28 「略してヘタレイ」
「女の買い物が長いのはどこの世界も一緒か」
既に1時間以上は服を選んでいるハクレン。
ハクレンの身の回りの品を揃えようと、まずは服屋にやって来た。
最初は「自分の服にお金をかける事などない」とか「持たされている服だけでも大丈夫」と、新しい服を買う事に否定的だったハクレンだが、クロードの「奴隷の格好は、そのまま主人の格に繋がる」という言葉に服選びを開始した。
資金は金貨3枚程度と伝えた所、店側も気合を入れVIP待遇で3人体制のサポートだ。
ハクレンは「これはどう?」「こちらも素敵」「この方が似合う」と店員が持ってくる様々な服を試着してはレイの意見を求める。
女性の買い物に「どちらでも良い」が禁句なのを知るレイは、その度に「明るい色の方が良い」とか「丈が少し長いかな」等と自分の好みや似合っていると思う方を伝えていたのだが、流石に飽きていた。
最初は付き合ってくれていたクロードも、2人きりにしようと気を使ったのか、飽きたのかは分からないが、いつの間にかフェイドアウトしていた。
ちなみに、王国の法律では奴隷を、そうと分かるように明示する義務はない。
所有者が信用出来ると判断するのなら、首輪や奴隷紋は着けなくても良いとされている。
そういった場合は、所有者情報等を記録した宝石をアクセサリー等にして身に着ける事とされている。
ハクレンの場合は左腕の腕輪だ。
その為、他人にはハクレンが奴隷だという事は分からない。
そんなハクレンを眺めていると、うつむき加減で小走りに近づいてくる。
そしてレイの前で顔を赤らめたまま恥ずかしそうに小声で訊ねる。
「ご主人様はどの様な下着がお好みですか?」
「は?」
それまで恥ずかしそうに顔を赤らめるハクレンを「何このカワイイ生き物」と見ていたレイの笑顔が固まる。
「ですから、色とか、形とか、材質とかです。その…下着の…」
具体的に説明して更に恥ずかしくなったのかその声はどんどん小さくなっていった。
「あー、ハクレンが気に入ったものを買ったら良いよ」
「ですが、ご主人様のお金です」
「流石に人前で女性の下着を選ぶ度胸は無いよ」
「黒いレースのスケスケ」と言っても「白い清楚な物」と言っても、店員の「あーそういう趣味ね」といった視線に耐えられる気がしなかった。
服屋での買い物を終えたレイは大分精神的に疲弊していた。
だが、嬉しそうに服の入った袋を抱きしめるハクレンの笑顔に瞬時に癒され、次の雑貨屋に向かった。
夕方までかけて様々な店を回りハクレンの身の回りの品を揃える。
どの店でも遠慮するハクレンをその都度説得し必要なものを買い与える。
両手が品物で塞がり、2人は本日の買い物を終了した。
宿に戻ると受付に座る宿屋の主人に、2人用の部屋に移りたいと申し出る。
「あいよ。レイは後5日の契約だったな。なら、差額400ギルの5日分。2000ギルだ」
レイの後ろに居るハクレンを見て宿屋の主人モリソンは事情を察する。
レイが出した2枚の大銀貨と今まで使っていた『206』と書かれた鍵を受け取り、『404』と書かれた鍵を渡す。
階段を上り、渡された鍵の404号室に入る。
「あれ?」
入った部屋は、今朝まで使っていた206号室との違和感が何も無かった。
よく見れば、部屋は若干広くなっている。ベッドも大きくなっている。
だが、家具の配置と数は同じだった。
クロスロードのハンター御用達の宿『止まり木亭』で2人用の部屋と言えば、2人で寝れるベッドの有る部屋を指していた。
その夜の日付が変わって暫くした頃。
レイは若干後悔していた。
(あぁもう、全然眠れねぇ)
内心の呟き通りレイは眠れずにいた。
正確には一度は眠りに就いたのだが、夜中に目が覚めそこから眠れなくなってしまった。
眠れない理由は簡単。目の前に居るハクレンの存在だ。
宿の窓には遮光カーテンなどは無く、差し込む月明かりが彼女の寝顔を照らしていた。
もし、ハクレンが仰向け、もしくは背を向けて寝ていれば、レイも再び眠れたのかもしれない。しかし、ハクレンは完全にレイの側を向き、更にはレイと足を絡めるように眠っていた。
レイの目が覚めたとき、目の前にはハクレンの顔があった。それこそ寝息が当たる程の距離に。
ハッキリと聞こえる寝息、僅かに上下する胸、微かに感じる体温、そして何より足に絡みつく柔らかな感触。
その全てがレイの目を覚まさせる。
足を引き抜いて背を向けてしまえば良いのだが「起こしてはいけない」という思いと、「この感触は捨て難い」という思いがレイの身動きを封じていた。
ハクレンはレイの奴隷だ。何をしても構わないと国どころかハクレン本人すらも認めている。
しかし、レイの感覚では知り合ったその日に、というのは抵抗があった。
その為に訪れる娼館の一夜限りの相手であればともかく、ハクレンは明日も明後日も、その先もずっと隣にいるのだ。どう思っているのだろう?とその心情が気になってしまう。
たとえハクレンがレイを嫌おうとも、レイの下を離れる事は無い。体を求められ拒む事も無い筈だ。だが、どうせならば嫌われたくは無い。出来れば好かれたい。
「初日から手を着けるってどうよ?がっつき過ぎじゃない?」と思われたくないレイは逸る気持ちを「紳士たれ」と押さえ込む事にした。
ベッドが1つしか無い部屋で「床で寝るので大丈夫です」と言うハクレンを、「そんな事は出来ない」とベッドで寝させる。
しかし、同衾しておきながら指一本触れられないというヘタレなレイは「紳士たれ、紳士たれ、大丈夫、次のチャンスは必ず来る」と心の中でくり返し呟き何とか眠りに就いたのだが、目が覚めると、状況は更に追い込まれていた。
目の前の柔らかそうな唇に目を奪われ、上下する胸に手を伸ばしかけ「ダメだダメだ。俺は紳士だ」と思い留まる。
そして「良いじゃん別に。このオッパイも唇も体全部が俺の物なんだから」と再び手を伸ばす。
今度は僅かに触れたかという瞬間に「いやいや、格好つけておいて、ガマン出来なくなりました。はダサいだろう」と手を引っ込める。
そして結局ヘタレな男は、涙を飲んで次のチャンスを待つ事にした。
「夜の相手も努めます」と言う相手と同衾する。これ以上のチャンスを待つという、彼は一体何を待っているのだろう?
「クソ、このままじゃ絶対にクロードさんに笑われる」
このまま朝を迎えれば、寝不足のレイを見てクロードが「おや?寝不足だな。はりきり過ぎたか?」と冷やかして来る事は目に見えていた。
何とか眠りに就こうと目を閉じるが、逆に寝息を捉える聴覚と、温もりと柔らかさを感じる触覚が冴えわたり悶々として眠れなかった。
レイが精神的な疲れから眠りに落ちたのは、東の空が白ずむ頃だった。
翌日、目の下の隈を予想通りクロードに笑われたレイは、宿屋を出てどこかに小さい家でも買おうと心に決めた。
ちなみにエリスによって「ヘタレなレイ。略してヘタレイ」と不名誉な名を付けられたのは、また別の話。




