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30 「それで、何で怒られるんだ?」

 クロスロードの大通りから少し外れた場所に工房を兼ねて建てられている武器と防具の店。

 正規の店名はあまり知られていないが「ダンカンの店」と言えば大体のハンターは知っている。

 かつては王都でも1.2を争う腕前と評判だったダンカン・ドライゼンが、権力のしがらみから離れたいとクロスロードで開いた店だ。


 その店は完全にダンカンが趣味でやていると言っても過言ではない。

 商売っ気も無く、ただ自分の打った剣を店に並べているだけだ。

 そして、その剣を使いこなせそうも無いと思った相手には決して売らない。

 稀にダンカンが気に入った相手が現れるとその人物の為に剣を打ち始め数日間休業する事もある。


 そんなダンカンの店の地下にレイは来ていた。

 レオルードに紹介されたこの店に来たのはDランクに昇格した頃だった。

 初めて会ったその日から、常に不機嫌そうなダンカンがレイは苦手だった。


「よし、じゃあ今度はコレを使え」

 手渡されたのは反りを持つ片刃の剣だ。


 試し切り用の木製人形に向かい、その剣を振り抜く。


「ふむ、ヤッパリな」

 今の一振りと人形の傷跡を見てダンカンが頷く。

「オメェさんの太刀筋は『断ち切る』より『切り裂く』為のもんだな。直剣より曲刀が良いだろうな。となると…」

 ダンカンは背後の刀剣類の山から何本かを抜き出し、その内の1本を突き出す。

「コレを振ってみな」

 渡した剣を振る姿を見ると

「んー、バランスが悪いか?もうちっと長い方が良いか?」

「そうですね振った感じ軽い気がします。重心がもう少し遠い方が良い気がします」

 2人は試行錯誤を繰り返し最適な1本を選ぶ。


 レイにはその違いが分からないのだが、『餅は餅屋に』と言う事で黙って見守る事にした。


 只今ハクレンの武器の選定中である。



「ありがとうございました」

「おうよ。もうちょい腕が上がったら、今度は専用で打ってやる。精進しろよ」

「はい。がんばります」

 買ってもらったばかりの剣を胸に抱きお礼を言うハクレン。

 どうやら彼女はダンカンに気に入られた様だ。


「おい、レイ。テメェもちょっと来い!」

「ん?あぁ。」

 ハクレンの笑顔を見ながら癒されていたレイをダンカンが呼ぶ。


「オメェも振ってみろ」

「ん?なんだよイキナリ?」

「いいからヤレ!」

 有無を言わさぬダンカンに「何でこのオッサンはこんな不機嫌なんだよ」と思うが、それを言えばまた面倒臭くなるだけなので黙って従う。

 渡された剣を持って試し切り人形に向かう。

 人形まで一歩の距離で剣を構える。


「嬢ちゃん、良く見とけよ」

「え?はい」

 ダンカンがハクレンに小声で呟く。


「……。よっと」

 短い集中の後、気の抜けた掛け声と共に振り抜かれた剣が人形を両断する。


「チッ」

「凄い」

 ダンカンが舌打ちし、ハクレンが目を丸くし驚く。


「手見せてみろ」

「ん?あぁ」

 レイに近寄ったダンカンがレイの掌を見て触り何かを確かめる。


「クソッタレが。コレだからテメェは気に入らねぇ」

「何だよイキナリ?」

 突然怒り出したダンカンにレイは驚く。


「あの木人形はな、そう簡単に両断出来る様には作ってねぇんだよ。固定もしてねぇから、下手糞が斬ったら刃が途中で止まって後は人形が飛ぶだけだ」

 レベルが上がれば筋力・瞬発力は身に付く。だが技術は身に付かない。

 筋力が有るだけでは上手くは切れないという事だ。


「おう、凄いじゃん俺」

「はい!素晴らしいですご主人様!」

 笑顔で駆け寄り、興奮気味に褒めるハクレンにレイの顔がほころぶ。


「それで、何で怒られるんだ?」

「普通はその腕前になる頃には、手はマメが出来る、それが潰れて更に固くなる、それに皮も厚く固くなるもんだ。なのにテメェの手はそれが無い。剣を振り続けてきた人間の手じゃねぇんだよ」

「お、おう」

 それもその筈、レイは日々の修練などしていない。

 スキル系のカードとスキルポイントというほぼ反則な手法によって身に付けた力だ。


 レイの内心の冷や汗など知る筈も無くダンカンは低い声で呟く様に言う。

「まったくよ、テメェみたいなのが偶に居るから困んだよ。僅かな努力でコツを掴んじまう天才ってやつがよ」

 ダンカンはレイの手から、大した努力をしていない事を読み取った。

 だがその一方で自身の目で、レイの実力はかなりの物であるとも読み取っていた。

 そこから出されたのが「大した努力無くコツを掴んだ天才」という結論だった。


 かつて自身も剣の道を志していたダンカンは10年の努力の末に自分には才能が無いと悟った。

 その後は剣を振る側ではなく作る側へと道を変えた。

 幸運な事に剣を作る才能には恵まれており、自身が剣を振っていた経験もその糧となった。


 そんなダンカンには大した努力も無く優れた腕を持つレイは恨めしく、憎らしく、羨ましかった。

「まぁ、本当に腕の立つ連中に比べれば、まだまだだがな。テメェもしっかり精進しやがれ」

 そして本当に才能有る者がどこまで行けるのかを見てみたいという思いも有った。

 このいけ好かない天才小僧の行く末を見てやろうとダンカンは心に決めていた。


(何か勘違いされてる?)

 あながち完全な勘違いとは言えないのだが、知らないところでレイは妙な期待を背負い込まされていた。





 ダンカンの店を出たレイとハクレンはそのまま裏路地を進み大通りを目指す。

 レイの2.3歩ほど後ろを歩くハクレンは大事そうに、そして嬉しそうに剣を抱いていた。

 どことなくおもちゃを買ってもらったばかりの子供のようにも見える。

 そんな姿をレイは若干意外に思う共に「そういえば昨日も嬉しそうだったな」と思い起こしていた。


 普段のハクレンは凛とした実直な武人をイメージさせる堅い雰囲気なのだが、時折やたらと可愛くなる。そのギャップがレイには堪らなかった。


 今も振り返るとハクレンは「何か?」と努めて冷静な視線を返そうしているだが、消し切れない口元の笑みと、背後でパタパタと振られている白いフサフサの尻尾がその内心を語っていた。


「ハクレン」

「はい、何でしょうか?」

「剣を抱いてニヤニヤするの止めようか」

「ハッ!?そんな顔してましたか?」

「うん。完全に危ない人だった」

 レイの言葉に顔を真っ赤にしうつむくハクレン。

 思わずその頭をレイが撫でる。

 柔らかな耳の感触が気持ち良く、飽きる事無く撫で続ける。


 最初は驚いた様に顔を上げたハクレンだったが、耳を触られるのも嫌ではない様で、気持ち良さ気に目を細め、されるがままに撫でられる。

 背後の尻尾の振り方はパタパタからブンブンに変わっていた。


「はぁ……んッ」

「ハッ!?」

 どの位そうしていたのだろう、ハクレンの吐息に我に返ったレイは周囲の視線に気付き慌てて手を離す。


「さ、さぁ、帰ろうか」

「あ、……はい」

 急いでこの場を去りたいレイはハクレンの若干熱をおびた視線に気が付かなかった。




 宿の部屋に戻ったレイとハクレンを1つのベッドと気まずい沈黙が待っていた。


 またその夜もレイが眠れない夜を過ごした事は言うまでも無い。


△△ △ △ △ △ △ △ △ △ △ △ △ △ 


 クロスロードの大通りを歩くレイとハクレンを見詰める2対の視線が有った。


「アレが?ふーん、思っていたより綺麗だね」

 大通りに面した喫茶店のテラス席で優雅に紅茶を飲んでいた男が、呟くように正面に座る友人に語りかける。

「はい、白狼族は美しい者が多いと聞いてはいましたが、予想以上ですかね」

「わざわざ来た甲斐は有ったかな」

「では」

 動き出そうとする背後の従者を片手で制し、笑顔で話す。

「まぁ、まずは豚さんに会いに行こうよ」

「は?あぁ、ルクセイン伯ですか」

「誰とは言ってないよ」

「おや、そうでしたか。これは失言でした。同列に扱ったら失礼ですね、豚に対して」

「フフ、本当にヒドイね君は」

 そう言って笑った男は一杯のお茶代にしては過分すぎる金貨を1枚置いて席を立つ。

 彼にはそれ以外の持ち合わせがなく、それ以下の小銭を持つ気が無い為仕方が無かった。


「さぁ、久しぶりのオークションだ、目一杯に楽しもうか」


 クロスロードの年に一度の大オークション開催まで約10日。

 何が出るのか、その全貌を知る者は誰もいない。


 何が起きるのかを知る者も誰もいない。

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