29 「威厳の示し場がないんですけど」
眠れない夜を過ごした翌朝、レイはハクレンを連れハンターギルドへと向かった。
目的はハクレンのハンター登録だ。
レイは元々何か目的が有って奴隷の購入をした訳ではない。ハクレンを危険な迷宮や魔物の討伐に連れて行く気は無かった。
どうするかはまるで決めていなかったが漠然と「メイド的な何か」等と考えていた。
だが、「ご主人様の側にいさせて下さい」と上目使いで懇願するハクレンに勝てる筈もなく了承した。
その立ち振る舞いからもしやと思ってはいたが、ハクレンはとある地方貴族に武官として仕える家の生まれらしく、武芸を多少嗜んでいるらしい。
「本当に嗜む程度にしか習っておりませんが」というのが本人の弁だが、それでもオーク程度の魔物であれば複数を相手にしても問題ない腕前との事だ。
ギルドに辿り着いたレイ達は、既に多少並んでいるハンター達の列の最後尾に付く。
周囲のハンター達の視線を感じながら順番を待つ。
その視線の多くにハクレンへの好色な物で混じっている。中にはレイに向けた怨嗟の視線も有る。
クロスロードに来て既に3ヶ月近い。
その間にレイもそれなりに顔を知られているようで、からまれる事は無かった。とはいえ、それはレイが周囲から一目置かれているのではなく、彼がクロスロードのエースハンターの1人であるレオルードと親しい事が理由なのだが、この際理由は何でも良かった。
それ程にレイに向けられている怨嗟の視線は強かった。
「おはようございます。本日は迷宮ですか?それとも迷宮ですか?もしかして迷宮ですね!」
「ブレ無いな、リザリーは」
「はい!確固たる信念と決意を持って職務に当たっておりますので」
「凄いよな、セリフの字面と姿勢からはダメ職員の気配が一切しないんだよな」
「お褒めに預かり光栄です!」
相変わらず、皮肉などまるで気にする事無い看板娘は、本日も平常運転だった。
「今日は彼女の登録を」
レイが指差すハクレンを見てリザリーが身を乗り出す。
「ご関係は?いえ、個人的な興味ではなくギルド職員としての質問です。お仕事です、これも」
「……俺の…奴隷です」
周囲を気にしながら小さな声で答える。
「ほう!」
キュピン!という音でも聞こえそうな勢いでリザリーが目を輝かせる。
リザリーはハクレンを上から下まで具に観察し呟く。
「美人さんですね。スタイルも中々のご様子で」
「そこは否定しないけど」
「目の下の隈は…」
「そのれはもういい」
その話題は朝の宿屋で何度か繰り返しウンザリしていた。
「良いから仕事しろ」
「はーい。こちらの登録用紙に記入お願いします」
軽い返事と共にテキパキとハクレンの登録作業をして行くリザリー。
彼女はやれば出来る子だった。
「カードは今日の夕方には出来ますのでその頃に取りに来てください」
「早いなゼオレグでは3日かかったのに」
「クロスロード支部は規模も設備も人員も最高レベルですから」
えっへん!と胸を張るリザリー。
レイも規模と設備に関して異論は無い。きっと自称看板娘以外も優秀なのだろう。
仮カードを受け取り、依頼の掲示板を確認してギルドを出る。
今日の目標はハクレンをFランクにする事だ。
森の採取ポイントを1日かけて回れば、幾つかの採取依頼は達成出来るだろう。
Cランクに昇格したレイにはFランクの依頼は受けられない。
しかし、採取する事が出来ない訳ではない。こまめに森での採取を行ってきた彼は、かなりの量の薬草のストックを持っていた。
それを渡せば、すぐにでも昇格出来るのだろうが、それは処罰の対象になると以前リックに教えられていた。
当人同士が黙っていればバレる事は無いのだが、基本ヘタレなレイはそういう危険を冒さない。
「まぁ、単なる目標だしな」
「何のお話ですか?」
「ん?今日一日で5種類の依頼をこなして、ハクレンをFランクにする。そういう話さ」
「Fランク?」
登録したてのハンターは誰もがGランク。5つの依頼をこなす事でFランクに昇格する。
Gランクのハンターは見習いどころか、志願者といった程度にしか思われていない。Fランクになって初めてハンターの仲間入りと言っても良い。
「今日は薬草採取をメインに、夕方位まで森を探索しようか。俺の知っている採取ポイントを教えるから」
新人ハンターに知り合いの先輩ハンターが手を貸す事が禁止されている訳ではない。勿論『手を貸す』の度合いにもよるのだが。
ハンターとしての手本を示し、危険が無いように見守る程度ならなんら問題は無い。
レイもマリーやリックに助けられて昇格している。
「じゃあ、行こうか」
「はい、がんばります!」
レイは意気込むハクレンを連れて森へと向かった。
結論から言って、ハクレンにはレイの手助けなど必要なかった。
「あ!あそこにイゴール草が生えています」
ハクレンの薬草の知識はレイの遥か上を行く物だった。
レイの知らない薬草を次々と見つけ、今後を考えて小さな物等を適度に残して採取していく。
レイも最初は先輩としての威厳を示そうとしたのだが、知ったかぶりをして後でバレる方が格好悪いので「薬草採取は俺が教わる事になりそうだ」と素直に負けを認める事にした。
更には、白狼族という獣人の能力なのか、嗅覚と聴覚も優れていた。
時折その耳がピクピクッ!と動き、茂みに隠れたウサギ等の小動物を見つけ素早く捕獲する。
風上に大型の獣でもいれば的確にその距離と獲物の種類を当てて見せる。
「40メードほど前方に棘鹿です」
非常に優秀な斥候になりそうだ。
気配を殺し静かに近づくと、そこには食事中の1頭の鹿が居た。
雄鹿を示す大きな角の先端が無数の棘となっている。
野生の動物なのだが、その角と巨体が生み出す突進はDランクの魔物以上の脅威と言われる。
「よし、あれを狩って今日は帰るか」
「はい。お任せ下さい」
音も無く進み出たハクレンはそのまま棘鹿に斬りかかる。
寸前でハクレンに気付いた棘鹿が飛び退く。
だが、ハクレンが振り下ろした剣の切っ先が僅かに体を傷つける。
野生動物は危険を察知すると直ぐに逃げ出す。
だが、この棘鹿はその例から漏れる。
好戦的なのか怒りぽいのか、やられたらやり返す習性なのか僅かでも手傷を受けると逃げなくなる。
今回の棘鹿もそうらしく、ハクレンに角を向け突撃体勢に入っている。
棘鹿の突進は軍馬のものに見劣りしないと言われる。つまりは人の1人や2人は軽く跳ね飛ばすという事だ。その上その角の事を考えれば危険度は十分だ。
ハクレンの装備はレイのお古のショートソードとただの服だ。万が一の時には命を落としかねない。
だが、レイは特に心配をしていなかった。それは今日ここまでの経験で分かっていた。
戦闘技能も十分なのだ。
角を前面に押し立て棘鹿が突進する。
ハクレンはそれを僅かに一歩横に避けすれ違い様に棘鹿の後ろ足を斬る。
その一振りで勝敗が決する。
機動力を失った棘鹿はその角を振り回し応戦するが、首筋に剣を突き立てられ事切れる。
ハクレンは目が良い。優れた動体視力を持っているのか見切りの技能が非常に高い。
その見切りを十分に活かせるだけの身体能力と体術を持ち合わせていた。
森に入って早々に遭遇したハウンド8体の息もつかせぬ連続攻撃を完全に見切り避け切って見せた。
その段階でレイは「これで嗜み程度じゃなくね?」と認識を改めた。
「下手したら俺よりも強いんじゃね?」
薬草採取では勝てそうもない。索敵技能など勝負にならない。戦闘でも技量的には及ばない。
「威厳の示し場がないんですけど」
ご主人様としての威厳をどうしたら保てるものか、そこがレイの悩みの種だった。
「ご苦労さん。FランクどころかDランク、Cランクでも問題無さそうだね」
「ありがとうございます。それでこの棘鹿はどう致しましょうか?肉は食用。角は工芸品。皮も敷物に使えますので出来る限り持ち帰りたいのですが」
改めて見た棘鹿は大きかった。
担いで持ち帰れるサイズでは無さそうだ。
「ん?あぁ、大丈夫だ。俺が持って行く。運ぶだけなら他人がやっても問題ないさ」
「そうなのですか」
これまで採取した薬草類は麻袋に入れてハクレンが持っていたので、自分で持って行かなければいけないと思っていた様だ。
「それと、今から見せる事は他人には内緒な」
「え?はぁ」
疑問符を浮かべるハクレンの前で棘鹿の体に触れカード化する。
棘鹿の体が消えて1枚のカードが現れる。
「え!?」
「これが俺の特殊能力。物をカードに変換、カードに収納と言ったら良いのかな」
「…凄いです。そのカード見せて頂いて宜しいですか?」
「ん?あぁ、良いよ」
カードを受け取ったハクレンだが、それを見て眉をひそめる。
「絵は棘鹿ですね。裏は……読めません」
「まぁ、だろうな」
カードの文字は日本語だった。
「ご主人様が時折どこからか物を取り出されていたのは、アイテムボックスではなくてその能力ですか?」
「あぁ、これだ【バインダー】」
レイの左手に現れた一冊の本。それを開くと中には無数のカードが収められている。
「このバインダーが普段はどこに在るのかは俺も知らないんだけど、呼べばいつでも現れる。まぁ、呼び出さなくても使用出来るんで、普段は仕舞ったままなんだけどね」
レイはそう言ってバインダーを仕舞う。
そしてハクレンから棘鹿のカードを受け取り、それを掌の上からバインダーに送る。
カードが瞬時に消える。
「この一連の動きを素早く行えば、普通はアイテムボックスから出し入れしているようにしか見えない」
そう言ってレイはバインダーから『スローイングナイフ』や『下級回復薬』を取り出し具現化する。
散々に練習した動きは素早くスムーズだ。
「どう?」
「はい、確かに言われて注視していれば一瞬カードの様な物が見えますが、そうでもなければ、まず気が付かないと思います」
今までにこのカード化、具現化を見破った者はいない。レオルードさえもがレイがアイテムボックスを持っているのだと思っている。
ただ例外としてアイテムボックス使用が魔力の色で分かるエリスが興味を抱いただけだった。
「凄いです、ご主人様!こんな能力聞いたことも有りません。きっと『神の祝福』ですよ」
「神の祝福?」
「はい。神に愛されし特別な者のみに発現するという世界に2つと無い能力の事を指すそうです」
「へ、へぇー、そうなんだ」
まさしく神様らしき存在から送られたこの能力は『神の祝福』と呼ばれて然るべき物かもしれない。
だが、そこまでは教えて良い物かどうかは悩みどころだった。
「この能力の事は秘密ね」
「え?何故ですか?『神の祝福』を持っている者は国に優遇されるという話ですが」
「俺は目立ちたくないんだよ。ゆっくり、のんびり、生きるんだ。だから内緒」
「あ、はい。ご主人様がそう仰るのであれば」
首を傾げていたハクレンだったが、レイの言葉に頷く。
その目には尊敬の念が篭っていた。
「よし、帰ろうか」
「はい」
何とかご主人様としての尊厳を保つ事に成功したレイは意気揚々と帰路についた。
優秀すぎる新米ハンターのおかげで予定時間の半分ほどで本日のお仕事は終了となった。
「あ、レイさん。ハクレンさんのハンターカードはまだ出来てませんよ?」
「あぁ、良いよ。どうせ更新の為に預ける事になるから」
「は?どういう事ですか?」
町に戻ったレイ達は、薬草等の採取依頼を達成する為に受付に来ていた。
時間的には込み合う前で、並ばずに済んだ。
「ハクレンの採取能力が凄くてな、7種類の薬草と棘鹿を1頭狩って来た。受付処理よろしく」
「お願いします」
「………」
リザリーはハクレンの出した1枚の依頼票を無言で眺める。
依頼は1つずつしか受けられない。込み合う前に手早く終わらせてしまいたい。
周囲をキョロキョロと見回したリザリーが若干小声で告げる。
「依頼票は全部まとめて持って来て下さい」
「ん?依頼は1度に1つだろ?」
「ぶっちゃけ、何度も処理するの面倒臭いです」
「ぶちゃけた!?凄いよこの娘。ついにぶっちゃけたよ!」
清々しい程に本心を隠す事無く正直にぶっちゃけたリザリーに、レイは軽く尊敬の念すら抱く。
「それに、そんなルールは単なる建前ですよ。5人組がパーティで1つ、個人で1つずつの計6個の依頼を受けて行くんですから。
掲示板に行って、受付カウンターで処理して、買い取りカウンターに行く。そしてまた受付カウンターで処理。それを何周もするの手間じゃないですか。結果が同じなら一度にやった方が効率良いですよ」
「うん。分かる。分かるけどギルド職員が言って良いセリフじゃないよね。ギルド長に叱られるぞ」
「大丈夫です。レイさんは口が固いですから」
「何で俺の口の固さを君が決める?」
「信頼してます!」
「どこから来たその信頼感!?」
結局「1つずつなら受け付け拒否します」と訳の分からない事を言い始めたリザリーに折れたレイがハクレンに達成可能な依頼を全て持ってこさせまとめて処理させた。
鼻歌交じりに処理をし終えたリザリーの「これで共犯ですね」という笑顔に軽い殺意を抱いたのは仕方が無い事だろう。




