらが依頼人の方です。匿名を希望されていますので、お名前等はギルドからは御紹介致しません」
そう言って紹介されたのは若い男だった。
(狼か犬系かな?)
頭上の三角の耳から獣人と思われた。
ギルド職員は簡単な紹介だけをすると退出していった。
「さて、早速で悪いけど『日本の首都は?』その答えを聞こうかな? 」
「それは、東京だろうな」
「へぇ、平安京以降に遷都の事実は無い筈だけど?」
「らしいね。ただ日本は『首都はここ』と法律で指定している訳じゃないからね。なら首都機能を有している=首都で良いだろ」
オランダなんかは首都を憲法でアムステルダムと明示しているが、実際の首都機能と国家元首の常住地はハーグになっている。
「まぁ、そんな話がしたい訳じゃないんだろ?」
「あぁ、その通り。まぁ、今ので十分。君と私は同郷だね。アスカ・スドウだ。宜しく頼む」
そう言って男が右手を差し出す。
「あぁ、こちらこそ」
差し出された右手をレイは握り返した。
「では、本題に入ろう。私は自身や君のような転生者を探している。理由は、…単純に戦力として、かな」
「戦力?何かする気か?」
「別に世界征服とか、そういう訳では無いよ。ただ、転生者は強い力を持っている可能性が高いからね。有事の為にコネクションを作っておいて損は無いだろ?」
「………」
アスカが嘘を吐いている様には見えないが、全てを話してはいないだろう。
簡単に言ってしまうと、胡散臭い。
「警戒する気持ちは分かる。だが、約束しよう。君を騙して利用する気は無いし、この世界に混乱を招く気も無い。ただ何かあった時には力を貸して欲しい。それだけさ」
顔は真剣、姿勢は真摯と言って良さそうだ。
「幾つか質問しても良いか?」
「どうぞ、私に答えられる事ならね」
「じゃあ、まずは何で転生者を探した?居るかどうかだって分からなかっただろ?」
まずはそこが疑問だった。レイはあの依頼票を見るまで自分以外の転生者が居るとは思わなかった。
かつてエージ・ユーキというハンターが居たらしい、彼は転生者かもしれないと予想してはいたが、大分古い話だ。
それ以外の有名人で転生者を匂わせる名前を聞いた事は無い。
当然ながら転生者が日本人だけとは限らないし、元の名前のままとも限らない。
だが、そんなにポンポン居るのなら、もっと聞いてもおかしくない。
「ケセドに聞いたんだよ」
「ケセド?」
「あぁ、慈愛を司る第四のセフィラさ。彼に『困った時は他の転生者を頼ると良い。少なくとも他に3人は居るだろう』と教わってね」
「アンタもセフィラか。という事は3人どころか10人居るんじゃないか?」
「……さぁね、正確な数は知らないよ」
僅かな沈黙が何を意味するのか、レイは直感的にアスカが何かを知っている事を察した。
だが、それを教えてはくれないのだろう。それも直感的に理解が出来た。
「ちなみに、君は誰に会った?」
「俺はマルクトです」
「へー、第十のセフィラか。じゃあ…」
アスカの言葉は何か含みが有るが、それを言う気は無さそうだった。
そんな微妙な雰囲気を察してレイは話題を変える。
「俺はこの世界でのんびり生きるつもりですけど、アナタはこの世界で何を?」
「同じさ、私も人生を楽しむ為だよ。あとちょっとだけ世直しかな」
「世直し?」
「あぁ、1人で世界を変えられるなんて思ってはいない。でも、目の前で虐げられる弱い者が居たら助けてやりたい。全ては無理でも目の前にいる人くらいは、ね」
自身のセリフが青臭い物だと思っているのだろうか、アスカは照れたように笑う。
(あぁ、この人は良い人なんだろうな)
その笑顔にレイはそう感じていた。
真っ直ぐにレイを見詰めるその目に嘘は無い。
嘘偽り無く正直に自身の気持ちを語っているのだと感じられた。
「分かりました。最後にもう1つ。何で獣人なんですか?」
「え?あー、それはね、その…な、何となく?」
これは嘘だ。何かを隠している。
隠したくなる理由。アレか?
「俺の仲間にも獣人居ますけど、モフモフの尻尾って最高ですよね?」
「そう!!モフモフの尻尾にフカフカの耳、つぶらな瞳…に……」
「ケモナーか」
「…ち、違います」
立ち上がり力説し始めたアスカに確信を持って告げる。
否定するが説得力が無い事は本人も理解しているのだろう、顔を赤らめうつむいている。
「馬鹿にする気なんか無いよ。モフモフの尻尾が気持ち良いのは俺も賛同するし」
「あ、ありがとう」
「今度紹介しましょうか?」
「ホント!?」
「えぇ、でも襲わないでくださいね?」
「努力する」
「うわー、結構ガチだ」
冗談の返しが冗談に聞こえなかった事に若干レイは引いていた。
「違う、違うよ。あー、もう。そうだよね、信用して欲しいなら、まずはコッチが信用しなきゃダメだよね。コン、良いよ、解除して。……うん、大丈夫だから」
なにやら独り言を口にすると、ポン!といった音と共にアスカの姿が煙に包まれる。
煙の中から現れたのは黒髪黒目の女性だった。
「改めまして、アスカ・スドウ。見ての通りのピチピチの18歳。こっちは相棒のコンよ。ヨロシク」
「へっ、男によろしくされてもな」
改めて自己紹介をしたアスカと、その肩に乗る小さな狐のコン。
不思議な事に狐が喋った事自体に大した驚きは無かった。「異世界だしな」と自然に思える様になったレイも慣れたものだった。
「あー、変装だったのか」
「ゴメンなさい、貴方を信用して無かった訳じゃないんだけど」
「初対面の野郎を相手に信用する訳無いだろ」
「コラ、止めなさいコン」
素直に謝るアスカと「当然だろボケが」といった感じのコン。
「いや、まぁ用心するのは悪い事じゃないし、教えてくれたって事は信用されたって事だろ?」
「えぇ、「んな訳ねーだろ、ボケが!調子こいてんじゃねぇぞ」
「…アスカ、その狐シメて良いか?」
「何を俺のオンナを呼び捨てにしてんだ、祟んぞコラ!」
「ちょっと、誰がアンタの女よ!? もう、うるさいから待機!」
「アッ!?待」
アスカの声と共にコンの姿が煙となって消える。
出し入れ自由な召還獣なのだろうか?
「ゴメンなさい、人見知りが激しいというか、男嫌いというか…」
「いつもあんな感じなのか?」
「いいえ、特定の相手にだけよ。私に別の男が近づくのが嫌みたいなのよね。本人は私の保護者だからだって言ってるけどね」
どちらかというと保護者というより束縛彼氏だな。
「ゴホン! さて、じゃあそろそろ依頼の話に入って良い?」
アスカは咳払いをすると真面目な表情で話し始めた。
「え?あれって釣りじゃなかったのか?」
「確かに真の狙いは転生者を見つける事だったけど、嘘ではないの」
そう言うとアスカは懐から一枚の紙を取り出す。
「公都オリシスから北に行った所に在る遺跡の壁に、『開けゴマ』こんな文言が書いてあったの。これはもしや、と思って唱えたところ、壁が開いてね。ただ奥には更に封印された扉が有って、多分これが開く為のカギなんだと思うけど、意味が分からなくてね」
その紙には日本語で一文
『あきらめたらそこで○○○○ですよ』
「きっと『○○○○』の部分に何か文字が入るのだとは思うけど、分かる?…て大丈夫?」
テーブルに突っ伏したレイをアスカが不思議そうに眺めている。
「知らないの?有名なセリフだぞ?」
「そう?聞いた事無いけど」
「まぁ、知らない人は知らないか」
かつて国民的スポーツマンガとまで言われた有名な作品の有名なセリフだが、マンガに興味が無い人間は知らないのかもしれない。もしくは世代が違うのか。
「まぁ、これなら解けるよ」
「ホント!?」
「あぁ、これだけならね。第二、第三の扉が有った場合は保証出来ないけどな」
その扉の向こうに何が有るかは分からない。
第二、第三の扉が有っても不思議ではない。
その扉に付いている暗号やカギまで解けるかどうかは分からない。
「よし、じゃあ行こう!」
レイの手を握り立ち上がるアスカ。
「は?なに?今からか?」
「勿論。思い立ったが吉日。即決即断。言うでしょ?巧遅は拙速に如かずよ」
「ちょっ!待て待て、落ち着けって!」
興奮気味のアスカを落ち着かせる。
「ふー、ゴメン。ちょっと興奮し過ぎた」
「落ち着いたか?大体そこはオリシスの北だろ?準備無しに行ける所じゃないだろ」
「大丈夫よ。その遺跡のすぐ近くに転移陣を準備しておいたから、移動は一瞬。日帰りで十分よ」
「だとしても仲間が居るんでね。アイツ等を置いては行けないよ」
「なら、一緒に連れて行きましょう」
「良いのか?」
事も無げに言ってのけるアスカ。
普通に考えれば、出来るだけ他人を参加させたくない話しだ。
自分が転生者だとバレかねない。この世界に転生者という概念が有るのかどうかも分からないが。用心するに越した事は無い。
「貴方が信用している相手なら良いんじゃない?」
「さっきの狐じゃないが初対面の相手を信用しすぎじゃないか?」
「そうね。でも、信じると決めたのなら、とことん信用すると決めているの」
それがアスカの本音だった。
人が一人で出来る事など限られている。自分に出来ない事は、誰か他の人にやってもらわなければならない。
その時に大事になるのは、お互いの信頼関係だ。
信じると決めたら、最後まで信じ抜く。それが彼女の信条だった。
「俺を信じて良いと思う根拠を聞いてもいいか?」
「んー、コンのお眼鏡に適った事かな」
「は?」
「普段はあんなに絡んで行かないのよ。コミュニケーションを取る気が無いのかな? かなり気に入られたんじゃないかな?」
コンがアスカにしか聞こえない心話で「そんな訳ねぇ」と文句を言って騒いでいるのだが、アスカはそう見ていた。
そして、神様からの贈り物でもあるコンの眼力は、アスカが最も信頼している物でもある。
「という訳で、私は貴方を信頼する事にしたわ。だから、その貴方が信頼している相手も信用するわ、貴方を信じて」
何の迷いも無くアスカはそう宣言する。
それはお人好しの理論だ。きっと彼女はいつか騙されて痛い目を見るのだろう。
(あの狐も苦労してるんだろうな)
他人事ながら、何となく同情してしまう辺りが、彼のお人好し具合を示している。
「さぁ、行くわよ。エージ・ユーキの遺品を貰いに」
『アスカ』は男女兼用可能な名前を考えた結果です。
でもレイとアスカ、この2つの名前が並ぶと、とある作品を連想してしまいます。
変えたほうが良いですかね?




