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31 「お話があります」

2/4 31.5話(というのが在ったんです)と合体しました。

 日が沈み、辺りが暗くなり始めた頃、クロスロードの高級住宅地として知られる一角の、とある邸宅を訪ねる者がいた。

「突然の訪問で申し訳ありませんね」

「いえいえ、とんでもない。わざわざご足労頂かなくとも、お声を掛けて頂ければ此方から出向きましたものを」

 訪ねて来たのはまだ若い男だった。その服装は飾り気の無い質素な物に見えるが、その実は最高級の素材のみで仕立てられたとんでもない値段の物だった。

 出迎えたのは見た目は50代とも思えるが、実はまだ30代のよく太った男だ。訪問者とは対称的な過度の宝飾に包まれている。


「どうぞどうぞ、狭い別宅で申し訳ないですが、御寛ぎ下さい」

 そう言って握手を交わし奥へ案内する。

 勿論その言葉はただの謙遜だ。その邸宅は高級住宅が建ち並ぶその一角に在っても一際豪華だ。


「ありがとうございます。ルクセイン伯爵」

 笑顔を浮かべ案内された男は、ルクセインの死角でその手を拭い、拭ったハンカチを背後の従者へと投げ捨てる。

 勘の鋭い者が見れば彼の笑みが酷く冷たい物に見えたかもしれない。



「それでエディアル殿、お話とは?」

 贅の限りを尽くした夕食を取った後、ルクセインは最初から気に掛かっていた話題を切り出した。


「いや、大した事では無いのですがね。大オークションに参加するのは久しぶりなので、何か掘り出し物がないか伯爵に伺おうかと思いましてね」

「あー、そういう事ですか。そうですな、レミルナ朝時代の美術品が数点出るという噂がありますな。後は名匠リムバスの初期作が出るとか。あぁ、後あのエージ・ユーキの遺品が出品されるという話も有りますな」

「ほー、流石に耳が良いですね。リムバス師の初期作ですか興味深いですね」


 ルクセインの情報に興味深そうに相槌を打っていたエディアルは、話が一段落したところで何でも無い話のように切り出す。

「そう言えば私も『白狼族の奴隷が出品される』と、そんな話を聞きましたよ」

 ルクセインの顔に一瞬緊張が走るのをエディアルは見逃さなかった。


「ほう?それは珍しいですな」

「フフ、止めましょうよ伯爵。貴方がこの噂を知らない筈が無い。今回の最大の目標なのでは?」

「いや、これは一本取られましたな。まさにご推察の通りです」

 ルクセインは「いやいや参った」といった表情で苦笑いを見せる。


「では、やはり伯爵が最大のライバルですね。今日お伺いして正解でした」

「なっ!?ではエディアル殿も?」

「えぇ、その白狼族の奴隷は大変美しい雌だと聞きまして、是非とも手元に置きたいと思いましてね」

 驚きに顔を歪めるルクセインに笑顔を絶やす事無くエディアルは告げる。


「ご存知の通り、私自身が奴隷のオークションに参加するのは些か問題が有るので、代理を立てるつもりでした。そうなれば伯爵と天井知らずの競り合いをする事になったでしょう」

「そ、それは……」

「譲っていただけませんか?私は是が非でもと思っているんですよ」

「………」

「スタンフォルツの名にかけて、ね」

「いやー、参りました。先手を取られてしまいましたな。どのみちエディアル殿と競り合っては勝ち目など無いでしょうし。引きましょう」

「そうですか、ありがとうございます。私も伯爵とは、今後も良い付き合いをしたいと思っていましたからね」

 二人は笑い合うと固く握手をした。



「では伯爵、もし聖都に用がございましたら、是非ともお訪ね下さい」

「えぇ。お言葉に甘えさせて頂きます。エディアル殿も何か御用が御座いましたらいつでもお声をお掛け下さい」

「それでは、これで失礼致します」


 ルクセインは走り去る馬車を見送る。馬車が見えなくなった所で大きく溜息をつく。

 その内心は複雑だった。情報を聞き付けてから楽しみにしていた物を横取りされた事には業腹だが、スタンフォルツ家との繋がりが出来た事は僥倖と言える。


「旦那様、エディアル様というともしや?」

「あぁ、スタンフォルツ司教の御子息だ。次の枢機卿のな」

 枢機卿、国教でもあるラディウス教で教皇に次ぐ地位だ。そして次代の教皇はこの枢機卿の中から選ばれる。つまり、次期教皇候補という訳だ。

 ラディウス教は世襲制では無い。だが、それは『表向きは』でしかない。

 長い歴史の中でも枢機卿の地位は一部の一族がほぼ独占していると言っても過言ではない。


「まぁ、貸しを作っておいて損は有るまい」

 ルクセインはそう言ってほくそ笑む。

 自分がエディアルの掌の上で転がされるだけの存在だとは思いもしなかった。



「キミも来れば良かったのに、美味しかったよ?」

「高級食材を並べただけの食卓がですか?それにどんな上等な料理を並べても、場所が豚小屋なら豚のエサですよ」

「本当にヒドイよねキミは。私も食べて来たんだよ?」

 エディアルがルクセインと食事をして談笑し戻ってくるまでの3時間をこの男は馬車の中で待っていた。にもかかわらず疲れた様子は一切無い。

 いかに内装が最高級の作りとはいえ、どんな神経をしているのか不思議なものだ。


「それで?何を仕込んできたのですか?」

「そんな仕込みだなんて、まるで悪い事を企んでいるみたいじゃないか。ただアレをオークションで譲るようお願いしてきただけさ」

「オークション?アレはもう出品されないのでは?」

「私がアレを欲している事が理解出来ればなんでも良いさ。後は彼の勝手な奔走を見ていれば良い」

「成程。だが、奴に期待出来ますかね?」

「ただの暇つぶしだよ、結果まで期待したら悪いでしょ」

「良いんじゃないですか?貴方は既に悪い人なのですから」

「わー、本当に酷い言われ様だ。落ち込んでしまうね」

 そう言って肩をすくめるエディアルだが、この程度の毒舌に落ち込むような男でない事は分かっていた。


 2人を乗せた馬車はクロスロードの暗闇へと消えていった。


 △ △ △ △ △ △ △ △ △ △ △ △ △ △ △


「それでは、新たな迷宮走破者に乾杯!」

「「「乾杯!」」」

 何故かハンターでもないクロードが取る音頭に続き10人ほどが杯を掲げる。


 レイとエリスそこにハクレンを加えた3人は正式にパーティ登録をした。

 これまではレイ、エリス、レオルードの3人で臨時パーティを組んでいたのだが、ハクレンが加入したのを期に正式にパーティ登録をした。レオルードも参加したそうだったのだが、彼がいると他の3人の出番が無くなるので遠慮してもらった。

 レイは「別にハーレム目的じゃない」と言うが誰も信じていない。


 そしてその新パーティでフェルドリッヒの迷宮に挑んだ。

 以前に20層まで進んでいたのだが、新パーティを組んで挑んだ事で最初からとなった。

 だが、すでに20層まで進んだ経験の有るレイとエリスには問題がある筈も無く、ハクレンに関しても20層まで全く問題無く初日の内に辿り着いた。

 2日目は25層まで進み、3日目に30層の迷宮のボス、ボーンナイトを撃破した。

 その3日間の全てが日帰りだ。


 初級迷宮の走破など別に珍しい事でもない。

 そこは単なる口実だと分かっていても、それを口にするのは野暮という物だ。


「日帰り探索3回で走破というのは大した物だよ」

「いやー、前に20層まで行っていたのと、ハクレンの探索能力が大きかったですよ」

 マリーの賞賛の言葉をレイが照れたよう答える。

 その言葉は嘘でも何でもない。ハクレンの嗅覚、聴覚は迷宮でも大いに活躍した。

 魔物のいる方向や距離を的確に言い当てた。おかげで目視できない角を曲がった所にいる魔物にエリスが魔法を叩き込むエンカウント前攻撃、またの名をノールックキルでサクサク進んだ。

 そのせいでエリスは魔法を連発し過ぎ、2日目は魔力欠乏を起こしレイが背負って帰った。3日目はボス戦の途中で魔力不足により戦線離脱となった。その為に火力不足に陥った。

 エリスには以降魔力の残量を気にして、ヤバイ時には前もって言う様に注意しておいた。


「でも、慢心したらダメだよ。ハンターとしてはここがスタートラインみたいなものだからね」

「分かってますよ。『初級は肩慣らし、本番は中級から』でしょ?ギルド長にも言われましたよ」

「分かっているなら結構。明日から中級かい?」

「いえ、オークションが終わってからにするつもりです。それまでは森や渓谷で採取か討伐ですかね」

 オークション開催中は多くの商人がクロスロードに集まる。

 その商人の護衛でハンターも多くやって来る。例年この時期には通常の倍近いハンターがクロスロードに居るらしい。

 そのハンター達は商人の帰路の護衛で町を出る。そうなると商人の滞在中の空いた時間を迷宮に潜って過ごすハンターも出てくる。

 迷宮に入場数の制限が有るわけではないが、入る者が増えれば取り分が減るのが道理だ。

 この時期の迷宮には行かないというハンターは多い。


「そうなんですよ。ハンターさん達が増えてきてるんですよね。前展示も始まったんで更に増えますよ」

「…何してんだリザリー?」

 マリーとレイの間にどこからとも無くリザリーがニュッと現れる。

「タダ酒を飲みに来ました!」

「むしろ、もう清々しいとさえ思えてくるな」

「えへへ、褒められると照れちゃいます。あ、ダメですよ。私彼氏が居ますからね」

「なら、帰ってイッチャついてろよ」

 当然のように現れ、当たり前のようにタダ酒を飲むリザリー。

 世話になっていると言えばなっているので構わないのだが、いまいち腑に落ちないのがリザリーの人徳なのだろう。


「イチャつくで思い出したんですけど、レイさんの本命は誰ですか?え、私ですか?困ります」

「お前はもう帰れ!」

「あー、冗談です冗談です。でも本当のところどうなんですか?エリスさんですか?ハクレンさんですか?」

 リザリーの発言に近くのテーブルでクロードの話し相手をしているハクレンの耳がピクピクと反応しているのがそれに気付く者は居ない。


「今の所ギルド内のオッズは6対4でハクレンさん有利ですけど、エリスさんは『貴方のパートナーに』宣言をしているので、中々根強くて。で、本当のところは?」

「ギルドで何をやってるんだお前らは?」

「大丈夫ですよ、誰にも言いませんから」

「信用できるか!」

「信じてくださいよ。じゃんけんで負けるのと同じ位の確率で内緒にしますから」

「喋っちゃう確率の方が高いよねソレ!?」

 しかも『勝つ確率』ではなく『負ける確率』という辺りが不安感を煽り立てる。

「マリーさんからもこの不良職員を説教してやって下さい」

 困ったレイがマリーに助けを求める。


「そうだね。私から言える事は……誰が本命なんだい?」

「まさかのアウェー!?えーと、エリス?」

「ん?」

 最初から隣に居るのに我関せずとフライドポテトを摘んでいたエリスが顔を上げる。


「お前から何か言ってやれ」

「ん、がんば。それと、おかわり、山盛りで」

 話を聞いていたのかいなかったのか、適当な応援をするとフライドポテトを追加注文する。


「…応援ありがとう。俺に味方は!?」

 レイの悲痛な叫びに答える者は誰も居なかった。




迷宮走破の祝賀会(建前として)は日付が変わる頃に解散となった。

 途中でクロードに騙され酒を飲んだエリスがグルングルンしながら倒れる様に眠りに就いた。どうやらアルコールにとても弱い様だ。


 そんなエリスを背負い、ハクレンを連れたレイは宿へと向かう。

 別にエリスを自身の部屋に連れ込む訳では無い。

 帰る先が同じなのだ。

 ベッドがダブルではなくツインの部屋を探した所、エリスの泊る宿『虹の畔』に空きが有った。若干割高ながら広く静かで食事が美味いと評判の宿だ。



 エリスはこの宿に長らく泊っているらしく、顔を見せたところ宿の女性従業員が部屋に連れて行ってくれた。


 階段を上り自分達の部屋に入ったレイは水を飲もうとテーブルの上の水差しに手を伸ばした。

 その時背後でした「ボフ!」という音に振り返ると、ベッドにダイブしたハクレンが居た。

 うつ伏せに倒れこみピクリともしない。ただ8の字を描くように振られている尻尾が妙に可愛かった。


 まだ数日の付き合いだが、羽目を外したハクレンをレイは見た事が無かった。

 黙って3歩下がって付いて来る。そんな感じの控えめで生真面目なタイプと思っていた。

少なくとも服のままベッドに飛び込む姿は想像出来ていなかった。

 初めて見るハクレンのだらけた姿だった。


 実を言えばハクレンは酒に強い方ではなかった。

 本来ならエリスが倒れる以前に酔い潰れていた筈だ。

 それでも最後まで平静を装えたのは「自分が無様を晒せばご主人様が面目を失う」と凄まじい精神力で耐え抜いたからだ。

 部屋に入り、ドアが閉まって人目を気にする必要が無くなったことで、それまでの『ご主人様の面目を守る』という使命から解き放たれた。

 使命感という緊張の糸がプツリと切れたハクレンは、酒による酩酊感も手伝って自制心がなくなっていた。


「ハクレン?」

「ふぁい」

「水飲むか?」

「ありがとうございます」

 ムクリと起き上がったハクレンはベッドの端に腰掛ける。

 レイから受け取ったコップの水を一息に飲み干す。

 そしてそのままレイを見上げる。


「ん?」

 いつもと違うハクレンの雰囲気にレイは首を傾げる。

 当然ながら先程までまるで酔った素振りを見せていなかったハクレンが、実はかなりきている事など知る由も無い。

 「どうしたんだろう?」そう思いながらハクレンを見詰める。


「ご主人様!お話があります」

「え?なに?」

「座ってください」

 無言で見詰め合う事数秒、突然ハクレンが声を上げた。


 驚きながらもレイはもう1つのベッドに腰掛けハクレンと向かい合う。

「なに?」

「違います!」

「は?」

「そこではありません。ココです」

 そう言ってハクレンは自分の隣をバシバシ叩く。


「えーと?」

「ココです!」

「はい」

 据わった目つきで有無を言わせぬハクレンにレイは黙って従う事にした。

 レイは示された通りにハクレンの隣にベッドに並んで座る。


「えーと、話って?」

 ハクレンの話は

「ご主人様は何故私に手を出さないのですか?」

 ド直球だった。


「なっ!?」

「ご主人様が女性に興味が無いのでしたら仕方ありません。でも、そうではありませんよね?

 不躾ですがご主人様は時折胸やお尻を舐めまわす様に見ています。そういった時は発情を示す匂いも出しておられます」

「わ、分かるの?そんな事?」

「分かります!なのにご主人様は一向に私に手を出そうとされません。…これは私の魅力が足りないという事でしょうか?」

 ハクレンの言葉の後半はトーンダウンし小声で呟く様に言う。


「違う違う、あれだよ、ほら何ていうか、紳士としての嗜み?そんな感じで、ハクレンに魅力がないとかそんな訳じゃないよ」

「私はご主人様の奴隷です。所有物です。どう扱おうとも、誰に何を恥じる事もありません!」

 ベッドをバシバシバシ!と叩きハクレンが詰め寄る。

 ハッキリ言えばレイは奴隷の扱い方が良く分からない。物のように扱っても構わないと言われても困るだけだ。


「最初は私を迷宮に連れて行く気は無いと言われました。それは戦闘奴隷として買った訳では無いという事です。それなのに夜伽を命じるわけでも無い。何の為に私を買われたのですか?」

 その目に涙をにじませ話すハクレンにレイは焦る。

 それを聞かれても正直に「その場の勢いで」とは言えない。


「ハクレン、よく聞いてくれ」

「…はい」

 レイはハクレンの手に取り握り締め話す。


「俺はキミを自由に扱って良い奴隷だなんて思っていない。ましてや物だなんて思いたくも無い。仲間や家族、いやもっと大事な大切な人だと思っている。

 何の為に買ったか?それは俺にも分からない。ただ、あの時はキミを他の誰かに渡したくないと思ったんだ。そう、ハクレンの事を欲しいと思ったから買ったんだ」

「なら、なんで?」

「それは俺が臆病だからかな?『初日からがっついてみっともない』と思われたくなくてね。その後は、何となく一歩が踏み出せなくてね。情けないね」

「全くです。私は初日に夜伽を命じられると思って覚悟しておりましたのに」

「マジで?」

「それが常識のようです」

 若い女性の奴隷を男が買うというのはそういう事だ。ましてや相手が夜伽を拒まない相手であればなおさらだ。

 ハクレンもそう教わっていた。その後の生活で大切にされるか、手酷い扱いを受けるかは初日の夜で決まるのだと。


「あークソ、変に我慢しないで欲望のままにがっついとけば良かったのか」

「はい、そうされていたのなら私もモヤモヤせずに済みました。責任を取って下さい」

「分かった」

 レイがハクレンの唇を奪う。

 最初は驚いたハクレンだったが、直ぐに目を閉じ受け入れる。

 レイはそのままハクレンを押し倒し、息の続く限りキスし続けた。


「今更ダメだと言われてもこまるぞ?」

「はい。身も心もお捧げします」

 そう言ってハクレンは静かに目を閉じ身をゆだねる。

 ハクレンの言葉にレイの背筋を電撃が走り抜ける。

 レイはベッドを降り服を脱ぎ始める。


「覚悟しろよ。数日分の思いをぶつけてやるからな」

 逸る気持ちで震える手で中々上手く脱げない服をもどかしく思いながらも、何とか脱ぎ散らかす。


「さーて、どうしてくれようかな?」

 再びベッド上のハクレンに這いより、まずは服を脱がせるのだと手を伸ばす。


「あれ?ま、まさかね?」

 その時レイがある事に気付く。


「ハクレン?おーい、もしもーし。ハクレンさーん?」

 レイの言葉にハクレンは反応を示さない。


「まさか、寝ている…だと?」

 不安から解き放たれた事と酔いも手伝ってか、ハクレンは幸せそうな笑顔を浮かべ眠っていた。


「ここに来てまさかのお預け!?」

 レイはヘタレの代償としてお許しが出たにもかかわらず、お預けをくらう事となった。


「おーい、起きろー。起きないと胸を揉みしだくぞ?」

 せめてもの反抗を試みるレイだったが、ハクレンが起きる事は無かった。

 そして、中途半端に及んだ行為が、逆にお預け感を増す結果となった。


「はー。まぁ良いか。幸せそうだし」

 幸せそうなハクレンの寝に、今日はその胸に顔を埋めて眠る事で我慢した。

「おやすみ、ハクレン」


 こうしてレイの生殺しの夜は最後にして最大の物がやって来た。

「明日から部屋は、またダブルに変更だな」





「…どういう事?」

 早朝に目を覚ましたハクレンは、今の状況がイマイチよく理解出来なかった。


 目が覚めるとご主人様に抱き枕にされていた。

 別に何か問題が有る訳ではないが、何故そうなったのかが思い出せない。


「確か昨晩は……ハッ!?」

 朧げだった記憶を手繰り寄せ、昨晩の事を徐々に思い出す。


 最初の感情は混乱。

「これは言ったんだっけ?あれ、言わなかった?え?言っちゃった?」

 まだ動転している頭で必死に思い出そうとする。

「あれ?お情けを頂いた?でも服は?もしかして寝ちゃった?」

 断片的な記憶がハクレンを混乱させる。


 次の感情は羞恥。

 夜伽を命じてこない事を不満に思い。自分から要求するなど

「はしたなさ過ぎる」

 ハッキリした記憶がよみがえるに従い、自分の言動に赤面し悶える。


 そして後悔。

 自分の不満をご主人様にぶつけて文句を言うなど……。

 その上、自分から求めておいて直前で寝てしまうなど、一体自分は何をしているのだろう?

 自分の行いの意味に気付き落ち込む。


 落ち込んだハクレンだったが、次第にその頬が緩んでいく。

 自身を抱きしめ眠るレイの温もりに、自分が必要とされている事を実感した。


「愛想を尽かされないように全身全霊でお仕えします」

 ハクレンは新たに固く決意する。

「今後も宜しくお願いしますね、ご主人様」

 レイの頭を抱き寄せ、その耳元でささやいた。



 最後の感情は困惑。

「動けませんね。どうしましょう?」

 ご主人様を起こしてはいけないと身動きの取れないハクレン。


 かつてレイも味わった悩みなのだが、ハクレンの場合は若干幸せそうなのが違う所か。


 結局、レイが目覚めるまで約1時間。ハクレンの幸せそうな微笑は続いた。


 どちらからともなく目覚めのキスを交わした2人が、食事の為に部屋を出た頃には既に日が高く昇っていた。

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